64 / 66
番外編2
嬉し恥ずかし新婚旅行13
しおりを挟む
布団が二つ並べられて敷かれるが、いつも一つしか使わないから、どちらを使ってよいか分からず立ち尽くす。そんな樟の気持ちを汲み取った耀一郞が窓側の布団を捲り、自分は扉側の布団へと潜り込んだ。
ああ、またしても自分で動くことができなかった。
隣の布団に横たわり殴り蹴られた背中が痛まない角度に横臥し身体を曲げる。
また汚い背中が穢れた。今回は残る傷ではなかったのが幸いだ。
(今日は、しないのかな?)
あの宣言は、醜い背中になったらなくなるのだろうか。
しかも車内での話も途中だ。
樟は目を閉じ、自分の胸の中にある小さな欠片を一つ、また一つと拾い集めた。それはすべて耀一郞に愛されて生まれた勇気の破片。思い出しては掌に乗せて、握りしめる。
大丈夫、なにを言っても耀一郞は受け止めてくれる。嘲笑されることもなければ暴力を振るわれることもない。
愛されている自信がほんの少し樟を強くした。
「僕は……」
小さな声だというのに、耀一郞は身体の向きを変え樟を見た。落とした光の中、表情ははっきりとわからない。けれどその目に怒りが宿っていないのを見て取って、一度深呼吸してから喉を震わせた。
「耀一郞さんに見合う人間になりたいです。美人じゃないし頭も良くないけど、傍にいて恥ずかしくない人間になりたいです。また今回みたいなことがあったら耀一郞さんが話してくれるような……」
まだまだ至らないけれど、どうしたら叶うかわからないけれど、胸を張って耀一郞の隣に立てる自分でありたい。
「違うんだ、樟。お前に不足しているところなんてどこもない。思慮深いし愛らしい、そのままのお前がいいんだ。今回教えなかったのは、嫌なことを思い出させたくなかったからだ……いや違うな。お前を抱いた奴らのことを思い出してほしくなかったが正しいな」
「あ……」
ごろりと仰向けになると、耀一郞は腕で目元を隠した。
「全員この手で殺してやりたいくらいだ」
ぎゅっと拳が握られる。
――ここが法治国家でなければ。
小さな声は、静寂が揺蕩う部屋の中で大きく響き、樟の心を揺さぶった。
衝動のまま身体を起こし、耀一郞の身体を跨いだ。
「どうした、樟」
背中の傷と同じように、彼らに弄ばれた過去は消えない。耀一郞は傷ごと愛したいと言ってくれた。それがどれだけ樟を救ってくれたか。だというのに、この逞しい胸の中には荒ぶった感情も宿していたのか。
嫉妬という、叫びを。
「僕も今日、すごく嫌でした。綺麗な人たちがみんな耀一郞さんを見ているのが。僕の配偶者だって、言いたかったです」
「それはどこでだ?」
「……最後の……お店で……でも僕は意気地なしだから言えませんでした」
「バカだな。どんな人間がいようと、私が愛しているのはお前だけだ」
何度も届けられる甘い言葉。それでも宿った感情は消えはしない。醜くて恥ずかしくて、掻き消したいのに膨らむばかりだというのに、今はその醜さすらも受け入れられる。
「言える自分になりたいんです。僕のだって、誰も見るなって……」
「目移りなんてする暇がないぞ」
樟は首を振った。
耀一郞を信じていないのではない。
もっと強い自分になりたいのだ、嫉妬を抱いても、その原因を撥ね除けられるような……。そう、耀一郞のように。
「僕が、そうしたいんです。だって……僕も…………愛してる、から」
誰にも奪われたくない。今そんな危機が起きていないのは、耀一郞が気を張っているからだ。油断をすればすぐさま言い寄ってくる人が出てくる。それほど魅力的な人なのだ、樟の配偶者は。だからこそ、繋ぎ止めたい。自分だけを見続けてほしい。
つっかえつっかえの言葉はコロリと布団に落ちてそのまま消え去ればいいのに、しっかりと耀一郞の手で掬い取られる。
「やっと言ってくれたな……ありがとう、樟」
硬かった表情が綻び、なにかを堪えるように歪んだ。
結婚して二年半、身体を重ねるようになって一年半の時を経て、ようやく口にできた想い。たった一言だというのに、耀一郞はその言葉をグッと噛み締め、告げた樟を大事に……宝物を手にするように大切に抱き締めた。
引き寄せられるままに彼の上に身体を倒し、逞しい両腕の温かさを感じる。
「僕が愛してるの、耀一郞さんだけです」
もう一度想いを言葉に乗せる。僅かに腕に力が入り、だがすぐにそれは弱まった。背中のことを気遣っての優しさとわかっていても物足りない。
いつものように息ができないくらいにきつく抱き締めてほしい。
この人が自分の配偶者で、愛する人で、ただ一人心を通わせた人だと感じたい。
「……わがままを……言っても、いいですか?」
「なんだ。お前のわがままは大歓迎だ。私にできることならなんでも叶えよう」
樟は僅かに身体を起こし、少しだけ伸ばした。
微かな痛みが背中から生じるが、それよりももっと確かなものが欲しかった。
肉厚の唇に自分から重ね、いつもされているように下唇を啄んだ。
「ネックガードを、ください……耀一郞さんだけが外せる……」
アルファに無理矢理噛まれないよう、うなじを守るための防具だが、将来の約束代わりに贈られることもあるという。
話を聞いたときに感じた羨ましさが思い出される。まだ発情したことのない樟には不要だが、指輪よりもずっと深い証のように感じた。
カリッと唇が噛まれ、僅かに開いた隙間から肉厚の舌が滑り込み、容赦なく口内を蹂躙した。
逼迫したときの口づけだ。
樟が欲しくて欲しくてどうしようもないと告げるキスは、翻弄し、高め、発情もしていないのに耀一郞が欲しくて堪らなくする。
自分もその熱を求めていたのだと舌を伸ばし絡めた。
吸い出され彼の口内で弄ばれて、ただただ熱が上がる。
唇が離れる頃には、二人とも荒い息を交わしあっていた。
「怪我をしているお前を休ませようと……」
「耀一郞さんに……抱いて……ほしいです。いつもみたいに、いっぱい……してください。早く、噛まれたいから……」
また荒々しい口づけが始まり、樟が纏う浴衣を留めていた帯が乱暴に外される。はらりと開いた胸元から差し込まれた手は、いつものように樟を快楽の沼地へと突き堕とすために煽り始める。
身体を這う大きな掌から伝わる熱に溺れて、ずっと腹の奥で燻る種火が燃え上がる。
そして彼の熱を体中で感じるためにすべてを委ねるのだった。
ああ、またしても自分で動くことができなかった。
隣の布団に横たわり殴り蹴られた背中が痛まない角度に横臥し身体を曲げる。
また汚い背中が穢れた。今回は残る傷ではなかったのが幸いだ。
(今日は、しないのかな?)
あの宣言は、醜い背中になったらなくなるのだろうか。
しかも車内での話も途中だ。
樟は目を閉じ、自分の胸の中にある小さな欠片を一つ、また一つと拾い集めた。それはすべて耀一郞に愛されて生まれた勇気の破片。思い出しては掌に乗せて、握りしめる。
大丈夫、なにを言っても耀一郞は受け止めてくれる。嘲笑されることもなければ暴力を振るわれることもない。
愛されている自信がほんの少し樟を強くした。
「僕は……」
小さな声だというのに、耀一郞は身体の向きを変え樟を見た。落とした光の中、表情ははっきりとわからない。けれどその目に怒りが宿っていないのを見て取って、一度深呼吸してから喉を震わせた。
「耀一郞さんに見合う人間になりたいです。美人じゃないし頭も良くないけど、傍にいて恥ずかしくない人間になりたいです。また今回みたいなことがあったら耀一郞さんが話してくれるような……」
まだまだ至らないけれど、どうしたら叶うかわからないけれど、胸を張って耀一郞の隣に立てる自分でありたい。
「違うんだ、樟。お前に不足しているところなんてどこもない。思慮深いし愛らしい、そのままのお前がいいんだ。今回教えなかったのは、嫌なことを思い出させたくなかったからだ……いや違うな。お前を抱いた奴らのことを思い出してほしくなかったが正しいな」
「あ……」
ごろりと仰向けになると、耀一郞は腕で目元を隠した。
「全員この手で殺してやりたいくらいだ」
ぎゅっと拳が握られる。
――ここが法治国家でなければ。
小さな声は、静寂が揺蕩う部屋の中で大きく響き、樟の心を揺さぶった。
衝動のまま身体を起こし、耀一郞の身体を跨いだ。
「どうした、樟」
背中の傷と同じように、彼らに弄ばれた過去は消えない。耀一郞は傷ごと愛したいと言ってくれた。それがどれだけ樟を救ってくれたか。だというのに、この逞しい胸の中には荒ぶった感情も宿していたのか。
嫉妬という、叫びを。
「僕も今日、すごく嫌でした。綺麗な人たちがみんな耀一郞さんを見ているのが。僕の配偶者だって、言いたかったです」
「それはどこでだ?」
「……最後の……お店で……でも僕は意気地なしだから言えませんでした」
「バカだな。どんな人間がいようと、私が愛しているのはお前だけだ」
何度も届けられる甘い言葉。それでも宿った感情は消えはしない。醜くて恥ずかしくて、掻き消したいのに膨らむばかりだというのに、今はその醜さすらも受け入れられる。
「言える自分になりたいんです。僕のだって、誰も見るなって……」
「目移りなんてする暇がないぞ」
樟は首を振った。
耀一郞を信じていないのではない。
もっと強い自分になりたいのだ、嫉妬を抱いても、その原因を撥ね除けられるような……。そう、耀一郞のように。
「僕が、そうしたいんです。だって……僕も…………愛してる、から」
誰にも奪われたくない。今そんな危機が起きていないのは、耀一郞が気を張っているからだ。油断をすればすぐさま言い寄ってくる人が出てくる。それほど魅力的な人なのだ、樟の配偶者は。だからこそ、繋ぎ止めたい。自分だけを見続けてほしい。
つっかえつっかえの言葉はコロリと布団に落ちてそのまま消え去ればいいのに、しっかりと耀一郞の手で掬い取られる。
「やっと言ってくれたな……ありがとう、樟」
硬かった表情が綻び、なにかを堪えるように歪んだ。
結婚して二年半、身体を重ねるようになって一年半の時を経て、ようやく口にできた想い。たった一言だというのに、耀一郞はその言葉をグッと噛み締め、告げた樟を大事に……宝物を手にするように大切に抱き締めた。
引き寄せられるままに彼の上に身体を倒し、逞しい両腕の温かさを感じる。
「僕が愛してるの、耀一郞さんだけです」
もう一度想いを言葉に乗せる。僅かに腕に力が入り、だがすぐにそれは弱まった。背中のことを気遣っての優しさとわかっていても物足りない。
いつものように息ができないくらいにきつく抱き締めてほしい。
この人が自分の配偶者で、愛する人で、ただ一人心を通わせた人だと感じたい。
「……わがままを……言っても、いいですか?」
「なんだ。お前のわがままは大歓迎だ。私にできることならなんでも叶えよう」
樟は僅かに身体を起こし、少しだけ伸ばした。
微かな痛みが背中から生じるが、それよりももっと確かなものが欲しかった。
肉厚の唇に自分から重ね、いつもされているように下唇を啄んだ。
「ネックガードを、ください……耀一郞さんだけが外せる……」
アルファに無理矢理噛まれないよう、うなじを守るための防具だが、将来の約束代わりに贈られることもあるという。
話を聞いたときに感じた羨ましさが思い出される。まだ発情したことのない樟には不要だが、指輪よりもずっと深い証のように感じた。
カリッと唇が噛まれ、僅かに開いた隙間から肉厚の舌が滑り込み、容赦なく口内を蹂躙した。
逼迫したときの口づけだ。
樟が欲しくて欲しくてどうしようもないと告げるキスは、翻弄し、高め、発情もしていないのに耀一郞が欲しくて堪らなくする。
自分もその熱を求めていたのだと舌を伸ばし絡めた。
吸い出され彼の口内で弄ばれて、ただただ熱が上がる。
唇が離れる頃には、二人とも荒い息を交わしあっていた。
「怪我をしているお前を休ませようと……」
「耀一郞さんに……抱いて……ほしいです。いつもみたいに、いっぱい……してください。早く、噛まれたいから……」
また荒々しい口づけが始まり、樟が纏う浴衣を留めていた帯が乱暴に外される。はらりと開いた胸元から差し込まれた手は、いつものように樟を快楽の沼地へと突き堕とすために煽り始める。
身体を這う大きな掌から伝わる熱に溺れて、ずっと腹の奥で燻る種火が燃え上がる。
そして彼の熱を体中で感じるためにすべてを委ねるのだった。
779
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
【完結】君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる