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12章 ゆりかごに眠る意思
132 ゆりかごに眠る意思
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10年前のクーデターをきっかけに、前魔王メルーシュからその力と地位を引き継いだクラウ。
なのに聖剣を抜けないというだけで魔王と認められないことが、俺には理解できなかった。
代々受け継がれる魔王の力は暴走する。
魔王の力を失ったメルでさえ、過去を呼び起こすように今でも度々暴走を起こしている。
最近だと俺が巨大カーボに襲われそうになった時と、ヒルドを連れて討伐に行った時だ。
その発動条件は「危機を感じた時」だという事。かつて魔王だった時の力の名残が彼女の意識とシンクロしているのかもしれない。
いつかはそういう事がお前にもあるのかと俺が尋ねた時、クラウは「ならない努力はしている」と言っていた。
聖剣を抜けない苛立ち、そして美緒の死を阻止するためにクラウは今――追い詰められて、自らの心を悪魔に捧げてしまった。
これは魔王と認められないクラウが、魔王の力で引き起こした『暴走』だ。
「クラウー!!」
バリバリと地面に入った亀裂は、俺のすぐ横を走り抜けていく。
地面の硬い土が奥へ奥へと溝を深めていく音に「うわぁ」と悲鳴を上げながら、俺は背中に乗ったゼストの腕を逃れて、無我夢中で美緒に駆け寄った。
振動に揺さぶられる身体を前へ押し出して、どうにか壁にタッチする。
「危ねぇぞ!」と追いかけてくるゼストをチラと見ながら、ミーシャが「無茶して」と苦笑した。
「無茶はどっちだ。クラウの方じゃねぇか!」
枷が外れた俺に「無茶するな」と忠告した本人が、一番無茶なことをしている。
暴走した力で無理矢理に聖剣を引き抜いた魔王クラウザーは、揺れなど気にならない様子で中央廟の底の更に深い場所を涼しげな瞳で睨みつけていた。
赤く揺らめくその姿は、闘神めいて剣を振った緋色の魔女とは少し違っていた。
何かが乗り移ったような、確たる意思を持って何者かを待ち構えているようだった。
「美緒! 無事か?」
俺はミーシャの足元にボーッと座り込む美緒の正面に膝を落とす。
心を失った人形のような彼女が、俺の声に反応するようにうっすらと笑顔を滲ませた。ホッと安堵して彼女の肩を抱きしめると、
「ゆうくん?」
俺の胸のすぐ上で、轟音に交じって届いた彼女の声。
「えっ?」
気のせいかと思って身体を離すと、さっきまで焦点の定まらなかった美緒の瞳が俺をまっすぐに見つめていた。
「及川?」
戸惑う俺に気付いてゼストが美緒を覗き込むと、部屋の中央からハイドが声を張り上げる。
「状況が変わった。その娘の件は保留だ。お主たちは逃げろ!」
美緒の意識を縛っていたミーシャに、何らかの形でハイドから指示が入ったしい。
「ハイド様がああ言っておられるのだから、従いなさい!」
ミーシャはそろりと壁を離れ、赤く揺れるクラウの姿に目を細める。
「これは伝説じゃないのね……」
彼女の言葉に俺は、昨日聞いたばかりのヒルドの話を思い出した。
――『ドラゴンはこの国の守り神で、聖剣を護っているらしいよ』
本当にそんなことがあるのかという疑問を肯定するように、ここにいる殆どの視線が割れた地面の奥を見張っている。
「何かいるのか?」
俺のか細い声を拾って、美緒が不安げに声を震わせた。
「何が起きてるの?」
俺は美緒の左手をぎゅっと握りしめて、
「俺にもはっきり分からないけれど、ここからは一緒に行こう」
彼女を守り切る自信は正直ないけれど、この世界に来た時から彼女と離れていて良かったと思えることが全然見つからない。
「うん、わかったよ」
美緒は一瞬驚いた顔をしたが、「一緒に行こう」と頷いてくれた。
「良かった」と答えて、俺はゼストにその真相を問いかける。
「ドラゴンが出るんですか?」
「聞いたのか。どうだろうな、けどこりゃあ出るんだろうよ」
地下空間の振動がずっと収まらない。ゼストは俺たちを見やって、「地上へ」と促した。
「門の所にでも送ってやれればいいんだが、振動のせいか空間が今は開かねぇ。だからーー」
「先生は残るんですか?」
「クラウ様が居るなら、俺たちは残るさ。だから、お前は及川を守ってやれ」
「クラウを殺すんですか?」
俺は前にゼストから聞いた親衛隊の役目についても気になっていた。
魔王が暴走した時、命を掛けても殺してでも食い止めるということ。さっき真っ先に暴走したクラウと対峙したハイドが「ひよっこ」と言った意味は、恐らくこのことだろう。
「そんなことしねぇよ」
ゼストは呆れたように苦笑すると、リトとマーテルに向いて、俺たちの肩を叩いた。
「やっと剣を抜いた俺たちの王を、殺すことなんてできねぇよ」
この状況で何故かガッツポーズを決めるゼスト。
その言葉を信じようと頷いた俺は、美緒と合図し合って「じゃあ、行きます」と彼女の手を引いた。
地割れを避けて扉まで走ると、階段の奥から足音が近付いてくる。
「メル!!」
メルと、それを追い掛けるメルーシュ親衛隊のヒオルス。
慌てた顔で部屋へ飛び込み、彼女は赤く変貌した魔王の姿に絶句した。
急に揺れが激しさを増して、何かが近付いてくるのを全身で感じ取ることができた。
俺は咄嗟に美緒を抱きしめる。
「クラウ様!!」
メルの渾身の叫びをかき消すように、鱗にまとわれた太い身体が地下から地上へ向けて立ち上ったのだ。
なのに聖剣を抜けないというだけで魔王と認められないことが、俺には理解できなかった。
代々受け継がれる魔王の力は暴走する。
魔王の力を失ったメルでさえ、過去を呼び起こすように今でも度々暴走を起こしている。
最近だと俺が巨大カーボに襲われそうになった時と、ヒルドを連れて討伐に行った時だ。
その発動条件は「危機を感じた時」だという事。かつて魔王だった時の力の名残が彼女の意識とシンクロしているのかもしれない。
いつかはそういう事がお前にもあるのかと俺が尋ねた時、クラウは「ならない努力はしている」と言っていた。
聖剣を抜けない苛立ち、そして美緒の死を阻止するためにクラウは今――追い詰められて、自らの心を悪魔に捧げてしまった。
これは魔王と認められないクラウが、魔王の力で引き起こした『暴走』だ。
「クラウー!!」
バリバリと地面に入った亀裂は、俺のすぐ横を走り抜けていく。
地面の硬い土が奥へ奥へと溝を深めていく音に「うわぁ」と悲鳴を上げながら、俺は背中に乗ったゼストの腕を逃れて、無我夢中で美緒に駆け寄った。
振動に揺さぶられる身体を前へ押し出して、どうにか壁にタッチする。
「危ねぇぞ!」と追いかけてくるゼストをチラと見ながら、ミーシャが「無茶して」と苦笑した。
「無茶はどっちだ。クラウの方じゃねぇか!」
枷が外れた俺に「無茶するな」と忠告した本人が、一番無茶なことをしている。
暴走した力で無理矢理に聖剣を引き抜いた魔王クラウザーは、揺れなど気にならない様子で中央廟の底の更に深い場所を涼しげな瞳で睨みつけていた。
赤く揺らめくその姿は、闘神めいて剣を振った緋色の魔女とは少し違っていた。
何かが乗り移ったような、確たる意思を持って何者かを待ち構えているようだった。
「美緒! 無事か?」
俺はミーシャの足元にボーッと座り込む美緒の正面に膝を落とす。
心を失った人形のような彼女が、俺の声に反応するようにうっすらと笑顔を滲ませた。ホッと安堵して彼女の肩を抱きしめると、
「ゆうくん?」
俺の胸のすぐ上で、轟音に交じって届いた彼女の声。
「えっ?」
気のせいかと思って身体を離すと、さっきまで焦点の定まらなかった美緒の瞳が俺をまっすぐに見つめていた。
「及川?」
戸惑う俺に気付いてゼストが美緒を覗き込むと、部屋の中央からハイドが声を張り上げる。
「状況が変わった。その娘の件は保留だ。お主たちは逃げろ!」
美緒の意識を縛っていたミーシャに、何らかの形でハイドから指示が入ったしい。
「ハイド様がああ言っておられるのだから、従いなさい!」
ミーシャはそろりと壁を離れ、赤く揺れるクラウの姿に目を細める。
「これは伝説じゃないのね……」
彼女の言葉に俺は、昨日聞いたばかりのヒルドの話を思い出した。
――『ドラゴンはこの国の守り神で、聖剣を護っているらしいよ』
本当にそんなことがあるのかという疑問を肯定するように、ここにいる殆どの視線が割れた地面の奥を見張っている。
「何かいるのか?」
俺のか細い声を拾って、美緒が不安げに声を震わせた。
「何が起きてるの?」
俺は美緒の左手をぎゅっと握りしめて、
「俺にもはっきり分からないけれど、ここからは一緒に行こう」
彼女を守り切る自信は正直ないけれど、この世界に来た時から彼女と離れていて良かったと思えることが全然見つからない。
「うん、わかったよ」
美緒は一瞬驚いた顔をしたが、「一緒に行こう」と頷いてくれた。
「良かった」と答えて、俺はゼストにその真相を問いかける。
「ドラゴンが出るんですか?」
「聞いたのか。どうだろうな、けどこりゃあ出るんだろうよ」
地下空間の振動がずっと収まらない。ゼストは俺たちを見やって、「地上へ」と促した。
「門の所にでも送ってやれればいいんだが、振動のせいか空間が今は開かねぇ。だからーー」
「先生は残るんですか?」
「クラウ様が居るなら、俺たちは残るさ。だから、お前は及川を守ってやれ」
「クラウを殺すんですか?」
俺は前にゼストから聞いた親衛隊の役目についても気になっていた。
魔王が暴走した時、命を掛けても殺してでも食い止めるということ。さっき真っ先に暴走したクラウと対峙したハイドが「ひよっこ」と言った意味は、恐らくこのことだろう。
「そんなことしねぇよ」
ゼストは呆れたように苦笑すると、リトとマーテルに向いて、俺たちの肩を叩いた。
「やっと剣を抜いた俺たちの王を、殺すことなんてできねぇよ」
この状況で何故かガッツポーズを決めるゼスト。
その言葉を信じようと頷いた俺は、美緒と合図し合って「じゃあ、行きます」と彼女の手を引いた。
地割れを避けて扉まで走ると、階段の奥から足音が近付いてくる。
「メル!!」
メルと、それを追い掛けるメルーシュ親衛隊のヒオルス。
慌てた顔で部屋へ飛び込み、彼女は赤く変貌した魔王の姿に絶句した。
急に揺れが激しさを増して、何かが近付いてくるのを全身で感じ取ることができた。
俺は咄嗟に美緒を抱きしめる。
「クラウ様!!」
メルの渾身の叫びをかき消すように、鱗にまとわれた太い身体が地下から地上へ向けて立ち上ったのだ。
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