138 / 171
13章 魔王
138 ワイズマン
しおりを挟む
青銀のドラゴンが、中央廟の底の底の更に底から地面を突き上げて姿を現した。
そいつが何層もの地下を抜けて空へと昇るまでの間、俺が恐怖に目を閉じていた時間はどれほどだっただろうか。
数十秒に感じたけれど、もしかしたらほんの数秒だったのかもしれない。恐怖が時間をやたら長く感じさせるのは、絶叫マシンに乗った時と同じだ。
硬い天井を何度も突き破るパワーと時間を考えただけで、ドラゴンは相当な大きさなんだろうと想像すると、急に冷や汗が出てきた。
この数時間で、色々なことがありすぎた。
トード車に乗って急にのんびりした風景に触れた俺は、ぼんやりと城でのことを思い出していた。
色々あったけど、今こうして美緒を奪還できたことにホッとしている。このまま元の世界に戻れば、俺がこの世界に来た目的は達成だ。
けれどこの世界に来て関わったこと全てに対して、まだサヨナラと背を向けるわけにはいかない。
だから自分が納得いくまでの時間、全力で美緒を守り切ろうと思う。
「ヒーローになろうとか思ってる?」
小さくガッツポーズを決めた俺に、向かいの席でチェリーがにやりと笑みを浮かべた。
「い、いえ、そんな」
「自分のことも大事にしなさいよ、二人とも」
ちょっと恥ずかしくなって否定するが、チェリーは俺と美緒にそう言って、「そんな気持ちも大事だけどね」と遠い山を一瞥した。
--「男どもは自分の掲げた正義のために、勝手に戦ってくるんだから」
さっきチェリーが言った言葉を思い出して、俺はグサリと突き刺さる気持ちに胸をそっと押さえる。
「そうそう」と手綱を持ったヒルドもこっちを振り返った。
「僕は自分が見た風景をキャンバスに留める為に、生きてなきゃいけないんだよ。そういう未来への心構えが大切。何せ、僕たちは今から何が起きるか全くわかっていないんだから」
確かにそうだ。
魔王だと認められないクラウが聖剣を抜いたことで、ドラゴンが現れた。俺は、圧倒的な存在感に気圧されて漠然と戦闘を予想してしまったが、あのドラゴンの怒りの矛先が魔王のみに向いているのかどうかは分からない。
「ヒルド、さっきの話の続きを聞かせてくれないか? 元老院がワイズマンに勝てないとかどうのってやつ」
エムエル姉妹が現れて、途切れてしまった会話だ。
「分かったよ」とヒルドは手綱をパシリと鳴らして進行方向を向いた。
「昔のこと過ぎて、本当かどうかもわからないけど。ドラゴンが実在したなんて、今の時代じゃ伝説紛いの話にも聞こえるけど、あらかた間違いではないんじゃないかってことだよ」
そんな前置きをして、ヒルドはゆっくりと話し出す。
まず俺が驚いたのは、魔王と共鳴するんだと思っていた聖剣自体は、何の意思も持たないという事だ。
グラニカの魔王に代々引き継がれた聖剣は、かつて盗難に遭ったり偽りの魔王が現れたりで、相当悪用されていたらしい。
「それで、大昔いたワイズマンがドラゴンになることで永遠の命を得て、剣を護ってるって話だよ」
「人間がドラゴンになったってことか? ワイズマンって言葉は、どっかで聞いたことがあるような気がするんだよな。こっちじゃなくて、向こうの世界で……」
「ワイズマンは、賢者って意味じゃなかったかしら」
チェリーに「そうですよね」と同意する美緒。ヒルドも「そんな感じかな」と頷く。
「今だとハイド様のポジションだよ。だから、元老院はワイズマンに逆らえない」
つまり、ドラゴンと化して聖剣を護るワイズマンがクラウを魔王と認めず、この騒ぎが勃発したという事だ。
「やっぱり、私が居るから瑛助さんはこの国の王になりきれないのかな」
「美緒……」
「そんなことないよ。僕たち国民は、クラウが魔王で間違ってるだなんて誰も思っていないし。それだけのことを、あの人はしたんだから」
メルーシュ王のクーデターから、この国を守ったクラウ。
「僕たちの王様はさ、責任感がありすぎっていうか、しょい込みすぎなんだよ。頑固なトコと、目と髪の色くらいはユースケに似てるけど、それ以外はあんまり似てないんだから」
「なんでそこで俺の話になるんだ? 俺は母親似で、アイツは父親似なんだよ」
クラウと俺が似てないことなんて、ちゃんと自覚している。それでも、俺たちが兄弟だってことに変わりはない。たとえ住む世界が違っても、お互い幸せならいいと思う。
それからヒルドは、前に言っていたドラゴンにまつわる絵本について話してくれた。
「絵本は聖剣を盗もうとした悪党の話だよ。ドラゴンがやっつけるんだ」
もしそれに当てはめるのなら、悪党役はクラウになってしまうのだろうか。ワイズマンは今の魔王が相当お気に召さないのかもしれない。
俺はこの道の先で何ができるのか――そんなことを考えながら、夕空に浮かんだ三日月を見上げた。
そいつが何層もの地下を抜けて空へと昇るまでの間、俺が恐怖に目を閉じていた時間はどれほどだっただろうか。
数十秒に感じたけれど、もしかしたらほんの数秒だったのかもしれない。恐怖が時間をやたら長く感じさせるのは、絶叫マシンに乗った時と同じだ。
硬い天井を何度も突き破るパワーと時間を考えただけで、ドラゴンは相当な大きさなんだろうと想像すると、急に冷や汗が出てきた。
この数時間で、色々なことがありすぎた。
トード車に乗って急にのんびりした風景に触れた俺は、ぼんやりと城でのことを思い出していた。
色々あったけど、今こうして美緒を奪還できたことにホッとしている。このまま元の世界に戻れば、俺がこの世界に来た目的は達成だ。
けれどこの世界に来て関わったこと全てに対して、まだサヨナラと背を向けるわけにはいかない。
だから自分が納得いくまでの時間、全力で美緒を守り切ろうと思う。
「ヒーローになろうとか思ってる?」
小さくガッツポーズを決めた俺に、向かいの席でチェリーがにやりと笑みを浮かべた。
「い、いえ、そんな」
「自分のことも大事にしなさいよ、二人とも」
ちょっと恥ずかしくなって否定するが、チェリーは俺と美緒にそう言って、「そんな気持ちも大事だけどね」と遠い山を一瞥した。
--「男どもは自分の掲げた正義のために、勝手に戦ってくるんだから」
さっきチェリーが言った言葉を思い出して、俺はグサリと突き刺さる気持ちに胸をそっと押さえる。
「そうそう」と手綱を持ったヒルドもこっちを振り返った。
「僕は自分が見た風景をキャンバスに留める為に、生きてなきゃいけないんだよ。そういう未来への心構えが大切。何せ、僕たちは今から何が起きるか全くわかっていないんだから」
確かにそうだ。
魔王だと認められないクラウが聖剣を抜いたことで、ドラゴンが現れた。俺は、圧倒的な存在感に気圧されて漠然と戦闘を予想してしまったが、あのドラゴンの怒りの矛先が魔王のみに向いているのかどうかは分からない。
「ヒルド、さっきの話の続きを聞かせてくれないか? 元老院がワイズマンに勝てないとかどうのってやつ」
エムエル姉妹が現れて、途切れてしまった会話だ。
「分かったよ」とヒルドは手綱をパシリと鳴らして進行方向を向いた。
「昔のこと過ぎて、本当かどうかもわからないけど。ドラゴンが実在したなんて、今の時代じゃ伝説紛いの話にも聞こえるけど、あらかた間違いではないんじゃないかってことだよ」
そんな前置きをして、ヒルドはゆっくりと話し出す。
まず俺が驚いたのは、魔王と共鳴するんだと思っていた聖剣自体は、何の意思も持たないという事だ。
グラニカの魔王に代々引き継がれた聖剣は、かつて盗難に遭ったり偽りの魔王が現れたりで、相当悪用されていたらしい。
「それで、大昔いたワイズマンがドラゴンになることで永遠の命を得て、剣を護ってるって話だよ」
「人間がドラゴンになったってことか? ワイズマンって言葉は、どっかで聞いたことがあるような気がするんだよな。こっちじゃなくて、向こうの世界で……」
「ワイズマンは、賢者って意味じゃなかったかしら」
チェリーに「そうですよね」と同意する美緒。ヒルドも「そんな感じかな」と頷く。
「今だとハイド様のポジションだよ。だから、元老院はワイズマンに逆らえない」
つまり、ドラゴンと化して聖剣を護るワイズマンがクラウを魔王と認めず、この騒ぎが勃発したという事だ。
「やっぱり、私が居るから瑛助さんはこの国の王になりきれないのかな」
「美緒……」
「そんなことないよ。僕たち国民は、クラウが魔王で間違ってるだなんて誰も思っていないし。それだけのことを、あの人はしたんだから」
メルーシュ王のクーデターから、この国を守ったクラウ。
「僕たちの王様はさ、責任感がありすぎっていうか、しょい込みすぎなんだよ。頑固なトコと、目と髪の色くらいはユースケに似てるけど、それ以外はあんまり似てないんだから」
「なんでそこで俺の話になるんだ? 俺は母親似で、アイツは父親似なんだよ」
クラウと俺が似てないことなんて、ちゃんと自覚している。それでも、俺たちが兄弟だってことに変わりはない。たとえ住む世界が違っても、お互い幸せならいいと思う。
それからヒルドは、前に言っていたドラゴンにまつわる絵本について話してくれた。
「絵本は聖剣を盗もうとした悪党の話だよ。ドラゴンがやっつけるんだ」
もしそれに当てはめるのなら、悪党役はクラウになってしまうのだろうか。ワイズマンは今の魔王が相当お気に召さないのかもしれない。
俺はこの道の先で何ができるのか――そんなことを考えながら、夕空に浮かんだ三日月を見上げた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる