ラッキーアイテムはオオカミさん

神凪凛薇

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 本人がどれ程遠くに行きたいと思った所で、体力には限界がある。しかも、万年超インドア派の純花である。その微々たる体力ではそれほど遠くまで走れるわけはなかった。

 膝に手をあて、はあはあ、と息をきらしていた純花は視界に広がる赤色にしまった、という顔をする。

 「…着てきてしまいました」

 ポンチョの裾を掴み、マジマジと見つめる。すると、先程の男の顔とセリフが生々しく脳内に再生される。途端に顔が再び熱を持つ。両手で顔を覆うと、その場にしゃがみこんだ。

 「…返しに行かなければならないんですけど、それは分かってるんですけどぉ」

 ううー、と唸って動こうと思うのだが、動けない。先程のやり取りを見ていた店員にどんな顔して会えばいいというのか、それに、戻ったらあの男と顔を合わせるかもしれない…!

 唸りながらしゃがみこんでいると、呆れ声が降ってくる。

 「おいおい。体力ねぇんじゃねえかな、とは思っていたが、酷過ぎねぇか?これだけしか走れないのかよ」

 その声に飛び上がった純花は恐る恐る振り返る。息をきらした素振りさえない男が立っていた。真っ赤に染まった顔のまま、呆れた視線に目を泳がせると、もごもごと呟く。

 「これ、着てきてしまいました…。返しに行かないと…」
 「ああ、それ、買ったから。返しに行かなくてもいいぞ」

 あっさりと言い放った男に、純花は面食らう。すたすたと歩きだしたのを見て、慌てて追いかける。

 「あ、あの!買ったって」
 「その言葉の通りの意味だけど?」

 首を竦める男。漸く理解の追い付いた純花がわたわたと財布を取り出そうとする。

 「あ、あの!代金!」
 「んあ?ああ、いらん」

 ひらひらと手を振る男に純花は食い下がる。

 「でも!」
 「そんくらい、大したことねぇよ。気にすんな」

 興味無さそうに突っぱねる男。代金を受け取る気はさらさらない様だ。

 「……ありがとう、ございます」

 結局あきらめた純花は、ぼそりと礼を言う。次の瞬間、男の背に勢いよくぶつかった。

 「わきゃ⁈」

 前をよく見ていなかった純花がよろめく。どうにか体勢を戻した純花は非難の眼差しを男に向ける。しかし、男は唯々驚いたような、不思議そうな顔をしている。

 「?なんですか?」
 「…、いや。礼を言われるとは思ってなかったからな」

 今度は純花が疑問符を浮かべる番だった。肩をすくめて男が言う。

 「脅迫まがいに連れて来て、散々玩具にされたんだ。迷惑料としてとっとくぐらいの事言うかと思ってた」

 どうやら脅迫していた事に対する自覚はあったらしい。今までの女はみんなそうだったしな、と言う男に、純花はむっとした表情を向ける。

 「お礼をいうのは同然じゃないですか!良いことをして貰ったらありがとう、悪いことをしちゃったらごめんなさい。幼稚園生でも知ってる至極当然の事なのです!」

 ふん、と胸を張って見せる。そんな純花に、きょとんとした顔をした男だったが、思わずと言った感じに吹き出す。

 「な、何で笑うんですか!」

 唇を尖らせて上目遣いに抗議する。暫くクツクツと笑っていた男だったが、純花に笑顔を向ける。

 「別に?」

 その言葉と共に浮かべた男の笑顔に、純花は知らず知らずのうちに息を詰めていた。男の笑い顔は幾度となく見てきた。けれど。ここまで邪気のない純粋な大上の笑顔は見たことない。


 綺麗だな。


 そう思った時、純花は狼狽えた。急に顔に熱が集まったのが分かる。今、私は何を。

 顔を真っ赤にして一人で狼狽えている純花を面白そうに一瞥すると、声を掛けてくる。

 「はら、次行くぞ」

 そう言ってすたすたと歩き始めた男を呆然と見つめてから、置いてかれていることに気付き、慌てて追いかける。

 「あ、ああ、あの。そろそろスマホと学生証返してくれませんか?」

 もう耐えきれない、と純花は今日の目的である学生証の奪還を試みる。だが、振り返った男はニヤリと笑った。

 純花は首を傾げる。さて、問題です。この笑みの意味は?

 答え。

 「やだね」

 さらりと告げられた拒絶に、純花の開いた口が塞がらない。我に返ると男に詰め寄った。

 「話が違うじゃないですか!デ、デート、したら返してくれるって」

 デートと言う単語につっかえながら抗議する純花。だがしかし、相手が悪かった。

 「誰が、デート“一回”で返すって言ったよ」

 愕然とする純花は記憶をひっくり返す。あの時、男が言った言葉は…。

 『俺とデートしろ』

 のみ。つまり。

 「滅茶苦茶ですそんなのぉ」

 男の言う事はあながち間違いではないのだ。暴論ではあるが。半泣きの純花にいつもの様に意地悪く、不遜に笑って見せる男。

 「ホントはな、今日返すつもりだったが気が変わった。もう少し付き合え」

 「でっ、でもでも、スマホが無いと連絡とか、出来なくて、その!困りますっ!」

 「ああ、確かに」

 必死に食い下がる純花。涙目で可愛らしく睨み据えられ、男は一瞬ドギマギしたような表情をしたが、すぐに顎に手を当てて考え込んだ。純花の言にも一理ある。すっとポケットに手を突っ込んでスマホを取り出すと、純花の手を取った。

 「ふぇえ?!」
 「大人しくしてろっての……。お、開いた開いた」

 指紋認証でロックを解除し、サクサク中を弄っている男。全く状況を飲み込めず制止も出来ない純花を他所に、暫く何かをしていたが、気が済んだのか、ぽい、と投げ捨てた。

 「ってちょっとぉ?!」
 「俺の番号登録しておいたから。メッセも電話も、一応メールも。無視するなよ?」

 ニヤリと笑ってなかなか横暴な事をおっしゃる男。手元に戻って来たスマホにうれし涙を浮かべた純花は、強気に出れると思ったのか、きっと睨みつけて舌を出した。

 「誰が貴方なんかの!」
 「ふぅん?じゃあコレは良いんだ?」

 そうして取り出したるは、純花の学生証と男の携帯。画面にはお兄ちゃんの写真が何故か表示されている。さっきの一瞬で転送したらしい。さっと純花の顔が青ざめていく。

 「履歴からするに……お兄ちゃん、とやらがこの男か?メールしてお前がアンタの事好きらしいぞって言ったらどんな反応するだろうなぁ?」

 なかなかな無茶ぶりである。冷静であれば一笑に付せる話も、恐慌状態の純花には効果てきめん。男の思惑通り、純花は絶望した顔をして、わなわなと震えたかと思うと、がっくりと肩を落とした。

 「そんなぁ!」

 純花の悲鳴と男の笑い声が重なった。
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