はるか ワケあり転校生の7カ月 (まどか 乃木坂学院高校演劇部物語 姉妹作)

武者走走九郎or大橋むつお

文字の大きさ
81 / 95

81『反省文を書き終えて』

しおりを挟む
はるか ワケあり転校生の7カ月

81『反省文を書き終えて』




 二日目の夜は深夜になってマサカドクンが現れた。

 わたしは、リビングのテーブルで反省文を書き終えていた。

「ようし、できあがり……」

 疲れのせいか、一瞬意識がとんでしまった。
 気づくと、昨日と同じように、わたしの机でマサカドクンがカリカリと課題をやっていたのだ。

――あ、わたしも今終わったところ。

「これって……」

――難しいことは考えなくていいわ。こうやってお話ができる。それだけでいいじゃないの。

「でも、あなたのこと、マサカドクンじゃ……」

――それでいいわよ。こうやって本来の姿を取り戻して、お勉強ができて、はるかちゃんとお話ができる。それで十分。

「だって、きちんと名前で呼ばなきゃ失礼だわ」

――わたし、代表のつもりなの。

「代表……なんの?」

――こうやって、命を落としていった仲間達の……だから、名前を言っちゃったら、わたし一人だけの奇跡になっちゃう。幸せになっちゃう。

「あなたって……カオル?」

――びっくりしたわ、わたしによく似た話だったから。おかげで、こうやって早く元の姿に戻れたけどね。

「戦争で死んだの……」

――うん、三月十日の空襲で。でも、わたしはカオルちゃんみたいな夢はなかった。十六歳で、学徒勤労報国隊に入って、毎日、課業と防空演習。考えることは、せいぜい、その日まともなご飯が食べられるのかなって……そんなんで死んじゃったから、せめて、叶えられなくてもいい。なにか、夢が、生きた証(あかし)を持ちたかった。だから五歳だったはるかちゃんにくっついてきちゃった。

「わたしみたいなのにくっついても、楽しくなんかなかったでしょ」

――ううん、楽しかったよ。特に大阪に来てからの五ヶ月あまりの泣いたり笑ったり。

「でも、わたしは苦しかった……」

――その苦しみさえ、わたしには楽しかった。

「もう……」

――ふふ、怒らないの。その苦しみって、生きてる証じゃない。青春だってことじゃない。そして、はるかちゃんは成長したわ。だから、わたしも元の姿で、出られるようになった。

「そうなんだ。でも、わたしってこれでいいのかなあ……ね、マサカド……さん」

――……もう一回呼んでみて、わたしのこと。

「マサカド、さん……」

――ありがとう。「さん付け」で呼ばれたなんて何十年ぶりだろ。わたしたちずっと「戦没者の霊」で一括りにされてきたじゃない、あれってとても切ないの。呼ぶ方はそれで気が済むんだろうけど。わたしたちは、みんな一人一人名前を持った人間だったんだもん。泣きも笑いもした人間だったんだもん。

「だから、名前を教えてちょうだいよ」

――それは贅沢。「さん付け」で十分よ。えと、それから一つお願い。

「なあに?」

――こうやって姿現しちゃったから、わたしのことだれにもしゃべらないでね。しゃべっちゃったら、二度とはるかちゃんの前には出られなくなっちゃうから。

「うん、今までだってだれにも、あなたのことはしゃべったことないもん」

――そうだったわね。はるかちゃん、そういうところしっかりしてるもんね。例のタクラミだって、ギリギリまで言わなかったもんね。

「あ、それはもう言わないでよ。恥ずかしいから」

――そんなことないわ、あれが、はるかちゃんの本心。そして……あれで、みんなの心があるべきところに収まった。それに、あれは、はるかちゃんには、どうしても通っておかなきゃならない道だったのよ。

「ひょっとして……マサカドさん、わたしの未来まで分かってるんじゃない。あのタクラミの実行も、あなたのジェスチャーがきっかけだった」

――目次程度のことはね。でもそのページの中で、はるかちゃんがどう対応するかまでは分からない。はるかちゃんの人生なんだもの。せいぜい何ヶ月先のことまで、それもこのごろ予測がつかなくなってきた。はるかちゃんが自分の足で歩き始めたから……ほら、見て、目玉オヤジ大権現様があんなに神々しい……。

「ほんとだ、いつの間にライトアップするようになったんだろう……」

「ねえ、マサカドさん……」

 振り返ると、もう彼女の姿は無かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...