【書籍化進行中】不遇オメガと傲慢アルファの強引な結婚

椎名サクラ

文字の大きさ
60 / 66
番外編2

嬉し恥ずかし新婚旅行09

しおりを挟む
 ここへとやってきて一週間が経った。その間、何度も砂糖菓子のような雪が舞い降りる景色を堪能しながら、布団の中で、風呂で、首筋を噛まれた。
 来たる日のための予行練習という激しさで抱かれ、樟もまたいつになく興奮しては、時間を忘れて睦み合った。
 こんな日々がずっと続くのかと思っていたが、今日は朝食を終えるとずっと浴衣すら纏えなかった樟に服を着せた。

「雪遊びですか?」

 はらりはらりと舞う雪が今日は休暇のようだ。久しぶりに晴天が広がり、柔らかい陽光を雪面が反射しているので世界が眩しく輝いている。

「駅前で朝市をやっている。行ってみようと思ってな」

 くったりとした樟は、うお河岸がしで競りをしている人々の映像が頭に浮かんだ。
 料理されたのではなく、生きた鮎を見られるということか。
 樟は怠い腰に叱責して立ち上がった。

「うわっ!」

 足がふらつき、中腰のまま布団に逆戻りしそうになった。

「間に合った。大丈夫か……さすがにやり過ぎたな」

 耀一郞の大きな手が腰を撫でてくる。

「ん……だめです……触らないでくださいっ」

 ただ触れられただけでも甘い吐息が上がってしまうくらい、身体中が敏感になっている。さすがに久しぶりに出かけようとしているのにまた布団に戻るのだけは避けたい。だというのに、耀一郞は笑いながらも手を止めない。

「出かけられなくなりますっ……!」
「そうだな。そろそろ止めないと朝市が終わってしまう。さあ、出かけよう」

 コートを羽織らせて、また樟を抱き上げた。地面に足を着けないまま助手席に座る樟の足にブーツを履かせてから運転席に乗り込んだ。
 すぐに車が発進し、除雪された道を走っていく。来たときと変わらない雪に包み込まれた山々と、のどかな田園風景が広がる。きっと夏ならば稲の青が綺麗なのだろうが、今は見える場所すべてが真っ白だ。その中で道だけが色合いを注いでいる。

 エンジンが回るにつれ温かい空気が車内に満ちていき、コートを着ているのが暑くなる。熱いままの頬をガラス窓に押しつければ、外気の冷たさが伝わってきてゆっくりと身体の芯まで冷やしてくれそうだ。

「少し時間がかかるから、寝ていていいぞ」
「すみません……」

 身体を冷やしたかっただけだが、耀一郞は眠いと勘違いしている。訂正しないのは、耀一郞が傍にいるだけで変な気分を起こしてしまう自分を誤魔化すため。
 このまま毎日のように耀一郞を受け挿れ続けたら、発情するのだろうか。一度として発情を経験していない樟にはわからないが、今の自分の感覚が発情のようにすら感じる。だが噂に聞く誘発が耀一郞に起こっていないので、まだオメガ特有のホルモンが分泌されていないのだろう。

 それが、悲しかった。

 車はスムーズに駅前に着くと、大きめの駐車場に車を駐めた。機嫌がいい耀一郞が助手席に回り扉を開いてくれた。

「下りられるか? ほら、手を貸せ」

 伸べられた腕にしがみ付いて下りたら、想像していた市場ではなかった。

「え……ここなんですか?」

 それっぽい建物はなく、本当に駅前だ。

「そうだ、こっちだ。歩けるか? 辛かったらそのまま掴まっていろ」

 手を握ったまま連れて行かれたのは、大きな川沿いの道だ。そこには建物に入った店舗と、道の反対側にずらりと並んだ露天。広い道は多くの人で埋め尽くされていた。
 活気溢れた声が飛び交い、皆が笑顔で行き交っていた。

「すごい……」

 こんな人混み、初めてだ。
 ちらりと見た露天には、色んなものが並んでいた。

「気になるものがあったら見に行けばいい」
「いいんですか?」
「当然だ、そのために来たんだからな」

 目的もない買い物など初めてだ。樟は近所のスーパーでの買い物以外の経験はない。
 ネットスーパーや通販を活用してもいいと耀一郞に言われてはいるが、それすら怖くてできずにいる。樟の服は耀一郞が買ってきてくれるので不自由がないため、日々の食材や雑貨だけで済んでしまっている。
 目的のない買い物は、妙にテンションが上がった。
 華やかな露天を覗いてみた。

「いらっしゃい、ゆっくり見ていってね」

 軽やかに声をかけられ、樟は恐る恐る並んでいるものを目で追った。
 漬物が何種類もパック詰めされている。
 大根の漬物など、スーパーでも馴染みのものもあれば、茶色くて味の想像ができないものまである。しかも、値段を書いた札はあれど商品名が記載されていない。

「気になったものは手に取っていいからね」

 気の良い店主の声に、試しに茶色の漬物を手に取ってみた。

「黒福漬が気になったのか?」
「くろ……ふくづけ?」
「七種類の野菜を、醤油、黒酢、黒糖、黒胡麻とかで味付けした福神漬けだよ」

 説明されても味の想像が付かなくて、けれど興味はたっぷりと湧いた。それから店主がそれぞれの漬物の特徴を教えてくれた。どれもこの辺りではよく食べられるものばかりだという。
 隣に立つ耀一郞をちらりと見た。
 つまらなくしていないかと気になったのだが、耀一郞も真剣に漬物に目をやり、それから樟と視線が合った。

「気に入ったのがあれば買うといい。これは朝食に出ていたな」

 耀一郞が手に取ったのは、ちょろぎのしそ梅漬けだ。特徴的な形に見覚えがある。

「カリカリした食感でしたね。あの……耀一郞さんはおうちでもこれを食べたいですか?」

 せっかく買うなら耀一郞が気に入ったものがいい。樟が買い物をするときに考えるのはいつもそれだから。どれが気に入ってくれるか、どんな料理をしたらたくさん食べてくれるか。疲れを取るならどんな食材がいいか、いつもそればかりを気にしている。
 だが樟の問いかけに耀一郞は眉を上げた。

「私の好みよりも樟が気に入ったものを買えばいいんだ」
「耀一郞さんが好きなものをテーブルに並べたいので……」
「樟が作るものはなんでも美味いから安心しろ。お前が選んだものを一緒に食べるのも、きっと楽しいだろうな」

 ふわふわの髪をくしゃっと撫でられる。もう馴染んだ広めのダイニングテーブルに、手にした漬物を並べて二人で味わう、そんな映像が頭に浮かんだ。
 その中の耀一郞も自分も、幸せそうに笑っている。
 自然と樟の顔に笑みが宿った。

「この三つ、買ってみます」

 手にしたのはあの黒い福神漬けと、野沢菜、ちょろぎのしそ梅漬け。店主に渡していつものように財布を取り出そうとして、固まった。

「お財布忘れたっ!」

 そうだ、抱きかかえられて部屋を出たので、うっかり忘れてしまったのだ。
 オロオロとする樟の横で耀一郞がスッと財布を取り出し、会計を済ます。

「あ……」

 当たり前のように商品の入った袋を受け取ると、また樟の手を取った。

「次はどれを見たい?」
「あの……お財布ないので……ごめんなさい、もう帰ります」

 お金を出させることの申し訳なさに萎縮した樟の手が、一度強く握られた。僅かな痛みに見上げれば、耀一郞は困った顔をしている。

「私たちは夫夫ふうふだろう。どちらが出したっていいじゃないか。なにを気にしているんだ」

 言われてハッとした。
 樟の財布に入っているのは自分で稼いだ金ではない。耀一郞が一生懸命仕事をして得た大事なお金だ。なにを勘違いしてしまったのだろうと恥じ入れば、耀一郎の空いた手が冷たくなった樟の頬を撫でた。

「私たち家族が使うためなんだから気兼ねをするな。欲を言えば、樟にはもっと自分のために使って欲しい。相変わらず食材しか買ってないだろう」

 当然だ。耀一郞や小野電機工業の社員たちが頑張って得たお金を好き勝手に使うなんてできない。ましてやそれを働いてもいない自分のためだけに、どうして使うことができるか。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

6回殺された第二王子がさらにループして報われるための話

さんかく
BL
何度も殺されては人生のやり直しをする第二王子がボロボロの状態で今までと大きく変わった7回目の人生を過ごす話 基本シリアス多めで第二王子(受け)が可哀想 からの周りに愛されまくってのハッピーエンド予定 (pixivにて同じ設定のちょっと違う話を公開中です「不憫受けがとことん愛される話」)

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...