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88『お店のオーラ』

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泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

88『お店のオーラ』小菊 



 ほんの子どものころ、うちはパブをやっていた。

 それで、今でもお店はそのまま残っていて、応接間代わりにしたり、時には、あたしたちの遊び場や、たま~には勉強部屋になったりもする。

 それでも、家族やご近所の人たちが使っているだけでは、現役当時の賑わいはない。

 お店そのものは、お祖父ちゃんのこだわりで、昔のマンマ。

 マンマなんだけど、えと……たとえばね、お客さんが出入りしていると痕跡が残るのよね。シートのレザーのテカり具合、棚に納められたグラスや食器の佇まい、テーブルやカウンターの微かなシミや汚れや傷、そういうものが違うのよ。

 シミも汚れも傷も歳をとる。二十年前のそれと夕べ付いたそれでは、微妙に違う。

 なによりも空気が違う。

 空気清浄機があるとはいえ、営業していたころは、タバコやお酒のニオイ、香水とか加齢臭とか、シャンプーとかコロンとか、お客さんが運んできた外の空気のニオイとかがする。
 
 要するに、生きているお店のオーラ。閉店してからは、そのオーラが無い。


 え……?


 学校からまっすぐ帰り、お店のドア開けて戸惑った。

 お店に営業中のオーラがあるのだ。

「お祖父ちゃん、今日、人が集まったりした?」

「え、そうかい」

 ……お祖父ちゃんは、なんか隠してる。

 お店に大勢の人が集まるのは、町会とか神社のお祭りとかで、たまにあるんだけど、その感じでもない。

 でもまあ、大人の事情ということもあるんだろうから詮索はしない。

 二階の自分の部屋に戻ってエアコンを点ける。

 制服のブラウス脱いでハンガーにかける。ほんとは洗濯したいんだけど、昨日のを洗濯籠に入れるの忘れていたので致し方ない。


 着替えとタオル持ってお風呂場にシャワー浴びに行く。


 シャワ-浴びていると、お店ではない玄関の開く音がして、廊下をドタドタとお店の方に。

 足音で腐れ童貞だと知れる。

 それも、なにか重い荷物を持っている気配。

―― あいつ、なに企んでるんだ? ――

 先週までは、帰宅後のシャワーでシャンプーまではしなかったけど、ここんとこのムシムシでシャンプーすることにしている。

 シャワーの音に紛れて、微かにざわめきがしたような気がする。

 濡れた髪をガシガシ拭きながら廊下に出る。

「小菊、こっちこっち!」

 二階へ戻ろうとしたらお母さんに呼び止められる。

「え、なに?」
「いいからいいから!」

「なによ……」

 お店と廊下を隔てるドアを開ける。

 パパパパパーーーーン!!

「きゃ!」

 音と閃光に思わず目をつぶった。

 恐る恐る目を開けるとクラッカーの中身がチラホラ落ちていくところで……お店はご近所の人で一杯!

 祝 突破新人賞受賞! 妻鹿菊乃!

 横断幕が張られ、あちこちでビールの栓を抜く音、風信子ちゃんにエスコートされてお店の真ん中へ。

「よし、胴上げよ!」

 町会長夫人が黄色い声を上げて、あっという間に担がれる。

 あ、あ、ちょっと、胴上げもいいけど、オッサンたちは加わらないでよ、ちょっと、どこ触って……。

 その間に、腐れ童貞は、段ボールに入ったトツゲキ6月号を配り始めた。手伝っているのは、ノリスケ、シグマ先輩、それに増田さんまで!

 あ、ありがたいんだけど、これは……キャ!

 ドスン!

 胴上げの力が入りすぎ、天上にぶつかってしまった!



☆彡 主な登場人物

妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
百地美子 (シグマ)     高校二年
妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
妻鹿幸一           祖父
妻鹿由紀夫          父
鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
増田汐(しほ)        小菊のクラスメート
ビバさん(和田友子)     高校二年生 ペンネーム瑠璃波美美波璃瑠 菊乃の文学上のカタキ

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