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その後の二人(番外編②)
チンチラを飼うか飼わないか 25
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* * * *
「で、さ、同棲の件なんだけど」
「えっ……おぉ」
はっと顔を上げる。もう少しで睡魔に負けてお湯に顔が付くところだった、危ない危ない。
ふんわりと顔に当たる湯気とぽかぽかした室温が心地よくてぼうっとしていた。ふぅー、と心からまったりとした息を吐きながら、浴槽の縁に腕をかけて琉笑夢の胸板に頭を預ける。
後ろから腹を抱えてくれている琉笑夢の腕に力がこもった。
ご機嫌な琉笑夢に肌が持ち上がるくらいすりすり、いやずりずりと頬ずりをされ、ぱちゃんとお湯が浴槽の中でぶつかり合い、飛び跳ねる。
「そろそろ一緒に住も」
「あー……」
そう来ると思った。なので、とりあえずいつも通りの返答をする。
「あの、さ、もうちょっとだけ待っ」
「無理、そう言われて三か月待った」
しかし食い気味に叩き落されてしまった。
「まだ三か月しか経ってねえじゃん」
「三か月も、だろーが。わかる? 91日経ってんだよ、2184時間、131040分、7862400秒っ」
くぅ、細かい。間髪入れずに続けられて唸る。
昔から記憶力がよく数学もすさまじく得意だった琉笑夢だが、こんなところでその才能を発揮せずともいいだろうに。
「仕事が片付いてねえんだって。な?」
「な、じゃねえよ。それもう耳タコなんですけど」
「う……」
「何回おんなじこと言えば気が済むわけ、春のちょっとはちょっとじゃねえんだよ」
「土日、こうやって一緒に過ごしてるだろ?」
「で?」
「……」
「会えない日はどうすんの、月火水木金はどうすんの」
大げさなため息をつきたい気持ちをぐっとこらえる。
なにしろ春人は琉笑夢よりも年上なのだ。
「だから毎日連絡取ってるだろ? 朝も行きも昼も帰りも夜も、あと動画通話だって3日に一回はしてる」
「してるけど」
しかも、春人が仕事でへとへとに疲れて会話するのもままならない日は、琉笑夢のしつこすぎる懇願により充電しっぱなしのパソコンをベッド横のサイドテーブルに置いて、眠る春人のリアルタイム動画を中継でお届けするという徹底ぶりだ。
サッカー観戦か。
わかるだろうか、浅い眠りの中ごろんと寝返りをうち薄っすらを目を開けると、ギンギンに目を見開き春人を見つめている琉笑夢と画面越しに目が合って、幽霊かと一瞬びびってしまうこの気持ちが。
監視モニターか。
前に画面の向こうで、眠る春人から一切視線を外さない琉笑夢が、なにやらはあはあごそごそ抱いている大きい人形がちらっと映ったことがあるが、速攻で記憶から消去した。デリートだ、
放っておけ、知らん知らん。見てないぞ自分の顔をした人形なんて。
「直接さわれねえじゃん」
「しょうがねえじゃん」
「5日間も」
「……だから土日」
はァー……と春人の後ろで琉笑夢が大げさなため息をついた。話の通じない春人に心底呆れています、そういわんばかりだ。
思わず空を仰ぎたくなって顔を上げたが、そこにあったのは水が滴り落ちてくる少し黄ばんだ天井と、春人を見降ろす琉笑夢の顔。
細い糸のような金髪の先から、ぽたぽたと冷えたお湯が伝い落ちてくる。
顔に降りかかる水滴に琉笑夢の金色が溶けだしていないことが不思議なくらい、うっとりするような光景だった。
まるで洋画のワンシーン、水も滴るいい男という言葉は琉笑夢のためにあると言っても過言ではないくらいの──
「あのさぁ、土日は2日間だって理解してる? 月火水木金は5日間だって理解できてる? 5日間の春不足を2日間で埋められるわけねえから」
だというのに、言うことなすことがこれだ。
「なんだよその仕事に疲れた会社員みたいなセリフは」
「小学生でもわかる計算なのになんでできねえの、正気?」
ううんと唇を噛む。
頭を冷やすためにばしゃんとお湯を顔にかけてみたが熱いだけだった。
「春の頭、ホントに心配になってきた。昨日の日付も思い出せないとか言うなよ」
「そりゃこっちのセリフだっつーの」
耐えろ、春人は年上なのだ。年上……
「5日間も離れ離れとかねえから。5日間ってわかる? 120時間、7200分、432000びょ」
「あーもう、うるせえな!」
ついに耐えきれなくなった。
付き合いだしてから少しはこの異常極まりない束縛癖、もといヤンデレ感も落ち着くかと思ったが、日を増すごとにどんどん悪化していっている気がする。
この調子で一緒に住み始めたらどうなってしまうのか、想像するだけで薄ら寒くなる。それに。
「あのな! おまえセックスが一回一回濃いんだよ、オレの尻がもたねえのっ」
結局ベッドの上で2回連続で貫かれて、しまいには風呂に入る前に洗面所でも突っ込まれた。
強引な琉笑夢に流され、しかも気持ちよさにかまけて盛大に喘いでしまう春人も春人だが、後ろから犯されながら鏡に映った自分の体の噛み痕の多さに血の気が引いた。
平日なかなか会えない分……というか春人が「仕事に支障が出るから」という理由で琉笑夢の来訪を阻止している分、琉笑夢との金曜の夜から土日にかけての逢瀬はあまりにも激しい。
毎週毎週、体はへとへとだ。せっかくの休日だというのに仕事をしている日の方が体力的にマシな気もするぐらいだ。なにしろ怒鳴っている今この瞬間にも、このまま湯舟の中で寝入ってしまいそうなのだ。
「濃い? どこが。こんなの普通だろーが」
「おまえの中ではそうだとしても、世間一般から見たらぜってー普通じゃねえかんなこの状態」
「なにそれどこ情報」
「だ、だから、よく見る……TVとかで言われる、世間一般の話だよ」
「うちはうち、よそはよそって子どもん時教わんなかった?」
冷めた青い瞳に怒りのゲージが溜まっていく。
「で、さ、同棲の件なんだけど」
「えっ……おぉ」
はっと顔を上げる。もう少しで睡魔に負けてお湯に顔が付くところだった、危ない危ない。
ふんわりと顔に当たる湯気とぽかぽかした室温が心地よくてぼうっとしていた。ふぅー、と心からまったりとした息を吐きながら、浴槽の縁に腕をかけて琉笑夢の胸板に頭を預ける。
後ろから腹を抱えてくれている琉笑夢の腕に力がこもった。
ご機嫌な琉笑夢に肌が持ち上がるくらいすりすり、いやずりずりと頬ずりをされ、ぱちゃんとお湯が浴槽の中でぶつかり合い、飛び跳ねる。
「そろそろ一緒に住も」
「あー……」
そう来ると思った。なので、とりあえずいつも通りの返答をする。
「あの、さ、もうちょっとだけ待っ」
「無理、そう言われて三か月待った」
しかし食い気味に叩き落されてしまった。
「まだ三か月しか経ってねえじゃん」
「三か月も、だろーが。わかる? 91日経ってんだよ、2184時間、131040分、7862400秒っ」
くぅ、細かい。間髪入れずに続けられて唸る。
昔から記憶力がよく数学もすさまじく得意だった琉笑夢だが、こんなところでその才能を発揮せずともいいだろうに。
「仕事が片付いてねえんだって。な?」
「な、じゃねえよ。それもう耳タコなんですけど」
「う……」
「何回おんなじこと言えば気が済むわけ、春のちょっとはちょっとじゃねえんだよ」
「土日、こうやって一緒に過ごしてるだろ?」
「で?」
「……」
「会えない日はどうすんの、月火水木金はどうすんの」
大げさなため息をつきたい気持ちをぐっとこらえる。
なにしろ春人は琉笑夢よりも年上なのだ。
「だから毎日連絡取ってるだろ? 朝も行きも昼も帰りも夜も、あと動画通話だって3日に一回はしてる」
「してるけど」
しかも、春人が仕事でへとへとに疲れて会話するのもままならない日は、琉笑夢のしつこすぎる懇願により充電しっぱなしのパソコンをベッド横のサイドテーブルに置いて、眠る春人のリアルタイム動画を中継でお届けするという徹底ぶりだ。
サッカー観戦か。
わかるだろうか、浅い眠りの中ごろんと寝返りをうち薄っすらを目を開けると、ギンギンに目を見開き春人を見つめている琉笑夢と画面越しに目が合って、幽霊かと一瞬びびってしまうこの気持ちが。
監視モニターか。
前に画面の向こうで、眠る春人から一切視線を外さない琉笑夢が、なにやらはあはあごそごそ抱いている大きい人形がちらっと映ったことがあるが、速攻で記憶から消去した。デリートだ、
放っておけ、知らん知らん。見てないぞ自分の顔をした人形なんて。
「直接さわれねえじゃん」
「しょうがねえじゃん」
「5日間も」
「……だから土日」
はァー……と春人の後ろで琉笑夢が大げさなため息をついた。話の通じない春人に心底呆れています、そういわんばかりだ。
思わず空を仰ぎたくなって顔を上げたが、そこにあったのは水が滴り落ちてくる少し黄ばんだ天井と、春人を見降ろす琉笑夢の顔。
細い糸のような金髪の先から、ぽたぽたと冷えたお湯が伝い落ちてくる。
顔に降りかかる水滴に琉笑夢の金色が溶けだしていないことが不思議なくらい、うっとりするような光景だった。
まるで洋画のワンシーン、水も滴るいい男という言葉は琉笑夢のためにあると言っても過言ではないくらいの──
「あのさぁ、土日は2日間だって理解してる? 月火水木金は5日間だって理解できてる? 5日間の春不足を2日間で埋められるわけねえから」
だというのに、言うことなすことがこれだ。
「なんだよその仕事に疲れた会社員みたいなセリフは」
「小学生でもわかる計算なのになんでできねえの、正気?」
ううんと唇を噛む。
頭を冷やすためにばしゃんとお湯を顔にかけてみたが熱いだけだった。
「春の頭、ホントに心配になってきた。昨日の日付も思い出せないとか言うなよ」
「そりゃこっちのセリフだっつーの」
耐えろ、春人は年上なのだ。年上……
「5日間も離れ離れとかねえから。5日間ってわかる? 120時間、7200分、432000びょ」
「あーもう、うるせえな!」
ついに耐えきれなくなった。
付き合いだしてから少しはこの異常極まりない束縛癖、もといヤンデレ感も落ち着くかと思ったが、日を増すごとにどんどん悪化していっている気がする。
この調子で一緒に住み始めたらどうなってしまうのか、想像するだけで薄ら寒くなる。それに。
「あのな! おまえセックスが一回一回濃いんだよ、オレの尻がもたねえのっ」
結局ベッドの上で2回連続で貫かれて、しまいには風呂に入る前に洗面所でも突っ込まれた。
強引な琉笑夢に流され、しかも気持ちよさにかまけて盛大に喘いでしまう春人も春人だが、後ろから犯されながら鏡に映った自分の体の噛み痕の多さに血の気が引いた。
平日なかなか会えない分……というか春人が「仕事に支障が出るから」という理由で琉笑夢の来訪を阻止している分、琉笑夢との金曜の夜から土日にかけての逢瀬はあまりにも激しい。
毎週毎週、体はへとへとだ。せっかくの休日だというのに仕事をしている日の方が体力的にマシな気もするぐらいだ。なにしろ怒鳴っている今この瞬間にも、このまま湯舟の中で寝入ってしまいそうなのだ。
「濃い? どこが。こんなの普通だろーが」
「おまえの中ではそうだとしても、世間一般から見たらぜってー普通じゃねえかんなこの状態」
「なにそれどこ情報」
「だ、だから、よく見る……TVとかで言われる、世間一般の話だよ」
「うちはうち、よそはよそって子どもん時教わんなかった?」
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