黒い森、白い影

大秦頼太

文字の大きさ
4 / 4

25~28最終

しおりを挟む
25

 相変わらず騒がしい教室。担任の話を誰も聞いていない。
「急なことですが、鈴木さんが転校することになりました。えーと、前に来てあいさつをして」
 一瞬、教室の中が静まり返った。
 今回ばかりは、誰も鈴菜を無視することは出来なかった。前に歩いていく鈴菜を困惑した顔で全員が見つめている。

「人間が幽霊を見た顔。それを見たことがある人は、本当に稀だと思う。私の転校を知ったクラスメイトの顔が正にそれだった。今まで意識すらしなかった私のことを、全員の目が一瞬とは言え、こっちを見たのだ」

「最初で最後になりますが、私から指名をしたいと思います」
 鈴菜はクラスメイトの一人を指差した。教室は一瞬ざわつくがすぐに静まる。
「次は、あなたがイジメられる番です」
「な、何言ってんのよ。何であたしが……」
「私と、今言葉を交わしたから」
 女生徒は必死で周りに助けを求める。周囲の生徒は皆、顔を背けて見ないようにしている。
「嘘でーす。でも、きっと私がいなくなったら、誰かが私の代わりになるんだと思います。私は、あなたたちと友達にならなくて本当に良かったと思っています。でも、友達になれなかったことも、同じくらい残念に思っています。私は、このクラスで幽霊のような存在でした。ううん。どこにいても居場所が無くて、本当の私はどこか別のところにいるんだと思うようにしていました。だって、そうじゃないと辛いでしょ?」
「偉そうに説教してくるんじゃねぇ。負け犬の癖に!」
「負け犬でもいいじゃん。いじめをする側が勝者なら、私は負け犬でいいわよ。大体勝ちって何? ある日突然クラス中から無視されて、理由もわからずに味方もいなくて。バカじゃないの? どうせ、私がいなくなってもこんなことが続いていくんでしょうね。私は、残念ながら死にませんでしたけど。とにかく、あんたたちとサヨナラが出来てほんとうに嬉しく思っています。ありがとうございました!」

26

 下駄箱から靴を取り出す岩井。後から鈴菜がやってくる。
 岩井に話しかける鈴菜。
「てわけで、さいならー」
「いいのか?」
「あんたこそいいの?」
「何が?」
「林さんと付き合ってたんでしょ」
「別れたよ」
「知ってるよ。だから聞いてるんでしょ? 彼女の家、お金持ちでしょ。逆玉だったんじゃないの?」
「くっだらねぇ」
「お金は大事よ」
「だからって嫌いな相手とは長続きしないだろ」
「林さん可愛いのにね」
「性格は悪いけどな」
 くすっと笑う鈴菜。
「お前ほどじゃねぇけど」
「はぁ? ぶっとばされたいのかぁ?」
「山奥で暮らすんだって?」
「うん」
「うらやましいよ」
「じゃあ、きちんと大学出たら、従業員として雇ってあげよう」
「こき使われるな。きっと」
「使う使う」
「就職難だったら、マジで頼むかな」
 沈黙する二人。
「卒業するまで待てなかったのかよ」
「卒業までここにいたら、あたし死んじゃうもん。だから、逃げるの」
「そっか」
「あたしの人生にはさ、ここは必要ないんだ。友達もいないし、学校の勉強も出来ないしね」
「俺は?」
「ん?」
「俺は友達じゃないのかよ」
「あんたは、従業員」
「ち」
「あははは。じゃ、そろそろ行くね」
「ああ。……あのさ」
「ん?」
「あのさ」
「岩井はさ。チキンなんだから、無理すんなよ。あたしは山で男っ気も無いだろうからさ。チャンスあるよ」
「……そっか」
「あー、今は嫁不足だから逆にモテモテかもしれないけどね」
「ないない」
「やっぱり一発分殴るかぁ?」
「なんか、変わったな」
「変わってないよ。あたしはこの速い流れから降りるのだ」
「そっか」
「またな! 岩井和也!」
 鈴菜は飛び切りの笑顔を見せて走り去る。その姿をいつまでも見ている岩井がいた。

27

 レンタカーのトラックが家の前に止まる。
 鈴菜が助手席から降りてくる。
 運転席から降りてくる父親。
「晴れて良かったな」
「曇ってる方が涼しかっただろうけどね」
「なんだ? 反抗期か?」
「あはは」
「よし、始めるか」
 トラックの後ろに回り込み荷下ろしを手伝う父親。
 持ってきた犬小屋を庭先に置く。
 鈴菜は助手席のドアを開け、一匹の黒い子犬を抱えてくる。
「今日からここがあたしの家だ」

 トラックが消え、季節が流れる。
 山には紅葉。
 雪で白くなる山。
 桜のピンクに染まる山。

 祖母の家の隅にビニールハウスが作られている。

28

 鈴菜は花の世話をしている。
「英単語を覚えるのも悪くはない。でも、私は花の名前を沢山知っている人間の方が、素敵だと思う。色のない黒い森を見たとき、私は何も思わなかった。それはね。私が自分の心を殺していたから。黒い森はどこにでもあって、それは学校だったり、家だったり。自分の心を殺して生きていたら、そこに居場所なんてあるわけがないじゃない! 私の居場所は、いつも自分がいる所。自分が自分でいられるように生きることが、大事なことなのだと思う」
 雑草を取ったり、水をかけたり忙しそうにしている。
「世の中のスピードは速い。そのスピードについていくのは辛い。置いていかれた者、取り残された者を敗者と呼ぶのなら、私は敗者でいいと思う。今日と言う日は、人生で一度しかない。誰かがそう言っていた。その大切な一日を同じことの繰り返しに使い記憶を失っていくことのほうが、私は怖い。私もまた気がつかないうちにその波に取り込まれるだろう。日々の生活は、そういった危険をはらんでいる。でも、私は時々立ち止まり振り返るだろう。私の後ろに広がる黒い森を。黒いバケモノを。そうして、私は私に還るのだ」
 黒い犬が近づいてくる。鈴菜は犬を優しくなでてやる。
「特にここで言う必要も無いのだけれど、私が転校してから二ヵ月後に林さんが自殺をした。いじめを苦にしての飛び降り自殺だったらしい。あの時指名した奴が主犯だったそうだ。そこでは死と絶望のルーレットはまだ回り続ける」


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...