追憶の騎士団

遊月海央

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追憶の騎士団3~祈りのロザリオ

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私は神に嘘はつかないと誓ったのに。
語られている内容が事実ではないと知りながら、受け入れるしかない絶望がある。
私は目の前のその人が嘘をついていると知っている。そしておそらくその相手も、私が嘘だと知っていることはわかっている。そして何よりそこに嘘があることを、神もご存知である。
なのにそんな茶番を甘んじて演じる自分が本当に嫌いだ。

「君と同じ古文書の研究をしていたミシェル君が亡くなったので、急遽支部で団員をしていた彼の叔父が本部に来て、しばらく代わりを務めることになった」
それは突然の報告だった。
図書館でミシェルを見かけた朝から三日後のことだ。
予定より二日遅れてやっと仕上がった古代エジプトの星の地図を、古文書管理棟本部に届けに行った私に、古文書管理棟長官ロベール氏がそう告げた。

私は星の地図を渡すのも忘れ、言葉を失った。
「ミシェル君はもともと心臓が悪かったようだね」
ロベール氏は地図を渡そうとしない私の近くまで来て、星の地図の巻物を私の手からするりと抜き取る。
「自分の部屋で亡くなっているところを、給仕係に発見されたのだよ。三日前のことだ。すでに彼の遺体は、南の彼の領地へと戻っている」
それだけ言うとロベール氏は、要件が済んだのなら部屋を出て行きたまえと言うでもなく、無言で私をじっと見た。
ロベール氏の青い瞳は、悲しみも喜びも存在しないガラス玉のようだ。
まるで私のこともその瞳に映っていないのではないかと錯覚するほどに、ぬくもりを感じられなかった。

古文書管理棟は騎士団において重要な場所の一つである。門外不出の情報が数多く存在し、多くの団員がその存在すら知らない秘密が多く眠る場所なのだ。
その長官の任務を与えられているロベール氏は、己の感情を完全に制御する術に長けていた。どんな時でもその感情は全く表に出てこない。
ここで任務を遂行するようになって既に四年経つが、常々彼の目を恐ろしいと感じていた。

部下の一人が亡くなった話題なのに、ロベール氏の顔も声も、数日前の天気のことでも話しているようだった。何一つ感情がない。
そんなロベール氏からこれ以上情報など引き出せるはずもない。
ミシェルが心臓の病で死んだなんて本当は信じられなかった。そもそもそんな持病のことは彼の口から一度も聞いたことがなかった。
だかもし心臓の病で亡くなったわけじゃないとしても、ロベール氏が心臓が悪かったと言えば、そうなのだ。そう受け入れるしかないのだ。これも四年勤めて私が学んだことだ。

それでも納得などできるはずもない。三日前とは、あの図書館で別れた後すぐではないか。
確かに彼の顔色は悪かったが、それは体調というより、何か心配事があるような雰囲気だった。それも思い過ごしだと言われればそれまでだが。

とてもじゃないが、私はミシェルの死を、そんなにも淡々と受け入れることなどできない。
一体何があったというのだ。
病気で死んだのは本当なのか。
もし嘘だとしたら、どんな理由でミシェルは死んでしまったのか。
そんなことをロベール氏に聞くことなどできるはずもない。
私は言葉を飲み込み管理棟を後にした。

重い荷物を背負っているような重量感とともに、広い建物内をとぼとぼ歩いて、なんとか部屋までたどり着いた。
心が沈むと、ただ足を出すことにいちいち力がいるなんて知らなかった。
何も考えられなかった。
しかしだからといって、何もせずに過ごせはしない。何かをしていなければ、叫んでしまいそうだった。

私は頭を空っぽにしたまま、ロベール氏から星の地図の依頼が来るまで取り掛かっていた、百年前の羊皮紙をしまっていた巾着から引っ張り出すと、机の上に広げた。ほんの少し両端が内側に巻き上がってくるので、エジプトの獅子の形をした錘を両端にそれぞれ置いた。
エジプトから遠く離れているというのに、この建物内にエジプトの書物や装飾物が多いのは不思議だった。
書物はまだわかるが、置物や文鎮など意味が分からない。
聖なるあの方の生涯にエジプトが関わっていたとでも言わんばかりに、自然にあちこちに溶け込んでいる。

私は途中になっていた、エジプトの航海術の文書を書き写す任務に再び取り組むことにした。
エジプトの航海術が書かれている古い羊皮紙の古い文字をじっと見ていたら、涙が一筋頬を伝った。
私は自分の身体の反応に驚いた。
涙が出ている?

涙を羊皮紙の上に落とすわけにはいかない。
私は羽ペンをインク壺に戻し、両手で顔を覆った。それは涙をこぼさないためでもあったが、声を殺すためでもあった。
喉の奥で悲しみが震える。声にならない声が零れ、涙が顔を覆った両掌の内側を濡らしていく。手首まで伝った涙が、袖の中に入っていった。だけど、涙が止まらなくて、何もする気持ちが起きない。

お互いに特殊な任務を遂行しているから、深い交流はできなかった。任務のことはもちろんだが、お互いの個人的な話も、あまり多くは語り会うことはなかった。それは、禁止されていたからではなく、そこまで一緒にいられる時間が多くなかったからだ。

だから実際は、友と呼べるほど親しかったわけではない。
だが、ミシェルは本当に気のいい奴だった。故郷で暮らす弟の話をするときの優しそうな眼差しが、目に焼き付いている。
心臓の病を患っているなど、ただの一度も聞いたことがない。そもそもそんな重い病がある者が、この騎士団の本部に配属されることなどあるのか。数日にわたる絶食を含む、厳しい試験に合格しているのだから、健康であると証明されているようなものだ。

あの朝図書館で見た、寝不足のような青白い顔と、赤い紐の本のことが頭から離れない。
あの本をミシェルが外に持ち出したことと、突然亡くなったことに因果関係があるのような気がしてならない。
いや、関係ないという方が無理があるだろうと私の心は警告する。だが、確かめようのない話だ。

私はおもむろに両手を顔から離すと、大きく息をして立ち上がり、机から離れた寝台までよろよろと歩いていく。
この任務に就いて間もない頃、ミシェルが私に話していたことが思い出される。
「貞潔、清貧、服従の誓いを立て、清廉潔白であることを誇りとし、常に自らを鍛え、人々を守るため、教義を実践するために生きてきた。なのにここで見知ったことは、自分が理想としていたものとあまりにも違う。その事実に精神が壊れそうだ」
私は慌てて、そのような発言をしないよう彼に小声で促した。
ミシェルの憤りと悲しみに対して私は、多かれ少なかれ組織など、理想だけでは動かないものだと伝えた。ミシェルは納得していない様子で、わかっているとだけ言うと黙った。
私の生家は騎士団に長く関わる家柄であるため、ミシェルのようにそこまで高い幻想を抱かずに入られたことは幸いだったと、その時思った。

「私の故郷のある南の支部で、私と同じく騎士団員として活動する弟にだけは、真実を知らせるわけにはいかない。彼が傷つき、憤りを感じたまま、忠誠を誓った組織の中で生きていくことを思うと辛いのだ。だからこれは我が胸に留めなければならない、醜い現実なのだ」
言い聞かせるようにそう語っていたミシェル。

あの頃から何かが彼の中で育ってしまったのだろうか。
今となっては彼の本心も聞くことができない。
悲しい気持ちを鎮めるように、寝台の壁に掛けてあったロザリオを降ろして握りしめると、ミシェルの冥福のための祈りをささげた。
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