131 / 202
雨音
132.
しおりを挟む『オレ、死ぬの?』
確かあの日も同じように、ソンリェンに同じことを問うた。
飽きた、とシャワーを浴びに立ちあがったソンリェンの手首を思わず掴んだ。なぜ掴んでしまったのかはわからない。ソンリェンに情というものがないことなどわかり切っていたし、今更彼に縋りつきたかったわけじゃない、助けてもらえるとも思っていなかった。
ただ、この中で唯一空の色に似た瞳が遠くへ行ってしまうのが恐くて、つい縋ってしまった。
まだそんな力が残っていたのかと、ソンリェンは僅かに目を瞬かせてトイを見降ろした。他の3人も少なからず驚いていた気がする。
そして『オレ、死ぬの?』と掠れる声で問うたトイにソンリェンは言ったのだ。
『知るかよ』と。
なんの躊躇もなく振り払われた手はシーツの上に落ちた。あの手の冷たさを、トイは今でも覚えている。
「オレ──死ねる、の?」
ソンリェンの愛撫がふいに止まった。動きを止めたソンリェンに穴があくほどに見つめられる。
ソンリェンは瞠目しているようだった。どうしてそんな顔をしているのかがわからない。容赦なくトイを蹂躙してきた指先が、ゆっくりと頬に伸びてくる。
煩いと頬でも張られるのかと思ったがいたぶられる気配はなく、そっと触れられただけだった。
頬を打ち据えられたことで切れていた唇の端が、ぴりりと、傷んだ。
ひくりと笑うトイを見つめることしかできなかった。
何かを言おうとして、しかし何も言うことができず口を閉じる。トイはただ口を釣り上げて笑っている。
虚ろな瞳はそのままで。
「オレ死ぬの?」
『オレ、死ぬの?』
ふいに浮かんで来た情景はあまり思い出したくない記憶だった。救いを求めるように伸ばされた手を冷たく振り払ったあの日の記憶だ。
トイを壊した日、異様な熱気を湛えた狂乱は長く続いた。皆が皆、長く使って来た玩具を壊すことに興奮していたし、トイの生き死になど考えずに好き勝手に出来ることを愉しんでいた。
ソンリェンもその一人だった。やる事もやり尽くし、いまいち乗り切れない部分もあったのでシャワーを浴びに行こうとベッドから降りた時、手首に何かが巻きついてきた。
トイの手だった。ベッドの上で休息を取っていた残りの奴らもソンリェンの腕を掴むトイの表情に驚いていた。
その時のトイは、殴られ痛々しく腫れた頬で歪に笑っていた。
抱いた感情は、ああついに壊れたのかという冷めた感想と苛立ちだった。
4人分の体液で汚れた手で触られた不快感もあったが、前の日から感じていたトイに対する不可解な感覚に心がざわめいたのだ。
あらゆる手でいたぶり尽くされもがき苦しむ華奢な身体に興奮もしているのに、どうしてか心の底から愉しめていない自分がいる事実に腹が立って、思い切りトイの手を振り払った。
あの時トイは、今のトイと同じ発言をした。
『オレ、死ぬの?』と、淀んだ笑みを浮かべながら。
その時、ソンリェンは何と返したのだろうか。覚えていなかった。振り払われた手をベッドから垂らし、虚ろな赤でソンリェンを見上げるトイの表情すらもシャワーを浴びている最中に忘れた。
けれどもトイが屋敷からいなくなってから頻繁にトイのことを思い出すようになり、どんな女を抱いてもあの時の光景が離れてくれなくなった。
トイの手を拒絶した、あの瞬間を。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
635
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる