追憶の騎士団

遊月海央

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追憶の騎士団4~闇を抱く者が見る洞窟の淵

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運命は本当に神がお決めになっているのだろうか。神は本当に人を愛してくださっているのだろうか。
こんなにも真剣に祈り、毎晩感謝の言葉を捧げて居るのに、神様に声が届いていない気がして絶望する。
いいや、声が届いていないのではない。神が声を聞こうとしないのだ。
なぜなら時々神は人の世界に関心を失い、うっかり誰かの運命の歯車を狂わせたままにする。

ミシェルが死ななくてはいけない理由を一晩中考えたが、とうとう答えを見つけられないまま朝を迎えた。
朝にはきっと希望の光が戻ってくると、十二歳の私なら無邪気に思えただろう。
だが神にいくら祈ったところで、虚空を見つめた瞳に光は映らなかった。

朝早くに扉を激しく叩く音がした。
狭い窓に目をやるが、紫色した夜の裾に、太陽の光の外枠がわずかに届いている程度で、まだまだ外は暗かった。まだ夜明け前だ。
ランプがついていないため、部屋の中は薄暗い。断続的扉を叩く音を聞き、言いようもない不安が心に広がっていく。ドドドと扉を激しく叩かれる度に心臓が、まるで猛禽類の鋭い足でつかまれているかのようにぎゅっと鋭く痛んだ。

私は大きく息を吸い混むと、ゆっくり身体を起こした。薄暗い中でよたよたと入口まで歩いていく。
「どなたですか」
扉越しに尋ねると「ロベールだ」と声がして私は慌てて扉を開いた。
「フランシス君、今すぐ星の地図と、そこにある書物をすべて巾着に詰めるのだ」
勢いよく部屋に入ってきたロベール氏が急いで扉を閉めながら早口で伝える。
「このあとすぐに遠征に出るので、服を着替えて旅の荷造りもするように」
ロベール氏は持参した蝋燭の灯る燭台を私の机の上に置いた。
早口で伝えられた言葉の意味を、自分が理解しているか不安だった。
星の地図、書物、巾着に詰める。
遠征?
しかし慌てている私は、意味を見出せるほど活発な思考回路は開いていないようで、仕方なく考えるの止めて、指示された通りにただ動いた。
まずは薄暗い部屋で寝巻を脱ぐと、騎士の制服に着替えた。それから燭台の明かりを頼りに、机の上に置かれていた書物と星の地図を巾着につめる。あとは旅の荷造りだが、もともと質素に暮らしているから詰めるべき荷物も少ない。持って行くべきものとして思いつくのは、殆どが羊皮紙に古文書を書き映すための道具だった。
出来るだけ急いでそれらを、地図を入れたものとは別の巾着に詰めた。
大きめの巾着二つを肩から掛けると、その上から巾着を包み込むようにマントをかぶる。
ふぅと一息つき、
「お待たせしました」と告げると、ロベール氏は
「忘れ物はないか確認したまえ」と、机の上に置いてあった燭台を持ち上げ、ゆっくりと燭台を持つ手を部屋の四方を照らすように回した。
蝋燭の明かりの中で、粗末な寝台と机と本棚しかない部屋全体が視界に入る。
貴族の家に生まれた私は、この騎士団に入るまでは、豪華な調度品に囲まれて生きていた。寝台も、大人が三人はゆったり横になれるほど大きなものだったし、天蓋から下がる布には豪華な刺繍がされていた。
私の屋敷で働く召使の部屋ですら、私が今ここで暮していた部屋よりは広くて、もっとまともだった。質素であることがまともなのであれば、私の屋敷の在り方が間違っているのかもしれないが。

だが、この部屋で暮らすことを受け入れていた。むしろ、それでいいと思っていた。財産などすべて捨ててでも、私はどうしてもここに入りたかったのだ。
豪華な寝台より遥かに価値のあること。質素な部屋を眺めながら私は、少年の時から見ていた夢が叶っていたのだと、今更ながら気が付いた。

部屋を見回し「問題ありません」と答えると、ロベール氏は扉を今度は静かに開いて部屋を出た。私も続いて部屋を出ると、自分の部屋の扉に鍵を掛けた。私が鍵をマントにしまうのを見届けて、ロベール氏は無言で廊下を歩き出す。その後を追いかけて、やや速足で建物内を進んでいく。
ロベール氏からどこに行くと説明はなかったが、幹部が住まう北の塔に向かっているようだ。
こんな早朝なのにいつもより人が通路を行きかっている。食事係のように朝の作業がある者以外、こんな早くから動き回ることはない。やはり何かがあったようだ。
不穏な王宮の噂が頭をよぎり身震いがする。

ミシェルの死からまだ数日しかたっていない。だがそれがはじまりの合図であったかのように、不吉な連鎖がどこまでも続いていきそうな予感がした。私は両手で自分の両腕をさする。
今この建物内で何が起きているのか把握できないまま、人の流れに逆らうように私たちは北へと向かった。

本部に来てから四年、私は幹部たちが住まう北の棟に初めて足を踏み入れた。
ここまで来ると、さすがに人はいない。幹部以外は基本的に出入りできない規則があるのだから当然だ。私もロベール氏についていなければ、ここを歩くことなど多分無かっただろう。
ロベール氏は無言で階段をのぼっていく。艶々に磨かれた木製の手摺は、ほかの場所と違うことを私に伝えて来る。質素ではあるが、どこか豪華で特別な光を放っていた。
三階で登るのをやめると、階段から続く廊下へ進んだ。階段は建物の中央にあるようで、前と後ろどちらにも廊下が長く続いているのが見えた。廊下の両側の壁には大きな扉が等間隔で並んでいる。扉から扉までの距離が長く、それは各部屋の大きさを表している。私たちが暮らしていた塔では同時に扉を開くと、隣の部屋のもの同士の扉がぶつかってしまうのではないかと思うほどの距離であったから、やはりというべきなのか。
質素と部屋の大きさは矛盾しないものなのだろうか、などとどうでもいいことを次々考えてしまう。
ロベール氏は相変わらず無言のまま、廊下の奥に向かって歩いていく。
廊下の一番奥にある大きな扉の前に立つと、ロベール氏が重厚な扉を叩いた。
「入りたまえ」
中からそう声がして、ロベール氏は、重そうなその扉を開けた。部屋の中には総長と二人の幹部が立っていた。
連れて来られたのは総長の部屋なのだろうか。もしそうならば、私のような一介の団員は生涯入ることはない聖域だ。緊張で喉の奥がふさがりそうだ。

ロベール氏は躊躇することなく部屋の中に入った。そして私にも入るよう促した。
部屋の中央に総長が立っていた。幹部二人は総長の方を向いて立っていたが、私たちが入っていくと、奥の壁のほうに移動した。
総長はロベール氏の方をちらりと見たが、私のことはまるで荷物の一つであるかのように、視線をただ移動しただけだった。

幹部の一人が、壁にかけられた大きな鏡へと進んでいく。鏡を横から押すと、鏡が壁に沿って真横に移動した。
鏡が移動すると、それまで鏡があった壁には、石灰石を掘った通路がむき出しになった。その奥は暗く、あの遠い日の儀式の洞窟を思い出す。
心の中で私は震えた。

噂には聞いていたが、総長の部屋から外につながる秘密の通路が実在したのだ。その通路は海岸にまで抜け出すことができるとか、一番近い支部の食堂に繋がっているとか、様々なうわさを聞いていた。どれもありそうだと感じる一方、さすがにそんな荒唐無稽なと笑ってしまうものもあった。
だがその奥に闇を隠した洞窟の入口がぽっかり空いているのを見ると、抗えない運命への恐怖に足がすくんでしまう。

ただの古文書管理係の一人にすぎない私が、騎士団の秘密の核となる場所に絶っている。
一体私の身に何が起きているのだろう。
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