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最終章 別れ
165 俺が異世界に来た目的
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俺がこの異世界に来た目的といえば、勝手に異世界へ行ってしまった美緒を連れ戻すためだ。
彼女と一緒に向こうへ戻れば、ミッションコンプリート。目的達成だけれど。
この世界で瑛助が生きていると知ったことも、メルやみんなに会えたことも、死にかけたことも何もかもを忘れてしまうのだろうか。
そうなることは初めから分かっていたはずだ。
なのに。
絶望に似た恐怖を覚えて、俺は意識が遠のいていく感覚に自分の両腕を強い力で握りしめた。
「ああっ、クラウ!」
ヒルドの声にハッと我に返り、俺は視界の隅に居るクラウを必死に目で追い掛けた。
戦いはもう始まっている。
クラウの伸ばした剣を数歩後ろに逃れたワイズマンが、胸の高さに掌を滑らせた。手の示した軌道に沿って、先端に青い光を燻らせた炎の玉が宙に並び、帯状に繋がる。
短く怯んだクラウ目掛けて、槍のように放たれる炎。それは竜を模したかのようにうねりながら飛び込んでいく。
クラウの懐まで、ほんの一瞬。けれどクラウが炎へ向けて突き出した両手から薄い光の膜が現れて、溶け落とすように青の炎を朽ちさせた。
緋色の大きな塊がドロリと地面に落ちる様を目の当たりにして、俺は恐怖と同時に心臓を高鳴らせて戦闘に見入ってしまう。
ワイズマンの炎の追撃に、今度はカウンターを試みる。クラウのかました雷鳴が突然頭上に大きい音を立てて、俺は「わぁ」と驚愕に叫んでしまった。
稲妻は、ワイズマンの振り乱した青色の髪をかすめて、俺たちのすぐ横の木に直撃する。
バリバリと音を立てて炎を吹き上げた大木から飛び退って、俺たちは慌てて場所を変えた。
「これじゃちょっと狭いよね」
不敵な笑みを浮かべ辺りを見渡したクラウが、「待って」と言い置いて2歩横へとズレた。ワイズマンは不審げに眉を寄せつつも、従って様子を伺う。
クラウは腕を横に伸ばし、右足を軸にその場でぐるりと一回転した。
手から放たれたのは攻撃系の魔法ではなく、煙のような黒いモヤだった。掌から湧き出たそれが大きく膨れて辺りの風景を包み込んでいく。
まるで地面が溶けたチョコレートのように、モヤを纏った木々が緩くなった茶色の地面へと沈み込んでしまう。
「確かにこの方が戦いやすいですね」
同意するワイズマンに、クラウは「でしょう」と微笑んだ。
黒いこのモヤの色を、俺は覚えている。
初めてクラウに会った公園で、倒したカーボを消し去ったやつだ。
木の先端までを覆った闇は木々を全て地面に飲み込ませると、パンと音を立てて霧散した。
あの時のカーボはこっちの世界のメルへ届けられ、後に俺の胃袋に入る結果となったが、今回の木々はどこへ消えたのだろうか。
辺りの緑が消え去り円形にくり抜かれたその場所が、闘技場かと思えるほどに広くなってしまった。同じ理由で辺り一面を燃やしたワイズマンよりは賢い手段だろうか。
ただ、山道とはいえ山の中腹――足元は斜めでおぼつかない。
雨のせいで緩くなった土と傾斜に足を取られながら、俺とヒルドは捕まる木もない位置で二人の戦いを見守った。
ワイズマンが改めて短剣を構える。右手の拳から刃の先端までが異様に短く感じるのは、彼に応えたクラウの聖剣が、倍以上の長さの刃を付けているからだろう。
俺たちが普段使っている剣よりも若干大きめの聖剣は、この戦いにおいて有利だと俺は感じていた。けど、それは素人の浅はかな考えだったようだ。
「押されてる?」
間合いに飛び込んだワイズマンが、素早い動きで短剣を繰り出している。
一刃一刃見極めて、聖剣で受け止めるクラウ。その俊敏さは凄いと思うけれど、少しずつ立ち位置が後退している。
短剣のリーチが短いことがワイズマンにとって不利な気がしたが、そう思わせない彼の戦いぶりに俺は息をすることさえ忘れてしまう。
「そっからどうする?」
息を抜けば、意識が逸れれば、次の瞬間に死が待っている。
あんなに苦労して手に入れた聖剣は、やはり際立って凄いようには見えなかった。
魔王の象徴と言うだけで役目的には十分なのだろうか。
過度な期待をしてはいけないと思うのに、やっぱり一発逆転を願ってしまう。
くり抜かれた空間の端が迫ってきたところで、クラウはワイズマンの剣を逃れて腰を落とした。彼の脇の下をすり抜け、背後へと滑り込む。
体をすぐに立て直して今度は先に剣を振った。
それで決着がつくわけではなかったけれど、戦況はこれで五分五分だ。
ひとまずの難を逃れたクラウに短く息を吐いた俺は、二人を目で追いながらヒルドへと声を掛けた。
「勝てるのか? これは」
「僕たちが勝つって信じなくてどうするの?」
キンと高鳴る金属音。
その音が肉を切る音に変わらないようにと祈りつつ、俺は「けど」と漏らした。
「常識的に考えて、俺と血の繋がった奴が生身で魔法世界の男に勝てると思うか?」
「そうじゃないよ、ユースケ。あの人は今までちゃんと訓練してきた人だよ。ユースケには悪いけど、うちの魔王は強いんだからね」
二人から視線を外して、ヒルドが「もおっ」と腰に手を当てた。
「何、弱気になってるんだよ」
「……だよな」
20年以上この世界に居るクラウは、のほほんと平和な世界でぼんやり暮らしていた俺とは違う。分かってる。そう思いたい。
幼い瑛助が死んだ時の衝動が込み上げて、俺は叫びたくなった。けれど、気持ちをぐっと閉じ込めて、握りしめた拳に力を込めた。
「勝ってくれ」
呪文のように何度も唱えると、ヒルドが「それより」と一つの疑問を切り出した。
「ワイズマンの目は青いんだね」
ふと呟いたヒルドの言葉に、俺は「え」と首を傾げる。俺もそれは気付いていたが、深く考えてはいなかった。
同じ青い目をしたメルを取り込んだ時がどうだったかは分からないが、確かにクラウを取り込んだ時、奴の目は本人のまま黒い色をしていた。
それなのに、今はドラゴンの時と同じ青い目をしている。
何かあるのか? と疑問に思ったものの、すぐに戦闘へと意識が持っていかれた。
クラウの剣がワイズマンの肩を突く。
「ぐわぁ」と低い悲鳴が響いて、刃を引き抜いた患部に血の色が溢れた。しかしその場に崩れるワイズマンの手からは、目に見えない圧力波が飛び出す。
打ち上げられた弾のようにクラウの身体が仰向けに背面で飛び上がり、宙に弧を描いて背中からドサリと地面に落ちた。
クラウは斜面を転げ落ち、空間の端で固まってしまう。
地面に崩れたワイズマンとクラウに沈黙が起きた。
「ええっ」と二人の死を頭によぎらせた俺の横で、ヒルドが空へ照明弾を撃ち上げたのだ。
彼女と一緒に向こうへ戻れば、ミッションコンプリート。目的達成だけれど。
この世界で瑛助が生きていると知ったことも、メルやみんなに会えたことも、死にかけたことも何もかもを忘れてしまうのだろうか。
そうなることは初めから分かっていたはずだ。
なのに。
絶望に似た恐怖を覚えて、俺は意識が遠のいていく感覚に自分の両腕を強い力で握りしめた。
「ああっ、クラウ!」
ヒルドの声にハッと我に返り、俺は視界の隅に居るクラウを必死に目で追い掛けた。
戦いはもう始まっている。
クラウの伸ばした剣を数歩後ろに逃れたワイズマンが、胸の高さに掌を滑らせた。手の示した軌道に沿って、先端に青い光を燻らせた炎の玉が宙に並び、帯状に繋がる。
短く怯んだクラウ目掛けて、槍のように放たれる炎。それは竜を模したかのようにうねりながら飛び込んでいく。
クラウの懐まで、ほんの一瞬。けれどクラウが炎へ向けて突き出した両手から薄い光の膜が現れて、溶け落とすように青の炎を朽ちさせた。
緋色の大きな塊がドロリと地面に落ちる様を目の当たりにして、俺は恐怖と同時に心臓を高鳴らせて戦闘に見入ってしまう。
ワイズマンの炎の追撃に、今度はカウンターを試みる。クラウのかました雷鳴が突然頭上に大きい音を立てて、俺は「わぁ」と驚愕に叫んでしまった。
稲妻は、ワイズマンの振り乱した青色の髪をかすめて、俺たちのすぐ横の木に直撃する。
バリバリと音を立てて炎を吹き上げた大木から飛び退って、俺たちは慌てて場所を変えた。
「これじゃちょっと狭いよね」
不敵な笑みを浮かべ辺りを見渡したクラウが、「待って」と言い置いて2歩横へとズレた。ワイズマンは不審げに眉を寄せつつも、従って様子を伺う。
クラウは腕を横に伸ばし、右足を軸にその場でぐるりと一回転した。
手から放たれたのは攻撃系の魔法ではなく、煙のような黒いモヤだった。掌から湧き出たそれが大きく膨れて辺りの風景を包み込んでいく。
まるで地面が溶けたチョコレートのように、モヤを纏った木々が緩くなった茶色の地面へと沈み込んでしまう。
「確かにこの方が戦いやすいですね」
同意するワイズマンに、クラウは「でしょう」と微笑んだ。
黒いこのモヤの色を、俺は覚えている。
初めてクラウに会った公園で、倒したカーボを消し去ったやつだ。
木の先端までを覆った闇は木々を全て地面に飲み込ませると、パンと音を立てて霧散した。
あの時のカーボはこっちの世界のメルへ届けられ、後に俺の胃袋に入る結果となったが、今回の木々はどこへ消えたのだろうか。
辺りの緑が消え去り円形にくり抜かれたその場所が、闘技場かと思えるほどに広くなってしまった。同じ理由で辺り一面を燃やしたワイズマンよりは賢い手段だろうか。
ただ、山道とはいえ山の中腹――足元は斜めでおぼつかない。
雨のせいで緩くなった土と傾斜に足を取られながら、俺とヒルドは捕まる木もない位置で二人の戦いを見守った。
ワイズマンが改めて短剣を構える。右手の拳から刃の先端までが異様に短く感じるのは、彼に応えたクラウの聖剣が、倍以上の長さの刃を付けているからだろう。
俺たちが普段使っている剣よりも若干大きめの聖剣は、この戦いにおいて有利だと俺は感じていた。けど、それは素人の浅はかな考えだったようだ。
「押されてる?」
間合いに飛び込んだワイズマンが、素早い動きで短剣を繰り出している。
一刃一刃見極めて、聖剣で受け止めるクラウ。その俊敏さは凄いと思うけれど、少しずつ立ち位置が後退している。
短剣のリーチが短いことがワイズマンにとって不利な気がしたが、そう思わせない彼の戦いぶりに俺は息をすることさえ忘れてしまう。
「そっからどうする?」
息を抜けば、意識が逸れれば、次の瞬間に死が待っている。
あんなに苦労して手に入れた聖剣は、やはり際立って凄いようには見えなかった。
魔王の象徴と言うだけで役目的には十分なのだろうか。
過度な期待をしてはいけないと思うのに、やっぱり一発逆転を願ってしまう。
くり抜かれた空間の端が迫ってきたところで、クラウはワイズマンの剣を逃れて腰を落とした。彼の脇の下をすり抜け、背後へと滑り込む。
体をすぐに立て直して今度は先に剣を振った。
それで決着がつくわけではなかったけれど、戦況はこれで五分五分だ。
ひとまずの難を逃れたクラウに短く息を吐いた俺は、二人を目で追いながらヒルドへと声を掛けた。
「勝てるのか? これは」
「僕たちが勝つって信じなくてどうするの?」
キンと高鳴る金属音。
その音が肉を切る音に変わらないようにと祈りつつ、俺は「けど」と漏らした。
「常識的に考えて、俺と血の繋がった奴が生身で魔法世界の男に勝てると思うか?」
「そうじゃないよ、ユースケ。あの人は今までちゃんと訓練してきた人だよ。ユースケには悪いけど、うちの魔王は強いんだからね」
二人から視線を外して、ヒルドが「もおっ」と腰に手を当てた。
「何、弱気になってるんだよ」
「……だよな」
20年以上この世界に居るクラウは、のほほんと平和な世界でぼんやり暮らしていた俺とは違う。分かってる。そう思いたい。
幼い瑛助が死んだ時の衝動が込み上げて、俺は叫びたくなった。けれど、気持ちをぐっと閉じ込めて、握りしめた拳に力を込めた。
「勝ってくれ」
呪文のように何度も唱えると、ヒルドが「それより」と一つの疑問を切り出した。
「ワイズマンの目は青いんだね」
ふと呟いたヒルドの言葉に、俺は「え」と首を傾げる。俺もそれは気付いていたが、深く考えてはいなかった。
同じ青い目をしたメルを取り込んだ時がどうだったかは分からないが、確かにクラウを取り込んだ時、奴の目は本人のまま黒い色をしていた。
それなのに、今はドラゴンの時と同じ青い目をしている。
何かあるのか? と疑問に思ったものの、すぐに戦闘へと意識が持っていかれた。
クラウの剣がワイズマンの肩を突く。
「ぐわぁ」と低い悲鳴が響いて、刃を引き抜いた患部に血の色が溢れた。しかしその場に崩れるワイズマンの手からは、目に見えない圧力波が飛び出す。
打ち上げられた弾のようにクラウの身体が仰向けに背面で飛び上がり、宙に弧を描いて背中からドサリと地面に落ちた。
クラウは斜面を転げ落ち、空間の端で固まってしまう。
地面に崩れたワイズマンとクラウに沈黙が起きた。
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