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第一章:剣姫の婿取り
ある朝のひと時
しおりを挟むソルディーク家にも書庫がある。
兵法書に混じって絵本や童話なんかが置いてあるのが若干アンバランスだけど、蔵書はやはりそこまで多くない。
ただ、今は俺が実家から持ち込んだ書物によって、一時的に蔵書数が増加している。
ランニングを終え、朝食を摂ったのち、俺はここで読書をしていた。
勿論、イリスも一緒だ。
イリスは本を読む事自体は嫌いじゃなかったようで、最初はこれまで何度も読んだという兵法書を読んでいたし、俺が持って来た中に、読んだ事のない兵法書や軍学書、あるいは戦記物語を読んだりしていた。
イリスは備え付けられた椅子に座り、姿勢を正して本を読むのに対し、俺は床にねそべり本を読む。
「そんな姿勢で頭に入るの?」
「興味がある事ならどんな姿勢でも入るさ。興味が無い事を頭に入れる時はちゃんとするよ」
俺の読書姿勢に対してイリスからクレームが入ったので、そんな屁理屈を返してやった。
そしたら何を思ったのか、イリスは兵法書などを読む時は椅子に座るが、創作の小説や物語を読む時は地べたに座り、壁にもたれかかるようになった。
「兵法書に興味が無いの?」
明らかに俺の影響だと思ったので、そんなことを聞いてみた。
「敬意をもって読ませていただいているだけよ」
どうやら真面目に読む書物と、リラックスして読む書物とで姿勢を分けているらしかった。
「ごきげんよう、お姉様。そして初めまして、お義兄様。私、ソルディーク伯爵家の次女、アウローラ=ディック・ソルディークと申します」
そんな風にまったり過ごしていると、突然扉が開かれ、一人の美少女が書庫の中へ入って来た。
ソルディーク家の次女という事はイリスの妹だな。
この二ヶ月、姿を見なかったけど、既にどこかへ嫁いだのだろうか。
でも、それなら家名、つまり苗字が変わってる筈だよな。
顔立ちはイリスと似ているけれど、纏う雰囲気がまるで違う。
イリスが凛々しい美人だとしたら、こちらは可愛らしい可憐な少女。
輝くような金髪は同じだけれど、ストレートのイリスに対して、ふんわり巻き毛。
けれど、碧い瞳の奥には、こちらを鋭く貫くような光を湛えている。
これはイリスも、ユリアス閣下も同じなので、血筋を感じる事ができるな。
「初めまして、アウローラ嬢。イリス嬢の婚約者をさせていただいております、レオナール・エルダードです」
立ち上がり、顔はアウローラに向けながら、腰を折って挨拶をする。
「ええ、存じております。けれど、そのように畏まらなくても大丈夫ですよ。何せ、私のお義兄様になられるお方なのですから」
「いえいえ。私の事を知っておられるなら、私が今置かれている状況もおわかりでしょう?」
「お姉様に決闘を仕掛け、少しずつ調教なさっているんですよね」
「!?」
背後で、イリスが動揺している気配が伝わって来る。
なんか妙な噂が出回ってるなぁ。
「ご安心ください、レオナール様」
一度調査してみるか、と考えていると、イリスの専属侍女であるリーリアが口を開いた。
「そのような噂は出回っておりません。むしろ、イリス様の無理難題に対抗するガッツ溢れる若者だという評判です」
「それもそれでどうなんでしょうね……」
「ちょっとリーリア、その噂、私は知らないわよ!」
「んふふ」
どうやらさっきのは、アウローラ流のジョークだったらしい。
「まぁ、畏まらなくていい、って言うならそうさせて貰うよ、アウローラ、ところで一つ聞いていいかな?」
「はい、なんなりと」
「この二ヶ月姿を見なかったけど、どこで何を?」
「ソルディーク家の未来のために各地を視察しておりましたの」
そう言えば、今回の婚姻の説明を受けている時、ソルディーク家の一族には大層頭の良い者がいて、ソルディーク家の経済を回復させるために国内の領地を視察して回っているって話を聞いた記憶があるな。
それがアウローラだった訳か。
ん? それなら俺の婿入りいらなくない?
ああ、でも王室からの援助とは別に、ソルダード家から支援を受けられるのは大きいか。
話を持ち込んだのはソルダード家からだっていうし。
「ところでお義兄様、あのような姿勢で読書をなさっていたという事は、今お暇ですか?」
「読書も俺にとっては大事な時間だが、まぁ空けられない事はないよ」
趣味に時間を割いているからって、暇とは限らないからね。
他の用事より優先したい時だってあるし。
「では、何かゲームをしませんか?」
「ゲーム?」
「はい。聞けば最近王国内で流行っているリバーシはお義兄様が考案されたものだとか。とすれば、同じような時期に流行り出したゲームも、お義兄様が関わっていらっしゃるのでは?」
「ほう……」
鋭い。
トランプ自体は既にあったから、トランプを使った色んなゲームを考案したんだよな。
勿論、前世で知ってる奴な。
元々の遊び方だと、ポーカーっぽいのとブラックジャックっぽいのくらいしか無かったからな。
「リバーシは今度決闘で使用されるので今はやめておきましょうか。何か他にございませんか?」
「絵札はあるからそれで遊んでみようか? イリスはどうする?」
「私はやめて……いや、私も混ぜて貰うわ」
辞退しかけたイリスだったけれど、すぐに撤回して食いついて来た。
純粋にゲームを楽しもうって雰囲気じゃないな。
何かを探るような目を俺に向けている。
「じゃあ、部屋から絵札を持って来るから……」
「レオナール様、こちらをどうぞ」
と、俺の前に絵札の束を差し出したのは見慣れない侍女だった。
「ありがとう、君は、アウローラの侍女かな?」
「はい。アウローラ様の専属をさせていただいております、レフェルと申します」
そう言って、レフェルは頭を下げる。
リーリアと同じで、感情を表に出さない系の美女だな。
ただ、うちのアリーシャも一見するとクールビューティだけど、中身は以前の発情期を知ればわかる通り、中々残念な部分がある。
多分、二人にもそういう一面があるんだろう。
「じゃあ参加するのは俺とアウローラとイリスとアリーシャの四人でいいか?」
「はい。私の事はお気になさらず」
「拝見させていただきます」
俺は自然にアリーシャは頭数に入れたけれど、侍女二人は不参加を表明した。
主から命令でもされない限り、普通は一緒に遊んだりしないからね。
「……じゃあ簡単なゲームからいこう。道化探しでどうかな?」
「聞かないゲームね、どんなルールなの?」
「んふふ、楽しみですね」
道化探しは所謂ババ抜きだ。
この世界でジョーカーの事をババなんて言っても通じないからな。
ジョーカー抜き、もちょっと語呂が悪かったし。
一般的な絵札のジョーカーが、ピエロだったんでそこから名付けた感じだ。
「――という感じで、ペアを作って捨てていき、最後まで残った人間、つまり、最後まで道化師のカードを持っていた人間の負けだ」
「なるほど、割と運の要素が強いゲームみたいね。市井には流行るでしょう」
「んふふ、そうでしょうか?」
何やらアウローラが不穏だ。
トランプの新しい遊び方を流行らせたのが俺だと見抜いた事からも頭が良いのはわかるけれど……。
イリスの言う通り、運も重要な要素のこのゲーム。
これでイリスの実力を測って、今後の決闘内容の参考にさせて貰おう。
「じゃあ、基本的に年長者から開始なんだけど……」
「構わないわよ」
「はい、問題ありません」
「じゃあアリーシャ、よろしく頼む」
ちなみに年齢順だとアリーシャ>イリス>俺>アウローラになる。
リーリアはアリーシャより上。
レフェルは後で聞いておこう。
そして道化探しが開始され、アリーシャの手がアウローラのトランプへと伸びた。
結論から言うと、イリスくっそ強い。
割と顔に出やすいし、こちらの誘導にも引っかかりやすいので、ジョーカーをイリスか俺が持っているなら平気だ。
けれど、ジョーカーを持ってない時の引きが恐ろしいほど強い。
トランプ1デックを四人に配ったら、一人丁度13枚。ジョーカーの分、誰か14枚になる。
当然、この時点で手札が多いから、ある程度揃って減るんだけど、イリスは大体6枚以下からのスタート。
スタート時点で1枚、という時もあり、しかもピンポイントでそのペアを引いて一手で上がる、なんて神業も見せつけられた。
これは運の要素が強いゲームはダメだな。
そういうので対戦する時は、じゃんけんの時みたいな心理戦なんかを使って、必勝の策を用意しておかないと危険だ。
ミリナからも、イリスにカードゲームで勝った覚えが無いって聞いてたけれど、これほどとは……。
まだババ抜きで良かったな。
表情がわかりやすいからイリスがジョーカーを持ったら誰も引かないし、誘導にも引っ掛かりやすいからイリスの隣の奴がジョーカーを持ったら、すぐに引かせる事が出来る。
おまけに、何度かそれをやられた後、ジョーカーを少し上に出して持つ俺の手札を見て、
「そう何度も引っかからないわ。その少し出ているのが道化師、と見せかけてそれが安全なんでしょ!」
なんて言って自爆する時もあったからな。
まぁ、それを差し引いてもこの引きの強さは脅威だ。
そしてアウローラもそれに気付きながら自分もイリスをハメたり、リーリアが何もアドアイスしたりしないのが、愛されてるなぁと思わざるを得ない。
結果に一喜一憂するイリスは、普段の凛々しい姿とのギャップもあって、非常に可愛らしいからな。
「んふふ、大変楽しかったですわ。名残惜しいですが、私はこの辺りで失礼させていただきます。また機会がございましたら、お相手くださいまし」
何度目かの勝負のあと、唐突にアウローラがそう言って立ち上がった。
「ああ、またそのうちな」
とは言っても今は大体暇だしな。
畑の様子を見に行くのも毎日じゃなくていいし。
「それでは、ごきげんよう」
スカートの裾をつまんでわずかに持ち上げ、膝を曲げて挨拶してから、書庫から立ち去って行った。
ただ遊びに来た、という感じじゃなかったな。
何かを探られているようだった。
ひょっとして、姉の婚約者の値踏みに来たのかな?
お眼鏡に叶えば味方になってくれるだろうか……。
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