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13章 魔王
139 閉鎖
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ゴンドラの乗り口に着くと、辺りはすっかり夜の色に染まっていた。
トード車を下りた俺たちは横並びになって、その山の頂上を見上げる。
「本当に、ここなのか?」
怖いくらいの闇と、ゾッとするような静けさ。
ワイズマンが化したドラゴンがそこに居るとは到底思えないほどに、シンと静まり返っている。ましてやクラウや親衛隊が戦っている気配もなかった。
静寂に、風がうるさいくらいの音を立てて過ぎていく。
「ここにいるんだよね? それより……」
「ゴンドラが動いていないわね」
言葉を飲み込んだヒルドに、チェリーが続く。俺もここに来てから、それがずっと気になっていた。
乗り場には一本のガス灯が灯っているだけで、幾つもあるゴンドラの箱は暗がりにぶら下がったまま制止しているのだ。側にある詰め所の明かりも消えている。
乗り場への侵入を防ぐように張られた一本のロープには木札がぶら下がっているが、俺たち異世界組にはその文字を読むことはできない。ヒルドが「あぁ」と悲痛な声を漏らしつつ、殴り書きされた異世界語を読み上げた。
「閉鎖、だって」
ドラゴンが居るというなら当たり前の措置だが、その言葉を聞いただけでどっと疲れが滲んだ。
「この坂を上るのか?」
初めてメルと来た時もそうだった。延々とトード車に揺られていただけだったが、上に行くには数時間を要する。
「行くしかないよね」と諦めがちにヒルドが呟き、再びトード車に身体を向けると、
「お前ら、誰だ!」
低い男の声が暗闇から俺たちを怒鳴りつけた。
あまりにも唐突で、俺は「うわぁ」と叫んでしまう。
そして、詰所の陰から走り寄ってきた男とガス灯の明かりの下で顔を合わせ、お互いに「あぁ」と驚愕し合った。
ゴンドラを上った先にある、グラニカ自然公園のオーナーだ。
前にそこの温泉に来た時、巨大カーボ討伐の賛辞を長々と聞かされたから、顔ははっきり覚えている。
「ユースケ様。先日はありがとうございました。ユースケ様がクラウ様の弟君だとは、私も驚きましたよ」
深く頭を下げるオーナーは、あの時チェリーにも会っているが、どうやら俺しか記憶にないらしい。それもその筈、巨乳美女だったチェリーは、もうイケメン美男子に変わってしまったのだから。
「ゴンドラは動かないんですか?」
「上に行くおつもりですか? ワイズマンが現れて、クラウ様や親衛隊の皆さんが入ったと聞いて、全てのお客様と従業員を下山させて入口を封鎖したんです」
オーナーは不安げな顔で頂上を振り返る。
「メルも行ってるんです。だから、俺たちも行かせてくれませんか?」
「動かすことはできますが……」
そう渋って、オーナーは美緒を見つめて首を傾げた。
「その胸は、異世界人の証でしょう?」
「ええっ」
オーナーの凝視に、美緒は胸を素早く両手で遮った。
この国の女は貧乳だ。巨乳はオーナーにとって性的な関心の対象ではなく、あくまで目印でしかないようだ。
「魔法が使えるわけでもないのでしょう? 向こうから来た人間は、戦闘経験も皆無だと聞きます。危険ですぞ? 手ぶらで行くなんて、死にに行くようなものです」
「それでも、行かせて下さい」
胸を押さえていた掌を握りしめて、美緒は頭を下げて懇願した。
「彼女だけ置いて行っても構いませんよ?」
「それは嫌です!」
きっぱりと断る美緒に、オーナーは戸惑いながら俺たち男三人に「良いんですか?」と念を押した。
俺もここに美緒を一人で置いていく気にはどうしてもなれなかったし、第一そうするくらいなら城に置いてきた。
「お願いします、上へ行かせてください」
「そうですか」と大きなため息を吐き出して、オーナーは詰所の小屋へ戻った。パッと窓にオレンジ色の明かりが灯るが、擦りガラスのせいで中は見えない。
ほどなくして、空腹の腹にモーター音が響いた。
ゴンドラの支柱に沿って下から順に明かりが灯っていく。
ゆっくりと動き出したゴンドラに「良かった」と安堵すると、オーナーが一本の短剣を手に戻ってきた。
「じゃあ、これを持っていきなさい。私のだけれど、護身用に持っていたほうがいいだろう」
細い皮のベルトとともに短剣を渡されて、美緒はさっそくそれを腰に巻き付けた。セーラー服と武器が揃っただけでヒロイン感が上がることに、本人が一番嬉しそうな顔をしている。
「帰りはみなさん揃って下りてきてくださいね」
そう言ってオーナーは、小さな鍵をくれた。この間メルと泊ったコテージのものらしい。
俺たちは何度も彼に礼を伝えて、早々にゴンドラへ乗り込み頂上を目指した。
ずっと手を振ってくれたオーナーの姿が小さくなっていく。
窓越しに見える頂上は暗く、やはり戦闘をしているような影も見えない。
機械音が響く狭いゴンドラの中では、誰も何かを話そうとはしなかった。
俺の膝のすぐ脇に美緒の手があって、俺は自分の手をその上に重ねた。
もしかしたら、俺が一番怖がっているのかもしれない。
それが伝わってしまったのか、美緒がピクリと反応する。
少し汗ばんだ彼女の手を握りしめてそっと顔を起こすと、ちょっと不安げで照れくさそうな笑顔が返ってきた。
トード車を下りた俺たちは横並びになって、その山の頂上を見上げる。
「本当に、ここなのか?」
怖いくらいの闇と、ゾッとするような静けさ。
ワイズマンが化したドラゴンがそこに居るとは到底思えないほどに、シンと静まり返っている。ましてやクラウや親衛隊が戦っている気配もなかった。
静寂に、風がうるさいくらいの音を立てて過ぎていく。
「ここにいるんだよね? それより……」
「ゴンドラが動いていないわね」
言葉を飲み込んだヒルドに、チェリーが続く。俺もここに来てから、それがずっと気になっていた。
乗り場には一本のガス灯が灯っているだけで、幾つもあるゴンドラの箱は暗がりにぶら下がったまま制止しているのだ。側にある詰め所の明かりも消えている。
乗り場への侵入を防ぐように張られた一本のロープには木札がぶら下がっているが、俺たち異世界組にはその文字を読むことはできない。ヒルドが「あぁ」と悲痛な声を漏らしつつ、殴り書きされた異世界語を読み上げた。
「閉鎖、だって」
ドラゴンが居るというなら当たり前の措置だが、その言葉を聞いただけでどっと疲れが滲んだ。
「この坂を上るのか?」
初めてメルと来た時もそうだった。延々とトード車に揺られていただけだったが、上に行くには数時間を要する。
「行くしかないよね」と諦めがちにヒルドが呟き、再びトード車に身体を向けると、
「お前ら、誰だ!」
低い男の声が暗闇から俺たちを怒鳴りつけた。
あまりにも唐突で、俺は「うわぁ」と叫んでしまう。
そして、詰所の陰から走り寄ってきた男とガス灯の明かりの下で顔を合わせ、お互いに「あぁ」と驚愕し合った。
ゴンドラを上った先にある、グラニカ自然公園のオーナーだ。
前にそこの温泉に来た時、巨大カーボ討伐の賛辞を長々と聞かされたから、顔ははっきり覚えている。
「ユースケ様。先日はありがとうございました。ユースケ様がクラウ様の弟君だとは、私も驚きましたよ」
深く頭を下げるオーナーは、あの時チェリーにも会っているが、どうやら俺しか記憶にないらしい。それもその筈、巨乳美女だったチェリーは、もうイケメン美男子に変わってしまったのだから。
「ゴンドラは動かないんですか?」
「上に行くおつもりですか? ワイズマンが現れて、クラウ様や親衛隊の皆さんが入ったと聞いて、全てのお客様と従業員を下山させて入口を封鎖したんです」
オーナーは不安げな顔で頂上を振り返る。
「メルも行ってるんです。だから、俺たちも行かせてくれませんか?」
「動かすことはできますが……」
そう渋って、オーナーは美緒を見つめて首を傾げた。
「その胸は、異世界人の証でしょう?」
「ええっ」
オーナーの凝視に、美緒は胸を素早く両手で遮った。
この国の女は貧乳だ。巨乳はオーナーにとって性的な関心の対象ではなく、あくまで目印でしかないようだ。
「魔法が使えるわけでもないのでしょう? 向こうから来た人間は、戦闘経験も皆無だと聞きます。危険ですぞ? 手ぶらで行くなんて、死にに行くようなものです」
「それでも、行かせて下さい」
胸を押さえていた掌を握りしめて、美緒は頭を下げて懇願した。
「彼女だけ置いて行っても構いませんよ?」
「それは嫌です!」
きっぱりと断る美緒に、オーナーは戸惑いながら俺たち男三人に「良いんですか?」と念を押した。
俺もここに美緒を一人で置いていく気にはどうしてもなれなかったし、第一そうするくらいなら城に置いてきた。
「お願いします、上へ行かせてください」
「そうですか」と大きなため息を吐き出して、オーナーは詰所の小屋へ戻った。パッと窓にオレンジ色の明かりが灯るが、擦りガラスのせいで中は見えない。
ほどなくして、空腹の腹にモーター音が響いた。
ゴンドラの支柱に沿って下から順に明かりが灯っていく。
ゆっくりと動き出したゴンドラに「良かった」と安堵すると、オーナーが一本の短剣を手に戻ってきた。
「じゃあ、これを持っていきなさい。私のだけれど、護身用に持っていたほうがいいだろう」
細い皮のベルトとともに短剣を渡されて、美緒はさっそくそれを腰に巻き付けた。セーラー服と武器が揃っただけでヒロイン感が上がることに、本人が一番嬉しそうな顔をしている。
「帰りはみなさん揃って下りてきてくださいね」
そう言ってオーナーは、小さな鍵をくれた。この間メルと泊ったコテージのものらしい。
俺たちは何度も彼に礼を伝えて、早々にゴンドラへ乗り込み頂上を目指した。
ずっと手を振ってくれたオーナーの姿が小さくなっていく。
窓越しに見える頂上は暗く、やはり戦闘をしているような影も見えない。
機械音が響く狭いゴンドラの中では、誰も何かを話そうとはしなかった。
俺の膝のすぐ脇に美緒の手があって、俺は自分の手をその上に重ねた。
もしかしたら、俺が一番怖がっているのかもしれない。
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