48 / 66
番外編1
あれから一年……08
しおりを挟む
だが教えるのは時期尚早だ。
耀一郞はひたすら言葉を待った。
何度も口を開いては耀一郞を伺う仕草を見つめながら。
「あ、あの……耀一郞さんはその……僕が好きなんですか?」
「は……?」
あまりの内容に、耀一郞は次の句が告げられなかった。
(なにを言い出すんだ、こいつは。もしや今までの言動でわからなかったというのか……いや、そんなはずは……そんなはずはない……と思いたい)
樟の本心がなんなのかを探るように目を細め、じっと彼を見つめた。途端に細い肩を跳ね上がらせ、両手でその身体を抱き締めだした。
(しまった!)
怯えさせたことに慌て、言いつくろうとして、なにを言えばいいのか分からなくなる。感情にまかせて怒気を含ませた言葉を出してしまったら、樟はきっと怯えてこれから先、なにも告げてはくれなくなる。
なぜわからないんだと、怒りと共に湧きあがる感情をグッと飲み込み、ゆっくりと息を吐き出した。
気持ちを落ち着かせてから穏やかな声を意図的に出す。
「ああ、好きだ。生涯の伴侶はお前だと思っている」
怖がらせない声を出せたことにホッとした途端、また爆弾発言が飛び出した。
「久乃さんが好きだから、配偶者の安井医師を睨んでたんですか?」
「なぜそうなるんだ!」
思わず飛び出たのは、怒号であった。樟の全身が飛び上がり、ギュッと身体を固めて震えだした。
しまったと思っても、後の祭りだ。
久しぶりに出した大声に、こちらが心配になるほど怯える樟の姿を見て、一気に怒りが冷めていく。
――また、やってしまった。
あれほど自分を諫めていたというのに、またしても樟を怯えさせてしまった。彼の境遇を資料で垣間見て、怒りをぶつけてはいけないとあれほど誓ったはずなのに。だが、容認できる話ではない。
何がどうして久乃が好きなどという話になるのか。
いや、確かに好意はある。それは兄弟に向ける感情に似ていて、決して恋愛が混じったものではない。だが樟が口にしたニュアンスでは、確実に恋愛感情だ。
久乃に子供を産ませたいかと問われれば、すぐさま否と発する。あんな怖い人を配偶者にするつもりも番にするつもりもない。子供が彼の性格に似てしまったらと想像するだけで恐ろしい。
さて、なぜ樟がそんなことを言い出したのか。
こんなやりとりは玄関でするのはふさわしくなく、耀一郞は嘆息してから靴を脱いで上がった。樟を抱いてリビングへと移動し、痩身を抱き締めたままソファに腰掛けた。彼を膝の上に乗せて。
樟は怯えたまま、耀一郞の膝の上で大人しく、しかし顔面を蒼白にして次のリアクションを待っている。宥めるためにその背中――無数の無残な傷跡が刻まれた――を慈しむように撫でた。
「怒鳴ってすまない。どうしてそんなことを突然聞いたかを教えてくれないか」
一度だって久乃への気持ちについて言及してこなかったというのに、今になって突然話すのか、理解ができない。
(もしやあの生臭坊主ならぬ生臭医師が変な入れ知恵をしたのか? だとしたら……殺す!)
秘かな怒りを抱きながら、表面だけは樟を怯えさせないように笑みなどを浮かべてみる。普段から滅多に笑わないせいか、余計に怯えさせてしまう。
そんなつもりはちらりともないのに、なぜいつも怖がらせてしまうのか。
安心して欲しいと願いながら、彼に何をすればいいかがわからない。かつて耀一郞が癇癪を起こしたときに久乃がしてくれたことを思い出して、落ち着いた声を出し宥めていく。背中をさする手を止めずに。
「……安井医師と話をしたんです……」
(やはりあの生臭医師かっ! 今度病院にクレームを入れてやる!!)
秘かに青筋を立てる。
「耀一郞さんが久乃さんのことが好きなのは聞いていたので、だから安井医師のことが嫌いなんだなと思ったのですが……今日医師とその話をして、違うというニュアンスを聞かされて……」
耀一郞は背中を撫でていた手を止めた。まさか気持ちが微塵も伝わっていなかったなんて誰が想像できようか。
初めて身体を重ねた日、確かに口にしたはずだ、愛していると。
なのになぜ久乃のことを好きだなどと発想するのか理解ができなかった。耀一郞は優秀な頭脳を駆使してあの日のことを思い返して……ギュッと拳を握った。
(いや、違う。私が伝えたのは『愛したい』であって、愛しているではなかった)
自己肯定感が低い樟は、言葉のまま受け取ってしまう。未だ好きではない、イコール、他に好きな人がいると考えてもおかしくはない。
耀一郞が充分だと思っていた愛情表現は確実に不足していた。
身体を重ね甘い声を奏でさせれば、自分の想いが伝わると思い込んでいたことに気付いて、愕然とする。
独りよがりの感情をぶつけ、樟の気持ちを聞くことを怠っていた。その間に不安で構成されてしまった彼の心は、諦めるための材料を拾い集めて「だから愛されなくても仕方ない」と自分に言い聞かせてしまうのだろう。
失態だった。
だがリカバリはできる。
大きく息を吐き出して、飾らない胸の内を明かした。
「美濃部さんに恋愛感情は欠片もない。むしろ怖いとすら思っている」
「そう……なんですか?」
ビクビクと天敵を前にした兎のように怯えていた樟が意外と言わんばかりに目を見開いた。
「当たり前だ。子供の頃に尻を叩かれたんだぞ。そんな人を配偶者にできるか……しかも怒ると誰よりも恐いんだ」
思い出しても鳥肌が立つほど、久乃を怒らせると恐いのだ。三つ子の魂ではないが、未だに恐怖心が拭えない。そして、小さい頃のあれやこれやを知られている相手に、耀一郞は恋愛感情を抱けない。一生なにを言われるのかわからない恐怖と共に生きる度胸がないのだ。
樟は驚き今まで力が入っていた肩がコトンと落ちた。
「よか……た……」
「私が愛しているのはお前だと何度も伝えたつもりでいたのだが……つもりでしかなかったのだな。申し訳なかった」
小さな頭を振って樟はすぐに否定した。
「違うんです。僕がそう思っただけで……でもそれじゃどうして安井医師は『睨まれて困っている』とか言ったんだろう」
小首を傾げて不思議そうにする樟に、今度は耀一郞の肩が強張る。
(あの生臭医師め……なぜそんなことを樟に言うんだ!)
確かに耀一郞はことあるごとに安井を睨み付けていた自覚はある。だがそれは彼が気安く樟に触れたり、親しくしている様を耀一郞に見せつけてきたからだ。自分の配偶者が他の男と一緒に居て気分がいいアルファなどいはしない。他性からは信じられないほど常識を凌駕する独占欲が湧き出てしまうのだ。
それが番にしたいほど恋い焦がれている相手ならなおのこと。
こんな自分を樟に見せるのはみっともないと思っていたが、もうなりふり構ってられない。
きちんと言葉と態度で示さなければ、なにも伝わらないのだ、樟には。
己の信念よりも相手との未来の方がずっと大事だ。
耀一郞は空気を吸い込んで腹に力を溜めると、ゆっくりと樟に告げた。
「お前に、気安く触るからだ、あの医師が。番にしたいほど大事な相手に他の男が……しかもアルファが気安く触れていたら殴りたくなるのが普通だろう」
耀一郞はひたすら言葉を待った。
何度も口を開いては耀一郞を伺う仕草を見つめながら。
「あ、あの……耀一郞さんはその……僕が好きなんですか?」
「は……?」
あまりの内容に、耀一郞は次の句が告げられなかった。
(なにを言い出すんだ、こいつは。もしや今までの言動でわからなかったというのか……いや、そんなはずは……そんなはずはない……と思いたい)
樟の本心がなんなのかを探るように目を細め、じっと彼を見つめた。途端に細い肩を跳ね上がらせ、両手でその身体を抱き締めだした。
(しまった!)
怯えさせたことに慌て、言いつくろうとして、なにを言えばいいのか分からなくなる。感情にまかせて怒気を含ませた言葉を出してしまったら、樟はきっと怯えてこれから先、なにも告げてはくれなくなる。
なぜわからないんだと、怒りと共に湧きあがる感情をグッと飲み込み、ゆっくりと息を吐き出した。
気持ちを落ち着かせてから穏やかな声を意図的に出す。
「ああ、好きだ。生涯の伴侶はお前だと思っている」
怖がらせない声を出せたことにホッとした途端、また爆弾発言が飛び出した。
「久乃さんが好きだから、配偶者の安井医師を睨んでたんですか?」
「なぜそうなるんだ!」
思わず飛び出たのは、怒号であった。樟の全身が飛び上がり、ギュッと身体を固めて震えだした。
しまったと思っても、後の祭りだ。
久しぶりに出した大声に、こちらが心配になるほど怯える樟の姿を見て、一気に怒りが冷めていく。
――また、やってしまった。
あれほど自分を諫めていたというのに、またしても樟を怯えさせてしまった。彼の境遇を資料で垣間見て、怒りをぶつけてはいけないとあれほど誓ったはずなのに。だが、容認できる話ではない。
何がどうして久乃が好きなどという話になるのか。
いや、確かに好意はある。それは兄弟に向ける感情に似ていて、決して恋愛が混じったものではない。だが樟が口にしたニュアンスでは、確実に恋愛感情だ。
久乃に子供を産ませたいかと問われれば、すぐさま否と発する。あんな怖い人を配偶者にするつもりも番にするつもりもない。子供が彼の性格に似てしまったらと想像するだけで恐ろしい。
さて、なぜ樟がそんなことを言い出したのか。
こんなやりとりは玄関でするのはふさわしくなく、耀一郞は嘆息してから靴を脱いで上がった。樟を抱いてリビングへと移動し、痩身を抱き締めたままソファに腰掛けた。彼を膝の上に乗せて。
樟は怯えたまま、耀一郞の膝の上で大人しく、しかし顔面を蒼白にして次のリアクションを待っている。宥めるためにその背中――無数の無残な傷跡が刻まれた――を慈しむように撫でた。
「怒鳴ってすまない。どうしてそんなことを突然聞いたかを教えてくれないか」
一度だって久乃への気持ちについて言及してこなかったというのに、今になって突然話すのか、理解ができない。
(もしやあの生臭坊主ならぬ生臭医師が変な入れ知恵をしたのか? だとしたら……殺す!)
秘かな怒りを抱きながら、表面だけは樟を怯えさせないように笑みなどを浮かべてみる。普段から滅多に笑わないせいか、余計に怯えさせてしまう。
そんなつもりはちらりともないのに、なぜいつも怖がらせてしまうのか。
安心して欲しいと願いながら、彼に何をすればいいかがわからない。かつて耀一郞が癇癪を起こしたときに久乃がしてくれたことを思い出して、落ち着いた声を出し宥めていく。背中をさする手を止めずに。
「……安井医師と話をしたんです……」
(やはりあの生臭医師かっ! 今度病院にクレームを入れてやる!!)
秘かに青筋を立てる。
「耀一郞さんが久乃さんのことが好きなのは聞いていたので、だから安井医師のことが嫌いなんだなと思ったのですが……今日医師とその話をして、違うというニュアンスを聞かされて……」
耀一郞は背中を撫でていた手を止めた。まさか気持ちが微塵も伝わっていなかったなんて誰が想像できようか。
初めて身体を重ねた日、確かに口にしたはずだ、愛していると。
なのになぜ久乃のことを好きだなどと発想するのか理解ができなかった。耀一郞は優秀な頭脳を駆使してあの日のことを思い返して……ギュッと拳を握った。
(いや、違う。私が伝えたのは『愛したい』であって、愛しているではなかった)
自己肯定感が低い樟は、言葉のまま受け取ってしまう。未だ好きではない、イコール、他に好きな人がいると考えてもおかしくはない。
耀一郞が充分だと思っていた愛情表現は確実に不足していた。
身体を重ね甘い声を奏でさせれば、自分の想いが伝わると思い込んでいたことに気付いて、愕然とする。
独りよがりの感情をぶつけ、樟の気持ちを聞くことを怠っていた。その間に不安で構成されてしまった彼の心は、諦めるための材料を拾い集めて「だから愛されなくても仕方ない」と自分に言い聞かせてしまうのだろう。
失態だった。
だがリカバリはできる。
大きく息を吐き出して、飾らない胸の内を明かした。
「美濃部さんに恋愛感情は欠片もない。むしろ怖いとすら思っている」
「そう……なんですか?」
ビクビクと天敵を前にした兎のように怯えていた樟が意外と言わんばかりに目を見開いた。
「当たり前だ。子供の頃に尻を叩かれたんだぞ。そんな人を配偶者にできるか……しかも怒ると誰よりも恐いんだ」
思い出しても鳥肌が立つほど、久乃を怒らせると恐いのだ。三つ子の魂ではないが、未だに恐怖心が拭えない。そして、小さい頃のあれやこれやを知られている相手に、耀一郞は恋愛感情を抱けない。一生なにを言われるのかわからない恐怖と共に生きる度胸がないのだ。
樟は驚き今まで力が入っていた肩がコトンと落ちた。
「よか……た……」
「私が愛しているのはお前だと何度も伝えたつもりでいたのだが……つもりでしかなかったのだな。申し訳なかった」
小さな頭を振って樟はすぐに否定した。
「違うんです。僕がそう思っただけで……でもそれじゃどうして安井医師は『睨まれて困っている』とか言ったんだろう」
小首を傾げて不思議そうにする樟に、今度は耀一郞の肩が強張る。
(あの生臭医師め……なぜそんなことを樟に言うんだ!)
確かに耀一郞はことあるごとに安井を睨み付けていた自覚はある。だがそれは彼が気安く樟に触れたり、親しくしている様を耀一郞に見せつけてきたからだ。自分の配偶者が他の男と一緒に居て気分がいいアルファなどいはしない。他性からは信じられないほど常識を凌駕する独占欲が湧き出てしまうのだ。
それが番にしたいほど恋い焦がれている相手ならなおのこと。
こんな自分を樟に見せるのはみっともないと思っていたが、もうなりふり構ってられない。
きちんと言葉と態度で示さなければ、なにも伝わらないのだ、樟には。
己の信念よりも相手との未来の方がずっと大事だ。
耀一郞は空気を吸い込んで腹に力を溜めると、ゆっくりと樟に告げた。
「お前に、気安く触るからだ、あの医師が。番にしたいほど大事な相手に他の男が……しかもアルファが気安く触れていたら殴りたくなるのが普通だろう」
1,126
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる