DREAM EATER

大秦頼太

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DREAM EATER 17

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 The Varkの世界で半年が経過しようとしていた。実世界の時間の進み方とは違うために現実社会がどれくらい時間が経ったのかは分からないが、この半年というゲーム時間が経っても状況はあまり変わっていない。未だ外からのアクセスはない。定期的に流れてくるふざけた運営代行のアナウンスも相変わらずだった。そして、ゲーム内では最高レベルにまで達したプレイヤーもかなりの数になった。強盗プレイヤーたちとの戦力差もだいぶ縮まり、悪質なプレイヤーの殆どは駆逐されロストしてしまったとも言われている。
 インスタントダンジョンのおかげもあって、他のスキルを覚えられないネット接続スキル保持者もぐんぐんとレベルを上げる事が出来、今では傭兵を使えるところでなら他のプレイヤーと遜色なく活躍できる。傭兵が使えない特定ダンジョンではアイテム支援などがメインのお仕事になってしまう。アイテム支援はお金がかかるのであまり行かずにフィールドで集団戦で遊んでいる。
 こうやって上が詰まり下がどんどんと登ってくると世界は急激に狭く感じるようになる。新規の参加者はいないのだから、徐々に世界はギスギスしてくる。狩場も混むし、ボスの独占問題なども起こる。今まで楽しかった世界のどこかに飽きが出てくる。そうなると、この世界から出て行く事を望む人間が増えてくる。
「リアルに戻りたくないか?」
「戻れるものならな」
 街の中から聞こえるそんな声が徐々に大きくなっていく。ネット接続スキル保持者も今となっては、そこそこ有名人だ。街の中を歩いているといきなり数人の冒険者に囲まれることもある。
「あんた、アンヴィドルフだろ? 頼むよ。俺たちを安全にログアウトさせてくれよ」
 と懇願されることも少なくない。だが、僕にはログアウトをさせる力はない。賢者の塔にたどり着かなければ、それはかなわないのだ。そう説明すると何人かはすぐに引き下がり、何人かは悪態をつくのがいつものことだった。

 ある日、ビアストリーノがネット接続スキル保持者の女戦士スターシャを連れて僕らの泊まっている宿にやって来た。今やビアストリーノはこの世界の英雄だった。現れるところにはすぐに人だかりが出来る。こんな安宿の一階にある酒場などすぐに人でいっぱいになってしまう。
「アンヴィドルフ。君たちの力を借りたい」
 ズカルとソトミネと一緒に夕食を食べているところへ、突如現れてビアストリーノは僕らに深々と頭を下げた。その会話は僕個人に宛てたものだ。僕以外には聞こえない。いきなりの訪問で、目の前に現れたと思ったらそんなことをするので、思わず飲んでいたエールジュース(ここではジンジャーエールをそう呼んでいる)を噴いた。向かいにいたソトミネは素早く避ける。
「な、なんですかいきなり。やめてくださいよ」
 僕らは慌てて席を開けて、とにかく席についてもらった。リアルと違って噴いたものはすぐに何もなかったようになるのが素晴らしいところだ。ビアストリーノは若干の躊躇も見せずにスターシャを座らせてその対面に腰を下ろした。仲間の了解を取り、会話をグループに広げる。
「アンヴィドルフ。君はこの世界に満足をしているか?」
 ビアストリーノが結構面倒くさいなと思われているところはこういうところだ。どう返したらいいのかと考えていると、ビアストリーノは身を乗り出してくる。
「今、この世界には元の世界に戻りたい者がたくさんいるんだ。みんな現実世界に友達や家族がいる。もう6ヶ月も親しい者たちに会えていないのだ。寂しくなるのは当然だろう。もの世界にいるプレイヤーたちは帰りたい者がほとんどだ」
 ビアストリーノはここまで熱っぽく語るとおもむろに背中を向けた。周囲の人だかりは会話の内容が聞こえていなくても勝手に盛り上がっていた。ビアストリーノのオーバーアクションによる演説のような主張は更に続く。もう一度言っておくが、周囲の人間には彼の声は聞こえない。その声が聴こえるのは僕らだけだ。
「私は彼らの想いに応えたい。彼らを故郷へ送り届けたい。その力になれるのならロストさえも私は恐れない。ただ、作戦の失敗を恐れるのみだ」
 彼に急に振り返られてびっくりする。真剣な表情を向ける彼に愛想笑いを返す。
「アンヴィドルフ。力を貸して欲しい」
 ビアストリーノはこちらに真っ直ぐな眼差しを向けてくる。
「確かに賢者の塔を目指すには今しかないかもね」
 ソトミネはビアストリーノの興味が自分にないとわかると、食事を再開しながらそんなことを言った。ズカルも飲み物を新たに注文している。ビアストリーノの視線はブレることなくこちらをじっと見つめている。
「力って、そこにいるスターシャさんだってスキルを持ってるじゃないですか」
 この問いには答えを用意していたのだろう。待ってましたと言わんばかりにビアストリーノは僕の手を両手でつかんだ。
「そうだ。君たちは有名な存在だ。それは帰りたい者にとっても邪魔する者にも。彼女だけを連れて行動すればいくら精鋭を集めても事を成すのは難しいだろう。そこでだ。君も一緒になって参加をしてくれれば成功は硬いと思うんだ」
 ズカルが横から入ってくる。
「それって、俺たちに囮になれってことか?」
 ビアストリーノはズカルの言葉を無視して、ぐっと手に力を込めてくる。
「頼む」
「敵は僕らの肉体を押さえているかもしれない。それでもやるんですか?」
 ビアストリーノは顔を近づけてくる。いくら顔を近づけて、小声で放したつもりになっていても、会話のモードを切り替えないかぎり、このテーブルに居る人間には聞こえる。彼のこうした行動は天然というか、そういう大げさな動きをしないといられない人間なのだろうと思う。いかにも苦しげな表情をして訴えてくる。
「もうほとんどの者が限界だ。これ以上、この世界にいたらどの道を選んでも、みんな死ぬことになる。今、やるしか無いんだ」
 そこまで言うとビアストリーノは手を放し席に座り直す。どっかりと座って軽くため息をつくが視線はこちらから外さない。
「無理にとは言わない。君以外にも声をかけるつもりだ。気が変わったら連絡してくれ」
 そう言うとビアストリーノはスターシャに立ち上がるように促した。自らも席を立つ。
「ロックもナズルもすでにロストしてますよ」
 ソトミネの言葉がビアストリーネの背中に刺さる。だが、立ち止まりはしたが振り返らなかった。
「知ってる。残る一人はボイスだ。ただ、誰もその行方を知らないんだ」
 ビアストリーノとスターシャは宿を出て行った。距離が離れると、ビアストリーノたちは会話のグループから離脱した。
「で、どうする?」
 とズカルに聞かれるときにはもう結論は出ていた。
「そうだね。ここにいるのも少し飽きたし、戻るのも悪く無いかなって」
「じゃあ、連中と一緒に戦うってことか」
「そうなりますね」
「ちょっといいかな」
 ソトミネが手を挙げる。
「連合には参加しても作戦には積極参加しない方が良いと思うよ」
 ズカルが不思議そうな顔をしてソトミネ見る。僕も同じだった。ソトミネはすぐに説明を始めた。
「ビアストリーノの作戦に参加して彼の命令で動くとなると、僕らは囮として使われることは間違いないだろうね。そうなると戦い方は限定的になるはずさ。彼らは敵を僕らに集中させ疲弊した敵を倒すつもりかもしれない。それだとビアストリーノの隊は戦闘せずに温存と言う作戦を取ると思うんだ。そうなると敵が波状的にやって来た場合、作戦は失敗するだろうって考える。ここは全員で死力を尽くさないとダメな場面だ。温存とか予備とか考えていると、それが油断になって全滅するよ」
 ズカルは口元に手を当てて「なるほど」と、小さく頷いている。
「それからパーティーも自分たちで編成できない可能性もある。いわば最後の戦いなのに一度も共にクエストもやったことのない人と組んで勝つなんて考えられないよ。敵はレベルがカンストしたら連携を強めてるはずだからね」
「ソトミネがいてよかったな。俺たちの軍師様だ」
 ズカルが腕を伸ばして僕の肩を叩いた。
「で、どうする?」
「それでいいか確認した方がいい?」
 僕がメールを飛ばそうとすると、ソトミネが手を上げてそれを制する。
「いや、それだと彼の意志を汲んだ連中が潜り込んでくるはずさ。すぐに募集をしよう。まずは知り合いで固めて編成してから参加の返事を出さないと声の大きさで負ける」
 ズカルが自分を指差して大きな声で笑う。なんだか大分酔っ払っているように見える。
「俺は声が大きいってよく言われるけど?」
「そうじゃなくて、賛成票の多さってことさ」
「話が割れても独自に動けるだけの存在感があれば、無視されないってことか」
 ソトミネが僕の言葉に頷く。
「そういうこと」

 僕らはまず知り合いに声をかける。一緒にクエストをしたりパーティーを組んだり、食事をしたことがある連中だ。ビアストリーノの呼びかけもあってそっちに参加しようと思っていた人も少なからずいたが、15人ほどはすぐに返事をくれた。まだ数が少なかったので、「連合の半分の人数くらいは欲しい」というソトミネの勧めもあり、4パーティー24人を目標に酒場にいる冒険者にも声をかける。
 集まってきた中には、少し前に僕に罵声を浴びせた人もいた。
「あの時は済まなかったな」
 罰が悪そうに話しかけてくる人たちに、僕は握手で応える。これもソトミネが耳打ちしてくれたことだ。
「僕こそ力になれなくてすみませんでした。でも、力を貸してください」
 すると、互いに信頼感のようなものが芽生える。一体感かな。
「ああ、任せてくれ!」

 こうして23人集まったところで、ビアストリーノと交渉を始めた。当初は難色を示していたビアストリーノの勢力もソトミネの説得により、僕らの意見を飲んでくれた。とは言ったもののビアストリーノの連合は60人とすでに一杯で、23人の僕らが使い捨てにされる可能性は高いままだった。

 ビアストリーノの連合60人とズカルの連合23人の総勢83人が賢者の塔を目指すために街を出発した。
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