その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

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一章 異世界転生(人生途中から)

5 治療魔法

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 今日最初の患者さんはスミスさん49歳男性。肩や腕に痛みがあり、思うように動かないということだった。

 「行使:検査スキャン。なるほど、いわゆる四十肩というやつですね。ナオ、あなたも診てみなさい」

 先生の隣に立って診察の見学をしていたところに、いきなり実践するよう言われ戸惑う。

 「あの、どうやって__」
 「それは今から教えます。患者の体に手を当てて」

 私は言われた通り、診察台の上で仰向けになっているスミスさんの手に触れた。

 「検査スキャンは体内を可視化して疾患の原因を見ることができますが、見れてもそれが何の病気なのか分からなければ治療はできません。早く画像診断ができるようになってください。ではやってみて。起動詞は『行使:検査スキャン』です」

 私は促されるままに、

 「行使:検査スキャン

 すると目の前に皮膚のない筋肉の3Dモデルが現れた。……ちょっとグロい。

 「あなたにはどう見えていますか?」
 「筋肉だけの人に見えます。それから肩の横くらいに『四十肩』って文字が浮かんでます。……ん?」
 「ナオ、今なんて言いました? 文字が浮かぶ……?」
 「えっ、えぇ。肩のところが赤く光ってて、その隣に……」

 私の言葉に、先生は『信じられない』と言ったっきり黙り込んでしまった。

 (先生は画像を見て診断するって言ってたけど、これってもう診断が出てる……?)

 「あの、先生。治療を……」

 少し離れたところで診察を見守っていたマリーさんが見かねたように口を挟んだ。

 「あぁすみません、スミスさん。すぐに治療しますね。治療魔法の種類は2つしかありません。患部を元の状態に戻す逆行治療レトラピーか、体の持つ治癒力を増幅させる再生治療プロモーティオです。四十肩は元の状態に戻しても繰り返すだけなので再生治療プロモーティオを使います。ナオ、やってみてください」

 私は先生の指示に従って、再びスミスさんの手に触れ、

 「行使:再生治療プロモーティオ

 起動詞を唱えるが何も起こらない。

 「治療魔法を起動させるには治したい場所と損傷箇所が治っていくイメージを具体的に思い浮かべて」

 言われた通りスミスさんの両肩に魔法が届くよう意識しながらもう一度唱える。
 すると両方の患部が淡く光った。

 「痛みはありますか?」
 「肩が熱くは感じますが痛みはないです」

 四十肩程度の治療なら痛みは伴わないようだった。

 (これが魔法……。呪文を口にするだけで目の前に3D画像が現れたり、謎の原理で光る……)

 自分がやったことだが現実感がない。これまで治療も受けたし治療の様子も見ていたが、今でも映画か何かを見ている気になる。改めてこの世界の人々はすごい能力を使うものだと思う。
 私はいつやめてもいいのか分からないまま5分ほど魔法を使い続けた。すると肩の光がすぅっと消えた。

 「二度目で成功ですか。上出来です」

 (ほっ、褒められた!)

 自分にも魔法が使えてしまった驚き、それ以上に誰かの役に立てた喜び。湧き上がる嬉しさが抑えきれない。顔がニヤつかないようにしたいのに表情筋が勝手に動く。

 「スミスさん、もう起き上がってもらって大丈夫ですよ」
 「んと、よっこい。……おぉ痛くない! 腕も上がるぞ!」

 スミスさんは笑顔でブンブンと腕を振っている。

 「四十肩は発症の原因がよく分かっていない疾患で、自然治癒以外に有効な治療も確立されていません。ですので再生治療プロモーティオを使いました。ただ再発を防ぐために家でストレッチはしてください」

 先生は具体的なストレッチの方法や日常生活での注意点を伝え診察を終えた。

 先生はスミスさんのカルテを書き込みながら、

 「あなたのように検査スキャンで診断が文字で現れるなどというのは聞いたことがありません。私や他の魔術治療師もみな検査スキャンで見た画像と必要であれば問診とを合わせて診断します」

 治療が成功した喜びから一転、緊張感が漂う。

 「あの、先生、私はどうすれば……」

 先生はカルテから顔を上げて、私の顔を見ると、ふっと笑った。

 「その診断の精度がその程度なのかはこれから検証する必要がありますが、あなたのそれは天賦の才です。もし外れないのなら疾患を特定するための知識と臨床経験を要しないのは大きなアドバンテージだ」
 「天賦の才……」
 「さぁ、さっそく検証です。マリーさん、次の患者さんをお呼びして」



 次の患者は手首の痛みを訴える35歳の女性だった。

 「2カ月の赤ちゃんがいるんですが、抱っこできなくてつらくて……」
 「痛むのは手首だけですか?」
 「いえ、指も痛いような痺れるような感じで」

 それから先生は検査スキャンをして、さらにいくつか問診と触診をした。

 「ナオ、検査スキャンをしてみてください」

 私は言われたとおり魔法を使った。すると今度は血管や神経が張り巡らされた人体の3Dモデルが浮かび上がった。そして文字は『手根管症候群』とあった。
 私はそれを先生に告げた。

 「私の診断とも一致しています。この方は2カ月前に出産したばかりということなので、ホルモンバランスの変化などが原因でしょう」

 今度も検査スキャンの診断は正しいようだった。

 「手根管症候群は人間の治癒力で治るものではありませんから、治療には逆行治療レトラピーを使います。ナオ、やってみて」

 私はさっきと同じように起動詞を唱えた。今度は一度で患部が光る。成功したようだ。

 「っ……」
 「大丈夫ですか?」
 「えぇ、少し痛むけど大丈夫よ」

 しばらくして光が消えると、女性は手首を試しに動かして嬉しそうに笑った。

 「もう痛くありません! これで子供を抱っこできるわ。ありがとうございます!」

 晴れ渡った顔で診察室をあとにする女性を見て、私も満たされた気持ちになった。

 「さぁ患者はまだまだいます。あまり待たせないようにテンポよく診ていきますよ」

 初日からこの日に来た35人の患者全ての診断と治療をさせた先生は、やはりスパルタというほかなかった。



 今日から夕食は先生の家で食べる。先生の家は診療所の裏にあって、木造のこぢんまりとした温かみのあるバンガローのような家屋だった。
 食事を用意するのはもちろん私で、マリーさんは『看護師兼食事係から解放された』と言って喜んでいた。
 私はキッチンに立ち冷蔵庫を開けた。この世界の冷蔵庫は最上段に氷が置いてあり、その冷気で冷やす仕組みだ。
 氷と食材は家政婦さんが調達してくれているので、私はあるものの中から適当に作る。

 (シチューはちょっと飽き気味だし……麺類ってあるのかな)

 私はキッチンを探ってパスタを発見し、あとはトマトやズッキーニ、ナスやピーマンらしきものを取り出して、野菜たっぷりトマトソースパスタを作った。

 「ほう、珍しい。パスタですか」
 「わぁ! 私なんて何年か前に一度食べたことがあるだけですよ~」
 「あまりパスタって食べないんですか?」
 「パスタは私の出身国ロームの料理で、この辺りでは一般的ではないですね」

 私は意図せずに外国の料理を作ってしまったようだった。

 「ナオはロームの出身なのかな? ともかく料理の記憶はあるみたいでよかったー!」
 「料理係をせずにすみますからね」
 「先生っ! それは言わないお約束っ」




 賑やかに夕食を食べ終わった頃に先生が思い出したように口を開いた。

 「そういえば、今日は患者を35人ばかり診ましたがナオは疲れていませんか?」

 就業初日だったのだ。当たり前に疲れている。しかも慣れないキッチンで夕食まで作っている。
 私はそれをオブラートに包んで言った。

 「そうではなく、脱力感とかは?」

 そんなもんがあったら夕食など作っていない、と遠回しに言った。

 「ナオは相当魔力が多そうですね」
 「そうなんですか?」
 「魔法は使うたびに慣れて使用魔力量が少なくて済むようになります。初日の今日は5人も見れば倒れるだろうと予想していたのですが」

 これは前の弟子に逃げられるわけだ。いくら勉強のためとはいえ倒れるまでさせるのはいかがなものか。

 「先生……また弟子に逃げられますよ」

 マリーさんよくぞ言ってくれた。

 「臨床を多くこなせば医学知識も早く身につきます」

 先生にもそこは譲れない教育方針があるらしい。

 「でも食事まで作らせる必要はないですよね? 家政婦さんも雇ってるんだから」
 「……それも栄養学の勉強です」

 先生の目が若干泳いだ。マリーさんはそれを見逃さない。

 「……本当のところは?」
 「信用に足る人物で仕事も完璧だ。……ただあの方の料理だけは口に合いません」

 それは家政婦として致命的ではなかろうか。先生は代わりの人を探すのが面倒なのか? それとも弱みでも握られているのか?
 私とマリーさんは顔を見合わせて苦笑するしかなかった。




 食事を終えて19時ごろに帰宅した。この国でも夜の女の独り歩きは推奨されないが、この時間であればまだ大丈夫だという共通認識がある。
 私はそのまま先生にもらった教科書を机に広げて勉強を始めた。
 独学は難しい。どの本から手をつけるか悩みながら全ての本をペラペラとめくり内容を確かめていく。そして基礎と思われる解剖学から学ぶことにした。
 学生の頃はわりと勉強ができるほうだった。勉強の仕方はわかる。まずは一番頭に入りやすい勉強方法を見つけて、あとはひたすら覚えるのみだ。

 (ここには教科書しかないから試験の過去問が手に入らないか今度先生に聞いてみよう)

 ガスランプの灯りの中で、私は深夜まで机に向かっていた。
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