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隣町の祖母の家は、駅から少し離れたところにある。その途中には大きな公園があり、森をイメージしているだけあって、木も多く、ちょっとした森の様になっている。その公園は純花のお気に入りだった。小さい頃はよく冒険ごっこをして遊んだことを懐かしく思いつつ、鼻歌交じりに純花は公園を進んでいく。その時だった。
「わきゃ⁈」
鳥の声に夢中になって、上ばかり見上げていた純花は前から歩いてきた男の存在に気付かず、勢いよくぶつかった。こてんとひっくり返った純花はそのまま、視線を上げて相手を視界に写し。
「……ひぃっ」
一拍置いて、短い悲鳴を上げた。目の前に立った男は驚く程に整っていた。野性味を感じさせる精悍な顔立ち。しかし、目つきは恐ろしく悪く長身、かつ、妙な迫力があった。なお悪いことに、その顔にはでかでかと不機嫌と書いていたのだ。実際はそうでもなかったりするのだが、恐慌状態の純花には、とんでもない凶悪な顔に見えた。一気に血の気が下がる。
「……」
顔色を無くしカタカタ震える純花を一瞥した男は、にやりと意地悪く笑うと、胸のあたりを押さえた。
「痛ってぇなぁ」
「へ?」
急に男が発した言葉に、純花がきょとんとする。言葉の内容自体は理解が出来るのだが、なぜ、笑いながら言うのか。困惑顔の純花に、男は冷ややかな笑みを浮かべて言う。
「急に俺にぶつかって来るとは良い度胸だな。こりゃあ、肋骨折れてるかもな」
背筋を冷や汗が凄まじい勢いで滑り落ちていく。その長身から発される圧力も怖いのだが、それよりなにより怖いのは、その口元に刻まれた冷笑と発される言葉の温度の低さ。思わず心の中で“お兄ちゃん”に助けを求めてしまう。
音を立てて完全に硬直した純花に男は手を差し出す。条件反射でその手に自分の手をのせると、男は眉を盛大に顰めてその手を振り払う。
「…痛っ!」
「惚けてんのか?金出せって言ってんの。慰謝料、病院費、その他。意味分かる?」
はっと男は鼻を鳴らすと、馬鹿にした口調で純花を見下ろしてくる。じっと自分の手を見つめながらその声を聴いていた純花だったが、だんだん腹が立ってきた。元々負けず嫌いの気がある純花だ。余りの言い草に、つい恐怖を忘れキッと男を睨みつけると、男の馬鹿にしきった目が微かに見開かれる。
「いい加減にしてください!」
純花は勢いよく立ち上がると、男に詰め寄る。
「確かにっ!確かに私の前方不注意でぶつかったことは謝ります!謝りますとも。それに関しては私が悪いんですから!でも!」
ずいっと男の前に手を突き出す。さっき転んだ時に擦りむいたのだろう。その手には血が滲んでいた。
「ぶつかって転んだのは私で?御覧の通りけがをしているのも明らかで?対称的にあなたの方は、肋骨がって言う割には全然痛くなさそうですけど⁈それで慰謝料?金払え?ふざけるのもいい加減にして下さい!!」
そこまで一気に言い切った純花は肩で息をする。まだやるかと言わんばかりのその表情にあっけに取られる男。妙な沈黙が落ちる。
その沈黙の中、純花はというと、徐々に気持ちが落ち着いてきて男への恐怖が再燃してきていた。しまった。
やってしまった。清廉潔白、人生真っすぐ正直に、が座右の銘である純花。曲がった事や理不尽な事にはついつい噛みついてしまう。結果、色々と、やりすぎる。
決して間違ってはいないと思いつつ、ついついやりすぎてしまうのは悪い癖だと自覚しているし、”お兄ちゃん”にも、困り顔で、「良いことではあるけど、色々大変だからちょっとはスルーすること覚えようね?それと、相手も選ぶんだよ?」と言われるくらいなのだ。
顔の血の気が急激に下がっていくのを感じながら、男の表情を窺う。男は、表情を完全になくしていた。マズい。タラりと冷や汗が再び滴り落ちる。だから言ったじゃん、と言う“お兄ちゃん”の声が聞こえた気がした。
「……ほぉ?」
口元だけ笑みの形を作り、目が据わっているのを察知した純花がとった行動は。
「ごめんなさい言い過ぎましたもうしませんさようなら!」
と叫んで走り去ることだった。ポケットからスッと物が落ちたことにも気付かず、全力で走り去った。全力と言ったところでたかが知れているのだが。
何が運勢一位ですか最下位の間違いではないのですか、ああ、ラッキーアイテムを持っていなかったからでしょうか⁈と頓珍漢な事を考えながら疾走していく。
公園を勢いよく飛び出すと、周囲の人が何事か⁈とびっくりした顔で注目してきた。恐る恐る振り返って男がついてきていないことを確認して漸く人心地ついた純花は、集まる視線に気づき、羞恥に頬を染めた。せかせかと足早に立ち去りながら、涙目で呟く。
「わ、忘れましょう。人間には、忘却、という素晴らしい機能があるのですから。こんな時に使わずしていつ使うのでしょう!」
ぐっと拳を握った純花は気を取り直して、祖母の家に向かう。
その頃、取り残された男はというと。
謝罪の言葉を叫び脱兎のごとく逃げ出したその背を、呆然と見つめていたが、思わずと言ったように吹き出した。
「あははははは!」
それまでの不機嫌を一気に吹き飛ばされた。ひとしきり笑い転げ、痛む腹を抱えながら、滲んだ涙を拭う。純花の走り去った方向を一瞥し、気付く。何かが落ちている。気まぐれに男が拾ったものは。
「……スマホ」
純花の落としたスマホだった。手帳型のケースに包まれたソレを開くと、そこには学生証が挟み込まれていた。そこには彼女の名前や通う大学等が書いてあった。
「……赤井、純花、ねぇ」
にやりと笑った男は自分のポケットにその学生証を滑り込ませる。
「久々に面白いモノ、みーつけた」
たのし気に呟いた男は、その場をゆっくりと後にした。
「わきゃ⁈」
鳥の声に夢中になって、上ばかり見上げていた純花は前から歩いてきた男の存在に気付かず、勢いよくぶつかった。こてんとひっくり返った純花はそのまま、視線を上げて相手を視界に写し。
「……ひぃっ」
一拍置いて、短い悲鳴を上げた。目の前に立った男は驚く程に整っていた。野性味を感じさせる精悍な顔立ち。しかし、目つきは恐ろしく悪く長身、かつ、妙な迫力があった。なお悪いことに、その顔にはでかでかと不機嫌と書いていたのだ。実際はそうでもなかったりするのだが、恐慌状態の純花には、とんでもない凶悪な顔に見えた。一気に血の気が下がる。
「……」
顔色を無くしカタカタ震える純花を一瞥した男は、にやりと意地悪く笑うと、胸のあたりを押さえた。
「痛ってぇなぁ」
「へ?」
急に男が発した言葉に、純花がきょとんとする。言葉の内容自体は理解が出来るのだが、なぜ、笑いながら言うのか。困惑顔の純花に、男は冷ややかな笑みを浮かべて言う。
「急に俺にぶつかって来るとは良い度胸だな。こりゃあ、肋骨折れてるかもな」
背筋を冷や汗が凄まじい勢いで滑り落ちていく。その長身から発される圧力も怖いのだが、それよりなにより怖いのは、その口元に刻まれた冷笑と発される言葉の温度の低さ。思わず心の中で“お兄ちゃん”に助けを求めてしまう。
音を立てて完全に硬直した純花に男は手を差し出す。条件反射でその手に自分の手をのせると、男は眉を盛大に顰めてその手を振り払う。
「…痛っ!」
「惚けてんのか?金出せって言ってんの。慰謝料、病院費、その他。意味分かる?」
はっと男は鼻を鳴らすと、馬鹿にした口調で純花を見下ろしてくる。じっと自分の手を見つめながらその声を聴いていた純花だったが、だんだん腹が立ってきた。元々負けず嫌いの気がある純花だ。余りの言い草に、つい恐怖を忘れキッと男を睨みつけると、男の馬鹿にしきった目が微かに見開かれる。
「いい加減にしてください!」
純花は勢いよく立ち上がると、男に詰め寄る。
「確かにっ!確かに私の前方不注意でぶつかったことは謝ります!謝りますとも。それに関しては私が悪いんですから!でも!」
ずいっと男の前に手を突き出す。さっき転んだ時に擦りむいたのだろう。その手には血が滲んでいた。
「ぶつかって転んだのは私で?御覧の通りけがをしているのも明らかで?対称的にあなたの方は、肋骨がって言う割には全然痛くなさそうですけど⁈それで慰謝料?金払え?ふざけるのもいい加減にして下さい!!」
そこまで一気に言い切った純花は肩で息をする。まだやるかと言わんばかりのその表情にあっけに取られる男。妙な沈黙が落ちる。
その沈黙の中、純花はというと、徐々に気持ちが落ち着いてきて男への恐怖が再燃してきていた。しまった。
やってしまった。清廉潔白、人生真っすぐ正直に、が座右の銘である純花。曲がった事や理不尽な事にはついつい噛みついてしまう。結果、色々と、やりすぎる。
決して間違ってはいないと思いつつ、ついついやりすぎてしまうのは悪い癖だと自覚しているし、”お兄ちゃん”にも、困り顔で、「良いことではあるけど、色々大変だからちょっとはスルーすること覚えようね?それと、相手も選ぶんだよ?」と言われるくらいなのだ。
顔の血の気が急激に下がっていくのを感じながら、男の表情を窺う。男は、表情を完全になくしていた。マズい。タラりと冷や汗が再び滴り落ちる。だから言ったじゃん、と言う“お兄ちゃん”の声が聞こえた気がした。
「……ほぉ?」
口元だけ笑みの形を作り、目が据わっているのを察知した純花がとった行動は。
「ごめんなさい言い過ぎましたもうしませんさようなら!」
と叫んで走り去ることだった。ポケットからスッと物が落ちたことにも気付かず、全力で走り去った。全力と言ったところでたかが知れているのだが。
何が運勢一位ですか最下位の間違いではないのですか、ああ、ラッキーアイテムを持っていなかったからでしょうか⁈と頓珍漢な事を考えながら疾走していく。
公園を勢いよく飛び出すと、周囲の人が何事か⁈とびっくりした顔で注目してきた。恐る恐る振り返って男がついてきていないことを確認して漸く人心地ついた純花は、集まる視線に気づき、羞恥に頬を染めた。せかせかと足早に立ち去りながら、涙目で呟く。
「わ、忘れましょう。人間には、忘却、という素晴らしい機能があるのですから。こんな時に使わずしていつ使うのでしょう!」
ぐっと拳を握った純花は気を取り直して、祖母の家に向かう。
その頃、取り残された男はというと。
謝罪の言葉を叫び脱兎のごとく逃げ出したその背を、呆然と見つめていたが、思わずと言ったように吹き出した。
「あははははは!」
それまでの不機嫌を一気に吹き飛ばされた。ひとしきり笑い転げ、痛む腹を抱えながら、滲んだ涙を拭う。純花の走り去った方向を一瞥し、気付く。何かが落ちている。気まぐれに男が拾ったものは。
「……スマホ」
純花の落としたスマホだった。手帳型のケースに包まれたソレを開くと、そこには学生証が挟み込まれていた。そこには彼女の名前や通う大学等が書いてあった。
「……赤井、純花、ねぇ」
にやりと笑った男は自分のポケットにその学生証を滑り込ませる。
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