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第二話 協力者
しおりを挟む「で、なんで俺を引き止めたんです?」
朝陽は横目で彼女───フィーネを見ながらため息をつく。
あの後、貧血を起こしたのだというフィーネを介抱し、学校に急ごうとした朝陽をフィーネが引き止めた。フィーネはまだ青い顔を朝陽に向けて俯く。
「…すみません、まだ自分の置かれている状況が分からないのです。ただ、足を止めてくれたのがあなた…アサヒだけだったので」
まだお互いに自己紹介しかしておらず、それなのに公園のベンチで並んで座っているのはなんとも珍妙だ。
しかし、こんな美少女に引き止められ、自分しか頼れないというフィーネを放っておくには無責任すぎるだろう。
(なんか混乱してるみたいだし…)
ふと左手首の時計を見るともう投稿時間は終わり、今から行っても遅刻は免れない。高校三年の六月も半ばの現時点まで続いた無遅刻無欠席の記録も今日で途切れてしまった。
黙りこんでしまったフィーネを見兼ねて朝陽が口を開いところで、
ぐぅぅぅ
なんとも情けない音が鳴り響く。
「あぅ…」
青から一変、フィーネは顔を真っ赤にしてお腹を腕で抱く。周りには人がいないし、反応からしてどう考えても彼女から発生したものなのだろう。
「お腹空いてるのか?」
「お恥ずかしながら……。今朝は演説と、その準備で忙しくて朝食を頂いている時間がなくて」
演説、という単語に一回引っかかりつつも、ついさっきコンビニで購入した自分の昼食とフィーネを交互に見て、
「良かったらこれどうぞ。コンビニで買った安いもんだけど」
「こんびに?いいえ、アサヒの物を受け取る訳には」
「でもお腹すいてるんすよね?」
「まぁ、…」
フィーネは少し迷いながらも朝陽の差し出すコンビニ袋を受け取り、
「ありがとうございます。そのお心遣いに感謝いたします」
と笑うのだった。
「じゃあ代わりといってはなんだけど、フィーネ…さん?の事情を話してもらえないかな?」
「…はい」
フィーネはコンビニ袋の中身に首を傾げながら、たどたどしい手つきでサンドイッチの包装を開け、分厚い豚カツが挟まったパンを物珍しそうに眺めた後、かぷりと噛み付く。小さな口に見合う量のパンと豚カツを口に含み、口元に手を添えながらキラキラと目を輝かせて二口、三口と食べ進める。
二切れ入っていたうちの一切れをあっという間に食して落ち着いてからフィーネは、
「まず、ここがどこなのか教えていただけますか?」
「……ん?」
朝陽の斜め上を行く豪速球を投げるのである。
何故自分を引き止めたのか、とかその類の理由を知りたかったのだが、見ると二切れ目のサンドイッチに手を伸ばしていたフィーネは平然とした顔をしている。
「日本、ですけど……」
横にいる美少女の頭を疑いつつ答えると、フィーネは黙り込む。
「ニホンですか…聞いたことがない場所です。私はセレスティアという国から来ました」
朝陽にとっては同じく聞いた事のない国名である。フィーネはサンドイッチを食べる手を止め、そのまま話し始めるので横槍を入れることなく聞くことにした。
「今朝はセレスティアで月に一度行われる定期演説の日でした。王城の門を開け、国民の出入りが許される日。セレスティア王国に仕える十二宮の魔道士達は王城の警備に当たっていた筈でした。しかし、演説が終わり、王城の中へと戻った私を十二宮の魔道士達が待ち伏せており、魔法…おそらく転移魔法を使用し、私をこのニホンに飛ばしたのだと思います」
ゲームの中でしか聞かないような単語が入り交じり、朝陽は苦笑しそうになるのを飲み込む。
「その十二宮の魔道士?って人達はフィーネさんに忠誠を誓ってるんじゃないのか?そもそもフィーネさんの立場って?」
「……私は、セレスティア王国女王、フィーネ・セレスティアです」
「じょ…ッ!? すいません、俺不敬罪で首チョンパされたりします?」
「ちょんぱ?」
朝陽が自分の首に左手の親指を横に切る仕草をすると、フィーネは目を丸くして、次の瞬間にはフッと笑いはじめた。
「ふふっ、恩人にそんな事致しません。アサヒは面白い冗談を言うのですね」
口元に手を当てながら、フィーネははじめて年相応の笑顔を見せる。朝陽はただその横顔に目を奪われていた。
女王だと聞かされるとフィーネの女性らしい高貴な仕草にも自然と納得がいく。もちろん、その常人離れした美貌にも。
「十二宮は私の父、セレスティアの先王であるクルエラ・セレスティアの時代から王宮に務めている魔道士達です。父が優秀な魔道士を集めて作った組織ですね。彼らが私に…セレスティアに忠誠を誓っていたのか、と聞かれれば素直に頷くことは難しいのですが…」
フィーネは空を見上げると優しげに目を細める。それに倣って朝陽も空を見上げ、やけにゆっくり流れる白い雲を目で追った。いつもは散歩する人影が多く見られる公園内も、何故か今は人影ひとつ見つけることができない。
「私は彼らのことをよく知りません。そもそも私がセレスティアの王の座を継いだのは、先王が病で亡くなった6年前ですから。執務に追われていましたし、十二宮の魔道士のほとんどとちゃんとした話をした事がありません。だから彼らが今回のような騒動を起こした原因も、分かりません。知らず知らずのうちに、私は彼らの恨みを買っていたのでしょうか」
自虐的な含みを持ち始めた笑顔に、朝陽は何も声をかけられずにいる。どう見ても目の前にいる少女は朝陽と大して変わらない年頃だ。それなのに女王という立場で国ひとつを背負い、────。
進路という選択から逃げ続け、のらりくらりと生きてきた自分とはまるで正反対の人生を送っているのだ。同情はしても共感はできない。
フィーネは話が一段落ついたのか手元のサンドイッチを平らげ、ご馳走様でしたと手を合わせる。膝ほどまであるスカートを払い、ベンチから立ち上がると朝陽に頭を下げた。
「はじめて口にしましたが、とても美味しい食事でした。おかげで気持ちの方も随分落ち着いてきましたので、これ以上付き合わせる訳にもいきませんから私はここで。未知の地で初めて会った人があなたで良かったです、アサヒ。ありがとうございます」
深く頭を下げて、青色の瞳が向けられる。優しく微笑んだフィーネはそのまま踵を返す。
(このままで、いいのか)
太陽の光に照らされて眩しいほどに輝く金色の髪を手で追いかける。おそらく、無意識のうちに。
きっと追いかけずに見送って、学校に登校したらいつもの日々がはじまる。昨日までの延長線上に戻るだろう。意思を持たず、目標を持たず、興味も示さず、昨日と同じを生きる自分に戻るだろう。こんなにも高みにいる少女と出会い、話しておきながら。
───そんなのは、駄目だ。
(変わらなきゃ…駄目だろ。これだけの機会を与えられておいて、お前はまた適当に生きるのか藤井朝陽!)
自分だって変わりたい。
何よりも、
(俺は君の笑顔をもっと見たい───)
奥歯を強く噛み締め、足はしっかりと地につけて、目の前を掠めていくフィーネの白く細い手を引いた。目を大きく見開いて振り返るフィーネに、
「俺も手伝う! フィーネさんが、いや、フィーネがセレスティアに無事に帰れるように!」
そう強く言い放つ。
気圧されそうな程の勢いにフィーネは圧倒されて、くすくすと笑った。
「私にそんな強気で来る人ははじめて。やっぱり、面白い人ね、アサヒは」
掴まれたままの手をそのままに、フィーネは朝陽に向き直ると自分よりも少し上の目線の朝陽を見上げた。
繋がった手が熱を持ちはじめる。
「ありがとう、アサヒ。本当は手伝ってくれるとすごく嬉しかったの」
まるで花が咲くように笑って──。
朝陽は目の前の少女の笑顔を見ながら、満足げに微笑んだ。
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