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11章 俺はその時、彼女にもう一度さよならを言いたくなった
117 魔王の保管者
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「聞かないほうがいいと思うわ」
姉のミーシャはそう言って、抱き寄せたムーシャの艶やかな髪を撫でた。
本当ならハイド本人に聞きたいところだが、生憎彼は不在だ。それに彼女たちの方が話しやすいと思ったし、教えてくれそうな気がする。
「そうやって勿体ぶるから、聞きたくなるんじゃねぇか。黙っていたいなら、何も言わないでくれよ。それとも、俺に言えない事情があるのか?」
「そういうのはないけれど……」
呟いたミーシャが俺を見つめる。その表情が憐れんでいるようにさえ見えて、俺はふいに浮かんだ不安を逃すように、両手を強く握りしめた。
彼女たちの後ろに見えた陰に見張られているような錯覚さえ覚えて、掌にはベタベタと嫌な汗が滲んでいる。
「大丈夫? ユースケ」
心配するヒルドに「あぁ」と強がって、俺は彼女たちとの距離を大きく一歩詰めた。
ムーシャが「ひゃあ」と怖がってしまい、「何もしないよ」と声を掛ける。
「俺はミオの幼馴染で、アイツの保管者だ。メルーシュ王への気持ちを捨てきれないクラウの為に、元老院が向こうの世界からアイツ好みの大きな胸の女子を集めさせたって聞いてる。それは本当なのか?」
元老院はこの国の平穏の為に存在する。だから、それが納得できないわけじゃない。
「僕もそんなこと聞いてるよ。胸の大きな子っていうのは、最初聞いた時は変わってるなと思ったけど、実際見ると確かに悪くないよね。目が吸い込まれそうになるもん」
両腕を組んで熱く語るヒルド。初めて会った頃は「巨大な乳を性的な目で見ることはできない」とか言っていた気がする。
ハーレムの存在に関しては、一般市民も俺たちと同じように把握しているようだが、
「そういう事になっているの……?」
元老院・議員見習いのミーシャは眉を上げて驚いているようだった。
「違うのか?」
彼女は明らかにそうじゃないという顔をして、俺から視線を逸らした。
「異世界から女子を集めているのは、クラウ様が心変わりをする相手を探しているわけじゃないわ。確かに今のメルーシュ様を妃にっていえばそれも難しいことだけど、私たちが最優先させなければならないのは、クラウ様が聖剣を抜くことなの」
「え……そうなんだ」
ここまで何度も聞いた言葉だが、巨乳ハーレムまで聖剣に関係しているとは思ってもみなかった。
「クラウ様が聖剣を抜けないことを知って、元老院は色々策を考えているのよ」
「この間の襲撃も?」
「そうよ」
物騒な話だ。そして、女子を集めた意味を考えてみるが、俺にはさっぱり分からなかった。
巨乳が集まると聖剣が抜けるのかと、卑猥な妄想まで浮かんできて、俺は「ちょっとまて」と自分で自分の暴走を阻止した。
「クラウはそのことを知っているのか?」
「どうかしら。ハイド様やティオナ様が言ったかどうかは分からないけれど、頭の良い人だから言わなくても気付いているんじゃないかしら」
ミーシャもムーシャもその事実を隠そうとはしなかった。
聞かないほうが良い気がしたけれど、好奇心と恐怖が俺をその場所に留めてしまう。
「聞かせてくれないか?」
この世界に関わった以上、全てを知りたいと思う。
頭を下げた俺の覚悟を汲み取って、ミーシャが「分かったわ」と顔を上げた。
「クラウ様が聖剣を抜けないことは、向こうの世界を捨てきれていないんじゃないかって元老院は判断したの。グラニカの王になりきれていないんだろうって」
「はぁ?」
「そして私たちはクラウ様の保管者を探した。転生者に一人ずつ保管者はいるけれど、誰かは把握できていない。ティオナ様は『詠みの珠』を持っていて、それで探していただいたの」
「占い師が持っているようなやつか」
俺はソフトボールくらいの水晶玉をイメージして、胸の前に両手で丸を作って見せた。するとミーシャは「もう少し大きいかしら」とバレーボールくらいの大きさを同じように作った。
「けれど、詠みの珠に映るのは確実なものではないし、鮮明でもないわ。ただ、そこに映った人物は大きな胸があったのよ」
「胸?」
思わずドキリとしてしまうが、ミーシャはいたって真面目に「そうよ」と続けた。
「顔ははっきり映らなかったけれど、保管者は転生者の身近な人。だから、捜索はクラウ様の居たあの町周辺に限定されたの」
あの町といえど、大分広い。それはかなり困難な捜索に思えるが、きちんとマーテルさんが美緒にたどり着いているのを見ると、闇雲という事でもなさそうだ。
「それで、保管者を探してどうするつもりだったんだ?」
「本来なら、クラウ様が魔王となって向こうの世界での死を迎えた時点で、保管者の役目は終えるはずだったの。一人で転生者の存在を保管していた時期の記憶を忘れて、他の一般人と同じようにハヤミエイスケという子供が事故で死んだという記憶が植え付けられる……筈だった」
「それなのに、美緒は覚えていた」
だから瑛助の影を追って、美緒はマーテルの誘いに乗ったのだ。
「それがきっと、クラウ様が聖剣を抜けないことに影響するのだと我々は判断したの。予想通り、保管者だった彼女は記憶を保持していた。彼女がクラウ様にとって枷となっているのよ」
「それは憶測じゃないのか? だったらアイツに何しようってんだよ」
ミーシャは最初に会った時から、一度も笑わない。
ずっと不機嫌な顔のまま、今度は俺をまっすぐに見つめてとんでもないことを言い放った。
「保管者が居なくなれば、転生者は元の世界での居場所を失うでしょう? それが元の世界との断絶になるのよ」
保管者が死ぬと、転生者の存在が元の世界から消えてしまう。
もし俺が死ねば美緒は向こうの世界に最初から居なかったことになってしまうのだ。
「お前……何言ってるんだ?」
「向こうの世界でハヤミエイスケの存在が消えても、元々居なかったことになるんだから悲しみもない。問題ないでしょう?」
「違う、そうじゃなくて。お前たちは美緒をどうするつもりだ? まさか……」
口から出かかった言葉を、俺は一度飲み込んだ。声に出して言ってしまえば、その通りになってしまいそうな気がしたからだ。
そんな俺に、ミーシャは初めてうっすらと笑みを浮かべて見せた。
「すぐに殺したりはしないわ。私たちだって、そうするのは最後の切り札だと思ってる。やれるだけのことは試すつもりよ」
俺はそれを口に出さなかったのに、彼女は悪びれた様子もなくあっさりと肯定する。
『殺す』という音と美緒の名前を何の感情もなく繋げようとする。
「お前……本気かよ。元老院は、親衛隊に何も知らせずに彼女たちを集めさせたのか?」
「話してないわ。けれど、マーテル様は気付いてしまった。ミオがクラウ様の保管者であることに気付いて、この計画にたどり着いてしまったの」
――「帰りたかったら帰りなさい」
歓迎会の時、俺にそう言ったマーテル。あの時の彼女はすでにその事実を知っていたのだろうか。
「マーテルさん……」
「狂ってるよ、ミーシャ……」
ヒルドまでが険しい顔を浮かべて、俺の腕を引いた。
「美緒はどこにいるんだ?」
「私には分かりかねます」
声を強めて言い切るミーシャ。
ムーシャはずっと目を閉じていた。小さな両手をミーシャから離そうとはしない。姉に掴みかかろうとした俺を止めたのは、そこにムーシャが居たからだ。
「殺すとか……そんなこと、させないからな?」
それでも抑えきれない感情に、俺は腰の剣に手を掛けた。
ミーシャの表情が一変する。
「この部屋での戦闘は禁止よ。戦うというのなら、出て行って。さもなくば、貴方といえど容赦しないわよ」
ぴしゃりと大きな声を上げて、ミーシャはムーシャの手を太ももから剥がし、暗闇の奥へと押しやった。
ミーシャの右手に赤い光が揺らめく。その炎が彼女の魔法だと悟った俺は、剣を握る手に力を込める。
けれど、俺は彼女たちに向けて剣を抜くことはできなかった。
「ダメだよ、ユースケ!」
暗がりの議事室にヒルドの声が響く。
ヒルドに肩を強く引かれて、俺は体勢を崩してしまう。大股で転倒を防いで、「行くよ」という彼の言葉のままに、急ぎ足で部屋を出たのだ。
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本当ならハイド本人に聞きたいところだが、生憎彼は不在だ。それに彼女たちの方が話しやすいと思ったし、教えてくれそうな気がする。
「そうやって勿体ぶるから、聞きたくなるんじゃねぇか。黙っていたいなら、何も言わないでくれよ。それとも、俺に言えない事情があるのか?」
「そういうのはないけれど……」
呟いたミーシャが俺を見つめる。その表情が憐れんでいるようにさえ見えて、俺はふいに浮かんだ不安を逃すように、両手を強く握りしめた。
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「大丈夫? ユースケ」
心配するヒルドに「あぁ」と強がって、俺は彼女たちとの距離を大きく一歩詰めた。
ムーシャが「ひゃあ」と怖がってしまい、「何もしないよ」と声を掛ける。
「俺はミオの幼馴染で、アイツの保管者だ。メルーシュ王への気持ちを捨てきれないクラウの為に、元老院が向こうの世界からアイツ好みの大きな胸の女子を集めさせたって聞いてる。それは本当なのか?」
元老院はこの国の平穏の為に存在する。だから、それが納得できないわけじゃない。
「僕もそんなこと聞いてるよ。胸の大きな子っていうのは、最初聞いた時は変わってるなと思ったけど、実際見ると確かに悪くないよね。目が吸い込まれそうになるもん」
両腕を組んで熱く語るヒルド。初めて会った頃は「巨大な乳を性的な目で見ることはできない」とか言っていた気がする。
ハーレムの存在に関しては、一般市民も俺たちと同じように把握しているようだが、
「そういう事になっているの……?」
元老院・議員見習いのミーシャは眉を上げて驚いているようだった。
「違うのか?」
彼女は明らかにそうじゃないという顔をして、俺から視線を逸らした。
「異世界から女子を集めているのは、クラウ様が心変わりをする相手を探しているわけじゃないわ。確かに今のメルーシュ様を妃にっていえばそれも難しいことだけど、私たちが最優先させなければならないのは、クラウ様が聖剣を抜くことなの」
「え……そうなんだ」
ここまで何度も聞いた言葉だが、巨乳ハーレムまで聖剣に関係しているとは思ってもみなかった。
「クラウ様が聖剣を抜けないことを知って、元老院は色々策を考えているのよ」
「この間の襲撃も?」
「そうよ」
物騒な話だ。そして、女子を集めた意味を考えてみるが、俺にはさっぱり分からなかった。
巨乳が集まると聖剣が抜けるのかと、卑猥な妄想まで浮かんできて、俺は「ちょっとまて」と自分で自分の暴走を阻止した。
「クラウはそのことを知っているのか?」
「どうかしら。ハイド様やティオナ様が言ったかどうかは分からないけれど、頭の良い人だから言わなくても気付いているんじゃないかしら」
ミーシャもムーシャもその事実を隠そうとはしなかった。
聞かないほうが良い気がしたけれど、好奇心と恐怖が俺をその場所に留めてしまう。
「聞かせてくれないか?」
この世界に関わった以上、全てを知りたいと思う。
頭を下げた俺の覚悟を汲み取って、ミーシャが「分かったわ」と顔を上げた。
「クラウ様が聖剣を抜けないことは、向こうの世界を捨てきれていないんじゃないかって元老院は判断したの。グラニカの王になりきれていないんだろうって」
「はぁ?」
「そして私たちはクラウ様の保管者を探した。転生者に一人ずつ保管者はいるけれど、誰かは把握できていない。ティオナ様は『詠みの珠』を持っていて、それで探していただいたの」
「占い師が持っているようなやつか」
俺はソフトボールくらいの水晶玉をイメージして、胸の前に両手で丸を作って見せた。するとミーシャは「もう少し大きいかしら」とバレーボールくらいの大きさを同じように作った。
「けれど、詠みの珠に映るのは確実なものではないし、鮮明でもないわ。ただ、そこに映った人物は大きな胸があったのよ」
「胸?」
思わずドキリとしてしまうが、ミーシャはいたって真面目に「そうよ」と続けた。
「顔ははっきり映らなかったけれど、保管者は転生者の身近な人。だから、捜索はクラウ様の居たあの町周辺に限定されたの」
あの町といえど、大分広い。それはかなり困難な捜索に思えるが、きちんとマーテルさんが美緒にたどり着いているのを見ると、闇雲という事でもなさそうだ。
「それで、保管者を探してどうするつもりだったんだ?」
「本来なら、クラウ様が魔王となって向こうの世界での死を迎えた時点で、保管者の役目は終えるはずだったの。一人で転生者の存在を保管していた時期の記憶を忘れて、他の一般人と同じようにハヤミエイスケという子供が事故で死んだという記憶が植え付けられる……筈だった」
「それなのに、美緒は覚えていた」
だから瑛助の影を追って、美緒はマーテルの誘いに乗ったのだ。
「それがきっと、クラウ様が聖剣を抜けないことに影響するのだと我々は判断したの。予想通り、保管者だった彼女は記憶を保持していた。彼女がクラウ様にとって枷となっているのよ」
「それは憶測じゃないのか? だったらアイツに何しようってんだよ」
ミーシャは最初に会った時から、一度も笑わない。
ずっと不機嫌な顔のまま、今度は俺をまっすぐに見つめてとんでもないことを言い放った。
「保管者が居なくなれば、転生者は元の世界での居場所を失うでしょう? それが元の世界との断絶になるのよ」
保管者が死ぬと、転生者の存在が元の世界から消えてしまう。
もし俺が死ねば美緒は向こうの世界に最初から居なかったことになってしまうのだ。
「お前……何言ってるんだ?」
「向こうの世界でハヤミエイスケの存在が消えても、元々居なかったことになるんだから悲しみもない。問題ないでしょう?」
「違う、そうじゃなくて。お前たちは美緒をどうするつもりだ? まさか……」
口から出かかった言葉を、俺は一度飲み込んだ。声に出して言ってしまえば、その通りになってしまいそうな気がしたからだ。
そんな俺に、ミーシャは初めてうっすらと笑みを浮かべて見せた。
「すぐに殺したりはしないわ。私たちだって、そうするのは最後の切り札だと思ってる。やれるだけのことは試すつもりよ」
俺はそれを口に出さなかったのに、彼女は悪びれた様子もなくあっさりと肯定する。
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「お前……本気かよ。元老院は、親衛隊に何も知らせずに彼女たちを集めさせたのか?」
「話してないわ。けれど、マーテル様は気付いてしまった。ミオがクラウ様の保管者であることに気付いて、この計画にたどり着いてしまったの」
――「帰りたかったら帰りなさい」
歓迎会の時、俺にそう言ったマーテル。あの時の彼女はすでにその事実を知っていたのだろうか。
「マーテルさん……」
「狂ってるよ、ミーシャ……」
ヒルドまでが険しい顔を浮かべて、俺の腕を引いた。
「美緒はどこにいるんだ?」
「私には分かりかねます」
声を強めて言い切るミーシャ。
ムーシャはずっと目を閉じていた。小さな両手をミーシャから離そうとはしない。姉に掴みかかろうとした俺を止めたのは、そこにムーシャが居たからだ。
「殺すとか……そんなこと、させないからな?」
それでも抑えきれない感情に、俺は腰の剣に手を掛けた。
ミーシャの表情が一変する。
「この部屋での戦闘は禁止よ。戦うというのなら、出て行って。さもなくば、貴方といえど容赦しないわよ」
ぴしゃりと大きな声を上げて、ミーシャはムーシャの手を太ももから剥がし、暗闇の奥へと押しやった。
ミーシャの右手に赤い光が揺らめく。その炎が彼女の魔法だと悟った俺は、剣を握る手に力を込める。
けれど、俺は彼女たちに向けて剣を抜くことはできなかった。
「ダメだよ、ユースケ!」
暗がりの議事室にヒルドの声が響く。
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