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82『予選本番』
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はるか ワケあり転校生の7カ月
82『予選本番』
目が覚めると、きちんと課題はできていた。
ちゃんとわたしの字で。わたしは、お母さんと違って、わりに整理整頓するほう。しかし、机の上の課題は、わたし以上。きちんと行儀良く教科別に耳をそろえて積んであった。
金曜日、晴れて停学が明けた。
細川先生は、ちょっと不満げな顔をしていた。
乙女先生は、大喜び。
「さあ、本番は明後日や、きばっていかなあかんで!」
一回通しただけで勘がもどってきた。
「はるか。なんや、らしくなってきたな。停学になって、よかったんちゃうか」
と、大橋先生。みんなが笑った。
「アハハ」
わたしも笑ったが、マサカドさんとやったとは言えない。
「しかし、コンクールはシビアや、腹くくっていきや」
と、乙女先生はくぎを刺す。
いよいよ、予選本番。
わたしたちの出番は、幸か不幸か、二日目の一番最後。
初日と二日目の午前中は稽古で、他の学校を観ることができなかった。
大橋先生は、初日の芝居を観たあと、学校に戻って一本通すだけでいいと言ったが、「万全を期しましょう」という乙女先生の説に従うことになった。
本番の一時間前には控え室で衣装に着替え、スタッフ(といっても、音響の栄恵ちゃんとギターの山中先輩。そして照明の乙女先生)との最終チェックを兼ねて、台詞だけで一本通した。
大橋先生は、お気楽に観客席で、お母さんといっしょ(NHKの子ども番組みたい)に観劇しておられました。
本ベルが鳴って、客電がおちる。
――ただ今より、真田山学院高校演劇部によります、大橋むつお作『すみれの花さくころ 宝塚に入りたい物語』を上演いたします。なお、スマホ、携帯電話など……と、場内アナウンス。
一呼吸おいて、山中先輩にピンがシュートされたんだろう、うららかなギターが、舞台袖まで聞こえてきた。そして、舞監のタロくん先輩のキューで、緞帳が十二秒きっちりかけて上がった。
あとは夢の中だった。
舞台に立っているうちは、演じている自分。それを冷静に見つめ、コントロールしている自分がいたはずなんだけど。
あとで思い出すと、マサカドさんから受け止めたものがヒョイとカオルの気持ちになって蘇ってきていた。
わたしは、あの時間、カオルとして生きていた。
新しく増えて六曲になった歌。自然な気持ちが昇華したエモーションとなって唄うことができた。
『おわかれだけど、さよならじゃない』ここは、新大阪でのお父さんとの別れ。それが蘇り、辛いけど爽やかな心で唄えた。
そして観客の人たちの拍手。
全てが夢の中。
ハッと、自分に戻ったのは、フィナーレが終わって、唄いながら上手に入るとき。
顔を客席に向けたままハケて衝撃が来た。
ドスン!
収納されていた可動壁(元来チャペルなので、そのとき用のやつ)に、思い切りぶつかってしまった。
痛さという物理的な記憶があるので、そこのところだけは鮮明だ。
そして、講評と審査結果の発表。
わたしたちは、他の学校のお芝居をまるで観ていない(わたしの停学というアクシデントがあったせいなんだけど)ただ、演りきった。という爽快感と、若干の疲れ。
審査員というのは偉いものだと思った。
けなす。ということをしない。
まず誉める。それもどの学校もほぼ同じ時間。
最後に「……なんだけども、どこそこがね」と本題に入る。
「あそこさえ、どうこうなったら、かくかくしかじか……」と、いう具合。
いよいよ、わたしたちの番がまわってきた。
他の学校と同じ時間、同じように誉められた。
しかし「……なんだけれども」がない。
各賞の発表になった……。
個人演技賞に三人とも選ばれた。
――やったー! と思った。
タロくん先輩が、ヒソヒソ声で水を差した。
「最優秀とちゃうとこは各賞が多いねん……」
わたしは、それでもいいと思った。精いっぱいやったんだから……。
82『予選本番』
目が覚めると、きちんと課題はできていた。
ちゃんとわたしの字で。わたしは、お母さんと違って、わりに整理整頓するほう。しかし、机の上の課題は、わたし以上。きちんと行儀良く教科別に耳をそろえて積んであった。
金曜日、晴れて停学が明けた。
細川先生は、ちょっと不満げな顔をしていた。
乙女先生は、大喜び。
「さあ、本番は明後日や、きばっていかなあかんで!」
一回通しただけで勘がもどってきた。
「はるか。なんや、らしくなってきたな。停学になって、よかったんちゃうか」
と、大橋先生。みんなが笑った。
「アハハ」
わたしも笑ったが、マサカドさんとやったとは言えない。
「しかし、コンクールはシビアや、腹くくっていきや」
と、乙女先生はくぎを刺す。
いよいよ、予選本番。
わたしたちの出番は、幸か不幸か、二日目の一番最後。
初日と二日目の午前中は稽古で、他の学校を観ることができなかった。
大橋先生は、初日の芝居を観たあと、学校に戻って一本通すだけでいいと言ったが、「万全を期しましょう」という乙女先生の説に従うことになった。
本番の一時間前には控え室で衣装に着替え、スタッフ(といっても、音響の栄恵ちゃんとギターの山中先輩。そして照明の乙女先生)との最終チェックを兼ねて、台詞だけで一本通した。
大橋先生は、お気楽に観客席で、お母さんといっしょ(NHKの子ども番組みたい)に観劇しておられました。
本ベルが鳴って、客電がおちる。
――ただ今より、真田山学院高校演劇部によります、大橋むつお作『すみれの花さくころ 宝塚に入りたい物語』を上演いたします。なお、スマホ、携帯電話など……と、場内アナウンス。
一呼吸おいて、山中先輩にピンがシュートされたんだろう、うららかなギターが、舞台袖まで聞こえてきた。そして、舞監のタロくん先輩のキューで、緞帳が十二秒きっちりかけて上がった。
あとは夢の中だった。
舞台に立っているうちは、演じている自分。それを冷静に見つめ、コントロールしている自分がいたはずなんだけど。
あとで思い出すと、マサカドさんから受け止めたものがヒョイとカオルの気持ちになって蘇ってきていた。
わたしは、あの時間、カオルとして生きていた。
新しく増えて六曲になった歌。自然な気持ちが昇華したエモーションとなって唄うことができた。
『おわかれだけど、さよならじゃない』ここは、新大阪でのお父さんとの別れ。それが蘇り、辛いけど爽やかな心で唄えた。
そして観客の人たちの拍手。
全てが夢の中。
ハッと、自分に戻ったのは、フィナーレが終わって、唄いながら上手に入るとき。
顔を客席に向けたままハケて衝撃が来た。
ドスン!
収納されていた可動壁(元来チャペルなので、そのとき用のやつ)に、思い切りぶつかってしまった。
痛さという物理的な記憶があるので、そこのところだけは鮮明だ。
そして、講評と審査結果の発表。
わたしたちは、他の学校のお芝居をまるで観ていない(わたしの停学というアクシデントがあったせいなんだけど)ただ、演りきった。という爽快感と、若干の疲れ。
審査員というのは偉いものだと思った。
けなす。ということをしない。
まず誉める。それもどの学校もほぼ同じ時間。
最後に「……なんだけども、どこそこがね」と本題に入る。
「あそこさえ、どうこうなったら、かくかくしかじか……」と、いう具合。
いよいよ、わたしたちの番がまわってきた。
他の学校と同じ時間、同じように誉められた。
しかし「……なんだけれども」がない。
各賞の発表になった……。
個人演技賞に三人とも選ばれた。
――やったー! と思った。
タロくん先輩が、ヒソヒソ声で水を差した。
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わたしは、それでもいいと思った。精いっぱいやったんだから……。
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