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13章 魔王
134 小さな背中
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メルーシュは最後に俺を振り返って、ヒオルスとともに階段の奥へ姿を消した。
俺はひび割れた地面の端に立って、穴の開いた天井を仰いでから美緒に「俺たちも行こう」と声を掛ける。ヒルドとチェリーを上に残してきてしまったので、一度合流して無事を確かめたかった。
「あれ」と地面にしゃがみ込む美緒。足元に何かを見つけ、拾い上げたものを俺に差し出す。
「これ、メルちゃんの?」
「あぁ……」
俺がメルに渡したカーボの髪留めだった。メルーシュへと変貌した衝撃で、ポニーテールが解けてしまったらしい。ゴムが強い力で引きちぎられている。
「俺が持ってるよ」
髪留めをポケットに突っ込んで部屋を出ようとすると、ゼストに「お前たち」と呼ばれて足を止めた。
「無事でいろよ。俺たちもすぐに行く。爺さんたちに任せとくわけにはいかねぇからな」
祖父であるヒオルスの現役復帰ともいえる状況に、ゼストは少し焦っているようにも見える。
「分かってます。美緒もいるし」
「これは、あの竜とクラウ様の戦いだよ」
そう言ってきたのは、今まで静かだったティオナだ。ただでさえ破廉恥な白のワンピースが衝撃であちこち破れ、更に際どい感じになっている。
目のやり場に困って下を向くと、ティオナは「ふっ」と笑って話を続けた。
「聖剣を無理矢理に抜いたクラウ様への怒りが竜を目覚めさせた。魔王は竜の制裁をどう受け止めるのか」
「やっぱり、あれは竜……ドラゴンだったんですね」
「そうだよ」
前にここへ来た時、俺は自分の力で聖剣を抜くことができそうな気がしたが、クラウが本当に力ずくで引き抜いてしまうとは思わなかった。
巨大なドラゴンが地面の底に沈んでいるだなんて、ヤマタノオロチ伝説のような架空の話ではなかったのか。殆ど目を瞑っていた俺にはその長さを表現することはできないが、俺が両手を広げたよりも大きい穴が天井に開いているから、それだけの太さはあるという事だ。
「つまり、倒すってことですか? さっきの巨大なドラゴンを」
「分からない。前例がないからね。聖剣はずっと青い色を放っていたけど、抜けた時はちゃんと赤を示した。どうなるかは分からないよ。それに竜は神のようなものだけれど、この国の王があの竜ではないってことだけは明白だ」
聖剣の示す青色は拒絶だ。最終的に赤を放って地面を離れたことは、聖剣の意思だと受け取ってよいのだろうか。
この国では神よりも魔王の方が偉いなら、何色だって良いじゃないかと思ってしまうけれど。
「あのドラゴンとクラウはどこに行ったんですか?」
天井に開いた穴の向こうは驚くほどに静かだった。祭が行われている庭園や城が襲われている様子はない。
ティオナは「すぐわかると思うよ」と曖昧な返事を返してくる。
「二人とも、無茶しちゃダメですよ」
クラウの受け売りだろうか。リトまでそんな事を言って、俺と美緒の額をちょんと指で突いた。
指先にぼおっと光が灯ったのは、額に触れたほんの一瞬だ。
少しだけ身体が軽くなった気がするのは、彼女が掛けた魔法のせいらしい。
「ありがとう」と礼を言うと、リトはズレた眼鏡を上げつつ笑顔を見せてくれた。
「さっき名前を言い間違えちゃったから」
確かに彼女はいつも通り俺のことを「ブースケ」と言っていたけれど、そんなの気付いていないと思っていた。
「そうか」と笑って、俺は元老院の二人を一瞥してから「先に行きます」と部屋を出た。
大地震のような衝撃は、きっと中央廟全体を壊滅状態にさせただろうと思ったが、実際階段に出ると目に当たるような損傷はなく、ほぼ無傷だった。
ドラゴンは主要の部屋をまっすぐに突き抜けていったらしい。地下二階の避難部屋や、その上にある中枢は目も当てられないような惨状が広がっていた。
もし、セルティオが出た時のようにハーレムの女子たちが避難部屋に籠っていたらと想像するだけでぞっとする。
地上に出ると、中央廟のエントランスが騒然としていた。
階段の上を護る兵が一人になっていて、もう一人は壁際に腰を下ろして右膝を両手で覆っている。どうやら怪我をしたらしい。重傷者はいないようだが、庭に居た一般人も建物の中に入り込んでいるようだ。
色とりどりの花が描かれた、ドーム型の天井がぽっかりと抜け落ちていて、ガラスの破片が石造りの硬い床に散乱している。
俺たちはパリパリとそれを踏みつけながら急いで外へ出た。
被害こそなかったが、庭はさっきまでのお祭りムードから一転していた。
晴れていたはずの空はどんよりと雲を広げている。軽快な音楽はやみ、皆が呆然と空を見上げていたのだ。
ドラゴンを探して皆の視線を追うが、俺にはすぐにその姿を捉えることができなかった。代わりに、すぐ目の前に立ち尽くしたメルーシュを見つける。
肩に掛けていたヒオルスの上着が、彼女の頭をすっぽりと覆っているお陰で、誰も彼女に気付くことはなかった。
メルーシュであった頃の姿に戻っている筈なのに、その背中が小さく見える。
絶望を浮かべる民衆を見たかつての魔王は、涙ではなく怒りをその瞳に浮かべて、彼らに背を向けたのだ。
こちらに向いて歩いてきたメルーシュは、もうメルを残していないのだろうか。
俺たちの頭上に、ぽつりぽつりと雨が落ち始める。
彼女はすれ違いざまに、「死なないで」とそんな言葉を呟いた。
えっと俺は振り返るが、その姿はヒオルスもろともそこから消えていた。
「メル……」
俺の声も、民衆の絶望も。
意図して雨の音がかき消しているようだった。
俺はひび割れた地面の端に立って、穴の開いた天井を仰いでから美緒に「俺たちも行こう」と声を掛ける。ヒルドとチェリーを上に残してきてしまったので、一度合流して無事を確かめたかった。
「あれ」と地面にしゃがみ込む美緒。足元に何かを見つけ、拾い上げたものを俺に差し出す。
「これ、メルちゃんの?」
「あぁ……」
俺がメルに渡したカーボの髪留めだった。メルーシュへと変貌した衝撃で、ポニーテールが解けてしまったらしい。ゴムが強い力で引きちぎられている。
「俺が持ってるよ」
髪留めをポケットに突っ込んで部屋を出ようとすると、ゼストに「お前たち」と呼ばれて足を止めた。
「無事でいろよ。俺たちもすぐに行く。爺さんたちに任せとくわけにはいかねぇからな」
祖父であるヒオルスの現役復帰ともいえる状況に、ゼストは少し焦っているようにも見える。
「分かってます。美緒もいるし」
「これは、あの竜とクラウ様の戦いだよ」
そう言ってきたのは、今まで静かだったティオナだ。ただでさえ破廉恥な白のワンピースが衝撃であちこち破れ、更に際どい感じになっている。
目のやり場に困って下を向くと、ティオナは「ふっ」と笑って話を続けた。
「聖剣を無理矢理に抜いたクラウ様への怒りが竜を目覚めさせた。魔王は竜の制裁をどう受け止めるのか」
「やっぱり、あれは竜……ドラゴンだったんですね」
「そうだよ」
前にここへ来た時、俺は自分の力で聖剣を抜くことができそうな気がしたが、クラウが本当に力ずくで引き抜いてしまうとは思わなかった。
巨大なドラゴンが地面の底に沈んでいるだなんて、ヤマタノオロチ伝説のような架空の話ではなかったのか。殆ど目を瞑っていた俺にはその長さを表現することはできないが、俺が両手を広げたよりも大きい穴が天井に開いているから、それだけの太さはあるという事だ。
「つまり、倒すってことですか? さっきの巨大なドラゴンを」
「分からない。前例がないからね。聖剣はずっと青い色を放っていたけど、抜けた時はちゃんと赤を示した。どうなるかは分からないよ。それに竜は神のようなものだけれど、この国の王があの竜ではないってことだけは明白だ」
聖剣の示す青色は拒絶だ。最終的に赤を放って地面を離れたことは、聖剣の意思だと受け取ってよいのだろうか。
この国では神よりも魔王の方が偉いなら、何色だって良いじゃないかと思ってしまうけれど。
「あのドラゴンとクラウはどこに行ったんですか?」
天井に開いた穴の向こうは驚くほどに静かだった。祭が行われている庭園や城が襲われている様子はない。
ティオナは「すぐわかると思うよ」と曖昧な返事を返してくる。
「二人とも、無茶しちゃダメですよ」
クラウの受け売りだろうか。リトまでそんな事を言って、俺と美緒の額をちょんと指で突いた。
指先にぼおっと光が灯ったのは、額に触れたほんの一瞬だ。
少しだけ身体が軽くなった気がするのは、彼女が掛けた魔法のせいらしい。
「ありがとう」と礼を言うと、リトはズレた眼鏡を上げつつ笑顔を見せてくれた。
「さっき名前を言い間違えちゃったから」
確かに彼女はいつも通り俺のことを「ブースケ」と言っていたけれど、そんなの気付いていないと思っていた。
「そうか」と笑って、俺は元老院の二人を一瞥してから「先に行きます」と部屋を出た。
大地震のような衝撃は、きっと中央廟全体を壊滅状態にさせただろうと思ったが、実際階段に出ると目に当たるような損傷はなく、ほぼ無傷だった。
ドラゴンは主要の部屋をまっすぐに突き抜けていったらしい。地下二階の避難部屋や、その上にある中枢は目も当てられないような惨状が広がっていた。
もし、セルティオが出た時のようにハーレムの女子たちが避難部屋に籠っていたらと想像するだけでぞっとする。
地上に出ると、中央廟のエントランスが騒然としていた。
階段の上を護る兵が一人になっていて、もう一人は壁際に腰を下ろして右膝を両手で覆っている。どうやら怪我をしたらしい。重傷者はいないようだが、庭に居た一般人も建物の中に入り込んでいるようだ。
色とりどりの花が描かれた、ドーム型の天井がぽっかりと抜け落ちていて、ガラスの破片が石造りの硬い床に散乱している。
俺たちはパリパリとそれを踏みつけながら急いで外へ出た。
被害こそなかったが、庭はさっきまでのお祭りムードから一転していた。
晴れていたはずの空はどんよりと雲を広げている。軽快な音楽はやみ、皆が呆然と空を見上げていたのだ。
ドラゴンを探して皆の視線を追うが、俺にはすぐにその姿を捉えることができなかった。代わりに、すぐ目の前に立ち尽くしたメルーシュを見つける。
肩に掛けていたヒオルスの上着が、彼女の頭をすっぽりと覆っているお陰で、誰も彼女に気付くことはなかった。
メルーシュであった頃の姿に戻っている筈なのに、その背中が小さく見える。
絶望を浮かべる民衆を見たかつての魔王は、涙ではなく怒りをその瞳に浮かべて、彼らに背を向けたのだ。
こちらに向いて歩いてきたメルーシュは、もうメルを残していないのだろうか。
俺たちの頭上に、ぽつりぽつりと雨が落ち始める。
彼女はすれ違いざまに、「死なないで」とそんな言葉を呟いた。
えっと俺は振り返るが、その姿はヒオルスもろともそこから消えていた。
「メル……」
俺の声も、民衆の絶望も。
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