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81『反省文を書き終えて』
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はるか ワケあり転校生の7カ月
81『反省文を書き終えて』
二日目の夜は深夜になってマサカドクンが現れた。
わたしは、リビングのテーブルで反省文を書き終えていた。
「ようし、できあがり……」
疲れのせいか、一瞬意識がとんでしまった。
気づくと、昨日と同じように、わたしの机でマサカドクンがカリカリと課題をやっていたのだ。
――あ、わたしも今終わったところ。
「これって……」
――難しいことは考えなくていいわ。こうやってお話ができる。それだけでいいじゃないの。
「でも、あなたのこと、マサカドクンじゃ……」
――それでいいわよ。こうやって本来の姿を取り戻して、お勉強ができて、はるかちゃんとお話ができる。それで十分。
「だって、きちんと名前で呼ばなきゃ失礼だわ」
――わたし、代表のつもりなの。
「代表……なんの?」
――こうやって、命を落としていった仲間達の……だから、名前を言っちゃったら、わたし一人だけの奇跡になっちゃう。幸せになっちゃう。
「あなたって……カオル?」
――びっくりしたわ、わたしによく似た話だったから。おかげで、こうやって早く元の姿に戻れたけどね。
「戦争で死んだの……」
――うん、三月十日の空襲で。でも、わたしはカオルちゃんみたいな夢はなかった。十六歳で、学徒勤労報国隊に入って、毎日、課業と防空演習。考えることは、せいぜい、その日まともなご飯が食べられるのかなって……そんなんで死んじゃったから、せめて、叶えられなくてもいい。なにか、夢が、生きた証(あかし)を持ちたかった。だから五歳だったはるかちゃんにくっついてきちゃった。
「わたしみたいなのにくっついても、楽しくなんかなかったでしょ」
――ううん、楽しかったよ。特に大阪に来てからの五ヶ月あまりの泣いたり笑ったり。
「でも、わたしは苦しかった……」
――その苦しみさえ、わたしには楽しかった。
「もう……」
――ふふ、怒らないの。その苦しみって、生きてる証じゃない。青春だってことじゃない。そして、はるかちゃんは成長したわ。だから、わたしも元の姿で、出られるようになった。
「そうなんだ。でも、わたしってこれでいいのかなあ……ね、マサカド……さん」
――……もう一回呼んでみて、わたしのこと。
「マサカド、さん……」
――ありがとう。「さん付け」で呼ばれたなんて何十年ぶりだろ。わたしたちずっと「戦没者の霊」で一括りにされてきたじゃない、あれってとても切ないの。呼ぶ方はそれで気が済むんだろうけど。わたしたちは、みんな一人一人名前を持った人間だったんだもん。泣きも笑いもした人間だったんだもん。
「だから、名前を教えてちょうだいよ」
――それは贅沢。「さん付け」で十分よ。えと、それから一つお願い。
「なあに?」
――こうやって姿現しちゃったから、わたしのことだれにもしゃべらないでね。しゃべっちゃったら、二度とはるかちゃんの前には出られなくなっちゃうから。
「うん、今までだってだれにも、あなたのことはしゃべったことないもん」
――そうだったわね。はるかちゃん、そういうところしっかりしてるもんね。例のタクラミだって、ギリギリまで言わなかったもんね。
「あ、それはもう言わないでよ。恥ずかしいから」
――そんなことないわ、あれが、はるかちゃんの本心。そして……あれで、みんなの心があるべきところに収まった。それに、あれは、はるかちゃんには、どうしても通っておかなきゃならない道だったのよ。
「ひょっとして……マサカドさん、わたしの未来まで分かってるんじゃない。あのタクラミの実行も、あなたのジェスチャーがきっかけだった」
――目次程度のことはね。でもそのページの中で、はるかちゃんがどう対応するかまでは分からない。はるかちゃんの人生なんだもの。せいぜい何ヶ月先のことまで、それもこのごろ予測がつかなくなってきた。はるかちゃんが自分の足で歩き始めたから……ほら、見て、目玉オヤジ大権現様があんなに神々しい……。
「ほんとだ、いつの間にライトアップするようになったんだろう……」
「ねえ、マサカドさん……」
振り返ると、もう彼女の姿は無かった。
81『反省文を書き終えて』
二日目の夜は深夜になってマサカドクンが現れた。
わたしは、リビングのテーブルで反省文を書き終えていた。
「ようし、できあがり……」
疲れのせいか、一瞬意識がとんでしまった。
気づくと、昨日と同じように、わたしの机でマサカドクンがカリカリと課題をやっていたのだ。
――あ、わたしも今終わったところ。
「これって……」
――難しいことは考えなくていいわ。こうやってお話ができる。それだけでいいじゃないの。
「でも、あなたのこと、マサカドクンじゃ……」
――それでいいわよ。こうやって本来の姿を取り戻して、お勉強ができて、はるかちゃんとお話ができる。それで十分。
「だって、きちんと名前で呼ばなきゃ失礼だわ」
――わたし、代表のつもりなの。
「代表……なんの?」
――こうやって、命を落としていった仲間達の……だから、名前を言っちゃったら、わたし一人だけの奇跡になっちゃう。幸せになっちゃう。
「あなたって……カオル?」
――びっくりしたわ、わたしによく似た話だったから。おかげで、こうやって早く元の姿に戻れたけどね。
「戦争で死んだの……」
――うん、三月十日の空襲で。でも、わたしはカオルちゃんみたいな夢はなかった。十六歳で、学徒勤労報国隊に入って、毎日、課業と防空演習。考えることは、せいぜい、その日まともなご飯が食べられるのかなって……そんなんで死んじゃったから、せめて、叶えられなくてもいい。なにか、夢が、生きた証(あかし)を持ちたかった。だから五歳だったはるかちゃんにくっついてきちゃった。
「わたしみたいなのにくっついても、楽しくなんかなかったでしょ」
――ううん、楽しかったよ。特に大阪に来てからの五ヶ月あまりの泣いたり笑ったり。
「でも、わたしは苦しかった……」
――その苦しみさえ、わたしには楽しかった。
「もう……」
――ふふ、怒らないの。その苦しみって、生きてる証じゃない。青春だってことじゃない。そして、はるかちゃんは成長したわ。だから、わたしも元の姿で、出られるようになった。
「そうなんだ。でも、わたしってこれでいいのかなあ……ね、マサカド……さん」
――……もう一回呼んでみて、わたしのこと。
「マサカド、さん……」
――ありがとう。「さん付け」で呼ばれたなんて何十年ぶりだろ。わたしたちずっと「戦没者の霊」で一括りにされてきたじゃない、あれってとても切ないの。呼ぶ方はそれで気が済むんだろうけど。わたしたちは、みんな一人一人名前を持った人間だったんだもん。泣きも笑いもした人間だったんだもん。
「だから、名前を教えてちょうだいよ」
――それは贅沢。「さん付け」で十分よ。えと、それから一つお願い。
「なあに?」
――こうやって姿現しちゃったから、わたしのことだれにもしゃべらないでね。しゃべっちゃったら、二度とはるかちゃんの前には出られなくなっちゃうから。
「うん、今までだってだれにも、あなたのことはしゃべったことないもん」
――そうだったわね。はるかちゃん、そういうところしっかりしてるもんね。例のタクラミだって、ギリギリまで言わなかったもんね。
「あ、それはもう言わないでよ。恥ずかしいから」
――そんなことないわ、あれが、はるかちゃんの本心。そして……あれで、みんなの心があるべきところに収まった。それに、あれは、はるかちゃんには、どうしても通っておかなきゃならない道だったのよ。
「ひょっとして……マサカドさん、わたしの未来まで分かってるんじゃない。あのタクラミの実行も、あなたのジェスチャーがきっかけだった」
――目次程度のことはね。でもそのページの中で、はるかちゃんがどう対応するかまでは分からない。はるかちゃんの人生なんだもの。せいぜい何ヶ月先のことまで、それもこのごろ予測がつかなくなってきた。はるかちゃんが自分の足で歩き始めたから……ほら、見て、目玉オヤジ大権現様があんなに神々しい……。
「ほんとだ、いつの間にライトアップするようになったんだろう……」
「ねえ、マサカドさん……」
振り返ると、もう彼女の姿は無かった。
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