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13章 魔王
156 元老院の意向
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鋭く光る青色の瞳は、俺を見て笑ったような気がした。
俺の身長より少し高い木が麓への景色を遮るように並んでいて、ふと途切れた50センチ程の隙間からバスケットボールサイズの大きな目が俺を覗いていたのだ。
悲鳴を上げることも逃げ出すこともできずに、俺は寝ころんだ姿勢のまま恐怖に飲まれて硬直していた。
詰まりそうになって無理矢理飲み込んだ息を、ゆっくりと吐きだしながら相手の名前を口にする。
「ワイズマン」
そのかすかな音を拾って、青色の竜は「ウォォン」と低い唸り声を響かせた。
葉の隙間からヤツの青い鱗が覗いている。
「偽りの王の弟か」
エコーをかけたように響く声。
彼はドラゴンのまま人間の言葉を話すことができるらしい。クラウやメルを取り込んでいた時はその相手の声を出していたが、ドラゴンの姿に戻ったワイズマンの声は、どこかの映画俳優を彷彿とさせるダンディで渋いものだった。
またズルズルと腹を土に滑らせて、ワイズマンは少しの沈黙を見せた。
細められた瞳は弱々しい光を纏っていたが、俺を離れようとはしない。
やがて、
「お前は死ぬのか?」
そんな事を言って再び目をこじ開けたのだ。
彼はメルを取り込んだ時に、彼女の力ずくの脱出で負傷している。
治癒効果があるという温泉水を浴びて逃げ出すことができたものの、ここで力尽きてしまった感じだ。
だから俺たちは同じ状態にあるのかもしれない。
さっき照明弾が空に放たれてからどれだけ経っただろうか。助けは速攻来るものだと思っていたのに、空しいくらいに反応が起きない。
よくよく考えると、戦闘中の魔法師がすぐに駆け付けられるとも思わなかった。
「俺は、絶対に死なない」
声を強めて訴えると肺の辺りにズンと響いた。手足は動かないのに、臓物の痛みは分かりやすく単純だ。
「うわぁぁっ」
悲鳴さえもか細い。
けれど窮地に陥った俺に手を差し伸べるように、目の前で煙がボンと大きく弾けたのだ。
魔法師の現れる合図に俺は勝機を掴んだ気になって喜ぶが、ワイズマンはチラと横目に煙幕を見据えただけで警戒する様子もなかった。
俺はリトか彼女の父親のマーロイを期待した。とりあえず自力で動けるようにしてほしかったからだ。
まず足元のモヤが晴れてリトの黒タイツの足を予想したが、そこに現れたのは白い着物の裾だった。
白装束は元老院が着ているものだ。
まさかのハイド登場かと緊張が走ったところで、すぐにその人物が正体を示す。
太い三つ編みを胸の前に垂らした少女が、茶色の目を俺に向けて鬱陶しそうに溜息をついた。
「ミーシャ」
虫の息で彼女を呼ぶと、ミーシャはいつものように仁王立ちのポーズをとって、ワイズマンと俺を交互に見つめた。
「無様ね」
ボソリと言い捨てた彼女に苛立ちを覚えたが、どうすることもできない。
「他の魔法師たちはモンスターと交戦中よ。照明弾が上がって、私がハイド様に指名されたの」
やはりそういうことらしい。
「照明弾を撃ったのは貴方ではないようね。位置がずれているもの。けど、途絶えそうな意識を拾ってこっちに来たのよ、感謝しなさい」
態度は悪魔のようだが、今は女神に見えなくもない。
「みんなは……無事なのか?」
「みんな? 貴方がどう思ってるのかは知らないけど、貴方の周りにいる魔法師は、この世界じゃ最高峰の魔力の持ち主たちなのよ? 親衛隊の三人も、クラウ様もね。あれくらいのモンスター相手に、そんなに簡単に殺られる人たちじゃないのよ」
今目の前にいるドラゴンが親衛隊の二人を一瞬で倒したのは例外だろうか。
セルティオの猛攻でゼストが負傷したのも記憶に新しいが、今は彼女の言葉を信じるしかなかった。
「なら、良かった」
俺が微かに息を吐き出して安堵すると、ワイズマンが不機嫌なミーシャに「お前は誰だ」と尋ねた。
「貴方に説明が要るかしら」
元老院はワイズマンの功績を汲み取って、彼との戦いに加わらないと聞いた気がするが、ミーシャの態度を見ているとその意思を疑ってしまう程だ。
冷たく言い放った彼女は、ワイズマンの顔の前まで詰め寄って再び偉そうに腕を組む。
「貴方はまだクラウ様を認めようとはしないんですか? あまり頑固なことを言うのなら、このまま私の手で葬ることだってできるんですよ」
大分上から目線で言い切った彼女は、「けど」と呟いて俺とワイズマンのちょうど真ん中へ移動した。
彼女の空の右手が、頭上へと高く掲げられる。
その掌から強い放射状の光が四方に放たれて、周りの風景が一変した。
背景が光に吸い取られて、視界には俺たち二人とワイズマンの身体だけが残った。遮っていた木々も消え、ワイズマンの身体が尾の先まではっきりと露出する。
「何する気だ?」
俺が問うと、茶色の瞳がキリリとワイズマンを睨んだ。
「ワイズマン、貴方にはきちんとクラウ様を理解して、納得してもらわねばなりません」
その言葉の意味を彼女ははっきりと口にはしなかったが、俺は鉛のように重かった身体が少しずつ軽くなっていることを実感して、「ちょっと」と慌てて目を見開いた。
「やめろよ!」
思い切り叫んだが、もう全身に痛みは感じなかった。
光を浴びることで傷が癒えていくのが分かった。
彼女にこんな力があるのは意外だが、元老院の奴らの力が底知れないものであることは知っている。
いやそれよりも俺は、今目の前で起きていることが信じられなかった。
「なんで、そいつを助けるんだよ」
「これは元老院の意向よ」
手中の光を空にそっと投げて、ミーシャはまた腕を組んで淡々と言い放つ。
つまり、彼女の放った光で回復したのは俺だけじゃなかったという事だ。
土の上にべったりと落ちていたドラゴンの顔がゆっくりと持ち上がり、青い瞳が生気を宿して俺を睨んだ。
俺の身長より少し高い木が麓への景色を遮るように並んでいて、ふと途切れた50センチ程の隙間からバスケットボールサイズの大きな目が俺を覗いていたのだ。
悲鳴を上げることも逃げ出すこともできずに、俺は寝ころんだ姿勢のまま恐怖に飲まれて硬直していた。
詰まりそうになって無理矢理飲み込んだ息を、ゆっくりと吐きだしながら相手の名前を口にする。
「ワイズマン」
そのかすかな音を拾って、青色の竜は「ウォォン」と低い唸り声を響かせた。
葉の隙間からヤツの青い鱗が覗いている。
「偽りの王の弟か」
エコーをかけたように響く声。
彼はドラゴンのまま人間の言葉を話すことができるらしい。クラウやメルを取り込んでいた時はその相手の声を出していたが、ドラゴンの姿に戻ったワイズマンの声は、どこかの映画俳優を彷彿とさせるダンディで渋いものだった。
またズルズルと腹を土に滑らせて、ワイズマンは少しの沈黙を見せた。
細められた瞳は弱々しい光を纏っていたが、俺を離れようとはしない。
やがて、
「お前は死ぬのか?」
そんな事を言って再び目をこじ開けたのだ。
彼はメルを取り込んだ時に、彼女の力ずくの脱出で負傷している。
治癒効果があるという温泉水を浴びて逃げ出すことができたものの、ここで力尽きてしまった感じだ。
だから俺たちは同じ状態にあるのかもしれない。
さっき照明弾が空に放たれてからどれだけ経っただろうか。助けは速攻来るものだと思っていたのに、空しいくらいに反応が起きない。
よくよく考えると、戦闘中の魔法師がすぐに駆け付けられるとも思わなかった。
「俺は、絶対に死なない」
声を強めて訴えると肺の辺りにズンと響いた。手足は動かないのに、臓物の痛みは分かりやすく単純だ。
「うわぁぁっ」
悲鳴さえもか細い。
けれど窮地に陥った俺に手を差し伸べるように、目の前で煙がボンと大きく弾けたのだ。
魔法師の現れる合図に俺は勝機を掴んだ気になって喜ぶが、ワイズマンはチラと横目に煙幕を見据えただけで警戒する様子もなかった。
俺はリトか彼女の父親のマーロイを期待した。とりあえず自力で動けるようにしてほしかったからだ。
まず足元のモヤが晴れてリトの黒タイツの足を予想したが、そこに現れたのは白い着物の裾だった。
白装束は元老院が着ているものだ。
まさかのハイド登場かと緊張が走ったところで、すぐにその人物が正体を示す。
太い三つ編みを胸の前に垂らした少女が、茶色の目を俺に向けて鬱陶しそうに溜息をついた。
「ミーシャ」
虫の息で彼女を呼ぶと、ミーシャはいつものように仁王立ちのポーズをとって、ワイズマンと俺を交互に見つめた。
「無様ね」
ボソリと言い捨てた彼女に苛立ちを覚えたが、どうすることもできない。
「他の魔法師たちはモンスターと交戦中よ。照明弾が上がって、私がハイド様に指名されたの」
やはりそういうことらしい。
「照明弾を撃ったのは貴方ではないようね。位置がずれているもの。けど、途絶えそうな意識を拾ってこっちに来たのよ、感謝しなさい」
態度は悪魔のようだが、今は女神に見えなくもない。
「みんなは……無事なのか?」
「みんな? 貴方がどう思ってるのかは知らないけど、貴方の周りにいる魔法師は、この世界じゃ最高峰の魔力の持ち主たちなのよ? 親衛隊の三人も、クラウ様もね。あれくらいのモンスター相手に、そんなに簡単に殺られる人たちじゃないのよ」
今目の前にいるドラゴンが親衛隊の二人を一瞬で倒したのは例外だろうか。
セルティオの猛攻でゼストが負傷したのも記憶に新しいが、今は彼女の言葉を信じるしかなかった。
「なら、良かった」
俺が微かに息を吐き出して安堵すると、ワイズマンが不機嫌なミーシャに「お前は誰だ」と尋ねた。
「貴方に説明が要るかしら」
元老院はワイズマンの功績を汲み取って、彼との戦いに加わらないと聞いた気がするが、ミーシャの態度を見ているとその意思を疑ってしまう程だ。
冷たく言い放った彼女は、ワイズマンの顔の前まで詰め寄って再び偉そうに腕を組む。
「貴方はまだクラウ様を認めようとはしないんですか? あまり頑固なことを言うのなら、このまま私の手で葬ることだってできるんですよ」
大分上から目線で言い切った彼女は、「けど」と呟いて俺とワイズマンのちょうど真ん中へ移動した。
彼女の空の右手が、頭上へと高く掲げられる。
その掌から強い放射状の光が四方に放たれて、周りの風景が一変した。
背景が光に吸い取られて、視界には俺たち二人とワイズマンの身体だけが残った。遮っていた木々も消え、ワイズマンの身体が尾の先まではっきりと露出する。
「何する気だ?」
俺が問うと、茶色の瞳がキリリとワイズマンを睨んだ。
「ワイズマン、貴方にはきちんとクラウ様を理解して、納得してもらわねばなりません」
その言葉の意味を彼女ははっきりと口にはしなかったが、俺は鉛のように重かった身体が少しずつ軽くなっていることを実感して、「ちょっと」と慌てて目を見開いた。
「やめろよ!」
思い切り叫んだが、もう全身に痛みは感じなかった。
光を浴びることで傷が癒えていくのが分かった。
彼女にこんな力があるのは意外だが、元老院の奴らの力が底知れないものであることは知っている。
いやそれよりも俺は、今目の前で起きていることが信じられなかった。
「なんで、そいつを助けるんだよ」
「これは元老院の意向よ」
手中の光を空にそっと投げて、ミーシャはまた腕を組んで淡々と言い放つ。
つまり、彼女の放った光で回復したのは俺だけじゃなかったという事だ。
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