追憶の騎士団

遊月海央

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追憶の騎士団5~地下通路の大聖堂

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憧れの人を前にしたとき、人はその神々しさに固まってしまうのではないか。私も例外なくそうであり、動く総長を目の当たりにして、何と声をかけていいのか言葉を失った。千載一遇の機会だったかもしれないが、予行練習を一切していなかったので、頭の中は真っ白になってしまった。

総長が口を開いた。
「これは我が騎士団にとって、大変重要な任務となる」
白いマントにかかる白い髭が、総長の威厳をより増している。私のような人間が、到底近づくこともできないはずの存在の声を、至近距離で直接聞ける栄光に震える。しかし同時に恐怖も感じた。緊張と恐怖の両面から、私は肩から全身が震えていくのを、必死に堪えながら聞いた。

「ロベール君」
総長にじっと見られてロベール氏は直立不動のまま、胸を張った。
「そして若き騎士よ」
ああ。それは私のことである。総長が私に呼びかけてくださっている。誇り高きイーグルのように、何もかも見通せるような強い黒い瞳が、私のことをじっと見ている。なんということだろう。
「はい」
顎を上げ、精一杯肩を広げて胸を張った。
「よいか」
総長はなおも私に語りかける。もしも大天使ウリエルが声を発したなら、このような強く凛とした響きを持つだろう。私の中にある怯えた影を、神の炎が燃やしていくのを感じる。

「決して地図を手放さぬように。そして必ずや海を越え、荷物を彼の地に運んでくれたまえ」
総長は私の目を、一度もそらすことなく見ている。
「はい…」
ああ、なんということだろう。今度は、声が震えてしまった。
私の返事にゆっくりと頷くと、神の炎を宿した目は私から離れた。

幹部のひとりが、鏡の前に立つロベール氏に松明を渡した。ロベール氏はもう一度総長に顔を向け頷く。総長も頷いた。ロベール氏は、躊躇なく鏡の奥へ進んだ。
「フランシス君、来たまえ」
鏡の奥から自分の名を呼ばれた。ああ、やはり私も、この秘密の通路を抜けて外に出ていかなくてはならないようだ。
私は、結局、何が起きているかわからないまま鏡の奥へ飛び込む。

数歩先を歩いているロベール氏の背中を追うように、一歩踏み出したとき、背後で重いものを動かすような音がした。振り返ると、洞窟へと差し込む扉の形をした光の輪郭が、どんどん狭くなっていくところだった。洞窟への扉は、部屋の壁の鏡に戻りつつある。
ここへ入る前に、総長に最後の挨拶をするべきだったと悔やむがもう遅かった。見る間に壁の向こうの光が完全に消えた。
「何をしている。ぐずぐずしている暇はない」
洞窟の先から声がして、私は慌てて前を向いた。松明を手にロベール氏がまあまあ先へと進んでいた。

もともとは自然にできた洞窟に作られたであろうこの通路は、両壁を人の手によって削られていた。通路の幅は思いのほか広い。
ロベール氏の背中を見ながら、特に身をかがめることもなく、まっすぐ歩いていくことができる。
残念なのはじめじめしている空気感であり、湿気と生臭い匂いが同時に鼻に入ってくる。秋の始まりの湿り気が、カビ臭さを増長させるのだろうか。それにもし真夏にここを通ったとしても、同じようにひんやりしているのだろうか。
黙って歩いている間、どうでもいいことが、次から次へと頭に浮かんでは過ぎ去っていく。
しばらく進むと、突然広い空間に出た。まるでそこは大聖堂のようで、ドーム型の広間だった。百人は集まることができそうな広さと高さを持っていた。

その広い空間の壁のあちこちに、無数の兎の巣穴のような、別の通路への入口らしきものがある。
大聖堂の正面と思しき場所に、大理石の祭壇まであった。
ロベール氏は放射状に存在する兎の巣穴の一つに、躊躇なく飛び込んでいった。見失わぬよう私もその後を追ってその穴へ飛び込む。

先ほどより少しだけ通路が狭くなった。しかも彫られた壁はまっすぐではなく、斜めに切り込まれている。地面も若干右へ傾斜しており、油断すると平衡感覚が奪われる。そこまで狭くないはずなのに、何度も壁に肩や頭をぶつけてしまう。
その上、少し進むと突然曲がり角が現れたり、三つ股に分かれたりと、迷路の様相を呈していた。

秘密の通路は、ただまっすぐ進めば勝手に出口にたどり着けるものではなかった。万が一、うっかり一人でこの中に飛び込んでいたら、出口まで辿り着くことはできないだろう。それどころか、もと来た道さえわからず迷子になったことだろう。こんな地下の空洞の中で、たった一人で彷徨い続けていたらと考えると、心底ぞっとした。

どれくらい進んだのかよくわからなかったが、唐突に通路が終わった。
通路が行き止まりになった壁に、木製の扉があった。
ロベール氏は、その扉を三度叩いた。しばしの沈黙の後、扉は外側からゆっくりと開けられた。
扉の向こうに誰かが、燭台を手に立っているのが見えた。蜂蜜色の蝋燭の灯りがゆらゆら蠢く。
ロベール氏は、蝋燭のわずかな灯りに照らされた、狭い部屋へ入っていった。続いて部屋に入ると、乾いた空気が肌を包み込んでくれた。湿気はマントにたまったままだったが、少なくとも鼻と喉は少し乾いてくれた気がする。長い間歩いてきた、湿った迷路からやっと解放された安堵で少し立ち眩む。
「大丈夫か」
よろめいた私の肩をロベール氏がつかみ、支えてくれた。
「はい」
吐く息でそう答える。新鮮な空気をあえぐように深呼吸しながらたっぷり吸った。

少し落ち着いてから、湿気と重圧が乗せられた重い頭を上げ、燭台を持つ男の顔を見た。
ややくぼんだ目は寝不足のせいではなく、根本的に健康を害しているように見えた。私とそれほど年は離れていないようだが、若者としての覇気に欠けている。
それは寝不足のせいなのか。それとも朝早くに来た、本部からの突然の来訪者に驚いているためなのか。

私たちが部屋に入ると、燭台を持つ男は静かに扉を閉めた。そして、燭台と部屋の中央に置かれた食卓に乗せると、扉の真横に備え付けられている本棚を、壁に沿って動かす。重量感がある本棚を動かして、扉の前まで押し戻した。
本棚の裏に秘密の扉があることなど、気がづくものはいないだろう。それほど自然に、壁に本棚が張り付いているように見える。

薄暗い部屋を見回して、本部から一番近い位置にある支部の談話室あたりかと感じた。
壁に彫られた騎士団のシンボルが目に入る。建物の造りは質素だが、そのシンボルは神々しく、ここもまた神聖な場所のひとつなのだと思え、ほんの少し緊張が和らいだ。

「狭い通路を抜けてきたのでさぞやお疲れのことと存じます。山羊の乳を絞ってまいりますので、ここでお待ちください」
青白い顔でそう伝える男に、
「いや、もう出発するので、結構」
とロベール氏は事もなげに申し出を断ってしまった。
「さあ、先を急ごう」
がっかりしていているのを顔に出すまいと、平静を装っている私にそう伝えると、ロベール氏は部屋の出口に向かう。そのまま部屋を出ると、扉の向こうは予想以上に暗かった。
灰色の通路の壁に灯りはなく、ロベール氏は手に持っていた松明で闇を照らした。
灰色の石から冷気が伝わり、通路全体の空気はひんやりしていた。松明を灯してもまだ薄暗かったが、それでも地下の通路とは比べ物にならないほど空気が澄んでいて、歩くには十分な明るさだった。

通路はあっという間に終わり、扉を開くと、私たちは建物の外に出てしまった。目の前に広い牧草地があった。月はまだ空にあったが、丘陵の向こうには太陽の気配があった。
夜は少しずつ動いて朝を迎えつつあるようで、松明がなくても景色がうっすらとではあるが識別できた。

ロベール氏は無言で丘陵を下がっていく。靄のためによく見えないが、私たちが出てきた支部の建つ真下に、農民が作物を運ぶための幌馬車が1台停まっていた。
「あれに乗って港まで行くことになる」
ロベール氏の口から港という単語を聞いて私はめまいがしそうになる。なぜならこの場所から港がある町までは、最低でも馬車で丸一日以上はかかるだろう。

私たちは丘を降り、そこに停まっていた馬車の荷台に乗り込む。マントの下にずっと抱えていた巾着の中身を折らないように身体から外し、背後に寝かせて床に置く。
長い間歩きっぱなしだった私は、本当に久しぶりに座るという行為をした。ずっと歩き回っていたせいで、背中と膝がこわばっていた。
ロベール氏は私と反対側の幌に少しだけ背を預けると目を閉じた。私も大きく息を吸い、息を吐きながら目を閉じた。
私たちが乗り込むのを待っていたかのように、馬車は静かに動き始めた。外はゆっくり朝がはじまっていたが、幌の中は薄暗くて、デコボコの道を進む振動で私はいつの間にか眠りに落ちていった。
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