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番外編
酔っ払いと甘い言葉と可愛い人1
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珍しく隆則が出かけた。本当に珍しいことだった。いつもは自室に籠もって仕事ばかりをして、遥人が誘わないと家から一歩も出かけないのに、朝申し訳なさそうに「今日は元後輩とちょっと呑んでくる」と言ったのだ。
その『後輩』とは遥人も仕事の付き合いで人となりを知っているから笑顔で「言ってきたら良いですよ」と送り出した。
けれどこんなに遅くなるなんて予想外だ。
「まぁIT系は仕事が終わる時間が遅いから仕方ないか」
そう自分に言い聞かせても落ち着かない。
数分おきに時計をチラチラと見てはまだ帰ってこないのかと心配してしまう。
明日は休日だからと羽目を外しているのかもしれない。
再び一緒に住むようになってからこの家で一人、隆則を待つことがなかったせいで不安ばかりが募っていく。
「はぁダメだな。もっと余裕を持たないと」
正月に家族に合わせに言ってからと言うもの、実家の親や兄弟から「あまり隆則さんを縛り付けないように」とことあるごとに注意されている。短い時間だったが自分の独占欲がこれでもかと出てしまったようだ。
家族からの注意に頑張って従おうとはするが、元来の独占欲の強さが邪魔をする。
それに拍車を掛けるのが過去の記憶だ。
今日のように帰ってくるのを待った日は愛しい隆則はデリヘルに身体を許し、これでもかと愛した後でも自分が遥人の負担になっていると思い込んで出奔した。そんな無駄に行動力のある人だからこそ、この家に閉じ込めていなければ安心できない。
きっと誰も遥人の気持ちはわからないだろう。
そわそわして落ち着かない。
本当に帰ってくるだろうか。
他の人に抱かれてだろうか。
不安が底を突くことはない。
(全くあの日とは……もっと自分のこと知ってくれないと……)
自己評価が著しく低い隆則のこと、誰にも見向きもされないと本気で信じ込んでいるが、あの年齢に見合わない可愛さを知ってしまえば誰だってのめり込んでしまう。だからこそ気が気ではない。
「いい加減帰ってこないかな」
一人の時間を持て余し、ドサリとソファに座った。テレビを付けても無駄に笑うタレントの顔ばかりが流れるだけ。すぐに消した。
こういうとき、無趣味の遥人は時間の潰し方を知らない。
隆則といれば時間なんてあっという間に過ぎてしまうが、一人で部屋にいると何をしていいのかわからなくなる。
「……勉強でもするか」
学生時代から勉強か弟たちの世話かしかしてこなかったせいで未だに時間の潰し方がわからない。ここに隆則がいたなら間違いなく構い倒しているのだが。
趣味=恋人の相手となっている時点で自分が危ない人間であるという自覚が遥人にはなかった。
法令などを読み漁っていると日付が変わった。
「……まったくこんな時間までっ!」
帰ってきたらたっぷりとお仕置きして、今度から飲み会に行きたいなんて思わないようにしないと。額に青筋を浮かべ、パジャマのトレーナーを脱いだ。
隆則がいつ帰ってきても言いように暖めた部屋はいつもより少し温度が高く設定したため、ずっと部屋の中にいる遥人は汗をかいてしまった。ソファに投げ捨てまた法令書を手に取ると玄関で音がするのに気付いた。
(やっと帰ってきたっ!)
すぐさま玄関に走れば、頬を紅潮させふらふらの隆則がそこにいた。
「ただいまぁ」
「お帰りなさい……大丈夫ですか隆則さん?」
「大丈夫、大丈夫!」
初めて見るハイテンションの隆則に遥人は戸惑った。帰ってきたら言ってやろうと頭に書き込んだ言葉が一言も出ない。いつも大人しい彼しか知らない上に、遥人の顔を見てこれでもかと嬉しそうに笑うのだ。屈託のない笑み。
(この人……こんな風に笑うんだ……)
魅了されていると靴も脱がずに隆則が背伸びをして遥人の首に腕を回してきた。
「はるとだー……風呂入ったんだな、石けんの良い匂いがする」
ドラッグストアで特売になっていたボディソープだが、隆則が犬のように首筋に鼻を擦りつけて嗅いでいく。
「いつもと変わらないですよ。……どうしたんですか今日は」
酷くご機嫌で、しかも妙に大胆だ。
「何かあったんですか?」
「別に……昔の仕事仲間と、仕事の話をしてただけ……遥人が俺のことを好きになってくれて良かったなって思っただけ」
「どうしたんですか、急に」
「うん、あの会社辞めた最後の方、俺毀れてて……毎日残業で仕事ばっかして……生きてるのがイヤんなってたの思い出した」
確かに初めて会ったとき、隆則は死にそうな顔をしていた。味噌汁を飲んだだけで泣いて、それにも気付かなくて、遥人がおしぼりを渡して初めて自分が泣いていることを知ったくらい、不器用な人だ。仕事では誰よりも頼りにされているのにそれにも気付かなくて、未だに自己評価は低いまま。
「もしあの頃、遥人に会ってなかったら俺、どっかのビルから絶対に飛び降りてたなって思ったら……今すっごく幸せなんだなって」
アルコールの混じった息を吐き出しながら、その顔はどこまでも蕩けていた。
「俺も遥人のことすげー好きだなって思ったんだ」
「っ、どうしたんですか」
普段は絶対に口にしない甘い言葉がコロコロと飴玉のように落ちてくる。しかも顔に照れも恥じらいもない。
そんなことを言われて遥人の方が顔を赤くしてしまう。だが隆則は気付かず、猫のように甘え続けてくる。鼻先を首筋に擦り付けクンクンと肌着の上から匂いを嗅いでいく。
どうやらアルコールで、普段は叩いても毀れない理性がなくなってしまったようだ。
「隆則、さん? あの……そんなにしたら俺……」
「ん? ……こうするの、だめ? それともこうした方が良い?」
玄関でまだ靴も脱いでいないというのに、隆則はストンとしゃがみ込むとスウェットのズボンを下ろしてきた。
その『後輩』とは遥人も仕事の付き合いで人となりを知っているから笑顔で「言ってきたら良いですよ」と送り出した。
けれどこんなに遅くなるなんて予想外だ。
「まぁIT系は仕事が終わる時間が遅いから仕方ないか」
そう自分に言い聞かせても落ち着かない。
数分おきに時計をチラチラと見てはまだ帰ってこないのかと心配してしまう。
明日は休日だからと羽目を外しているのかもしれない。
再び一緒に住むようになってからこの家で一人、隆則を待つことがなかったせいで不安ばかりが募っていく。
「はぁダメだな。もっと余裕を持たないと」
正月に家族に合わせに言ってからと言うもの、実家の親や兄弟から「あまり隆則さんを縛り付けないように」とことあるごとに注意されている。短い時間だったが自分の独占欲がこれでもかと出てしまったようだ。
家族からの注意に頑張って従おうとはするが、元来の独占欲の強さが邪魔をする。
それに拍車を掛けるのが過去の記憶だ。
今日のように帰ってくるのを待った日は愛しい隆則はデリヘルに身体を許し、これでもかと愛した後でも自分が遥人の負担になっていると思い込んで出奔した。そんな無駄に行動力のある人だからこそ、この家に閉じ込めていなければ安心できない。
きっと誰も遥人の気持ちはわからないだろう。
そわそわして落ち着かない。
本当に帰ってくるだろうか。
他の人に抱かれてだろうか。
不安が底を突くことはない。
(全くあの日とは……もっと自分のこと知ってくれないと……)
自己評価が著しく低い隆則のこと、誰にも見向きもされないと本気で信じ込んでいるが、あの年齢に見合わない可愛さを知ってしまえば誰だってのめり込んでしまう。だからこそ気が気ではない。
「いい加減帰ってこないかな」
一人の時間を持て余し、ドサリとソファに座った。テレビを付けても無駄に笑うタレントの顔ばかりが流れるだけ。すぐに消した。
こういうとき、無趣味の遥人は時間の潰し方を知らない。
隆則といれば時間なんてあっという間に過ぎてしまうが、一人で部屋にいると何をしていいのかわからなくなる。
「……勉強でもするか」
学生時代から勉強か弟たちの世話かしかしてこなかったせいで未だに時間の潰し方がわからない。ここに隆則がいたなら間違いなく構い倒しているのだが。
趣味=恋人の相手となっている時点で自分が危ない人間であるという自覚が遥人にはなかった。
法令などを読み漁っていると日付が変わった。
「……まったくこんな時間までっ!」
帰ってきたらたっぷりとお仕置きして、今度から飲み会に行きたいなんて思わないようにしないと。額に青筋を浮かべ、パジャマのトレーナーを脱いだ。
隆則がいつ帰ってきても言いように暖めた部屋はいつもより少し温度が高く設定したため、ずっと部屋の中にいる遥人は汗をかいてしまった。ソファに投げ捨てまた法令書を手に取ると玄関で音がするのに気付いた。
(やっと帰ってきたっ!)
すぐさま玄関に走れば、頬を紅潮させふらふらの隆則がそこにいた。
「ただいまぁ」
「お帰りなさい……大丈夫ですか隆則さん?」
「大丈夫、大丈夫!」
初めて見るハイテンションの隆則に遥人は戸惑った。帰ってきたら言ってやろうと頭に書き込んだ言葉が一言も出ない。いつも大人しい彼しか知らない上に、遥人の顔を見てこれでもかと嬉しそうに笑うのだ。屈託のない笑み。
(この人……こんな風に笑うんだ……)
魅了されていると靴も脱がずに隆則が背伸びをして遥人の首に腕を回してきた。
「はるとだー……風呂入ったんだな、石けんの良い匂いがする」
ドラッグストアで特売になっていたボディソープだが、隆則が犬のように首筋に鼻を擦りつけて嗅いでいく。
「いつもと変わらないですよ。……どうしたんですか今日は」
酷くご機嫌で、しかも妙に大胆だ。
「何かあったんですか?」
「別に……昔の仕事仲間と、仕事の話をしてただけ……遥人が俺のことを好きになってくれて良かったなって思っただけ」
「どうしたんですか、急に」
「うん、あの会社辞めた最後の方、俺毀れてて……毎日残業で仕事ばっかして……生きてるのがイヤんなってたの思い出した」
確かに初めて会ったとき、隆則は死にそうな顔をしていた。味噌汁を飲んだだけで泣いて、それにも気付かなくて、遥人がおしぼりを渡して初めて自分が泣いていることを知ったくらい、不器用な人だ。仕事では誰よりも頼りにされているのにそれにも気付かなくて、未だに自己評価は低いまま。
「もしあの頃、遥人に会ってなかったら俺、どっかのビルから絶対に飛び降りてたなって思ったら……今すっごく幸せなんだなって」
アルコールの混じった息を吐き出しながら、その顔はどこまでも蕩けていた。
「俺も遥人のことすげー好きだなって思ったんだ」
「っ、どうしたんですか」
普段は絶対に口にしない甘い言葉がコロコロと飴玉のように落ちてくる。しかも顔に照れも恥じらいもない。
そんなことを言われて遥人の方が顔を赤くしてしまう。だが隆則は気付かず、猫のように甘え続けてくる。鼻先を首筋に擦り付けクンクンと肌着の上から匂いを嗅いでいく。
どうやらアルコールで、普段は叩いても毀れない理性がなくなってしまったようだ。
「隆則、さん? あの……そんなにしたら俺……」
「ん? ……こうするの、だめ? それともこうした方が良い?」
玄関でまだ靴も脱いでいないというのに、隆則はストンとしゃがみ込むとスウェットのズボンを下ろしてきた。
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