2 / 3
第一話 二人の出会い
しおりを挟む
藤井 朝陽は至って普通の少年である。
今年春に都内の公立高校の三年に進級し、特に代わり映えのない日々を送っている。性格は明るく気さくで友人は少なくない。運動も勉強も平均以上にはこなすことができる。ただ一つ、問題があるとすれば、
「朝陽、進路決まったか?」
朝食中、急に発せられた父の声に朝陽はビクリと身体を震わせた。手に持った少し焦げている食パンの耳を軽く齧り、右から左へと目を泳がせる。その際運悪く妹の陽衣菜と目が合って、朝陽はパッと顔を背けた。
「……まだ考えてるところ」
朝陽の答えに父は深いため息をつき、食卓を立つ。重苦しい空気がリビングに漂い、中学二年生の陽衣菜は急かされるように朝食を口に詰め込むと、椅子の横に置いていたスクールバッグを肩にかけて「いってきまーす」と慌ただしく駆けて行った。
父も静かに会社へと向かい、母と二人きりになったリビングで朝陽は悔しげに唇を噛む。
焦らなければいけない時期なのは自分が一番理解している。実際進路が決まらずにのらりくらり過ごしていることに焦りは覚えているのだ。それでも行動に移すことができないのはもう、朝陽の生まれつきの性質なのだろう。
他人や物事に興味を持つことが出来ず、趣味もなければ目標もない。環境が変われば何か変わるだろうかと思ってシフトチェンジした茶色い頭も、結局変化のためのきっかけにはならなかった。
「朝陽、遅刻するわよ」
「え?…あ、行ってきます」
母に促され、止まった手元に残っていた一口分のパンの耳を咀嚼する。それから軽いリュックを背負って玄関に向かうと、母もその後に続いた。
「ごめんね、理想が高い人なの。焦らなくても、朝陽は朝陽のやりたい事を見つけてくれたらいいから」
「……ありがとう、母さん」
母の応援を背に受けて、朝陽はいつも通りの朝の風景を迎えた。
* * * * * * * * * * * * * * *
朝陽が通う高校は、バス一本乗り継ぎ無しで二十分ほどでつく場所にある。そこから停留所一個手前で降車するとコンビニがあり、朝陽を含めた多くの生徒はそこでバスを降りる。
コンビニに入店した朝陽は迷うことなく奥の方へと歩き、いつも買っているサンドイッチとサラダとドレッシング、デザートにヨーグルトとお茶という健康志向な昼食を手に取るとレジで精算する。
朝のこの時間帯にいつもいる三十代も半ばといった中肉中背の男性からレジ袋を受け取って、自動ドアをくぐった。
高校へはコンビニから横断歩道を渡った向かい側にある公園を横切った方がはやく着くため、犬の散歩コースになっている公園の歩道を一人で歩く。
「ね、あそこに座ってる女の人、すっごく美人じゃない? 外国の人かな?」
目の前を歩いていた女子高生二人組の会話が耳に飛び込んで、思わず顔を上げる。前を歩く二人には見覚えがあり、黒髪ポニーテールのアイドル顔が大枝、茶色く染めた髪をクルクルとセットさせているギャル風美少女が佐伯だ。どちらも同じクラスで、たまに話しかけられることもある。
遠くのベンチを指さして声を上げたのは大枝の方だろう。
そこに座っているであろう誰かを指さす大枝の細い指を目で追った。
「────」
そこにいたのは長い金色の髪が綺麗な女の人だった。青い瞳を不安げに揺らしながらぼんやりと宙を見上げている。
服はゲームに出てきそうなファンタジー風のもので、コスプレイヤーか何かなのだろうか。
なんにせよ、スッと通った鼻筋も陶器のように滑らかな白い肌も日本人のそれではなく、大枝と佐伯が騒ぐのも納得がいく。
彼女を眺めながら通学路を歩き、急がねばとコンビニ袋を握り直したところで、その青色の瞳と目が合った。
(やべ…)
反射的に目を逸らそうとして、しかし深い青空色の瞳から目が離せなくなる。気がつけば足は止まっていて、ジッとこちらを見つめる彼女に引き留められているように感じてしまう。
彼女は大きな瞳から涙を一粒零して、桃色の薄い唇を小さく動かした。
「やっと、…見つけた」
透き通った声で確かにそう呟いた。
彼女が座っている場所は、朝陽が立つ場所から十メートルは離れており、叫ばない限りそんな声は聞こえないはずなのに。
呟いた彼女は「あれ…?」と頭を横に振って、意識が消えるようにフッとベンチに倒れ込む。
「ちょ…っ、大丈夫ですか!? 」
黙って突っ立っているわけにもいかなく、朝陽は駆け出すと彼女の前で膝をつく。細い肩を支えて起こすと、
「大丈夫です、ありがとう…」
顔を真っ青にしながら彼女は控えめに笑う。
────これが、藤井 朝陽とフィーネ・セレスティアの出会いだった。
今年春に都内の公立高校の三年に進級し、特に代わり映えのない日々を送っている。性格は明るく気さくで友人は少なくない。運動も勉強も平均以上にはこなすことができる。ただ一つ、問題があるとすれば、
「朝陽、進路決まったか?」
朝食中、急に発せられた父の声に朝陽はビクリと身体を震わせた。手に持った少し焦げている食パンの耳を軽く齧り、右から左へと目を泳がせる。その際運悪く妹の陽衣菜と目が合って、朝陽はパッと顔を背けた。
「……まだ考えてるところ」
朝陽の答えに父は深いため息をつき、食卓を立つ。重苦しい空気がリビングに漂い、中学二年生の陽衣菜は急かされるように朝食を口に詰め込むと、椅子の横に置いていたスクールバッグを肩にかけて「いってきまーす」と慌ただしく駆けて行った。
父も静かに会社へと向かい、母と二人きりになったリビングで朝陽は悔しげに唇を噛む。
焦らなければいけない時期なのは自分が一番理解している。実際進路が決まらずにのらりくらり過ごしていることに焦りは覚えているのだ。それでも行動に移すことができないのはもう、朝陽の生まれつきの性質なのだろう。
他人や物事に興味を持つことが出来ず、趣味もなければ目標もない。環境が変われば何か変わるだろうかと思ってシフトチェンジした茶色い頭も、結局変化のためのきっかけにはならなかった。
「朝陽、遅刻するわよ」
「え?…あ、行ってきます」
母に促され、止まった手元に残っていた一口分のパンの耳を咀嚼する。それから軽いリュックを背負って玄関に向かうと、母もその後に続いた。
「ごめんね、理想が高い人なの。焦らなくても、朝陽は朝陽のやりたい事を見つけてくれたらいいから」
「……ありがとう、母さん」
母の応援を背に受けて、朝陽はいつも通りの朝の風景を迎えた。
* * * * * * * * * * * * * * *
朝陽が通う高校は、バス一本乗り継ぎ無しで二十分ほどでつく場所にある。そこから停留所一個手前で降車するとコンビニがあり、朝陽を含めた多くの生徒はそこでバスを降りる。
コンビニに入店した朝陽は迷うことなく奥の方へと歩き、いつも買っているサンドイッチとサラダとドレッシング、デザートにヨーグルトとお茶という健康志向な昼食を手に取るとレジで精算する。
朝のこの時間帯にいつもいる三十代も半ばといった中肉中背の男性からレジ袋を受け取って、自動ドアをくぐった。
高校へはコンビニから横断歩道を渡った向かい側にある公園を横切った方がはやく着くため、犬の散歩コースになっている公園の歩道を一人で歩く。
「ね、あそこに座ってる女の人、すっごく美人じゃない? 外国の人かな?」
目の前を歩いていた女子高生二人組の会話が耳に飛び込んで、思わず顔を上げる。前を歩く二人には見覚えがあり、黒髪ポニーテールのアイドル顔が大枝、茶色く染めた髪をクルクルとセットさせているギャル風美少女が佐伯だ。どちらも同じクラスで、たまに話しかけられることもある。
遠くのベンチを指さして声を上げたのは大枝の方だろう。
そこに座っているであろう誰かを指さす大枝の細い指を目で追った。
「────」
そこにいたのは長い金色の髪が綺麗な女の人だった。青い瞳を不安げに揺らしながらぼんやりと宙を見上げている。
服はゲームに出てきそうなファンタジー風のもので、コスプレイヤーか何かなのだろうか。
なんにせよ、スッと通った鼻筋も陶器のように滑らかな白い肌も日本人のそれではなく、大枝と佐伯が騒ぐのも納得がいく。
彼女を眺めながら通学路を歩き、急がねばとコンビニ袋を握り直したところで、その青色の瞳と目が合った。
(やべ…)
反射的に目を逸らそうとして、しかし深い青空色の瞳から目が離せなくなる。気がつけば足は止まっていて、ジッとこちらを見つめる彼女に引き留められているように感じてしまう。
彼女は大きな瞳から涙を一粒零して、桃色の薄い唇を小さく動かした。
「やっと、…見つけた」
透き通った声で確かにそう呟いた。
彼女が座っている場所は、朝陽が立つ場所から十メートルは離れており、叫ばない限りそんな声は聞こえないはずなのに。
呟いた彼女は「あれ…?」と頭を横に振って、意識が消えるようにフッとベンチに倒れ込む。
「ちょ…っ、大丈夫ですか!? 」
黙って突っ立っているわけにもいかなく、朝陽は駆け出すと彼女の前で膝をつく。細い肩を支えて起こすと、
「大丈夫です、ありがとう…」
顔を真っ青にしながら彼女は控えめに笑う。
────これが、藤井 朝陽とフィーネ・セレスティアの出会いだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる