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第90話 エメロードと黒羽リリ
しおりを挟む「黒羽リリだよ。アイツ、エメたん大好きなんだ」
「かなり独占欲が強いぞ」
二人は苦々しげに答えた。黒羽リリがエメロードにベッタリで、誰も近寄らせないらしい。
「んー、不健全だなあ」
ちなみに篠宮のいう『不健全』はいろいろな妄想も含む。
「……あれ? ここで泳いだ事があるんなら、エメロードちゃんはあの水槽から出られるんだ?」
「肺呼吸とエラ呼吸を切り替えられるんだ。だけどある程度の水がないと身体が乾いちゃって、具合が悪くなるって聞いたな」
それなら、あの暗い地下室の水槽にいるより、明るい陽射しの中、広いプールで泳いだ方が健康的ではないか。
「そりゃそうだけどよ」
ウォルフは余程黒羽リリが苦手であるらしい。
「プールに誘おう」
「げっ! 無理だって!」
「どうしてさ? アオバヤマ町は海もないし、水着の彼女らを見るのはプールしかないだろう」
極論。
カグラはビーチボールを跳ね上げながら、篠宮という教師は未だかつて遭遇した事がないタイプの人間だと思った。
極論を言い渡されたウォルフは頭を抱える。
——それは、そうなんだけど。
しかし彼は黒羽リリのガードの硬さを知っている。エメロード姫を護る騎士の如き女子だ。
ウォルフが悩んでいると、篠宮は通りかかった鬼丸にも声をかける。
「鬼丸君もそうだよね?」
「は?」
「サクラさんの水着姿、見たいよね」
「!?」
こけた鬼丸がプールにドボンと落ちる。と、瞬間、篠宮は水の中に引きずり込まれた。
「うわっ! ごめん! 冗談だって!」
ガボガボ。
でかい鬼にプールに沈められる恐怖。
「……怖かった……」
ようやく解放され、プールサイドに肘をつく。その隣に鬼丸が腕組みをして陣取りながら、篠宮を見下ろす。
「くだらない事を言ってないで、指導しろ。その為に来てるんだろ」
「まあまあ、鬼丸先生。篠宮先生は運動不足のエメたん——いや、エメロードを広々としたここで泳がせたいって言ってただけで」
ウォルフが取りなしてくれる。それを聞いた鬼丸も表情を和らげた。
「それは……確かにそうだが」
鬼丸とて地下室に篭りきりのエメロードと黒羽リリを気にしていないわけではない。ただβクラスの女子の教育をレディに任せているので、口出しをしなかっただけである。
それを聞いた篠宮は、人差し指を器用に振って、ダメ出しをした。
「チッチッチッ。ダメだなぁ。仮にも先生と呼ばれる立場の奴が、生徒の健康に気を使わないなんて、言語道断、悪逆非道」
「ちょっと待て、最後のはなんだ?」
「まあまあ。ここは全員で協力して、エメロードちゃんをここで泳がせてあげようじゃないですか」
「え? おい、そんな強引な……」
篠宮は笑顔で鬼丸の手を取る。
「いやあ、よかった。鬼丸君がついていればまさに鬼に金棒。さあ、行こう!」
篠宮は水の中のウォルフと鬼丸の背中を押して、水から上がらせる。
「え? 今からですか?」
「こんな良い天気の日を逃す事ないでしょ!」
そんな篠宮を見ながら、カグラは再び彼に対する認識を改める。
——鬼丸先生まで丸め込むとは。
侮れない奴、と一人ビーチボールを抱えて、ぷかぷかと浮いていた。
つづく
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