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72『退院』
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泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)
72『退院』小松
もなかさんにしか言わなかった。
本当はもなかさんにも伝えたくなかった。
もなかさんは、自分のせいで刺されたんだと思って自分を責めている。だから毎日見舞いに来てくれるんだけど、@ホームの仕事や学校のこと、かなり無理しているのは確かだ。だから言っておかないと無駄足をさせてしまう。
「じゃ、手伝いに来るわ」
「いいわよ、下宿先から人が来てくれるし、もなかさん、水曜日ってシフトに入ってるでしょ」
「え、あ……」
先週も水曜は休んでくれている。ま、刺された翌日だから仕方ないんだろうけど、二週連続はまずい。
それに、もなかさんはメイドという仕事が、とても気に入っている。お店でのもなかさんは本当に二次元の世界から転送されてきたんじゃないかと思うくらいホワホワして、お店でもトップの人気。彼女の為にもお店の為にも、これ以上休ませるわけにはいかない。
でも、下宿先から人が来るというのもウソ。
叔父さんは仕事だし、叔母さんはパート。お祖父ちゃんはヒマってばヒマでけど、こんなに早く退院したらきっと心配する。
妻鹿家は昔から女の子を大切にする。それについては文庫本一冊くらいの話があるんだけど、それは置いとく。
場合によっては病院までやってきて、お医者さんと一悶着とかしかねない。
今の医学は進んでいるんだ、先生の「退院してください」に嘘はないだろうけど、人に刺されて十日足らずで退院しては、お祖父ちゃんは納得しない。
ちょっと、柊木さん!
台車に荷物を載せてエレベーターまで押していると、ナースセンターから物部さん(わたし担当の看護師さん)が飛んできた。
「ひょっとして退院する気!?」
「はい、もう大丈夫そうなんで」
「先生の許可は出てるの?」
「えと、先生が『退院していいわよ』とおっしゃって」
ちょっと脚色している、先生は「退院してください」と命令形だった。
でも、こういう場合は柔らかく表現するのが当を得ている。
「ちょっと、確認してくる……」
ナースセンターの前で待つハメになった。傷口がシクシクする。
しっかりしろ! 声には出さないで自分を叱る。
十分ほどあって物部さんが戻ってきて「やっぱ、退院だった」とため息。
十分あれば、わたしの台車を押して退院者用の出口までサポートしてもらえたんだけど、物部さんは仲間の看護師さんに呼ばれて行ってしまった。
エレベーターに乗る前と下りてからと二回休んでからタクシー会社に電話。
―― 混みあっていますので、ちょっと時間が掛かります ――
ベンチに座ると疲労感。運転手さんに助けてもらわなきゃ乗れないかも。
少しの間と思って、ベンチに横になる……やばい、起き上がれないかもしれない。
すると目の前に人の気配。
「……だよね、松ネエ?」
薄く目を開けると、神楽坂高校の制服……その上にはゆう君の首が載っている。
「えと……学校は?」
「休んだ、連休中は、ちっとも見舞いに来れなかったから」
「ダメじゃん、休んじゃ……」
「んなことより、退院したってナースセンターで、ビックリした」
「うん、大丈夫そうよ。主治医の先生の太鼓判なんだから」
「でも、ほんと大丈夫か?」
返事をしようと思ったら、ちょうどタクシーがやって来た。
持つべきものは従弟で、わたしをしっかりエスコートしてくれた。
で、夜になって三十八度の熱が出てしまった……。
☆彡 主な登場人物
妻鹿雄一 (オメガ) 高校三年
百地美子 (シグマ) 高校二年
妻鹿小菊 高校一年 オメガの妹
妻鹿幸一 祖父
妻鹿由紀夫 父
鈴木典亮 (ノリスケ) 高校三年 雄一の数少ない友だち
風信子 高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
ミリー・ニノミヤ シグマの祖母
ヨッチャン(田島芳子) 雄一の担任
木田さん 二年の時のクラスメート(副委員長)
増田汐(しほ) 小菊のクラスメート
72『退院』小松
もなかさんにしか言わなかった。
本当はもなかさんにも伝えたくなかった。
もなかさんは、自分のせいで刺されたんだと思って自分を責めている。だから毎日見舞いに来てくれるんだけど、@ホームの仕事や学校のこと、かなり無理しているのは確かだ。だから言っておかないと無駄足をさせてしまう。
「じゃ、手伝いに来るわ」
「いいわよ、下宿先から人が来てくれるし、もなかさん、水曜日ってシフトに入ってるでしょ」
「え、あ……」
先週も水曜は休んでくれている。ま、刺された翌日だから仕方ないんだろうけど、二週連続はまずい。
それに、もなかさんはメイドという仕事が、とても気に入っている。お店でのもなかさんは本当に二次元の世界から転送されてきたんじゃないかと思うくらいホワホワして、お店でもトップの人気。彼女の為にもお店の為にも、これ以上休ませるわけにはいかない。
でも、下宿先から人が来るというのもウソ。
叔父さんは仕事だし、叔母さんはパート。お祖父ちゃんはヒマってばヒマでけど、こんなに早く退院したらきっと心配する。
妻鹿家は昔から女の子を大切にする。それについては文庫本一冊くらいの話があるんだけど、それは置いとく。
場合によっては病院までやってきて、お医者さんと一悶着とかしかねない。
今の医学は進んでいるんだ、先生の「退院してください」に嘘はないだろうけど、人に刺されて十日足らずで退院しては、お祖父ちゃんは納得しない。
ちょっと、柊木さん!
台車に荷物を載せてエレベーターまで押していると、ナースセンターから物部さん(わたし担当の看護師さん)が飛んできた。
「ひょっとして退院する気!?」
「はい、もう大丈夫そうなんで」
「先生の許可は出てるの?」
「えと、先生が『退院していいわよ』とおっしゃって」
ちょっと脚色している、先生は「退院してください」と命令形だった。
でも、こういう場合は柔らかく表現するのが当を得ている。
「ちょっと、確認してくる……」
ナースセンターの前で待つハメになった。傷口がシクシクする。
しっかりしろ! 声には出さないで自分を叱る。
十分ほどあって物部さんが戻ってきて「やっぱ、退院だった」とため息。
十分あれば、わたしの台車を押して退院者用の出口までサポートしてもらえたんだけど、物部さんは仲間の看護師さんに呼ばれて行ってしまった。
エレベーターに乗る前と下りてからと二回休んでからタクシー会社に電話。
―― 混みあっていますので、ちょっと時間が掛かります ――
ベンチに座ると疲労感。運転手さんに助けてもらわなきゃ乗れないかも。
少しの間と思って、ベンチに横になる……やばい、起き上がれないかもしれない。
すると目の前に人の気配。
「……だよね、松ネエ?」
薄く目を開けると、神楽坂高校の制服……その上にはゆう君の首が載っている。
「えと……学校は?」
「休んだ、連休中は、ちっとも見舞いに来れなかったから」
「ダメじゃん、休んじゃ……」
「んなことより、退院したってナースセンターで、ビックリした」
「うん、大丈夫そうよ。主治医の先生の太鼓判なんだから」
「でも、ほんと大丈夫か?」
返事をしようと思ったら、ちょうどタクシーがやって来た。
持つべきものは従弟で、わたしをしっかりエスコートしてくれた。
で、夜になって三十八度の熱が出てしまった……。
☆彡 主な登場人物
妻鹿雄一 (オメガ) 高校三年
百地美子 (シグマ) 高校二年
妻鹿小菊 高校一年 オメガの妹
妻鹿幸一 祖父
妻鹿由紀夫 父
鈴木典亮 (ノリスケ) 高校三年 雄一の数少ない友だち
風信子 高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
ミリー・ニノミヤ シグマの祖母
ヨッチャン(田島芳子) 雄一の担任
木田さん 二年の時のクラスメート(副委員長)
増田汐(しほ) 小菊のクラスメート
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