155 / 171
13章 魔王
155 後悔
しおりを挟む
熾烈を極める戦いから抜け出ることができた俺は、自分の不注意で崖下へと転落した。
向こうの世界で普通の高校生活をしていたなら、なかなか遭わないだろう災難に二度も遭遇したのだから、俺は本当に異世界に居るんだなと実感してしまう。
一度目はこの世界に来てすぐのことだ。
場所もこのグラニカ自然公園。緋色の魔女に刺されるという悪夢から生還した俺は、再び彼女に追い詰められて崖を転げ落ちたのだ。
あの時は偶然通りかかったチェリーに助けられたけれど、今回はどうだろう。
崖とはいえ土で覆われた急傾斜だったことで、俺はどうにか生を繋ぎとめることができたようだ。
俺はおそらくまだ生きている。けど、目を開けばまたモンスターと戦わなければならないのなら、もう少しこうしていたいと思ってしまう。
白濁とした闇に身を任せてぼんやりと漂っていると、もう戻らなくてもいいのかなと思えてしまう。
心地良い――。
そう思えるのに、目を覚まさないわけにはいかなかった。
この快楽を邪魔するように、アイツが俺を呼んでいたからだ。
「俺は生きてるんだよな……?」
そっと口を動かすと、声の音とともに白い空間に光が差し込んだ。
「佑くん!」
木の枠で切り抜いたような青い空が目に飛び込んでくる。
彼女の声は遠いけれど、美緒の声だとはっきり分かった。
べったりと貼りつく汗に、血の匂いが漂う。これは俺の血だろうか。
不揃いに並ぶ木々の間を、俺が滑り降りてきた痕が残っている。
俺が最初にコケた坂のてっぺんは、重なって生えた木や草に覆われて見えない。
剣も手放してしまった俺は身体の自由も奪われて丸腰の状態だったが、幸運にもそこにモンスターの気配は感じられなかった。
仰向けに倒れたままの身体が鉛のように重く感じて、手足が言う事を聞いてはくれない。
絞り出すように「美緒」と返した声は、たくさんの息を含んで、その場にくぐもってしまう。
「佑くん!」
それが泣き叫ぶ音に変わって、「ユースケ」とチェリーの声も後に続いた。
俺はここに居る。まだ生きているのに、それを伝えることができないもどかしさに怒りが込み上げた。
照明弾が残っていれば打ち上げることができたのに、シーモスを追い払うために使ってしまった。その事に後悔はないけれど、助けを求める術は他に思いつかなかった。
だから、他の誰かに照明弾を上げて欲しいと願う。
そう祈った俺に答えて、誰かがそれを実行した。
音を一点に絞り上げるようなキュウンという爆音が、高い空へ突き抜けていく。
「美緒、チェリー」
眩しさに目を閉じると、涙が滲んだ。きっと二人が上げてくれるんだと安堵しながら光が止むのを待った。
けれど。
俺は全身で別の音を感じ取ってしまう。
ズズズ、と酷く重いものが左から右へと土を這う音だ。
崖から転落した俺が目覚めて、そこにモンスターが居ないと喜んだのはただの楽観視でしかなかった。
俺のいるすぐ下の斜面。木々の覆うあっちからこっちまでという長い距離に音を鳴らす相手が何であるか。
答えははっきりと頭に浮かんでいるのに、俺は必死に他の可能性を探してしまう。
もし眠っていたのなら、良かれと思った照明弾の音が奴を目覚めさせてしまったのかもしれない。
最初に出した答えを覆すものなど何もなかった。
音の方へ視線を凝らすと、首を回すことができた。痛みの感覚が戻ってきて、俺はバチリと合った青色の視線に、ついさっき安堵した気持ちをえぐられる気分だった。
全身を包み込んだ畏怖に、俺は今目覚めたことを後悔している。
向こうの世界で普通の高校生活をしていたなら、なかなか遭わないだろう災難に二度も遭遇したのだから、俺は本当に異世界に居るんだなと実感してしまう。
一度目はこの世界に来てすぐのことだ。
場所もこのグラニカ自然公園。緋色の魔女に刺されるという悪夢から生還した俺は、再び彼女に追い詰められて崖を転げ落ちたのだ。
あの時は偶然通りかかったチェリーに助けられたけれど、今回はどうだろう。
崖とはいえ土で覆われた急傾斜だったことで、俺はどうにか生を繋ぎとめることができたようだ。
俺はおそらくまだ生きている。けど、目を開けばまたモンスターと戦わなければならないのなら、もう少しこうしていたいと思ってしまう。
白濁とした闇に身を任せてぼんやりと漂っていると、もう戻らなくてもいいのかなと思えてしまう。
心地良い――。
そう思えるのに、目を覚まさないわけにはいかなかった。
この快楽を邪魔するように、アイツが俺を呼んでいたからだ。
「俺は生きてるんだよな……?」
そっと口を動かすと、声の音とともに白い空間に光が差し込んだ。
「佑くん!」
木の枠で切り抜いたような青い空が目に飛び込んでくる。
彼女の声は遠いけれど、美緒の声だとはっきり分かった。
べったりと貼りつく汗に、血の匂いが漂う。これは俺の血だろうか。
不揃いに並ぶ木々の間を、俺が滑り降りてきた痕が残っている。
俺が最初にコケた坂のてっぺんは、重なって生えた木や草に覆われて見えない。
剣も手放してしまった俺は身体の自由も奪われて丸腰の状態だったが、幸運にもそこにモンスターの気配は感じられなかった。
仰向けに倒れたままの身体が鉛のように重く感じて、手足が言う事を聞いてはくれない。
絞り出すように「美緒」と返した声は、たくさんの息を含んで、その場にくぐもってしまう。
「佑くん!」
それが泣き叫ぶ音に変わって、「ユースケ」とチェリーの声も後に続いた。
俺はここに居る。まだ生きているのに、それを伝えることができないもどかしさに怒りが込み上げた。
照明弾が残っていれば打ち上げることができたのに、シーモスを追い払うために使ってしまった。その事に後悔はないけれど、助けを求める術は他に思いつかなかった。
だから、他の誰かに照明弾を上げて欲しいと願う。
そう祈った俺に答えて、誰かがそれを実行した。
音を一点に絞り上げるようなキュウンという爆音が、高い空へ突き抜けていく。
「美緒、チェリー」
眩しさに目を閉じると、涙が滲んだ。きっと二人が上げてくれるんだと安堵しながら光が止むのを待った。
けれど。
俺は全身で別の音を感じ取ってしまう。
ズズズ、と酷く重いものが左から右へと土を這う音だ。
崖から転落した俺が目覚めて、そこにモンスターが居ないと喜んだのはただの楽観視でしかなかった。
俺のいるすぐ下の斜面。木々の覆うあっちからこっちまでという長い距離に音を鳴らす相手が何であるか。
答えははっきりと頭に浮かんでいるのに、俺は必死に他の可能性を探してしまう。
もし眠っていたのなら、良かれと思った照明弾の音が奴を目覚めさせてしまったのかもしれない。
最初に出した答えを覆すものなど何もなかった。
音の方へ視線を凝らすと、首を回すことができた。痛みの感覚が戻ってきて、俺はバチリと合った青色の視線に、ついさっき安堵した気持ちをえぐられる気分だった。
全身を包み込んだ畏怖に、俺は今目覚めたことを後悔している。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる