貧乳世界の魔王が作った巨乳ハーレムに入ってしまった幼馴染を連れ戻すために、俺は異世界へ旅立つ!

栗栖蛍

文字の大きさ
169 / 171
最終章 別れ

169 勝敗

しおりを挟む
『いいか、絶対に死ぬんじゃないぞ? 即死さえまぬがれれば、治癒師の力で復活できる。いいな? はらわた出してでも、息だけはしとけよ?』

 俺がこの世の生に目を伏せたのと同時に、ゼストの言葉がまた追い打ちをかけて頭を駆け抜けていった。

 俺が俺であることを、まだちゃんと覚えている。
 生死の判断材料が呼吸だとすれば、俺はまだ死んでいないのかもしれない。けれど、腸が飛び出している状況は勘弁してほしい。

 柔らかな闇に身を委ねて、俺の意識は深い場所へと沈んでいくのだろうと思っていた。それなのに、神様は俺に穏やかな死を迎えさせてはくれないらしい。

 全ての感覚から解放された筈の俺は、休んでいる間もなく現実へと引き戻される。
 心臓に急激な痛みを覚えて、飛び起きるように目を見開いた。

「ぐは……!」

 死を連想せざるを得ない痛みで、俺は自分の生を悟った。
 手足は動かないのに、心臓の痛覚だけがやたら敏感だ。

 心臓をダイレクトに鷲掴みにされて、グリグリと爪を立てながらかき回されたような痛みと吐き気に、逆にやめてくれと死を願ってしまう。
 ぼやけた視界が赤くにじんで、俺はとその状況を理解した。

 少しずつ鮮明になる風景は、全てが赤く色付いている。
 フィルターが掛けられたように見えるのは、すぐそこで赤い光が揺らめていているからだ。

 どうやら俺は、赤い悪魔の力で地獄の底から引きずり上げられたらしい。
 けれど身体が仰向けになっていること以外、自分の状況が分からない。

「が……」

 痛みに足掻いて、貧弱な声を漏らすだけが俺の生きている証明だ。

「ユースケ」

 俺を呼ぶ声が聞こえた。

「無茶しないでくれ。お願いだ」

 赤く目を光らせる悪魔が、側で俺を見下ろしている。その姿に俺は達成感を膨らませて、大声を上げて泣きたくなった。
 なのに、俺の胸にはまた容赦なく痛みが突き刺さってくる。
 意識が飛びそうになるのを堪えると、赤い悪魔は「もう大丈夫」と痛みとは真逆の言葉をかけてきた。

「そん、な……」
「信じて」

 切なさの滲む穏やかな声を合図に、全身の痛みがフワリと抜ける。
 心臓から手足の先に向けて、緩やかに感覚が戻っていった。

「あ――」

 はっきりと声が出せることを確認して、俺は赤い光をまとった魔王を見上げた。
 彼の持つ剣が、俺達のとは違う色を漂わせている。

「やったじゃねぇか」

 そう伝えてみたものの、声はかすれてしまった。

「ユースケのお陰だ。本当は、この姿で戦いたくなかった。暴走すると理性をなくすかもしれないから。けど、杞憂きゆうだったみたいだね。ユースケをこんな目に遭わせて悪かったと思ってる」

 「申し訳ない」と頭を下げるクラウに、俺は顔を小さく横に振った。
 メルが国民に手を掛けたのも、俺やヒルドを襲ったのも、魔王の力で暴走してしまったメルが理性を失ってしまったことが原因だ。確かにクラウもそうなっていたら、聖剣こそ赤く色付くが、ワイズマンを倒すどころの話ではなくなっていたかもしれない。

 指先が感覚を取り戻して、俺は真っ先に自分の腹を確認した。
 腹の皮が繋がっている。どうやら腸は出ていないようだ。

 さっきはメルの膝枕に乗っていた俺の頭は、固い地面の上にある。
 よろりと体を起こそうとすると、今度は全身が痛んで慌てて力を抜いた。
 そこは戦場のど真ん中。
 クラウが暴走した姿で青髪のメルーシュを見据えながら立ち上がる。

「ユースケ。自分にとっての一番を見誤っちゃいけないよ」
「えっ……?」
「美緒は、ちゃんとユースケが連れ帰ってあげて」

『美緒を頼む』
 俺が言ったその言葉が、暴走のきっかけだったのだろうか。

「その姿で、はっきりと意識があるのは感心しますね」

 ワイズマンが発するメルーシュの声に身構える俺を一瞥いちべつして、クラウは赤く染まった聖剣をヤツに向かって伸ばした。

「僕だって驚いてるよ。けど、天はどうやら僕に味方してくれるらしい」
「強そうな表情もできるんですね」
「そりゃあ僕だっていつも笑ってるわけじゃないからね」

 しっとり笑むワイズマンから視線を逸らし、クラウは戦場の端に固まるメルたちの方へ向かって彼女の名前を呼んだ。

「リト!」
「はい、クラウ様!」

 けれど返事は真逆の方向から飛んできた。寝ころんだ俺の頭のすぐ側だった。紛れもない彼女の声だ。
 ふんわりと優しい匂いが鼻をかすめる。俺が首の痛みを耐えつつ顔を向けると、黒いタイツの足が二本、目の前に立っていたのだ。

「あ……」

 スラリとした長い足の向こうに、親衛隊のハイレグ衣装。そして黒髪に眼鏡をかけたリトが俺をじっと見つめている。

「リトさん……えっと、ど、どうして」

 あまりにも突然の登場に動揺を隠せずにいると、「ほぅら、動くと痛いですよ」とリトは膝を地面に下ろして、顔を近付けてきた。
 ワイズマンが放ったモンスターと戦闘中だった彼女は、さっきまでここに居なかったはずだ。

「どっから来たんだろう? って顔してますね。気にしないで下さい、ユースケさん」
「リト、ユースケのことは頼んだよ」
「お任せ下さい、クラウ様」

 元気よく返事して、リトは俺の頭を乱雑に両手で持ち上げて、黒タイツの膝に乗せた。再び訪れた膝枕の感触は、さっきより柔らかい。

「す、すみません」
「この方が私が楽なだけです」

 リトは俺の心臓に右手を押し付けると、反対の手を空に向かって高くかざした。
 霧のような白い光が掌から降って来て、俺たちを包み込む。どうやらバリアのようなものらしいが、それもあっという間に消えてしまう。

「まだ貴方を動かすわけにはいかないので。じっとしてて下さいね」
「あ、あぁ」

 戦場のど真ん中。光は消えてしまったが、ちゃんと効いているのだろうか。
 魔法が直撃したら、無事でいられるとは思えない。

「大丈夫ですよ、クラウ様は強いんです。私も一緒に居ますから、安心してください」

 このバリアの性能も、クラウの強さも、今は彼女を信じて従うしかない。
 優しく細められた丸い瞳が俺を見ていた。リトからのこんな待遇は治療される身にならないと味わえないのかもしれない。

「そろそろ時間だ」

 クラウの声が響いて、同時に赤い光が辺り一面に沸き立った。
 ゴオという強い風のような音が繰り返し鳴っている。
 俺はリトの作ったバリアのお陰で少々の風すら感じることはなかったが、当のクラウと青髪のワイズマンは、長い髪を風になびかせていた。

「これで決めるよ」

 クラウの声が嬉しそうな音を含んでいる。
 赤い髪に赤い目は、悪魔や鬼に例えられるくらいに普段とは真逆の雰囲気を醸し出しているが、嗜虐的しぎゃくてきな様子はなかった。その表情は、まるで勝利を確信したかのようにさえ見える。

「ちょっ」

 炎と風の感覚はないけれど、目の前を高速で過ぎていく炎に俺は恐怖を覚えずにはいられなかった。
 緋色の炎の奥に黒いシルエットを灯して、激しく行き交うクラウとワイズマン。そんな二人を見据えながら治療を続けるリトの下で、俺は慌てて目を閉じてしまう。

 何度も吹きつける炎の風は俺に何のダメージもよこしてはこないが、視覚の恐怖からは逃れることができない。
 そして急に音がやんで、リトが「あっ」と声を漏らした。

「目を開けても平気ですよぉ。クラウ様の勝ち。心配いらなかったでしょう?」
「えっ?」

 ひゅうと風の音が抜けて、緊張が緩んだ。
 何が起きたのかさっぱり分からない。炎の勢いに目を閉じていたのは、ほんの数秒のことだ。
 恐る恐る目を開けてその戦場に首を回すと、俺達から少し離れたところで二人が間合いを詰めてじっと対峙しているところだった。

 青髪のワイズマンの背と、クラウの正面。
 リトの口ぶりからクラウの勝利を確信した俺は、目にした状況に戸惑って「えっ?」と疑問符を投げつけた。

 一本の剣先が相手に突きつけられている。
 少し動いたら、少しでも気に食わぬことを口にすれば、いつでも仕留めることができる距離感。
 これをリトハクラウの勝利だというのか。

「なんで、クラウがやられそうになってるんだよ」

 この状況で勝敗が決まったというのなら、もちろん勝利したのは剣を突き付けている人間の筈だ。
 それなのに俺が今目にしているのは、短剣を目の前に突き付けられたクラウの姿だった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

勇者のハーレムパーティー抜けさせてもらいます!〜やけになってワンナイトしたら溺愛されました〜

犬の下僕
恋愛
勇者に裏切られた主人公がワンナイトしたら溺愛される話です。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

処理中です...