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DREAM EATER 18
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ズカルの連合23名は案の定、ビアストリーノの連合の捨て石にされた。戦争屋連合ポーたち40人の連合とぶつかった際、挟撃をすると宣言した彼らは、僕らを見捨てて先に進んだのだ。
2つの連合は、賢者の塔に一番近い街ニーモスを目指して進んでいた。先頭を進むのは僕らズカルの率いる連合パーティーだった。どちらかの連合が敵対する連合と出会った場合、先に戦闘状態になった連合がこれを抑え、その間にもう一方が後ろに回りこんで挟撃するという取り決めになっていた。複数の連合が戦闘をする場合、先に大連合を作っておく必要がある。連合同士の戦闘でも個人プレイヤーとの戦闘と同じく戦闘中に新しい戦闘は発生しないため、関係のない連合は途中でどちらかの戦闘には加勢できない。
平野の中を横断する街道を進んでいると、少し離れた右手に見える林から冒険者の集団が飛び出してきた。
「ポーの連合だ!」
ズカルは彼らを見つけるとすぐに防御体制を取り、傭兵たちを前に出してプレイヤーの姿を敵の視界から遮らせる。
ビアストリーノの連合は、後ろから僕らを追い越していった。
「先に進んで回りこんで挟撃する!」
そこでズカルは徐々に連合を下がらせ、後方を取られないようにして敵の連合を左手の林の側まで誘い込んだ。プレイヤーたちをその中に潜ませれば、直接狙われる確率が低くなるからだ。
「ビアストリーノたちが来るまで耐えるぞ!」
ポーの連合は戦争屋プレイヤーが40人である。傭兵を合わせるとその戦力は840人だ。対してこちらは483人。プレイヤー23人の僕らが勝てる見込みはほとんど無かった。普通に戦うのは完全に不利だし、ビアストリーノたちが挟撃してくれなければ絶望的な状況だ。
ズカルの連合メンバーは背中にそれを感じていた。そのため、ビアストリーノの連合が戦線を離脱した際、目の前が真っ暗になったに違いなかった。
「嘘だろ。見捨てていきやがった」
敵は余裕でこちらをこの場に押し込めて、いたぶりながら潰そうとする様な攻め方を見せる。これで挟撃がないとわかれば一気に押し寄せてくるだろうことは誰でも理解していた。
「ズカル、どうする?」
「くそ、圧倒的に不利だな。街まで引くか? おい、我らが軍師様はどうした?」
「誰?」
「ソトミネだよ」
ポー連合はじわじわと攻め込んでくる。後方を気にしてるのか戦闘状態なのは30人とその傭兵なので戦況はまだ互角といった状況だった。
「ごめんごめん。ちょっとメールしてた。ズカル、指揮交代してくれます?」
「なんとかしてくれるならな」
「やるだけやってみましょうか」
そう言うと、ソトミネは22人にそれぞれ簡潔な指示を出し始める。3人のプレイヤーの60人の傭兵に防御態勢をさせると、それを壁にしてそのすぐ後ろに中距離攻撃のできるプレイヤーの傭兵部隊を配置。更にその後ろに弓部隊を置いた。プレイヤーは最も後方で身を隠す。
ポーの連合は戦力差に驕りこちらの布陣が変わった様子にはまだ気がついていなかった。
敵の傭兵は前衛をこちらの前衛の壁を超えられず、中距離部隊と弓部隊の攻撃を受けて徐々に数を減らしていく。味方の魔法使いは防御態勢の前衛をローテーションで回復させる。
ソトミネは手の空いているプレイヤーに敵プレイヤーの位置を探らせる。その位置が判明するとわざとそこから遠ざかるように連合を後退させる。指示が届かなくなった傭兵は棒立ちか前衛に突撃を繰り返すだけになる。慌てて姿を表したプレイヤーを弓部隊に狙撃させる。だが、この作戦も敵プレイヤーを1人2人倒すと対応してくる。
ポー連合も前衛を中距離攻撃部隊に切り替えてくる。すると、こちらの前衛の壁に当ってもその後ろの中距離攻撃部隊に攻撃が届くようになるからだ。
「槍が来たぞ! 中距離部隊は遠距離部隊の後ろへ!」
槍を持っている連中が見えると、ソトミネは中距離部隊を下がらせた。そして、弓部隊に一斉攻撃を命じる。ポー連合は中距離攻撃部隊を打ち破るつもりだったので、指示が遅れ前衛の壁を抜けられず弓の攻撃を受けて倒れる。
「敵が引きました!」
「まだ待って! 弓がラインを越えるまでそのまま待機!」
今度は弓部隊でこちらの弓部隊への攻撃を試みるが、距離を詰めてきた弓部隊の姿を見てソトミネの指示が放たれる。
「前衛、突撃!」
今まで壁となっていた前衛部隊の防御を解き放ち攻撃に転じさせて一気に敵弓部隊を打ち払った。
そのままの勢いで乱戦に持ち込みポーの連合プレイヤーを15人ほどまで減らす。すると、ポーの連合も防御の態勢を取り始める。それを見たソトミネも自軍に防御の指示を出す。両軍は睨み合う形のまま戦闘は小休止する。
「ソトミネ、一気に仕掛けたらダメなのか?」
ズカルがソトミネに尋ねる。
「今、こっちが数が多くなってても表面上のものだからダメだよ。林の中にまだ誰か居ると思ってるから積極的に仕掛けてこないようにも見えるしね。それに傭兵がいる分、まだ向こうがまだ少し有利かな。こっちの傭兵のほうが少ないから、このままの戦闘継続はこっちのプレイヤーに損害が出るよ。出来れば一回、この戦闘状態を終わらせたいね」
一度、戦闘が終われば、戦闘不能となった傭兵がアイテムで復活できる。上手く隠せたのでこちらのプレイヤーの損害は無い。逆にポーの戦争連合は戦争プレイヤー特有の「自分がやらねば誰がやる」という気質のおかげでほとんどのプレイヤーがロストしている。
にらみ合いはなおも暫く続く。互いの前衛の壁に距離があるので攻撃は届かないが、戦闘終了になる距離でもない。
こういう時は、どちらかが使者となるプレイヤーを送り停戦をすることもあるのだが。
「ダメだ。連中はいまいち信用出来ない。使者を攻撃すると思う。そうすると傭兵20人もまとめて失うことになる。許可できない」
ズカルは連合の中から出てくる意見を聞いてそれを判断する。ソトミネもその判断を推した。
「向こうも多分それを狙ってるね。プレイヤーを減らせば向こうにも、まだ勝つ見込みがあるからね」
「じゃあさ、このままゆっくり一度、中央都市まで引いてさ、傭兵復活させて追い打ちをかけたらどうかな?」
ソトミネがこっちを見た。
「それは面白いね。途中で戦闘が終わればその時に傭兵を復活させて追い打ちに切り替えられるね」
「よし、それで行くか」
「いや、僕にアイデアがある。乗ってくれるかな?」
ソトミネの作戦は僕らにとって少し懐かしいものだった。
ズカルの連合は防御体制を取り、ポーの連合に正面を見せながらゆっくりと後退をし始める。ただし中央都市に向かってではなく賢者の塔方向のニーモスに向かってだった。
「初期の頃プレイヤーたちが殴りあって街を目指したよね。あれを連合の戦闘でやってみようと思ったんだ。連中が途中で逃げてもこっちは態勢を立て直せば進めるし、新手が来てもすぐに戦闘にはならない。もし戦闘になるとしても、数の少ないポーの連合を狙うはずさ。まぁ、先を行った連中も敵を見てないみたいだし大丈夫だと思うけどね」
「どうして分かるんだ?」
「向こうの連合に知り合いを一人入れててね。メールで連絡を貰ってるんだ」
ズカルと僕は顔を見合わせる。しばらく進むとポーの連合は追ってくるのをやめた。戦闘が終了すると僕らはすぐに倒れた傭兵たちを蘇生して次の戦闘に備えた。しばらくゆっくりと後方に備えながら進んだが、ポーの連合が仕掛けてくる様子も姿も見えなかったので、ズカルは連合の戦闘監視をやめて移動に切り替え賢者の塔を目指す。
賢者の塔に一番近い街ニーモス。ここでアイテムを補給する。
先に到着していたビアストリーノの連合に軽く挨拶をする。僕らの連合にはズカルの指示で彼らに文句を言わないことを約束していたが、実際に会ってみると耐え難い気持ちもふつふつと湧いてくる。
「文句は言わない。そのことがあの英雄様のメッキを剥がすことになる」
ズカルはビアストリーノたちとは離れた町外れの宿に拠点を置いた。
今日の勝利を祝う宴会を開く。ズカルは早速酔っ払いながら愚痴を言い始める。
「俺たちは23人で40人の戦闘連合を打ち破った。しかも、こちらのロストはゼロだ。ここで連中に文句をつければ、俺たちは勝ちに奢っているように見えるだろう。だが、文句も言わずにこんな離れた安宿で明日に備えているとなったら、普通のプレイヤーたちはどう思う? 俺達の方が志の高い冒険者に見えないか? 本当のことを言えば、ふざけるんじゃないと言ってやりたいよ」
「よく耐えてるよ。あなたは立派な指導者さ」
ソトミネがズカルを励ます。ズカルはテーブルの上に突っ伏してしまう。そしてそのままささやかとは言えない寝息を立て始める。なんだかんだ言ってもあの戦いを終えて緊張が緩んだのだろう。
不意に宿の中にどよめきが起こる。とある1人の冒険者が入ってきたためだ。誰かがその名を呟く。
「シーアンだ」
シーアンは床にまで届きそうなの長い黒髪の魔法使いだった。白い道衣を身にまとい目はずっとつむっている。
「ズカル殿に会いたい」
涼しく低い声でそれはそこにいた全員に届く声だった。
ズカルはと見れば、すでに酔いがまわり机に伏している。なんという間の悪さだろうか。シーアンがゆっくりとこちらのテーブルに近づいてくる。
「アンヴィドルフ殿ですね。はじめまして」
「あ、どうも」
何故か緊張して、変な返事をしてしまった。
「ズカル殿はお休みのようですね」
シーアンの口元が緩む。ソトミネが立ち上がる。
「ソトミネ殿。お見事でした」
「どうも」
ソトミネもどこか緊張しているように見えた。こちらをちら見すると、特定会話で話しかけてきた。これは僕とソトミネにしか聞こえない会話だ。
「ちょっと苦手なタイプなんだ」
シーアンは酔いつぶれているズカルを見下ろすと、両手を叩くように合わせる。
「困りましたね。まぁ、立ち話も何ですので、座らさせていただきますね」
そう言うとテーブル席につく。
「どうぞどうぞお座りいただいて」
そう言って着席を勧めてくるので、僕もソトミネもシーアンのペースに巻き込まれてしまった。シーアンによって、会話はテーブル指定にされる。
「最近、アップデートされていないことは気が付いていますか?」
シーアンの問いかけに僕らは、きょとんとしてしまった。
「そう言われてみれば」
「なるほど。ゲームの進行上の話でネット接続を回復させたいわけではないのですね」
「正直に言うと夏休み明けにテストがあって、それを受けておかないとマズイから帰りたいんですよ。ここに来て全然勉強できてなかったので」
「ああ、ソトミネ殿は学生さんでしたか」
「はい」
「いいですね。楽しいでしょう?」
「いえ、あんまり」
シーアンは口の中で「くくっ」と笑った。NPCのウェイトレスにコーヒーを注文する。注文すればほとんど待つことなく届けてくれる。
「誰かの記憶のコーヒー。素晴らしいですね。こういったものも共有できるのがこの世界の良いところでしょうか」
シーアンは僕を見る。目は細いがたしかに僕を見ている。
「この世界には人の夢を自由に取り出してつなぎ合わせるという神のような存在がいるとか。ご存じですか?」
ふと頭を過るのは、ゲームキーパーと名乗った初老の男性のことだった。インスタントダンジョンでの出会いは親しい者には話している。特に隠しておく話でもないと思ったからだ。シーアンにもその話をしてあげた。
「稀有な体験をされましたね。素晴らしい。ですが、アップデートがされないこの現状を考えると、何かあったのかもしれませんね。そのゲートキーパーの身に」
一度しか会ったことがないが、話が合うお爺さんだったので心配な気持ちには当然なる。
「外部とつながればなにかわかると思います」
シーアンは大きくうなずいた。
「そうですね。一度ログアウトをしてみたい気持ちもあります。が、再接続が出来ないとなると残念な気もします」
「再接続できない?」
「当然さ。人が死んでる可能性もあるからね。警察の調査が入ると思うよ。少なくともその間は再接続は出来ないし、問題が大きくなればこの世界は終わるだろうね」
僕の疑問にソトミネが答える。
「これだけの世界を閉じてしまうのはもったいない」
シーアンは深い溜息をつく。ソトミネがシーアンに詰め寄る。
「だから、賢者の塔に行くなと?」
「くくくっ」
シーアンは笑った。
「いいえ。私も向こうに用事があるのを思い出したので、戻ろうと思ったのですよ。それで、どちらに話をつけたら良いのかと考えておりましてね。仲間たちと話し合った結果、ズカル殿たちの連合が面白いという結論になったのですよ」
ソトミネと僕は顔を見合わせる。シーアンは続けた。
「ズカル殿が目覚めたら、我々ムグルの魔術師18名を大連合に加えて欲しいとお伝え下さい」
そう言うとシーアンは席を立ち、姿を消した。
「何、今の?」
シーアンの得体のしれなさに僕らは、ただ驚くばかりだった。
2つの連合は、賢者の塔に一番近い街ニーモスを目指して進んでいた。先頭を進むのは僕らズカルの率いる連合パーティーだった。どちらかの連合が敵対する連合と出会った場合、先に戦闘状態になった連合がこれを抑え、その間にもう一方が後ろに回りこんで挟撃するという取り決めになっていた。複数の連合が戦闘をする場合、先に大連合を作っておく必要がある。連合同士の戦闘でも個人プレイヤーとの戦闘と同じく戦闘中に新しい戦闘は発生しないため、関係のない連合は途中でどちらかの戦闘には加勢できない。
平野の中を横断する街道を進んでいると、少し離れた右手に見える林から冒険者の集団が飛び出してきた。
「ポーの連合だ!」
ズカルは彼らを見つけるとすぐに防御体制を取り、傭兵たちを前に出してプレイヤーの姿を敵の視界から遮らせる。
ビアストリーノの連合は、後ろから僕らを追い越していった。
「先に進んで回りこんで挟撃する!」
そこでズカルは徐々に連合を下がらせ、後方を取られないようにして敵の連合を左手の林の側まで誘い込んだ。プレイヤーたちをその中に潜ませれば、直接狙われる確率が低くなるからだ。
「ビアストリーノたちが来るまで耐えるぞ!」
ポーの連合は戦争屋プレイヤーが40人である。傭兵を合わせるとその戦力は840人だ。対してこちらは483人。プレイヤー23人の僕らが勝てる見込みはほとんど無かった。普通に戦うのは完全に不利だし、ビアストリーノたちが挟撃してくれなければ絶望的な状況だ。
ズカルの連合メンバーは背中にそれを感じていた。そのため、ビアストリーノの連合が戦線を離脱した際、目の前が真っ暗になったに違いなかった。
「嘘だろ。見捨てていきやがった」
敵は余裕でこちらをこの場に押し込めて、いたぶりながら潰そうとする様な攻め方を見せる。これで挟撃がないとわかれば一気に押し寄せてくるだろうことは誰でも理解していた。
「ズカル、どうする?」
「くそ、圧倒的に不利だな。街まで引くか? おい、我らが軍師様はどうした?」
「誰?」
「ソトミネだよ」
ポー連合はじわじわと攻め込んでくる。後方を気にしてるのか戦闘状態なのは30人とその傭兵なので戦況はまだ互角といった状況だった。
「ごめんごめん。ちょっとメールしてた。ズカル、指揮交代してくれます?」
「なんとかしてくれるならな」
「やるだけやってみましょうか」
そう言うと、ソトミネは22人にそれぞれ簡潔な指示を出し始める。3人のプレイヤーの60人の傭兵に防御態勢をさせると、それを壁にしてそのすぐ後ろに中距離攻撃のできるプレイヤーの傭兵部隊を配置。更にその後ろに弓部隊を置いた。プレイヤーは最も後方で身を隠す。
ポーの連合は戦力差に驕りこちらの布陣が変わった様子にはまだ気がついていなかった。
敵の傭兵は前衛をこちらの前衛の壁を超えられず、中距離部隊と弓部隊の攻撃を受けて徐々に数を減らしていく。味方の魔法使いは防御態勢の前衛をローテーションで回復させる。
ソトミネは手の空いているプレイヤーに敵プレイヤーの位置を探らせる。その位置が判明するとわざとそこから遠ざかるように連合を後退させる。指示が届かなくなった傭兵は棒立ちか前衛に突撃を繰り返すだけになる。慌てて姿を表したプレイヤーを弓部隊に狙撃させる。だが、この作戦も敵プレイヤーを1人2人倒すと対応してくる。
ポー連合も前衛を中距離攻撃部隊に切り替えてくる。すると、こちらの前衛の壁に当ってもその後ろの中距離攻撃部隊に攻撃が届くようになるからだ。
「槍が来たぞ! 中距離部隊は遠距離部隊の後ろへ!」
槍を持っている連中が見えると、ソトミネは中距離部隊を下がらせた。そして、弓部隊に一斉攻撃を命じる。ポー連合は中距離攻撃部隊を打ち破るつもりだったので、指示が遅れ前衛の壁を抜けられず弓の攻撃を受けて倒れる。
「敵が引きました!」
「まだ待って! 弓がラインを越えるまでそのまま待機!」
今度は弓部隊でこちらの弓部隊への攻撃を試みるが、距離を詰めてきた弓部隊の姿を見てソトミネの指示が放たれる。
「前衛、突撃!」
今まで壁となっていた前衛部隊の防御を解き放ち攻撃に転じさせて一気に敵弓部隊を打ち払った。
そのままの勢いで乱戦に持ち込みポーの連合プレイヤーを15人ほどまで減らす。すると、ポーの連合も防御の態勢を取り始める。それを見たソトミネも自軍に防御の指示を出す。両軍は睨み合う形のまま戦闘は小休止する。
「ソトミネ、一気に仕掛けたらダメなのか?」
ズカルがソトミネに尋ねる。
「今、こっちが数が多くなってても表面上のものだからダメだよ。林の中にまだ誰か居ると思ってるから積極的に仕掛けてこないようにも見えるしね。それに傭兵がいる分、まだ向こうがまだ少し有利かな。こっちの傭兵のほうが少ないから、このままの戦闘継続はこっちのプレイヤーに損害が出るよ。出来れば一回、この戦闘状態を終わらせたいね」
一度、戦闘が終われば、戦闘不能となった傭兵がアイテムで復活できる。上手く隠せたのでこちらのプレイヤーの損害は無い。逆にポーの戦争連合は戦争プレイヤー特有の「自分がやらねば誰がやる」という気質のおかげでほとんどのプレイヤーがロストしている。
にらみ合いはなおも暫く続く。互いの前衛の壁に距離があるので攻撃は届かないが、戦闘終了になる距離でもない。
こういう時は、どちらかが使者となるプレイヤーを送り停戦をすることもあるのだが。
「ダメだ。連中はいまいち信用出来ない。使者を攻撃すると思う。そうすると傭兵20人もまとめて失うことになる。許可できない」
ズカルは連合の中から出てくる意見を聞いてそれを判断する。ソトミネもその判断を推した。
「向こうも多分それを狙ってるね。プレイヤーを減らせば向こうにも、まだ勝つ見込みがあるからね」
「じゃあさ、このままゆっくり一度、中央都市まで引いてさ、傭兵復活させて追い打ちをかけたらどうかな?」
ソトミネがこっちを見た。
「それは面白いね。途中で戦闘が終わればその時に傭兵を復活させて追い打ちに切り替えられるね」
「よし、それで行くか」
「いや、僕にアイデアがある。乗ってくれるかな?」
ソトミネの作戦は僕らにとって少し懐かしいものだった。
ズカルの連合は防御体制を取り、ポーの連合に正面を見せながらゆっくりと後退をし始める。ただし中央都市に向かってではなく賢者の塔方向のニーモスに向かってだった。
「初期の頃プレイヤーたちが殴りあって街を目指したよね。あれを連合の戦闘でやってみようと思ったんだ。連中が途中で逃げてもこっちは態勢を立て直せば進めるし、新手が来てもすぐに戦闘にはならない。もし戦闘になるとしても、数の少ないポーの連合を狙うはずさ。まぁ、先を行った連中も敵を見てないみたいだし大丈夫だと思うけどね」
「どうして分かるんだ?」
「向こうの連合に知り合いを一人入れててね。メールで連絡を貰ってるんだ」
ズカルと僕は顔を見合わせる。しばらく進むとポーの連合は追ってくるのをやめた。戦闘が終了すると僕らはすぐに倒れた傭兵たちを蘇生して次の戦闘に備えた。しばらくゆっくりと後方に備えながら進んだが、ポーの連合が仕掛けてくる様子も姿も見えなかったので、ズカルは連合の戦闘監視をやめて移動に切り替え賢者の塔を目指す。
賢者の塔に一番近い街ニーモス。ここでアイテムを補給する。
先に到着していたビアストリーノの連合に軽く挨拶をする。僕らの連合にはズカルの指示で彼らに文句を言わないことを約束していたが、実際に会ってみると耐え難い気持ちもふつふつと湧いてくる。
「文句は言わない。そのことがあの英雄様のメッキを剥がすことになる」
ズカルはビアストリーノたちとは離れた町外れの宿に拠点を置いた。
今日の勝利を祝う宴会を開く。ズカルは早速酔っ払いながら愚痴を言い始める。
「俺たちは23人で40人の戦闘連合を打ち破った。しかも、こちらのロストはゼロだ。ここで連中に文句をつければ、俺たちは勝ちに奢っているように見えるだろう。だが、文句も言わずにこんな離れた安宿で明日に備えているとなったら、普通のプレイヤーたちはどう思う? 俺達の方が志の高い冒険者に見えないか? 本当のことを言えば、ふざけるんじゃないと言ってやりたいよ」
「よく耐えてるよ。あなたは立派な指導者さ」
ソトミネがズカルを励ます。ズカルはテーブルの上に突っ伏してしまう。そしてそのままささやかとは言えない寝息を立て始める。なんだかんだ言ってもあの戦いを終えて緊張が緩んだのだろう。
不意に宿の中にどよめきが起こる。とある1人の冒険者が入ってきたためだ。誰かがその名を呟く。
「シーアンだ」
シーアンは床にまで届きそうなの長い黒髪の魔法使いだった。白い道衣を身にまとい目はずっとつむっている。
「ズカル殿に会いたい」
涼しく低い声でそれはそこにいた全員に届く声だった。
ズカルはと見れば、すでに酔いがまわり机に伏している。なんという間の悪さだろうか。シーアンがゆっくりとこちらのテーブルに近づいてくる。
「アンヴィドルフ殿ですね。はじめまして」
「あ、どうも」
何故か緊張して、変な返事をしてしまった。
「ズカル殿はお休みのようですね」
シーアンの口元が緩む。ソトミネが立ち上がる。
「ソトミネ殿。お見事でした」
「どうも」
ソトミネもどこか緊張しているように見えた。こちらをちら見すると、特定会話で話しかけてきた。これは僕とソトミネにしか聞こえない会話だ。
「ちょっと苦手なタイプなんだ」
シーアンは酔いつぶれているズカルを見下ろすと、両手を叩くように合わせる。
「困りましたね。まぁ、立ち話も何ですので、座らさせていただきますね」
そう言うとテーブル席につく。
「どうぞどうぞお座りいただいて」
そう言って着席を勧めてくるので、僕もソトミネもシーアンのペースに巻き込まれてしまった。シーアンによって、会話はテーブル指定にされる。
「最近、アップデートされていないことは気が付いていますか?」
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「そう言われてみれば」
「なるほど。ゲームの進行上の話でネット接続を回復させたいわけではないのですね」
「正直に言うと夏休み明けにテストがあって、それを受けておかないとマズイから帰りたいんですよ。ここに来て全然勉強できてなかったので」
「ああ、ソトミネ殿は学生さんでしたか」
「はい」
「いいですね。楽しいでしょう?」
「いえ、あんまり」
シーアンは口の中で「くくっ」と笑った。NPCのウェイトレスにコーヒーを注文する。注文すればほとんど待つことなく届けてくれる。
「誰かの記憶のコーヒー。素晴らしいですね。こういったものも共有できるのがこの世界の良いところでしょうか」
シーアンは僕を見る。目は細いがたしかに僕を見ている。
「この世界には人の夢を自由に取り出してつなぎ合わせるという神のような存在がいるとか。ご存じですか?」
ふと頭を過るのは、ゲームキーパーと名乗った初老の男性のことだった。インスタントダンジョンでの出会いは親しい者には話している。特に隠しておく話でもないと思ったからだ。シーアンにもその話をしてあげた。
「稀有な体験をされましたね。素晴らしい。ですが、アップデートがされないこの現状を考えると、何かあったのかもしれませんね。そのゲートキーパーの身に」
一度しか会ったことがないが、話が合うお爺さんだったので心配な気持ちには当然なる。
「外部とつながればなにかわかると思います」
シーアンは大きくうなずいた。
「そうですね。一度ログアウトをしてみたい気持ちもあります。が、再接続が出来ないとなると残念な気もします」
「再接続できない?」
「当然さ。人が死んでる可能性もあるからね。警察の調査が入ると思うよ。少なくともその間は再接続は出来ないし、問題が大きくなればこの世界は終わるだろうね」
僕の疑問にソトミネが答える。
「これだけの世界を閉じてしまうのはもったいない」
シーアンは深い溜息をつく。ソトミネがシーアンに詰め寄る。
「だから、賢者の塔に行くなと?」
「くくくっ」
シーアンは笑った。
「いいえ。私も向こうに用事があるのを思い出したので、戻ろうと思ったのですよ。それで、どちらに話をつけたら良いのかと考えておりましてね。仲間たちと話し合った結果、ズカル殿たちの連合が面白いという結論になったのですよ」
ソトミネと僕は顔を見合わせる。シーアンは続けた。
「ズカル殿が目覚めたら、我々ムグルの魔術師18名を大連合に加えて欲しいとお伝え下さい」
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