【書籍化進行中】不遇オメガと傲慢アルファの強引な結婚

椎名サクラ

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本編1

11.伝えられる想い02

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 なぜ父がここにいるのか。
 なぜ美濃部は受け入れているのか。
 考えるよりも先に胸を占めたのは「裏切られた」という感情だった。
 美濃部も父の愛人だったのか。だから耀一郞に優しくしてくれたのかと、許せない気持ちばかりが肥大していった。

 あんなに慕っていたのに、その日から耀一郞は美濃部に辛く当たった。ものを投げ罵り、オメガの性悪性を中傷しつづけた。
 初めは怒っていた美濃部は次第になにも言わなくなり――そしていつしか姿を消した。

 耀一郞の心に大きな傷を残したまま。

 今ならわかる。
 あの父が愛人に己の子を育てさせるはずがない。父の悪行を知れば知るほど確信へと変わったが、自分が行ったことを認めたくなくて、オメガへの憎悪を膨らましていくしかなかった。

「父親は強制発情剤を飲ませてレイプするわ、息子はメチャクチャに当たり散らしてくるわ。終いには母親に子供の世話もできない役立たずって解雇されるわで踏んだり蹴ったりだ! お前らに関わるんじゃなかった……お前みたいな傲慢なアルファになんか同情するんじゃなかったよっ!」
「美濃部さん……」

 ああ、それがあの日の真実か。
 父ならやりかねないことだ。そして美濃部がネックガードをしていなければ、番にして死ぬまで弄んでいただろう。
 耀一郞はギッと奥歯を噛み締めた。

 一番心を打ちのめしたのは「アルファ」と一括りにされたことだ。
 自分も「オメガ」と彼らを一括りにした。一人一人違うのに、第二性バースで苦しんでいるのに、それを知ろうとせずひたすら恨みをぶつけてしまった。
 頑是無い子供のように。
 母親を取られてぐずる幼児おさなごのように。

 顔を上げれば美濃部が未だに恐ろしい形相でこちらを睨めつけている。
 大きく息を吸ってゆっくりと吐き出した。
 自分の……自分たち家族の罪だ。
 オメガは雇い先がない。何十、何百と応募してやっと得た仕事だと、嬉しそうに教えてくれた。
 耀一郞の家を追い出された彼がその後どうなったのか、考えるだけでも恐かった。

「どうせお前がここに来たのは、樟くんを連れ戻しに来たんだろう。あんな家に樟くんを置いておけない。不幸にしかならない。お前らに弄ばれて捨てられるんだ……俺みたいにな! だから絶対に会わせねーよっ!」

 彼の言うとおりだ。
 父が虎視眈々とその身を狙っている上に、耀一郞はどのように接すれば良いか分からない。持て余しては、八つ当たりのようにきつく叱責してしまう。
 樟にとって劣悪な環境だ。

 それでも――手放せない。

 彼だけがほしいのだ、彼でなければならないのだ。
 もう一度家族を築くのなら、相手は樟しかないと縋り付くほどに、彼だけいればいい。
 愛に餓え、愛することを切望しながらもその方法を知らなかった耀一郞は今、やっと樟に向かうこの気持ちの名前を知った。

 なぜあれほど焦ってここに来たのか、なぜ他のアルファが樟を優しくするのに苛立ったか。
 すべては一つの感情に起因している。
 自分の感情を素直に受け入れ、真っ直ぐに美濃部を見た。

「美濃部さん……すみませんでした」

 今までにないほど深く頭を下げた。

「私や私の家族がしたことは許されないことです。謝ってすむことではないでしょう。けれど、貴方に謝ることしかできない……本当に申し訳ありませんでした」

 突然の謝罪に美濃部は目の下の特徴的な涙袋を震わせた。彼が警戒するときの癖だ。
 この謝罪をデモンストレーションだと思ったのだろうが、耀一郞の本心だ。幼い自分に心をくれ、慈しむことを教えてくれた彼にした酷いことをきちんと詫びたかった。

 それと樟のことは別だ。
 今でも思い出す、腕の中に隠れてしまうほど細い身体を抱き締めたときのことを。僅かにひんやりとした肌。骨と皮の感触。すべての感触が消えずにここにある。
 傷ついた彼をもっと抱き締めて閉じ込めて慈しみたい。許されるのなら。

「樟は……確かに利用しようと思って結婚しました。オメガなら文句を言いはしないだろうと。けれど彼と接して、その心を知って、誰にも奪われたくないと心を寄せてしまったんです。貴方に酷いことをした私ですが、許されるなら添い遂げたいと、守っていきたいと真剣に願っています」

 すっと頭を上げると、美濃部は昔よく向けてくれた朗らかな笑みを浮かべていた。その視線は耀一郞を通り越してその向こうに投げかけられている。

「だってさ、良かったな樟くん」

 慌てて振り向くと、顔中にガーゼや絆創膏を貼り顔を腫れさせた樟が、呆然と立っていた。その隣にはいつものごとく安井がいる。
 一瞬にして耀一郞の顔は険しくなり、大股で近づいて樟を奪い取り、己の腕の中に閉じ込めた。
 本人が気付かないアルファの独占欲の現れだ。自分のものと決めた相手に他のアルファを近づけさせないための本能を無意識に晒し、威嚇のオーラを放つ。

「こらっ、耀一郞! なにをしてるんだ!!」

 美濃部の叱責にビクリと肩を震わせ、自然と放っていたオーラが消えた。
 子供の頃と同じ叱り方に懐かしさを覚え、同時に三つ子の魂百までと言わんばかりの申し訳なさが湧きあがる。

「そんなもん出したら、ここにいる皆が怯える。そうでなくても傷ついた奴が多いんだ、配慮しろバカが」

 歯に衣着せない言葉は相変わらずのようだ。それには安井も苦笑して笑い声を上げる。

「きちんと自己紹介するのは初めてですね。第二性バース医療内科医の安井です。ここではボランティア医師をしています」

 ネックホルダーから取り出した名刺を渡してきた。いつもの癖で受け取り、バツが悪くなる。だが安井は気にすることなく美濃部の隣に立つと自然に細腰を抱き、自分の身体へと引き寄せる。

「そして、久乃の夫で番です」
「バカッ、ここにいるときはくっつくなって言ってんだろっ!」
「そ……だったんですか……」

 美濃部の気の強さを知る耀一郞は、自分の愚かな嫉妬を恥じた。彼の気性を知っていれば、番の浮気を許すはずはなく、大人しく泣き暮らしもしない。
 何よりも安井が向ける眼差しはどこまでも慈しみ愛しているのだと告げていた。

「失礼な態度を取ってすみませんでした」

 謝るが、それでも警戒心を解くことができない。樟が痛みに顔を歪めても抱き締める腕の力を抜くことができない。

「貴方のことは久乃からよく聞いていました。彼と知り合ったのも、執拗な隆一郎氏から逃れるためにここへ駆け込んだのがきっかけなんですよ」
「なん……だって!」

 自分の不幸に浸っている間に、美濃部がどれほどの恐ろしさを感じていたのか。重ね重ね申し訳なさが募る。

「次のターゲットは樟くんのようですね」
「なぜそれを……」
「彼から話を聞いて推察しました。ですので、息子である貴方には大変申し訳ないのですが、徹底的にぶちのめさせて貰います」

 優男然とした笑みなのに、その奥に耀一郞ですらも悪寒が走るほどの、冷徹な色が潜んでいた。
 安井は未だに許していないのだ。自分が愛した美濃部を陥れようとした隆一郎のことを。二十年近く前の出来事であっても。
 アルファらしいと言えばそれまでだろうが、番を守るためなら手段を選ばないその残忍さは、むしろ信頼に価した。

「構いません、徹底的にやってください。後始末はこちらで行いますので」

 二人のアルファが話している間、状況が読めない樟は不安そうに交互に視線を向けた。ケンカをするのではないかと心配しているようだ。ギュッと耀一郞のシャツを握り絞めている。
 その仕草が男の劣情を掻き立てるのだとも知らずに。
 安井は樟を見ると、笑みを深くした。

「よかったですね、樟さん。配偶者さんが迎えに来てくれて」
「あ……はい」

 だが耀一郞は信頼を寄せ始めていても、すぐさま安井から樟の姿を隠した。
 オメガだけでなくアルファの特性にも精通している安井は、それを笑って受け流す。

「今日の感想は次の診察の時に教えてくださいね」

 その親しさに腹が立ち、小さく頭を下げると無理矢理に樟を連れ出した。

「あの……あいさつ……」
「また診察で会うなら大仰なことをする必要はない」
「でも……」

 助手席に痩身を押し込み、車を走らせた。寄り道もせず家までの最短距離を走る。
 あの場から連れ出したのは、樟の心がわからないからだ。あれほど鷹揚な人を相手に、樟が好意を抱くのが恐かった。
 まともに優しくしてこなかったツケだ。
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