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ふたつの嵐
22.
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「17時14分だ」
「あっ、おまえその顔わかっててやったな? やばいっ、第二話始まってるって!」
慌てて姫宮から離れる。
しかも14分も経ってしまった。あの話は一気に進んでしまうから1分たりとも見逃せないというのに。
1話でも、3分足らずでカナコがセクハラ上司をボコボコに殴り倒し警察に捕まり牢に入れられて寝て起きた時に前世を思いだし筋肉を駆使して塀を登り脱獄するところまで行ったのだ。
そして落ちた先でたまたまそこを通りかかった御曹司の高校生α、サクトを尻で潰してしまい、二人の物語が始まった。
今流れているのは第二話。
出会った二人の物語が、進み出している。
「あんなクソみたいなドラマのどこがいいんだ」
「いいからほら、いくぞ! あ、そこのミニメンひろえよっ」
「……僕を顎で使うのは君ぐらいだ」
「おまえのせいで落としたんだもん」
置いていたビニール袋(人参スティックその他入り)を持ち、反対の手でしぶしぶミニメンを拾っている姫宮の腕を掴む。しかし強く引っぱりすぎて、姫宮が段差に躓いてこけかけた。
「ちょ……あぶないよ橘」
「もー、なにやってんだよぉ、はやくはやくっ」
「あのね、僕は頭の皮膚がぱっくりいってる病人だぞ」
「自分でへーきだって言ってたくせに。あ……れ? おまえ、その足なに」
「え? あ……」
患者衣の薄いズボンの裾がめくれあがり、姫宮の足首がちらりと見えた。
そこをまじまじと覗き込む。
「すねげ……」
「……見るなよ」
姫宮がさっと隠してしまったが、俺はばっちり見てしまった。
「えっ、えー! おまえ剃ってたの、足も!?」
「うるさいな!」
「だははは!」
豪快に爆笑してしまった。違う意味で涙が出てくる。なにしろちょろちょろっといたのだ……蟻ン子が。昨日まではつるつるだったのに。
むずむずといたずら心が湧いてくる。
今度、朝起きた時にでも毟ってやろうかな。
「やっべぇ超ウケる、バッカだなぁ」
「君に言われたくない」
なーるほど、ヒートの時の数日間だって何日経ってもムダ毛の一本すら生えてなかったのはこれが理由か。
俺によく見られたいからって? 俺の前では常に完璧でいたいからって? 俺に、嫌われたくないからって? キレイだって、思われたいからって?
──なんだこいつ、死ぬほど可愛いな。
やっぱりそんなことを思ってしまう自分も、大概末期だ。
「はいはい、機嫌直せって。拗ねんな拗ねんな……笑って悪かったよ」
むすっとした不機嫌面の姫宮は、見るからにご機嫌斜めだ。頭を撫でてやろうかとも思ったのだが、怪我をしているわけだし……その代わりに、いいことを思いついた。
「なぁ、姫宮」
「なに、まだ言い足りないことでもあるの」
「うん、超ある」
「女々しいって?」
「ちげーよ」
姫宮の手首をぐいっと引き寄せて、耳朶のくぼみに唇を押し当てて、囁いてやった。
「──すね毛ぼーぼーでも好きだよ、樹李」
ばっと、姫宮がのけ反って俺を見た。きゅっと唇を噛んで恨みがましく、それでいてじんわりと赤らむ眦に二ヤッと笑ってやる──してやったりだ。
俺だってこれをやられた時、耳が熱くて死ぬかと思ったんだからな。
それなのにおまえは流し目一つ残して行っちまうし。「やあ、こんにちは」とか瀬戸に笑いかけてさ。
俺には笑ってもくれないくせにって、何度やきもきしたことか。
「この前のおかえしな」
「……っ、不意打ちだよ」
「ざまーみろ、勃つなよ?」
「無茶を言うな。次のヒートが待ち遠しいよ」
「おう、楽しみにしてるぜ」
「──へえ、その言葉忘れるなよ?」
「う……」
低~い声に冷や汗をかく。ヤバい、また墓穴掘ったな、俺。
「ほ、ほらほら、引っ張ってやるからさっさと歩けよ、旦那サマ!」
夕暮れが深まり、白い病院の廊下を赤く染め上げる。
7年前、俺は姫宮によって赤を流した。昨日は、俺の代わりに姫宮が赤を流した。そんな苦い赤で繋がった俺たちの関係が、「運命」であるのかどうかは、わからない。
そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
でも、たとえそのどちらであったとしても、あの日振り払われた手はもう二度と離れることはないのだろう。お互いの左手の薬指に嵌めこまれた金色の指環で、繋がっているから。
「なぁ、姫宮ぁ」
「なに?」
「空見て見ろよ、グラデーションっ、めっちゃキレーだな!」
窓の外を、指で指す。
カナカナカナ……と続いていた長い蝉の声も、細く、小さく、遠ざかっていく。二人そろって囚われ続けていたあの夏の日が、あの嵐が、今、終わる。
夏の終わりは、次の季節の始まりだ。
「──うん、そうだね。とってもキレイだよ、橘」
「……俺の顔見て言ってんじゃねーよ」
「だって君の方がキレイなんだもの、この世界の何よりも」
「ったく……ばぁーか」
そしてあの暗い暗い用具室から、手を繋いだ新しい嵐がふたつ、明るい陽射しの下へと飛び出した。
伸びる二人分の影が、新しい軌道を辿りながら階段を駆け上がっていく。
そのまま病室まで、一直線だ。
止まっていた時計の針が、進みだす。
────────
次のページはあとがき(本編はまだ終わりませんが)です。
大したことは書いてませんが、今後のことで気になる方は読んでください。
「あっ、おまえその顔わかっててやったな? やばいっ、第二話始まってるって!」
慌てて姫宮から離れる。
しかも14分も経ってしまった。あの話は一気に進んでしまうから1分たりとも見逃せないというのに。
1話でも、3分足らずでカナコがセクハラ上司をボコボコに殴り倒し警察に捕まり牢に入れられて寝て起きた時に前世を思いだし筋肉を駆使して塀を登り脱獄するところまで行ったのだ。
そして落ちた先でたまたまそこを通りかかった御曹司の高校生α、サクトを尻で潰してしまい、二人の物語が始まった。
今流れているのは第二話。
出会った二人の物語が、進み出している。
「あんなクソみたいなドラマのどこがいいんだ」
「いいからほら、いくぞ! あ、そこのミニメンひろえよっ」
「……僕を顎で使うのは君ぐらいだ」
「おまえのせいで落としたんだもん」
置いていたビニール袋(人参スティックその他入り)を持ち、反対の手でしぶしぶミニメンを拾っている姫宮の腕を掴む。しかし強く引っぱりすぎて、姫宮が段差に躓いてこけかけた。
「ちょ……あぶないよ橘」
「もー、なにやってんだよぉ、はやくはやくっ」
「あのね、僕は頭の皮膚がぱっくりいってる病人だぞ」
「自分でへーきだって言ってたくせに。あ……れ? おまえ、その足なに」
「え? あ……」
患者衣の薄いズボンの裾がめくれあがり、姫宮の足首がちらりと見えた。
そこをまじまじと覗き込む。
「すねげ……」
「……見るなよ」
姫宮がさっと隠してしまったが、俺はばっちり見てしまった。
「えっ、えー! おまえ剃ってたの、足も!?」
「うるさいな!」
「だははは!」
豪快に爆笑してしまった。違う意味で涙が出てくる。なにしろちょろちょろっといたのだ……蟻ン子が。昨日まではつるつるだったのに。
むずむずといたずら心が湧いてくる。
今度、朝起きた時にでも毟ってやろうかな。
「やっべぇ超ウケる、バッカだなぁ」
「君に言われたくない」
なーるほど、ヒートの時の数日間だって何日経ってもムダ毛の一本すら生えてなかったのはこれが理由か。
俺によく見られたいからって? 俺の前では常に完璧でいたいからって? 俺に、嫌われたくないからって? キレイだって、思われたいからって?
──なんだこいつ、死ぬほど可愛いな。
やっぱりそんなことを思ってしまう自分も、大概末期だ。
「はいはい、機嫌直せって。拗ねんな拗ねんな……笑って悪かったよ」
むすっとした不機嫌面の姫宮は、見るからにご機嫌斜めだ。頭を撫でてやろうかとも思ったのだが、怪我をしているわけだし……その代わりに、いいことを思いついた。
「なぁ、姫宮」
「なに、まだ言い足りないことでもあるの」
「うん、超ある」
「女々しいって?」
「ちげーよ」
姫宮の手首をぐいっと引き寄せて、耳朶のくぼみに唇を押し当てて、囁いてやった。
「──すね毛ぼーぼーでも好きだよ、樹李」
ばっと、姫宮がのけ反って俺を見た。きゅっと唇を噛んで恨みがましく、それでいてじんわりと赤らむ眦に二ヤッと笑ってやる──してやったりだ。
俺だってこれをやられた時、耳が熱くて死ぬかと思ったんだからな。
それなのにおまえは流し目一つ残して行っちまうし。「やあ、こんにちは」とか瀬戸に笑いかけてさ。
俺には笑ってもくれないくせにって、何度やきもきしたことか。
「この前のおかえしな」
「……っ、不意打ちだよ」
「ざまーみろ、勃つなよ?」
「無茶を言うな。次のヒートが待ち遠しいよ」
「おう、楽しみにしてるぜ」
「──へえ、その言葉忘れるなよ?」
「う……」
低~い声に冷や汗をかく。ヤバい、また墓穴掘ったな、俺。
「ほ、ほらほら、引っ張ってやるからさっさと歩けよ、旦那サマ!」
夕暮れが深まり、白い病院の廊下を赤く染め上げる。
7年前、俺は姫宮によって赤を流した。昨日は、俺の代わりに姫宮が赤を流した。そんな苦い赤で繋がった俺たちの関係が、「運命」であるのかどうかは、わからない。
そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
でも、たとえそのどちらであったとしても、あの日振り払われた手はもう二度と離れることはないのだろう。お互いの左手の薬指に嵌めこまれた金色の指環で、繋がっているから。
「なぁ、姫宮ぁ」
「なに?」
「空見て見ろよ、グラデーションっ、めっちゃキレーだな!」
窓の外を、指で指す。
カナカナカナ……と続いていた長い蝉の声も、細く、小さく、遠ざかっていく。二人そろって囚われ続けていたあの夏の日が、あの嵐が、今、終わる。
夏の終わりは、次の季節の始まりだ。
「──うん、そうだね。とってもキレイだよ、橘」
「……俺の顔見て言ってんじゃねーよ」
「だって君の方がキレイなんだもの、この世界の何よりも」
「ったく……ばぁーか」
そしてあの暗い暗い用具室から、手を繋いだ新しい嵐がふたつ、明るい陽射しの下へと飛び出した。
伸びる二人分の影が、新しい軌道を辿りながら階段を駆け上がっていく。
そのまま病室まで、一直線だ。
止まっていた時計の針が、進みだす。
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次のページはあとがき(本編はまだ終わりませんが)です。
大したことは書いてませんが、今後のことで気になる方は読んでください。
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