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Episode3 龍之介

83 憧れのヒーロー

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 ウィルに会いたいと懇願するシェイラを前に、マサが「馬鹿野郎」と大きく溜息を吐き出した。

「やって良い事と悪い事の判断ぐらいしろって言ってんだ。大人だろ? お前に恩なんて何もねぇが、自分の罪を認めて償うっていうなら、ひと目ぐらい会わせてやろうか?」

 突然の恩情に、朱羽あげはが声を張り上げた。

「甘いですよ、マサさん!」
「良くねぇ事は分かってるよ」

 マサは周りのキーダーをサッと見渡し、肩をすくめて見せた。
 ウィルに一目会う事はシェイラが望んだ事だけれど、彼女自身も「本当に?」と半信半疑な顔をする。

「ウィルに会わせてくれるなら、何でもするわ」
「この一回で、会えるまでの時間が更に一年延びたとしても?」
「それでもいい。今、会いたいの」
「なら、こっからの十年を耐えるための覚悟をしてきな。まぁこんだけやらかしたお前の罪をちょっと増やしたところで、たいして変わらねぇってことだ」

 マサはにんまりと笑って、ズボンのポケットに丸めたまま押し込んであったホチキス止めの資料を、バトン渡しのように龍之介へ差し出した。

「これを地下の資料庫に持って行って欲しいって、俺が龍之介に頼むだけだよ。隙を見たシェイラが龍之介の後を追い掛けたなら仕方ねぇだろ? 俺たちがシェイラを探せばいいのさ。ここで逃がした所で、ノーマルにはあの壁を超える事なんてできないからな」
「それを俺がやるんですか?」

 マサの考えた作戦は無理矢理感が否めないが、それ以外の方法も思いつかず、龍之介はペラペラの資料を受け取る。

「お前は硬く考えるな。IDカード持ってるだろ? それで地下の資料庫に行けばいい」
「は、はい」

 龍之介がポケットをまさぐってカードを確認すると、不満顔の朱羽が再びマサに噛みついた。

「甘いですよ、マサさん!」
「なぁに、鉄格子越しになら構わねぇだろ」
「甘いです!」

 朱羽はそれを繰り返して、シェイラを振り返った。

「両想いだから会えるとか、会いたいから会えるとか、そんなに世の中甘くないのよ。けど……ウィルも貴女に会いたいって言ってたわよ」
「……そうなの?」
「貴方が今回した罪をきちんと自覚して。他の誰でもない、ウィルが一番貴女を心配してるんだから」

 ギュッと目を閉じるシェイラは、また泣いてしまう。首の刺青さえなければ、どこにでもいそうな少女だ。
 マサは資料庫までの手順を説明して、最後に「頼んだぞ」と龍之介の肩を叩いた。

「下の警備は外しとく。ガイア、お前は行かなくていいのか?」
「ウィルになんて会いたいとも思わねぇよ」

 シェイラはそんなガイアを一瞥し、マサや朱羽に無言のまま頭を下げた。

「俺はこの夢見る兄ちゃんを医務室に連れて行かねぇとな。修司、手伝ってくれ」
「は、はい」

 長身の銀次をひょいと抱き上げるマサに、龍之介は「そういえば」と声を掛ける。

「昔、銀次がテレビで戦ってるマサさんを見たらしくて。ずっと憧れだったって言ってました」
「嬉しい事言ってくれるじゃねぇか。テレビなんてたまたま出ただけなのにな。そんな時もあったなぁ」

 マサは顔いっぱいに笑顔を広げて、銀次をアルガスの中へと運んでいった。
 目覚めた時、銀次は自分のヒーローを目にするのかもしれない。


   ☆
 背中の向こうにシェイラの足音を聞きながら、龍之介は地下への階段を一歩一歩下りていく。警備を外しておくと言ったマサの言葉通り、廊下はシンとしていた。

 階段が途切れた先は薄暗く、息苦しささえ感じられる。短い廊下の奥に別の階段が下へと伸びているのを確認して、龍之介は『資料庫』と書かれた扉の前に足を止めた。

 機械に自分のカードをかざすと、すんなりロックは解除される。
 少し後ろを歩くシェイラに背を向けたまま、声を潜めて独り言のように呟いた。

「資料の置き場所が分からないから、五分くらいかかりそうだなぁ」

 ほんのり甘い香りを漂わせて気配が背中を通り過ぎる。

「アンタ、もう少し自分の事大事にしろよ」

 ずっと思っていたことをそっと吐き出すが、彼女の耳に届いていたかどうかは分からない。
 階段の奥へと足音が遠ざかって一瞬訪れた沈黙の後、「ウィル」とすすり泣く声が小さく響いた。

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