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Commentary
特定保険用生体技術研究所
しおりを挟む「……おい」
椅子に座ったまま静観していた菊が少女に呼びかける。
対し、彼女は端的に「大丈夫。別状はない」と答えた。
そしてそのまま、フードの内側から出した手錠をかけて両手を拘束する。
「元々彼には催眠が掛かって居た。それを解く手助けをしただけ」
撫子が、催眠?と不思議そうに、恐る恐る少女に近寄る。
少女は気まずそうに撫子から距離を取って、顔を逸らしつつ「そうよ」と続ける。
「目が覚めたら暴れ出すでしょうから。こうしていてもらいましょう」
菊は、何か言いたげに目を丸くした。
――というところで、お茶と饅頭の準備をしていた花子が、給湯室から戻って来て目を丸くする。
「わ、わぁ!? ど、どういう状況」
いつのまにやら、少女は拘束した晶を連れて行こうとしていた。
しかし、晶は少女の2倍くらいのサイズがある。重たいらしく、ちょっと手こずっている。
「晶をどうするんだ?」
菊が尋ねると、連れて行くんですよと少女は簡潔に答える。
この事務所に居る面々基本的には個人主義の意識が強いので、
菊も、まぁどうでもいいかなくらいに考えて居たのだが、それでも、散々騒いでいた晶が大人しくなった目の前の状況への興味はある。
「連れて行くって、何処に行くんだ。あんたは、その。挑戦者がどうとかって」
「えぇ。挑戦者。彼はそのボスから洗脳を受けているんです。『これは良かれと思ってやって居る』『みんなの為になる事』――――でも、身体は違う」
それは、菊も花子も思っていた事だった。
晶の言動が、始終バラバラだという違和感。
――――例えば、『能力者の能力の情報を売り渡すのがどれほど危険なのか』という事。
何度か攫われそうになっている界瀬や、常に監視されている藍鶴色を見ているだけでもそれは明白だった。
常に危険と隣り合わせ、リスクを綱渡りして日常を送っている。
平均的な知能があれば、ずっと真近で見て来たであろう彼らが置かれている状況が『解らない筈がない』のだ。
何も知らなかった、なんて簡単に盗んで来られる精神状態で以て
『みんなの為』なんて言葉が通用する訳がない。
他のメンバーにしたところで、それは同じ事で、当時に知られて居れば袋叩きにあって然るべきだった。
なのに、彼の思想、言葉と裏腹にきっちり盗みをやってのけての退所。
逃げたと思われるほど鮮やかに、自分に非が行かないように計算してある。
これだけでも口先だけで『良かれと思って』『皆の為』と言うのは、理想とあまりに乖離しており、矛盾している。
「言っている事と彼が実際にやって来た事が大きく違う。
彼に嘘を吐いている自覚が無いとするなら、スパイとして洗脳され、操られているというのはしっくりくるんじゃないですか」
「それは……」
花子が、チラっと目を閉じたままの晶を見る。
今までずっと感じて居た違和感。自覚してしまうと、そうとしか思えない。
一般的な個人情報でさえ悪用される危険性があるのに、社会的な常識が無さ過ぎる。かと思いきや、自分に批難が集中しそうな部分だけは的確に避けて、他人に擦り付けている。
花子も何度もその心当たりを覚えていた。
知能の低すぎる面と、裏工作の素早さが、ちぐはぐすぎる。
「いい機会です。ボスのところ、貴方達にも来てもらいましょう」
晶を引きずりながら少女は言う。
「ボスって」
花子がたじろぎながら訪ねると、彼女はにっこりと笑った。
「特定保険用生体技術研究所――――トクホの本部です」
2025年10月26日21時47分
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