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出会-であい-
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8月、盆が過ぎ夏本番の盛りの時期。
気温35度前後を行き来する暑い日が続く。日中の陽射しが体を剣山のように突き刺す程に痛く刺激してくる。
出雲市駅の構内にある観光案内所で売られている御朱印帳に男は手を伸ばした。隣から同じタイミングで女の手が伸びてきた。
二人の手が偶然にも触れ合った。
「………」
「………」
「……はぅわっ…。」
二人の目が初めて合った。
「…良かったら先にどうぞ。」
「ありがとうございます。」
男の計らいで女は先に購入して出て行った。男も同じ柄のものを手に取り購入すると観光案内所を出た。
駐車場に戻り車に乗り込むと男は、触れ合った手をじっと見つめた。一瞬だったが綺麗な目をした女の顔が男の頭を過った。
(綺麗な人だったなぁ~)
男は正直にそう思った。バックミラーを覗いた男は呟く。
「こんなヲタクと釣り合うような人じゃないか。」
諦めの一言を呟くと男は「フゥー」と一つ深い呼吸をすると車のエンジンをかけた。
駅を出ると、農道沿いにあるカフェを見つけた男は、一休みをすることにした。店内に入ると女が男に気がつき駆け寄ってきた。
「さっきは、ありがとうございました。良かったら、一緒にどうですか?」
女の誘いに戸惑った男は店内を見渡す。どうやら満席のようだ。
「席も満席のようですので、こちらへ。」
「…では、お言葉に甘えて…。」
男は女と相席する形で座った。
「さっきは、ありがとうございました。」
「いえ。同じ柄が残っていたので、僕もあの後、同じものを買いました。」
「そうですか。」
女は優しく微笑んだ。
店員が注文を取りに来る。男は珈琲を注文した。緊張に口が寂しくなった男は席に置いてあった灰皿を見つけ、女に確認をとった。
「…すみません。タバコ、吸っても良いですか?」
「いいですよ。」
女は嫌がる顔をせず了承した。
男は申し訳なさそうに「ありがとうございます。」と礼を言うと、タバコに火を点けた。
「私、御神玲子と言います。」
「申し遅れました。大門寿郎と言います。」
御神玲子と名乗るその女性から文系森ガールの雰囲気が伝わった。寿郎は勝手にこの女性は書店員のような本に囲まれた仕事に従事しているのだろうと推測した。
二人は軽く自己紹介をした。玲子の方から話が続いた。
「寿郎さんも御朱印集めが好きなんですか?」
「…えぇ。始めてみようと思いまして。」
「なぜ、御朱印を?」
「元々、神社やお寺を巡るのが好きでしたので。」
「そうなんですかぁ~。実は私も同じなんです。私も始めてみようと思って立ち寄ったんです。」
「…そうですか。奇遇ですね。」
寿郎はタバコの火を消して珈琲を口にした。
再び玲子の方から話が続いた。
「寿郎さん、お仕事は?」
「障害児の日中一時支援の施設で働いています。御神さんは?」
「私は図書館勤務です。」
予想が当たった寿郎は少し嬉しくなった。
「御神さん、本好きなんですか?」
寿郎の方から初めて話を続けた。
「えぇ。なので好きなものに囲まれて働けるので幸せです。寿郎さんの日中一時支援というのは、どういったものなんですか?」
「障害のある子供たちを放課後や学校のない日に預かる所です。元々、子供が好きなので毎日楽しいですよ。」
寿郎は携帯を手に取り時間を確認した。16時を過ぎていた。
「御神さん、すみません。僕この後、用事がありますので、これで失礼します。」
「はい。ありがとうございました。」
寿郎は席を立ちレジへと行った。
「お支払いは?」
「一緒でお願いします。」
玲子は慌ててレジの方に振り返る。
「それは申し訳ないです。」
「大丈夫です。またどこかでお会いできると良いですね。あっ、店員さん。彼女の飲み物のお代わりも足しといて下さい。」
「かしこまりました。」
「すみません、ご馳走様です。」
寿郎は会計を済ませると店を出た。
店を出た寿郎は平田福祉会館へと車を走らせた。平田福祉会館では、障害児者の余暇支援についての勉強会があり、寿郎はその勉強会に参加した。勉強会を終えると寿郎はアパートへと帰った。
寿郎のアパートは出雲市駅の南側にある。アパートへと帰る途中、寿郎は近所の赤いコンビニへ入っていった。コンビニの雑誌コーナーで立ち読みをしている細身の女性に目が止まった。寿郎はどこかで見たことがあるような感覚を覚えた。すると、その女性は立ち読みを終えると、こちらの方へと近づいてくる。
「寿郎さん、ですよね。先ほど、ご一緒しました御神です。」
「…先ほどはどうも。」
声を掛けてきたのは、やはり玲子だった。寿郎はホッとした。
「寿郎さん、この辺なんですか?お家は。」
「えぇ。郵便局の向かいです。」
寿郎の答えに玲子は驚いた様子。
「ひょっとして、ハイツ若葉ですか?」
「…はい。」
「私も、同じなんです。びっくりしました。」
「そうだったんですかぁ。」
寿郎は冷静に答えた。しかし内心は寿郎も驚きを隠せないでいる。驚いた素振りを感じさせないよう平然を装った。
「あっ、引き止めてしまってすみません。私、先に帰りますね。失礼します。」
「あっ、はい。」
玲子はそう言うと、そそくさとコンビニを出て行った。寿郎も飲み物とタバコを買うとアパートへと帰った。
寿郎の暮らすアパート、ハイツ若葉は独身者専用のアパートで、男性エリアと女性エリアが分かれている。建物は4階建てで、寿郎のいる男性エリアは1階と2階、玲子のいる女性エリアは3階と4階となっている。住むにあたっての決まりごとは実に単純で、結婚が決まったら退去、契約期間は35歳までの2つのみとなっている。若者向けのシェアハウスのようなアパートだ。
翌朝、ゴミ出しのためごみ捨て場へと向かった。するとそこには玲子の姿があった。玲子は無防備な格好でゴミ袋の紐を結び直していた。
「御神さん、おはようございます。」
「寿郎さん、おはようございます。」
寿郎は無防備な格好でいる玲子の前から早く立ち去りたいと思っていた。ごみ捨てを終えた寿郎は、挨拶もそこそこに部屋に戻ろうとすると、玲子が引き止める。
「あっ、寿郎さん待って。」
「はい。何でしょう?」
「今、携帯あります?良ければ、LINE交換しませんか?」
「(戸惑いながらか細い声で)…あっ、、、、はい。」
二人はお互いの連絡先を交換した。
寿郎は玲子と連絡先を交換したものの、中々最初のメッセージを送らずにいた。というより、どういうメッセージを送って良いのか分からないでいたのだ。連絡先を交換したまま放置していた日が1カ月過ぎようとしていた。
9月も中旬に入り、稲刈りが盛んに行われるようになってきた時期。夏本番のような体に堪える暑さは少しずつ過ぎ去り、過ごしやすい暖かさが顔を出し始めている。
ある日の休日、寿郎はいつものようにゲームセンターの音楽ゲームのコーナーでポップンミュージックをしていた。3プレイ目が終わって一服している頃、寿郎の携帯にLineのメッセージが受信する音が鳴った。開いてみると、玲子からのメッセージだった。
「寿郎さん。ご無沙汰しています、御神玲子です。お元気ですか?中々メッセージが来ないので心配しています。一度、返信して頂けると喜びます。」
寿郎は玲子のメッセージを既読にしたものの、フリックする親指が止まったまま時間だけが経過していく。すると玲子からの着信があった。寿郎は恐る恐るその着信を受けた。
「はい、大門です。」
「やっと繋がった!寿郎さんお元気ですか?御神玲子です。」
「お久しぶりです。中々メッセージ出来なくてすみません。今もメッセージの返信を考えていたところで…」
「そうだっんですね~。寿郎さん今、どこにいますか?」
寿郎は返事に詰まった。今いるのは確かにゲームセンターだが、自分の口からその単語を出すのには勇気がいった。音楽ゲームのコーナーの音が漏れているのが聞こえたのか、玲子が続けた。
「ひょっとして、ゲームセンターの2階にいます?」
「はい。」
寿郎は答える自分が恥ずかしくなった。
「了解です~。私も今から行くので待っててもらって良いですか?」
「あっ…はい。」
寿郎は言われるがまま、玲子の到着を待った。
しばらくして玲子がやって来た。
「お待たせしました。」
「いえいえ。でも、よくここが分かりましたね。」
「私も音ゲープレイヤーなので。」
玲子は笑顔で答えた。寿郎は正直、驚きを隠せない様子。
「機種は何をされるんですか?」
「ポップンとドラムですよ。寿郎さんは?」
「僕は専らポップンです。他の機種は人がいない時くらいで。」
玲子は自分と同じ機種をやっている人がいて嬉しいようだ。
「寿郎さんもポップンやってるんですね~。仲間ですね~。」
「ですね。ポップン、今ちょうど空いているのでどうぞ。」
「良いですか~?じゃあ、お先に。」
玲子は100円をポップンミュージックに投じてプレイを始めた。
寿郎は順番待ちの椅子に座りながら玲子のプレイの様子を見た。玲子は寿郎とプレイスタイルが違う。寿郎は手押しでプレイをするが、玲子は指押しでプレイをしている。そのためか、手押しの寿郎が苦手とする階段の譜面を卒なくこなしている。プレイレベルも寿郎のレベルの上をプレイしていた。
「すみません、お先でした。」
プレイを終えた玲子が振り返り寿郎に軽く一礼した。
「いえいえ。流石ですね。僕は未だそこのレベルまでいかなくて。階段の譜面がどうも苦手なんですよね~。」
「寿郎さんの様子も見せてもらっても良いですか?」
「分かりました。」
寿郎は促されるままポップンミュージックに100円を投じた。
玲子は順番待ちの椅子に座りながら寿郎の様子を見届けていた。
寿郎は選曲に悩んだ。悩んだ結果、無難にクリア出来る曲を選曲した。無難にクリア出来るものであっても人が見ているという視線が寿郎の手元を狂わしていく。結果的にクリア出来るものでも反応が遅かったりして中々得点に結びつかなかった。
「お待たせしました。」
「お疲れ様でした。寿郎さんは手押しなんですね。」
「そうなんです。手押しだからなのか階段譜面が難しくて。」
「私は指押しなんで、階段譜面に苦手意識はないんですけど、手押しだと混乱しそうですね。」
「はい。特に螺旋階段や二重階段の譜面になると混乱してしまって。どうしたら良いのか模索しているところなんです。」
「そうですね~、今見たら普通の譜面と階段の譜面が同じタイミングで押しているみたいなので、階段譜面の時は裏拍で押してみたらどうでしょうか。あと、bpmを650~700から700~750に変えてみるとどうでしょう。譜面がもう少し見やすくなると思いますよ。」
「ありがとうございます。また試してみますね。」
玲子は話を切り替えた。
「そうだ!寿郎さん、喉渇いてきていません?」
「そうですね。少し喉が渇いてきた所ですかね。」
「私、寿郎さんと一緒に行ってみたいカフェがあるんです。私がナビしますので一緒に行きませんか?」
「分かりました。」
「やった!ありがとうございます!」
2人はゲーセンを出た。駐車場で寿郎の車に乗り込む。緑色の軽四駆を見た玲子は思わず「可愛い~」と呟いた。
「可愛い、ですか?」
「可愛いじゃないですか。それに、私も緑色が好きなんです。」
「そうなんですね。緑、良いですよね~。」
寿郎の格好を見た玲子は続けた。
「寿郎さん、本当に緑色好きなんですね。よく見ると身につけてるのも緑色あるし。」
「緑色の物を一番最初に探してしまうからですかね。物を見る時、自然と緑色に目が行くんですよね。」
「分かります~!私も同じですもん。」
「何か、似てますね。僕たち。」
寿郎はエンジンを入れて車を走らせた。玲子の指示通り、国道沿線を東へと走り出す。助手席に座った玲子は寿郎との共通点が次第に多くなっていることに嬉しさを感じ、自然と笑顔になった。
出雲市を出て松江市内の市街地に差し掛かると玲子が言った。
「次の交差点、右折してください。」
「分かりました。」
寿郎は玲子の指示通りに右折した。
「しばらく道なりになります。途中、田和山の森の案内表示が見えてきますので、それに従って下さい。」
「分かりました。」
玲子の指示通りに進んでいくと小さな森の中にポツンと建っている茅葺き屋根の古民家があった。周りに看板が無い中、寿郎は不安な気持ちを抑えつつ、車をその古民家まで走らせた。古民家に到着すると玄関扉の上にひっそりと『古民家カフェ 叶』というお店の名前が掛けられているだけだった。
「へぇー、こんな所にカフェがあるんですね。」
「そうなんです。意外と穴場なんですよ、ここ。」
玲子は答えた。
引き戸を開けると古民家を改造した趣のある店内で、初めての場所なのにどこか懐かしさを感じる雰囲気が不思議と落ち着く。二人はソファの席に並んで座った。
ソファに座ると、落ち着いた雰囲気のはずが、一気に緊張感が高まった。二人の間に暫しの沈黙が訪れる。
気温35度前後を行き来する暑い日が続く。日中の陽射しが体を剣山のように突き刺す程に痛く刺激してくる。
出雲市駅の構内にある観光案内所で売られている御朱印帳に男は手を伸ばした。隣から同じタイミングで女の手が伸びてきた。
二人の手が偶然にも触れ合った。
「………」
「………」
「……はぅわっ…。」
二人の目が初めて合った。
「…良かったら先にどうぞ。」
「ありがとうございます。」
男の計らいで女は先に購入して出て行った。男も同じ柄のものを手に取り購入すると観光案内所を出た。
駐車場に戻り車に乗り込むと男は、触れ合った手をじっと見つめた。一瞬だったが綺麗な目をした女の顔が男の頭を過った。
(綺麗な人だったなぁ~)
男は正直にそう思った。バックミラーを覗いた男は呟く。
「こんなヲタクと釣り合うような人じゃないか。」
諦めの一言を呟くと男は「フゥー」と一つ深い呼吸をすると車のエンジンをかけた。
駅を出ると、農道沿いにあるカフェを見つけた男は、一休みをすることにした。店内に入ると女が男に気がつき駆け寄ってきた。
「さっきは、ありがとうございました。良かったら、一緒にどうですか?」
女の誘いに戸惑った男は店内を見渡す。どうやら満席のようだ。
「席も満席のようですので、こちらへ。」
「…では、お言葉に甘えて…。」
男は女と相席する形で座った。
「さっきは、ありがとうございました。」
「いえ。同じ柄が残っていたので、僕もあの後、同じものを買いました。」
「そうですか。」
女は優しく微笑んだ。
店員が注文を取りに来る。男は珈琲を注文した。緊張に口が寂しくなった男は席に置いてあった灰皿を見つけ、女に確認をとった。
「…すみません。タバコ、吸っても良いですか?」
「いいですよ。」
女は嫌がる顔をせず了承した。
男は申し訳なさそうに「ありがとうございます。」と礼を言うと、タバコに火を点けた。
「私、御神玲子と言います。」
「申し遅れました。大門寿郎と言います。」
御神玲子と名乗るその女性から文系森ガールの雰囲気が伝わった。寿郎は勝手にこの女性は書店員のような本に囲まれた仕事に従事しているのだろうと推測した。
二人は軽く自己紹介をした。玲子の方から話が続いた。
「寿郎さんも御朱印集めが好きなんですか?」
「…えぇ。始めてみようと思いまして。」
「なぜ、御朱印を?」
「元々、神社やお寺を巡るのが好きでしたので。」
「そうなんですかぁ~。実は私も同じなんです。私も始めてみようと思って立ち寄ったんです。」
「…そうですか。奇遇ですね。」
寿郎はタバコの火を消して珈琲を口にした。
再び玲子の方から話が続いた。
「寿郎さん、お仕事は?」
「障害児の日中一時支援の施設で働いています。御神さんは?」
「私は図書館勤務です。」
予想が当たった寿郎は少し嬉しくなった。
「御神さん、本好きなんですか?」
寿郎の方から初めて話を続けた。
「えぇ。なので好きなものに囲まれて働けるので幸せです。寿郎さんの日中一時支援というのは、どういったものなんですか?」
「障害のある子供たちを放課後や学校のない日に預かる所です。元々、子供が好きなので毎日楽しいですよ。」
寿郎は携帯を手に取り時間を確認した。16時を過ぎていた。
「御神さん、すみません。僕この後、用事がありますので、これで失礼します。」
「はい。ありがとうございました。」
寿郎は席を立ちレジへと行った。
「お支払いは?」
「一緒でお願いします。」
玲子は慌ててレジの方に振り返る。
「それは申し訳ないです。」
「大丈夫です。またどこかでお会いできると良いですね。あっ、店員さん。彼女の飲み物のお代わりも足しといて下さい。」
「かしこまりました。」
「すみません、ご馳走様です。」
寿郎は会計を済ませると店を出た。
店を出た寿郎は平田福祉会館へと車を走らせた。平田福祉会館では、障害児者の余暇支援についての勉強会があり、寿郎はその勉強会に参加した。勉強会を終えると寿郎はアパートへと帰った。
寿郎のアパートは出雲市駅の南側にある。アパートへと帰る途中、寿郎は近所の赤いコンビニへ入っていった。コンビニの雑誌コーナーで立ち読みをしている細身の女性に目が止まった。寿郎はどこかで見たことがあるような感覚を覚えた。すると、その女性は立ち読みを終えると、こちらの方へと近づいてくる。
「寿郎さん、ですよね。先ほど、ご一緒しました御神です。」
「…先ほどはどうも。」
声を掛けてきたのは、やはり玲子だった。寿郎はホッとした。
「寿郎さん、この辺なんですか?お家は。」
「えぇ。郵便局の向かいです。」
寿郎の答えに玲子は驚いた様子。
「ひょっとして、ハイツ若葉ですか?」
「…はい。」
「私も、同じなんです。びっくりしました。」
「そうだったんですかぁ。」
寿郎は冷静に答えた。しかし内心は寿郎も驚きを隠せないでいる。驚いた素振りを感じさせないよう平然を装った。
「あっ、引き止めてしまってすみません。私、先に帰りますね。失礼します。」
「あっ、はい。」
玲子はそう言うと、そそくさとコンビニを出て行った。寿郎も飲み物とタバコを買うとアパートへと帰った。
寿郎の暮らすアパート、ハイツ若葉は独身者専用のアパートで、男性エリアと女性エリアが分かれている。建物は4階建てで、寿郎のいる男性エリアは1階と2階、玲子のいる女性エリアは3階と4階となっている。住むにあたっての決まりごとは実に単純で、結婚が決まったら退去、契約期間は35歳までの2つのみとなっている。若者向けのシェアハウスのようなアパートだ。
翌朝、ゴミ出しのためごみ捨て場へと向かった。するとそこには玲子の姿があった。玲子は無防備な格好でゴミ袋の紐を結び直していた。
「御神さん、おはようございます。」
「寿郎さん、おはようございます。」
寿郎は無防備な格好でいる玲子の前から早く立ち去りたいと思っていた。ごみ捨てを終えた寿郎は、挨拶もそこそこに部屋に戻ろうとすると、玲子が引き止める。
「あっ、寿郎さん待って。」
「はい。何でしょう?」
「今、携帯あります?良ければ、LINE交換しませんか?」
「(戸惑いながらか細い声で)…あっ、、、、はい。」
二人はお互いの連絡先を交換した。
寿郎は玲子と連絡先を交換したものの、中々最初のメッセージを送らずにいた。というより、どういうメッセージを送って良いのか分からないでいたのだ。連絡先を交換したまま放置していた日が1カ月過ぎようとしていた。
9月も中旬に入り、稲刈りが盛んに行われるようになってきた時期。夏本番のような体に堪える暑さは少しずつ過ぎ去り、過ごしやすい暖かさが顔を出し始めている。
ある日の休日、寿郎はいつものようにゲームセンターの音楽ゲームのコーナーでポップンミュージックをしていた。3プレイ目が終わって一服している頃、寿郎の携帯にLineのメッセージが受信する音が鳴った。開いてみると、玲子からのメッセージだった。
「寿郎さん。ご無沙汰しています、御神玲子です。お元気ですか?中々メッセージが来ないので心配しています。一度、返信して頂けると喜びます。」
寿郎は玲子のメッセージを既読にしたものの、フリックする親指が止まったまま時間だけが経過していく。すると玲子からの着信があった。寿郎は恐る恐るその着信を受けた。
「はい、大門です。」
「やっと繋がった!寿郎さんお元気ですか?御神玲子です。」
「お久しぶりです。中々メッセージ出来なくてすみません。今もメッセージの返信を考えていたところで…」
「そうだっんですね~。寿郎さん今、どこにいますか?」
寿郎は返事に詰まった。今いるのは確かにゲームセンターだが、自分の口からその単語を出すのには勇気がいった。音楽ゲームのコーナーの音が漏れているのが聞こえたのか、玲子が続けた。
「ひょっとして、ゲームセンターの2階にいます?」
「はい。」
寿郎は答える自分が恥ずかしくなった。
「了解です~。私も今から行くので待っててもらって良いですか?」
「あっ…はい。」
寿郎は言われるがまま、玲子の到着を待った。
しばらくして玲子がやって来た。
「お待たせしました。」
「いえいえ。でも、よくここが分かりましたね。」
「私も音ゲープレイヤーなので。」
玲子は笑顔で答えた。寿郎は正直、驚きを隠せない様子。
「機種は何をされるんですか?」
「ポップンとドラムですよ。寿郎さんは?」
「僕は専らポップンです。他の機種は人がいない時くらいで。」
玲子は自分と同じ機種をやっている人がいて嬉しいようだ。
「寿郎さんもポップンやってるんですね~。仲間ですね~。」
「ですね。ポップン、今ちょうど空いているのでどうぞ。」
「良いですか~?じゃあ、お先に。」
玲子は100円をポップンミュージックに投じてプレイを始めた。
寿郎は順番待ちの椅子に座りながら玲子のプレイの様子を見た。玲子は寿郎とプレイスタイルが違う。寿郎は手押しでプレイをするが、玲子は指押しでプレイをしている。そのためか、手押しの寿郎が苦手とする階段の譜面を卒なくこなしている。プレイレベルも寿郎のレベルの上をプレイしていた。
「すみません、お先でした。」
プレイを終えた玲子が振り返り寿郎に軽く一礼した。
「いえいえ。流石ですね。僕は未だそこのレベルまでいかなくて。階段の譜面がどうも苦手なんですよね~。」
「寿郎さんの様子も見せてもらっても良いですか?」
「分かりました。」
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「お疲れ様でした。寿郎さんは手押しなんですね。」
「そうなんです。手押しだからなのか階段譜面が難しくて。」
「私は指押しなんで、階段譜面に苦手意識はないんですけど、手押しだと混乱しそうですね。」
「はい。特に螺旋階段や二重階段の譜面になると混乱してしまって。どうしたら良いのか模索しているところなんです。」
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「ありがとうございます。また試してみますね。」
玲子は話を切り替えた。
「そうだ!寿郎さん、喉渇いてきていません?」
「そうですね。少し喉が渇いてきた所ですかね。」
「私、寿郎さんと一緒に行ってみたいカフェがあるんです。私がナビしますので一緒に行きませんか?」
「分かりました。」
「やった!ありがとうございます!」
2人はゲーセンを出た。駐車場で寿郎の車に乗り込む。緑色の軽四駆を見た玲子は思わず「可愛い~」と呟いた。
「可愛い、ですか?」
「可愛いじゃないですか。それに、私も緑色が好きなんです。」
「そうなんですね。緑、良いですよね~。」
寿郎の格好を見た玲子は続けた。
「寿郎さん、本当に緑色好きなんですね。よく見ると身につけてるのも緑色あるし。」
「緑色の物を一番最初に探してしまうからですかね。物を見る時、自然と緑色に目が行くんですよね。」
「分かります~!私も同じですもん。」
「何か、似てますね。僕たち。」
寿郎はエンジンを入れて車を走らせた。玲子の指示通り、国道沿線を東へと走り出す。助手席に座った玲子は寿郎との共通点が次第に多くなっていることに嬉しさを感じ、自然と笑顔になった。
出雲市を出て松江市内の市街地に差し掛かると玲子が言った。
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寿郎は玲子の指示通りに右折した。
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「分かりました。」
玲子の指示通りに進んでいくと小さな森の中にポツンと建っている茅葺き屋根の古民家があった。周りに看板が無い中、寿郎は不安な気持ちを抑えつつ、車をその古民家まで走らせた。古民家に到着すると玄関扉の上にひっそりと『古民家カフェ 叶』というお店の名前が掛けられているだけだった。
「へぇー、こんな所にカフェがあるんですね。」
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