ラッキーアイテムはオオカミさん

神凪凛薇

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そして、再びデートの日がやって来た。

 純花はゆっくりとスローゼットを開ける。その中の大半を占める濃い色…そして、赤色。それを見て、純花は泣きたくなった。

 狩野と喧嘩して帰ってきて暫く後、高揚していた気持ちが落ち着いた純花は狩野の言葉を思い出していた。

 『お前、遊ばれているだけだよ』

 そんなことない。そう言えれば良かったのだが、元々あの男の遊び半分で始まった関係である。果たして、遊びでないと言い切れるのか?

 答えは否だった。

 恋心を自覚してからというものの、大上の事を思い出すたび浮ついた気持ちと息苦しい気持ちが繰り返し純花を襲った。それでも、久しぶりにメールが来た時、その鼓動が跳ね心が躍った。

 デートを断ることが出来なかったのだ。

 暫くの間じっとクローゼットの中身を見つめていた純花は、おもむろに服を手に取った。







 「よぉ。久しぶりだな」

 待ち合わせの場所に着くと、すぐにこちらを見つけた大上はそう言ってひょいと手を上げてきた。そんな彼に純花は強張った笑みを向ける。

 「お久しぶりです」

 何時もならキャンキャンと喚いたり、いーっと威嚇したり、そっぽを向く純花がそれだけ言って黙り込んだことに大上は怪訝そうな顔をした。

 「どうした」
 「…別に、何も」

 少し屈んで視線を合わせてくる大上に純花は無理やり笑みを浮かべる。険しい顔をした大上が何かを言い出す前に純花は早口に大上を促す。

 「さ、行きましょ?今日は何処に連れて行ってくれるんですか?」

 そう言って純花は身を翻す。パステルカラーの服がひらりと視界の隅で揺れ、少しばかりの違和感が生じる。純花はそれを無視した。

 大上はじっと険しい顔をして純花の後ろ姿を見ていたが、頭を一つ振るとその後を追った。







 それから、いろんなところを歩いたものの、二人の間には不自然な空気が満ちていた。大上が話を振っても純花は聞いてなかったり、曖昧に答えるだけだった。視線もろくに合わず、ついに大上がしびれを切らした。

 「何があった」

 端的に尋ねてくる大上に、純花の肩が跳ねる。純花はギクシャクと笑みを浮かべる。

 「だから、何もないって言ってるじゃないですか。皆、心配性ですね」

 目を細めて睨んでくる大上の視線に、純花の目が泳ぐ。

 「……皆、ねぇ」

 ついに俯いてしまった純花には、大上がぼそりと呟いたのが、聞こえなかった。

 すると、大上は純花の顎を掬い取ると、無理やりに視線を合わせる。間近に迫った大上の顔に純花の心臓が跳ねる。

 「何があったのかって、聞いてんだけど?」
 「っ!何で、そんなこと聞くんですか!!」

 聞き分けのない子供に言い聞かせるように問い詰めてくる大上に、純花がついキツいトーンで聞き返す。何時もならしないそんな行動をとるくらいには純花は動揺しているようだ。

 「はあ?何でって言われれば、そりゃあ、…。そりゃあ…?」

 呆れた口調の大上の声が、段々小さくなっていった。訝し気に純花がその顔を見上げると、大上は目を見開いていた。

 その眼は純花を見ているようで、見ていなかったから。純花は不安になって、そっと声を掛けた。

 「あ、あの…?」

 はっとして大上は純花を見た。彼はまじまじと純花を見つめると、瞳を揺らしてぱっと手を放した。

 「あ、いや、その」

 珍しく目を泳がせた大上は、暫く口ごもっていたものの、あーもう、と唸って頭をかき回した。

 「来い!」
 「え?あ、あの、ちょっと!!」

 大上は突然大声でそう言うと、純花の手を掴んで歩き出す。先程からの大上の態度の豹変の仕様に、純花は目を白黒させ大した抵抗も出来ずに大上に引きずられていった。







 大上に引っ張っていかれた先は。

 「……海」

 碧い海が視界一杯に広がっていた。今は冬のためヒンヤリとした風が吹き付けて来ていたが、波が打ち付ける様子に圧倒され、言葉も無く、立ち尽くす純花。そんな彼女を横目に、大上は波打ち際まで歩いていく。手を引かれてついていくと、大上は目を閉じて波の音に聞き入っていた。

 「…俺、結構、海好きなんだよ」

 唐突な言葉に純花はきょとんとする。大上は目を閉じたまま、訥々としゃべる。

 「波の音を聞いていると、なんか、心が静かになるって言うか落ち着く」

 その穏やかな声につられ純花も目を閉じる。ザァ、ザザァと波が打ち付けては消えていく。純花の中にあったもやもやも凪いでいく気がした。

 波の音に耳を傾けていた純花の耳に、それに、という大上の声が届く。

 「海ってさ、無限に広がってる気がしねぇか?それ見ると、なんか、全部がちっぽけに見えてきて、くっだんねぇことで悩んでんのがバカバカしく思えてくんだよな」

 意外な言葉に純花は、目を開けて大上の顔をまじまじと見つめた。その視線に大上は照れたようなくすぐったそうな顔をする。気まずそうに目を逸らした大上はじっと海に魅入る。純花もそれに倣った。

 何処までも広がる海の大きさに、純花もまた、ちっぽけさとバカバカしさがこみあげて来るのを感じた。

 そのまま二人は海を見つめていた。風は冷たかったが、繋いだ手は、暖かかった。







 結局その後、二人はそのまま帰ることにした。海に行く前と同じく会話は少なかったが、その空気は何処か暖かくて、気恥ずかしかった。でも、心地よさも感じていた。

 何時もなら途中で別れるのだが、今日は大上が送る、と言ってきたのでその言葉に甘えることにした。少しでも長く一緒に居たいと思ってしまった自分に気付き純花は小さく笑う。大上はそんな純花をチラリと見たが、何も言わず彼女を家まで送っていく。

 「…じゃあ、また」
 「うん。今日はありがとうございました」

 家までつくと、二人は言葉少なに挨拶を交わす。

 ゆっくりと歩いて家の扉をくぐった純花の背を見ていた大上は、パタンとドアが閉まった後も、暫くそのままの姿勢でいたが、ゆっくりと身を翻す。そして、純花の家から見えないであろう位置にある電柱に背を預けて目を閉じた。

 彼の待ち人はきっと彼の姿を見て、必ず声を掛けてくるだろう。それが、他の場所ならともかく、純花の家の近くなら尚更。





 そうして少し経った時、目の前に気配を感じた。目を開くと、案の定彼の待ち人は彼に声を掛けずにはいられなかったようだ。底冷えのする笑みを浮かべる待ち人に、大上は静かに目を向ける。

 「やあ、もう二度と会いたくないって思ってたのにまた会うとはね。純花に用かい?それとも…この状況は、俺に、かな?」

 そう言って狩野は、からりと笑った。察しのいい男だ。そして、その余裕な大人の顔。彼と自分の差を思い知らされたようで。大上の顔が不機嫌そうに歪む。

 「どうしてそう思う?」
 「だって、君の性格上、純花に用があったらそのまま突撃してるでしょ?だってすぐそこに家があるんだもん」

 サラリとそう言って狩野はちらりと純花の家を見る。表情を変えずにこちらを見てくる大上に、肩を竦める。

 「ほら、動揺しない。それってそこが純花の家って知ってたって事でしょ?それにさぁ、ここって純花の家から視えそうで見えない位置だし…。問題はどうやってここを知ったかって事だけど…」

 そう言って狩野は心底嫌そうにため息をつく。

 「大体予想が出来るのが、すっごく気に障るんだよね」

 まあ、それはともかく、と狩野は自分の推察を締めくくる。

 「以上のことから、純花の家を知らなくて偶然ってのは、ちょっと信ぴょう性がねぇ。そうなると、純花の家の前で俺を待ち伏せってのが一番筋が通るかなって」

 すっと表情を消した狩野が大上を冷ややかに見つめる。舌打ちしつつも、その視線を微動だにせず受け止める大上。狩野の推察を否定しない。つまりは、そう言う事だ。

 「それで?わざわざ俺を待ち伏せてなんのつもりかな?純花から手を引くって言う話なら大歓迎だけど?」
 「純花が好きだ」

 茶化す様な狩野の言葉をバッサリと無視して端的に告げる大上。対する狩野は僅かに目を見開く。大上は淡々と告げる。

 「今日アイツにどうして気に掛けるのかって言われて自覚するような愚鈍だがな、それでも好きになって、それを自覚しちまったからにはしょうがない」

 相手は純花の態度の変化で大上の存在を察知したどころか、その顔と居場所を突き止め。尚且つ、ちょっとした1のヒントで10どころかそれ以上を察することの出来る頭の切れる男。それだけならともかく、見た目も別系統でありながら大上と張る極上もので、余裕と包容力さえ感じさせる大人の男だ。到底今の大上では追いすがる事すら難しいいい男。

 けれども。

 大上は真剣な目で狩野を射抜く。

 「お前からアイツを奪って見せる。必ずだ」

 そんな大上を無表情で見据える狩野。にらみ合いが続く。先に目を逸らしたのは狩野だった。目を伏せた狩野は、口元に笑みを刷く。

 「まあ、そこまで言うなら暫く俺は静観することにしよう」

 あっさり返された言葉に、一瞬あっけに取られる大上。何を考えているのか、と警戒する大上に狩野は苦笑する。

 「別に何か企んでるって訳じゃない。そんなに警戒すんなよ。まぁ、そうは言っても」

 狩野は満面の笑みを浮かべる。

 「純花を泣かせたり、純花に何かあったりするようならただじゃあおかないし?それに」

 ゆっくりと言い含めるように言う。

 「純花が振り向くと本気で思ってる?」

 そう言って狩野は去っていった。その背を見送りながら大上は手を握りしめる。

 「…言われなくても分ってる。どれだけ奪い去りたくても、俺なんかが…っ!」

 言葉に出来ない激情を握りしめた拳が伝えている。

 どれだけ大上が純花を想っていようと、奪って見せると虚勢を張っていても、純花の無邪気に狩野を慕う顔が、大上の脳裏に焼き付いて離れない。大上のはいる隙間など、無いのではないか。そもそも、不良認定されている大上なんかを純花は振り向いてくれるのか。

 その拳から赤い雫が、一筋零れ落ちて行った。
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