上 下
7 / 20

修行2日目!

しおりを挟む

 翌日の修行も、みな裏山に集められた。また魔術機械<からくり>との追いかけっこか、とげんなりするが、今度は全員に剣が渡された。これで犬の魔術機械を斬ることが許されたのだ。同時に、裏山にはあちこちに魔術による罠が仕掛けられているという。その罠をかいくぐって、山頂にたどり着くのが、今日の修行だ。
 魔術と剣術、両方の技量が必要になる。体力と魔力量、両方の底上げが目的の修行だった。
「各自、競うなり、協力するなり好きにしろ。山頂で待つ」
 上戸老人はそう言って、飛ぶような身のこなしで木の上に飛び上がり、梢を渡って先に山頂へと向かう。
 それを見送って、北風達も山頂へ一歩を踏み出す。早速、犬の魔術機械が木陰から現れ、飛びかかってきた。北風は跳躍とともに剣を振るい、魔術機械を斬った。硬質な金属音、切断面から崩れ落ちる落ちる部品。機械だとは分かりつつ、犬の姿をしているものを斬るのはなかなかに申し訳なく、頭の中で手を合わせる。
 が、着地した瞬間、地面に隠されていた魔法陣を踏んでしまった。魔力の光が北風の足元を包む。
「うわっ」
 慌てて魔力を高め、足元の地面ごと暴発させることでなんとか逃れようとするが、魔力の光は蔦のように伸び、北風の手足を捉えようとした。
「──解呪せよ!」
 一喝とともに、北風を捉えた魔力の光は消え去る。振り返れば、そこにいたのは南瀬だった。助けてくれたようだ。南瀬はちらりと北風を見て、
「協力するぞ。お前は剣術担当、魔術機械の対処だ。俺は魔術担当、魔法陣を踏んだら俺が解呪する」
 北風に異論はない。
「分かった!」
 と頷いた。二人並んで走り出す。前衛は北風、後衛は南瀬。ほとんど足を止めることもなく、他の修行者達を大きく引き離して、二人は山頂を目指した。
 山の中腹まで来たその時、小さな悲鳴が聞こえて、二人は足を止め、顔を見交わした。
「修行者の声──じゃないよな」
「小さな女の子の声に聞こえた」
 放っておくわけにもいかなかった。どちらからともなく、声のした方向に向けて駆けていく。
 果たしてそこには、おかっぱ頭の小さな少女がうずくまっていた。二人の足音を聞いて、少女は顔を上げ、涙に潤んだ瞳を大きく見開いた。
「た、たすけて……」
 少女は魔法陣の罠を踏んでしまったらしく、魔力でできた光の蔦に四肢を絡め取られている。
 南瀬が解呪してやれば、少女はほっと力を抜いて、地面にへたりこんでしまった。足首を手で押さえているのは、魔法陣に絡め取られた拍子に、足首を捻ったらしい。
 北風はしゃがみこんで少女と目線を合わせる。
「君、どこの子だ?どうしてこの山に?」
「さ、山菜を取ろうとして山に入ったの。そうしたら迷っちゃって、知らない場所に来ちゃった……」
 この裏山は、別の山々と連なっている。幼い少女の足なら、そう遠くは歩いていないだろうが。
 北風の判断は早かった。
「しょうがない。山頂まで連れて行って、上戸殿に預けよう」
 南瀬はそれに渋面をつくる。
「……ここに置いていって、後で戻ってきたらどうだ? ただでさえここで時間を使った。この子を連れていたら、他の修行者にさらに遅れを取ってしまう。──この修行は、御前試合への選抜も兼ねているんだぞ?」
 この修業での優秀者が選ばれるだろうと言われている、御前試合への出場者。南瀬がこの修業に、御前試合への出場に、将来を賭けていることは、さすがに北風も察している。
 だが、北風も譲らない。
「無理を言う気はない。南瀬だけ先に行ってくれ」
 北風は反発するでも激高するでもなく、静かな目線で南瀬を見た。
「俺は北塵藩の人間だ。年長者は年少者を、それが誰であろうと守る。それが、あの『隕石の夜』から復興してきた北塵藩の、絶対の掟だ」
 そうして皆で助け合ってきて、焼け跡が緑の丘陵となった、北塵藩の今がある。仮にも跡取りである北風が、たとえ藩の外であろうと、その誓いを破るわけにはいかなかった。
 北風がしゃがみこんで少女に背を差し出すと、少女は察して、北風の首に腕を回す。そのまま少女を背負い、北風は立ち上がった。
 南瀬はしばし憮然としていたが、やがて額を手のひらで押さえて頭を振る。
「あぁ、分かったよ! 俺も、俺とて南海藩の跡取り、藩の民達を守らねばならぬ立場! ここで幼子を見捨てたとあれば不名誉極まりない! しょうがない。手伝ってやる!」
 北風は破顔した。

 交代で少女を背負いながら、山頂を目指す。昨日往復した経路からは離れてしまったが、時間短縮のために、元の道に戻るのではなく、新たな道で山頂に向かう。
 やがて、たどり着いたのは岩肌の露出した急斜面だった。手がかりや足がかりになる場所はあり、なんとか登れそうではあった。
 ここでは、より体力に優れた北風が少女を背負うことにする。
「しっかり捕まっていてくれ」
 といえば、少女はうなずいて、北風の首にしがみつく腕に力を込めた。
 岩場を一歩一歩這い登っていく。南瀬の方も、少し遅れて、だが順当に着いてくる。
 もう少しで登り終える、という時。上の方から、パラパラと小さな石礫が転がり落ちてきた。
「っ、北風!」
「──こんな時に!」
 それは、魔術機械だった。この急斜面をものすごい疾さで駆け下りてくるそれは、まっすぐ北風に向かっていた。
 北風の頭は真っ白になる。剣を抜かなければ──無理だ、この岩場に張り付きながら、しかも少女を背負った状態で剣は抜けない。ならば、魔術を使う? それも駄目だ。北風の使う魔術は、魔術という名の魔力の暴発にすぎない。こんな場所で使えば、落石を生じさせ、少女や南瀬を巻き込んで全員岩の下敷きだ。
 ならば、どうする。姉なら、義兄なら。だが、ここにいるのは北風だけだ。
 いや違う。仲間がいる。
「南瀬! この子を頼む!!」
 北風はとっさに、南瀬の方に少女を放り投げる。少女の身体が南瀬の魔術によって一瞬浮遊し、その後、南瀬の腕に収められるのを確認して、北風は駆け下りてくる魔術機械に向き直り、歯を食いしばる。
 魔術犬が牙を剥き、その顎で北風を捉えようとしたその瞬間、北風は足で岩を蹴り、腕で身体を引き上げて、上方へ跳躍することで、魔術機械をかわした。魔術犬の顎は空を噛む。北風はその横腹に蹴りを入れる。魔術犬は平衡を崩し、そのまま、土煙とともに岩場の下まで落下していった。北風は岩場に盛大に身体を打ち付け、指先と足先に力を込め、全身の摩擦を使って岩場に張り付く。数メートルを滑落しながらも、なんとか落下せず留まることができた。息を荒げて、岩場の下に落ちた魔術犬を見るが、動く様子はない。どうやら、落下とともに機能を停止したようだ。
「北風! 無事か!」
 北風が滑落したため、上方にいる南瀬は、少女を背負ったまま、必死に北風に向けて叫んでいる。北風は擦り傷だらけの顔で、片手を上げて手を振った。

 岩場を登り終えると、山頂はすぐだった。案の定、他の修行者達に大きく遅れを取ってしまったが、南瀬の背に負われた少女を見て、上戸老人は眉を上げた。
「山向こうの──流民街の子か」
 ざわめきが起きる。
 流民とは、様々な理由で住む場所を無くした流浪の民のことだ。一つの場所に定住できず、あちこちを彷徨う彼らは、行く先々で厄介者扱いされる事が多い。
 はっ、と鼻で笑ったのは西條だ。
「流民のガキを助けて落第とは、とんだお笑い草だなぁ、おい」
 東丸は腕組みをして瞑目しており、何を考えているか分からない。
 南瀬の背から降ろされた少女が、不安そうに辺りを見回し、北風のそばに寄ってきて袴の裾を握る。その頭を軽く撫でてやった。
 上戸老人は顎を撫で、何か考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「そうだな。──今回の修行の上位者、蘭東丸。そして蓮西條。そして──人助けをしながらここまでたどり着いた点を加点して、海南瀬と塵北風。
 君たちには、特別な修行を申し付ける。
 すなわち、この子を連れて流民街へ行き、そこで試練を受けることだ!」

 なんですと?
 指名された四人は、ほんの一時、すべての確執を忘れ、目を見交わしたのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

合言葉

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:9

貴方になんて出会わなければ良かった

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

ちょっと昔の妙な話

ホラー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

ガラスの向こうのはずだった

SF / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:8

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜舐める編〜♡

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:5

思い出レストラン

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

ブランコのおっさん

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

文明の潮流(トレンド)

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...