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Episode3 龍之介

49 緊張を破る声

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 再び「来ないで」という京子の声がして、龍之介は綾斗あやとを見送った視線を戦闘中の二人へ返した。
 今にも飛び出して行きそうな朱羽あげはが、不満げな顔で趙馬刀ちょうばとうの光を消す。

「ここまで来たら、私がやってもいいのよ?」
「ここまで来たから私がやるの」

 京子もまた趙馬刀をしまい、地面を蹴り付けた。素早く胸の前に構えた手から、今度は白い光を生成する。

「強がるのも程々にしといた方が身のためだぜ?」

 余裕顔のガイアは京子へ向けた掌を腰の位置から撫でるように頭上へと滑らせた。宙に白く貼り付いた軌跡きせきが、龍之介にはバリアのように見える。

 「違うよ」と笑った京子の手中で、光がどんどん膨らんでいった。上半身を隠す程の大きさになったところで、京子はそれを両手で頭上へと持ち上げる。
 龍之介は強い光に目を細めつつ、目の前の光景にしがみついた。

「強がってなんかいない。私の本気が知りたい?」
「どうするつもりだ」

 なおも巨大化する光の球を、京子は細い腕で地面へと打ち付けようとする。
 ガイアが見せた危うい表情に、龍之介は彼女の勝利を予感した。

 それなのに。
 余裕の気持ちで勝敗を見守る空気を、緊張感のない声が打ち砕いたのだ。

「うわあっ、何だこれぇ」

 驚愕の視線が声に集中する。
 小学校高学年くらいの少年が、好奇心を剥き出しにしてどこからか駆け寄って来た。

「ちょっと君、何してるの?」

 京子の光がみるみると力を失う。
 一番近くに居た龍之介が慌てて少年の手を掴むと、彼は「えっ?」と目を丸くした。

「危ないから逃げて! 公園ここに居ちゃ駄目だよ!」
「お兄さんは……?」

 首を傾げる少年の疑問に、朱羽が鋭く声を重ねる。

「ガイア!」

 朱羽が再び趙馬刀に刃を付け、今度こそ広場へ飛び出した。

 京子が少年に気を取られていた隙を、ガイアが狙う。
 朱羽の攻撃が伸びる一歩手前で彼の念動力が地面に落ちた縄を捕らえた。朱羽を拘束していたものだ。
 細い縄は生き物のようにぐにゃりと宙へ跳び上がり、今度は素早く京子の身体へ巻き付く。

「神様ってのは、どうやら俺に味方してくれてるみてぇだな」

 体勢を崩した京子へヒラヒラと手を振って、ガイアは朱羽へ竿を構えた。

「アンタの時で学習したからな、さっきよりキツく締めといたぜ」
「だったら礼の一言でも言ってみなさいよ」
「あんがとよぉ!」

 ベロリと舌を出したガイアに、京子は「くっそぉ」ともがく。
 彼の言う通り、さっき朱羽が縄をブチリと千切ったようにはいかないらしい。

「私が相手よ」

 趙馬刀を両手に握った剣道の構えをとる朱羽に、ガイアは「ほぉ」と眉を上げる。

「いいじゃん? じゃあ、そっちのアンタは眠っててくれ」

 ニヤリとガイアの口角が上がるのと同時に、京子の身体が拘束された状態で宙に舞い上がった。人間の重さを軽々と操る技に、龍之介は両手の汗を握り締める。
 京子は人の背を倍以上にまで浮き上がったところで、悲鳴を上げる間もなく高速で地面に叩き付けられた。

 バシャリと鈍い音を立てて砂が舞い上がる。

「京子!」
「京子さん!」

 地面に衝突する寸前で、白い光が彼女の身体を包むのが見えた。それが何なのか龍之介には分からないが、イヤホン越しに京子の呼吸音が届いて、もう一度「京子さん」と呼び掛ける。

「生きてる……大丈夫だから」

 そのまま彼女の音は途絶えた。
 気絶であってほしいと願う。次にザザザっと雑音がした後、今度はクリアに朱羽の声が届いた。

「生きてる」

 京子と同じセリフを言って、朱羽は龍之介に指示した。

「龍之介、その子を外へ連れてってあげて」
「分かりました。朱羽さんは……」
「私がガイアの相手をする。任せておいて」
「どうか無事でいて下さいね!」

 にっこりと笑んだ朱羽に龍之介は不安げに頷き、「行こう」と震える少年の手を引いた。逃げ遅れた彼をここから離すのを最優先させなければならない。

「やってくれるじゃない」

 桜の夜を彷彿とさせる鋭い声で、朱羽はガイアを威嚇いかくする。

「俺は、気付いちまったんだよ」

 龍之介は、少年の腕とさすまたを握ったまま走り出す。もう少し二人の会話を聞いていたいと思うのに、距離が広がるごとに音はどんどん遠ざかってしまう。
 意味深なガイアの言葉の深層がザーザーと砂嵐にかき消された。

 背後が明るくなった気がして振り向くと、慰霊塔の麓に光が膨れて光線のように弾ける。

「朱羽さん!」

 少年の腕を引いたまま戻るわけにはいかなかった。
 彼女の無事を祈って、龍之介は全力で外を目指した。
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