銀河太平記

武者走走九郎or大橋むつお

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102『元帥モスボール』

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銀河太平記

102『元帥モスボール』児玉隆三  




 ここに来るのも四年……いや五年ぶりか。


 元帥というのは生涯現役だが、実務的な仕事はほとんどない。

 軍や国家の公的なセレモニーに顔を出したり、時おり宮中に参内して陛下のお相手をするぐらいが仕事で、あとは、道楽を兼ねて近隣の子どもたちに柔・剣道や水泳を教えるぐらいのことだ。それも、火星へ行ってからは副官のヨイチ准尉に任せきり。

 地球に戻ってからは、越萌マイとして妹(コスモスの擬態)のメイと立ち上げた越萌姉妹社の裏表の仕事にかかりっきりで、しだいに児玉元帥との二重生活が困難になってきた。

 そこで、児玉元帥の方は重いパルス症ということにして、この朝霞駐屯地の奥にモスボール保存したということにした。

 モスボールとは、人間で言えば未来における治療回復にかけて冷凍保存するようなものだ。

 死んだわけではないので、葬儀ほどの重さは無いが、それでも法事ほどの身なりと想いで訪れる者がいる。

 
 むろん、本物の児玉は越萌マイの姿で衛門の前に立っている。

 朝霞の奥つ城に保存されているのは、敷島教授が作った精巧なダミーだ。


「越萌姉妹社の越萌マイです。児玉元帥のお見舞いに伺わせていただきました」

 衛門の当番兵に来意を告げると、来隊予約と照合してIDを発行してくれる。

「元帥府は営庭脇の通路を真っ直ぐに行かれて、左に折れたところです。徒歩で二三分のところであります」

「ありがとうございます」

 義体の有機外装に手を加えてあるので、古参の当番兵でも、わたしが元帥そのものであるとは知られない。

 営庭に進むと、格技場から子どもたちの声が聞こえる。今日は、剣道指導の日だ。

『では、防具の付け方を教えます』

 おや、ヨイチではない声が子どもたちを指導している。先客があるのだろう、それもVIPだ。

 元帥府への来客の相手は、普通であれば元帥府の当番兵か、駐屯地の広報が行うが、VIPの場合は元帥府先任伍長のヨイチが行う。

 先週、内閣改造があったから、新大臣。あるいは、新任の大使・公使だろうか。

 勝手知ったる元帥府だが、正面玄関の前で佇んでみる。

 満州戦争以来、住み慣れた元帥府だが、訪れるのは、これが最後になるだろう。

 そう思うと、いささかの思いがないわけではない。

「おまたせいたしました、ご案内させていただきます。元帥府の新田です」

 折り目正しく敬礼してくれたのは、若い兵曹の女性隊員だ。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。では、お進みください」

 
 ホールを抜けて、扉二つ潜ったところがモスボールされたわたしのダミーが眠る部屋だ。

 元の会議室を改造した部屋は、古い言葉でアンバーの光に静もっている。

「元帥の御身体は奥にございますが、こちらにございますのが、モスボールに至るまでの元帥の履歴と、お使いになっていた品々でございます」

「ゆかしいものですね……」

 穏やかに言いながら、おもしろくない。

 ヨイチには、くれぐれも博物館めいた陳列はしないでくれと言っておいたのだが……まあ、仕方がない。

 軍隊というのは組織であり、そのヒエラルヒーを無視した要求は、モスボールされる本人の意向通りにはいかないのだろう。

 奥のモスボールの部屋には女性の先客がいた。

 ヨイチが畏まっているところを見ると、やはり、新大臣か、その奥方か……ここに来るということは、軍部の側に着こうかという国防族、あるいは軍需産業の総帥付近の人間。

 こういうところで、来訪者同士が様子を窺うのは無作法なことだ。

 互いにカプセルの対角線に位置するように気を配る。ヨイチも女性隊員も心得ていて、互いと互いの来客者の立ち位置を調整してくれている。

 部屋を出る時に、その女性が、小さく会釈をしたので、自然に互いが視界の端に留まる。


 陛下……!?


 ベージュの控え目なツーピースに身を包んだ女性は、紛れもなく今上陛下。

 モスボールをお気に掛けて、お忍びでご訪問くださったのだ。

 仕方のないこととは言え、カプセルの中はダミーだ。陛下を謀っている。

 あまりの申し訳なさに、わたしは、陛下のお側に寄って、深々と頭を下げる。

 陛下も、いま一度会釈されて、一瞬目が合う。

 陛下は、ニッコリ微笑んで頷かれた。

 ……陛下は、全てをご存知だ。


 言葉を交わすことも無く、陛下のあと、五分置いて駐屯地を出る。

 どっと汗が噴き出す。


 営門を出ると、ちょうど青信号になって、妹の車が滑り込んでくる。

「納得いったかしら?」

「まあね……じゃあ、次に行こうかしら」

「じゃあ、ひとっ飛びにいくわよ」

 車は、パルスエンジンの軽やかな音をさせ、西之島に向かって飛び立った。



※ この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
森ノ宮親王
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地




 
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