【書籍化進行中】不遇オメガと傲慢アルファの強引な結婚

椎名サクラ

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番外編2

嬉し恥ずかし新婚旅行03

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 山の中の宿でどんな料理が出るのか楽しみにしていた樟は、本当に驚きっぱなしだった。食堂としての空間がなく、なんとあの受付の傍にあった囲炉裏で川魚が焼かれ、その横に置かれたテーブルに料理が並んでいた。
 名物のブランド牛を使った鍋を中心に、山で摂れた山菜のお吸い物や朴葉ほうば焼き、炊き込みご飯に蒸し物が置かれ、川魚のお造りやアレンジ料理とどれも美味しそうだ。

 そんなテーブルが三つあり、樟はまたしても呆然としてしまう。夕方から降り始めた雪が付いたコートを脱がされているのにさえ気付かないぐらい驚いていると、すぐに手を引かれ、一番奥のテーブルに隣り合わせで腰を下ろした。

「こんな奥でいいんですか?」
「いいんだ。お前をあまり他のやつに見られたくない」

 その意味を測りかねるが頷くしかなかった。オメガにしては綺麗さもないし、未だに学生に間違えられる容姿をしている樟を配偶者だと告げるのは、やはり恥ずかしいのだろう。わかっていても少し寂しくて、仕方ないと心に折り合いを付けた。
 いつもより少しだけ重く感じる箸を持ち上げ、山菜を口に運ぶ。

「あ……おいしい……」

 白和えの甘みが山菜独特の風味と調和して口の中に不思議な味わいを広げる。今まで知らなかった味に樟は悲しい気持ちがすぐに吹き飛び、夢中になった。どれも美味しくて、家でも食べたいと味をしっかりと記憶していく。
 従業員が焼けた鮎を笹に乗せて持ってきた。

「そのまままるごと召し上がってください。熱いのでお気を付け下さいね」

 恐る恐る手を伸ばし、先程まで囲炉裏で炙られた表面の匂いを嗅ぐ。僅かに塩の焼けた匂いがして食欲をそそった。

「そのまま食べてもいいが、難しいようなら解そうか」
「いえ……このまま食べてみます……あつっ……でも美味しい」

 身に歯を当てるだけでほろりと崩れ、淡泊な味が口の中へと広がる。川魚なんて滅多に食べない樟は驚き、まじまじと鮎を見つめた。焦げ目の付いた皮からは想像もできないほどにほくほくとしていて美味しい。

「これからお店に鮎があったら買ってもいいですか?」

 なかなか出回らないと知っているが、こんなにも美味しいならもっと耀一郞に食べてほしい。

「気に入ったなら買えばいい。だが川魚は獲れたてが一番美味しいらしいからな」
「そうなんですか!? 残念だな……耀一郞さんに家でも食べて貰いたかったのに……」

 しょんぼりとする頭をまた大きな手が撫でた。そのたびに髪がぐちゃぐちゃになるが、ほんの少しだけ子供の頃に戻ったような気持ちになれて嬉しいのは、まだ恥ずかしくて耀一郞には伝えていない。
 美味しそうに食べる樟の様子を見て、いつも以上にその顔が穏やかに綻びているが、食べるのに夢中で樟は気付かないまま食事を進めていった。

 美味しいものを口にするたびに、感嘆を言葉で表せば、耀一郞も同じものを口にして相づちを打ってくれる。
 家にいるときも二人で食事をしているはずなのに、いつもよりも会話が多くて樟は久しぶりに食事が楽しくてしょうがなかった。
 いつも以上に食べて、ぐつぐつと煮立った鍋の半分までを腹に収めると、樟は箸を置いた。

「なんだ、もういいのか?」
「これ以上は入りません……」
「お前はまだまだ細い。いつもこれくらい食べてくれればいいんだが」

 もう苦しくて動くことすらできない樟と違ってまだ余裕があるのか、どんどんと胃袋に収めていく耀一郞に、感動をもって見つめた。
 自分も彼のようにしっかり食べられる身体だったらと願ってやまない。成長期にあまり食事をしなかったので、胃が小さいまま体の成長も止まってしまっているせいで、子供っぽい見た目のままだ。逞しい体躯でしっかりと食べる耀一郞が羨ましくもあり、それが自分の作ったものなら嬉しくもある。

「なるべく努力してるんですけど……」

 一日一回、家族の目を盗んでの食事だと、どうしても胃が大きくなる暇はない。結婚してもしばらくはあまり食事を摂らなかったので、こればかりは一朝一夕でどうすることもできないのだ。

「ゆっくりでいい。だができるだけ食べるようにしてくれ」

 わかっている。そして、配偶者がこうして気にかけてくるのが一番嬉しかった。
 はにかみ、隠すように俯いた。
 耀一郞が食べ終わるのを待って自分たちの部屋に戻ってもまだお腹はきつく、触ってわかるくらいに胃が膨れ上がっていた。満腹は幸福感と直結しているのか、ふわふわした気持ちのまま囲炉裏の前に座ると、耀一郞が板の間に置かれた箪笥を物色し、中に格納された浴衣を取り出して広げて見せた。

「……思ったよりも大きいな」

 そうだろうか。耀一郞の逞しい身体に見合う大きさだと思うが、彼の視線がこちらに向くのに小首を傾げた。

「耀一郞さんにはぴったりだと思いますけど」
「いや、お前にだ。他の抽斗ひきだしにあるのか?」
「えっ? パジャマを持ってきたはずです」

 旅行なんて修学旅行しか体験していない樟は、当たり前のようにパジャマと数日分の着替えを持ってきた。他になにを持っていけば良いか分からなかったのだが、耀一郞はわかりやすいほどにやりと笑った。

「それは全部置いてきた」
「どうしてですか?」
「なくても問題ないからだ。ああ、あった。なるほど、女物はおはしょりを作るから長いんだな」

 別の抽斗に格納されていた浴衣は、耀一郎が最初に手にしていたものよりも華やかな柄と色合いだ。帯も、細帯だけでなく、しっかりとした幅の半幅帯もあって、樟にはどうやって結ぶのかわからない。
 見せられても動くことができなかった。

「これで準備はできた。さあ、風呂に入るぞ」

 楽しげに着替えを手にしてあの岩風呂へと向かう。動けずにいる樟を振り返り手招いた。

「どうした? いつもしてることだろう」
「そうですけど……」

 耀一郎が早く帰って来た日は一緒にお風呂に入るのが恒例となっているが、ただ一緒に入って終わるわけじゃないと重々理解している。
 彼と身体を重ねるようになってからあちこちが敏感になってしまった樟は、すぐさま頬を赤らめる。

「あの……でも、耀一郎さんは運転で疲れてるんじゃ……」
「あれくらいで疲れるものか。それを証明するのはやぶさかじゃないぞ」

 どうなるかを想像して、身体を流れたのはぞくりとした痺れだ。
 期待に腹の奥がざわめく。

「ほら早く来い。歩けないなら抱いて行くぞ」
「ちょっと待ってください、うわっ!」

 軽々と樟の身体を抱き上げた耀一郎は、いつにない軽い足取りで脱衣場へと入っていった。障子を閉めないまま樟を床に下ろすと、痩身を隠していた衣服を剥ぎ取っていく。

「自分でできますっ……やだ、見ないでください……」

 結婚したばかりの頃よりはふっくらとしたが、それでもまだ細くてみっともない身体を見られるのは好きではない。しかも今日はいつになくたくさん食べたのでぽこりと胃の辺りだけが膨れ上がって、一層みっともない。
 隠したいがポンポンと勢いよく剥ぎ取られてはそれもできない。
 下着まで脱がされた樟は慌てて両手で自分の身体を隠した。その隣で耀一郞も服を脱ぎ捨て、逞しい体躯を隠さずガラス張りの扉の向こうへと樟を引っ張って行く。

 源泉掛け流しの岩風呂はなみなみと湯が張られ、洗い場にまで流れてきている。暖房がないにも拘わらず温かく湿度が高いので寒さは感じない。
 見た目のイメージとの違いにホッとして、けれど恥ずかしさが取れるはずもなく、樟は急いでシャワーを浴びた。身体を丸めていれば耀一郞に見られることはない。

(やっぱり配偶者でも恥ずかしい……)
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