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前篇
13.アレクシス・チェンバレー
しおりを挟むチェンバレー家は、アレクシスで4代目となる貿易商であり、経営者でもある。
いくつかの店を持ち、爵位を重んじる堅苦しい貴族社会の中でそれなりの地位を築いてきたため、顔も広い。階級制度が根強いこの国であっても、チェンバレー家と言えば誰もが口を揃えて、「爵位はないがよい家系だ」と頷く。
貿易関係の事案は必ずチェンバレー家を通す、という暗黙の掟のようなものまで存在するくらいだ。
アレクシスの父もその先代も、チェンバレー家の地位確立のための地盤固めを怠らなかったのだ。良家との縁を結ぶため晩餐会などにも必ず顔を出し、アレクシスの曽祖父はキャルストーン子爵の次女を射止め、婚姻関係を結び、また祖父はキャルストーン家の遠縁にあたるパーソン家の娘と結婚し、かくいうアレクシスの父親も、フロスト伯爵家の長女を迎え入れた。つまるところアレクシスの母親である。
その頃にはチェンバレー家は、へたな貴族よりも名声も高く一目置かれる存在となっていた。チェンバレー家に娘を褒美として贈呈したというよりも、うちの娘はチェンバレー家に嫁いだのだと、誇れるほどに。
アレクシスが現在居住しているこの城のような大豪邸も、かつて栄華を誇った没落貴族が手放した邸宅を、広大な土地ごと買い取ったものだ。別荘もいくつか所有しているが、いずれはさらなる土地を購入し新たな事業を展開する予定でもある。
もちろん、しょせんは成り上がりだと陰口を叩く奴らも存在するが、そういう奴らに限って地位が低下している没落貴族であり、ようは負け惜しみだった。
なぜ、一介の貿易商ごときの男達が貴族の女たちの心を射止め、かつ結婚などという偉業を成し遂げここまでのし上がれたのか。それはチェンバレーの血を引く者が、貿易や商談の才に満ち溢れていたからだ。
特に4代目となるアレクシスはそれが顕著だった。貿易の要となる他国の言語も合わせて4つは完璧にマスターし、社交性にも富み、在学していた伝統校「セントラススクール」では統括生も務めた。
また学はもちろん、アレクシスの並外れた貿易の多才ぶりはいついかなる時も遺憾なく発揮された。帽子やドレス、珍しい動物の毛織物の絨毯、綿織物、硝子細工や時計、彫像、木材、果ては食材まで、彼が仕入れた輸入品は瞬く間に国中で流行した。アレクシスは商品の衰退を見極めつつ、迷うことなく新たな貿易業に従事し、あらゆる物品に手を出した。しかし、まさに手あたり次第だともいえるその手腕が外れることは決してなかった。
一時期低迷していた父親の事業は、まだ年若かったアレクシスの並外れた貿易の才のお陰で持ち直したと言ってもいいぐらいだ。だからこそ、早々に家督を継ぐこととなった。
もちろんチェンバレー家の輝かしい発展は、先見の明以外にも理由がある。
富める家の肖像画というのは、それなりに金を費やし、実際の人物よりも顔の造形を理想のものに近づけることが常識だが、チェンバレー家の男達にはそれがない。
豪邸の階段に並ぶ肖像画は全て、本人の姿よりも霞むと囁かれていて、専属の絵師は、こうまで身目麗しいと腕が鳴ると喜んでいた。もちろんチェンバレー家の現当主でもあるアレクシスも、例外ではない。
すらりとした均整の取れた体躯に、指通りの良い銀色の髪。透き通るような肌、端正な鼻筋、目頭から太く伸びた切れ長の眉。その長い睫毛の銀色の輝きはダイヤモンドを散りばめたようで、意思の強そうな赤紫色の瞳は、ガーネットよりも輝くと言われているとかいないとか。
父親譲りの、畏怖さえも抱くほどの美貌。
もちろん立ち振る舞いも完璧かつ優雅であり、貴族社会においても見劣りなどしないほど堂々たるものだった。ひとたび道を歩けば周囲の視線はアレクシスに釘付けとなり、彼と親密になりたがる女性は後を絶たなかった。
アレクシスは数々の女性と浮名を流した。名家の年若いメイド長、人気の歌手、舞台女優、高級娼婦等様々だったが、それはひとえにチェンバレー家の地位向上のためだ。
特に女という生き物は金を使う。着ているもの、身に着けるもの、趣味、旅行、化粧、その他もろもろ。貿易業で生計を立てていくのならば、1日おきに移り変わるような流行り廃りにも敏感でなければならない。
多くの女性との交わりは、世情や階級社会の内部事情を知るための情報源でもあった。
しかし、そんなアレクシスも21歳だ。そろそろ身持ちを固めなければならない。あのチェンバレー家当主の婚姻となると、こぞって他家が手を上げた。
地方貴族や、他国にまで名声を広めていきたい貴族や、豪商まで様々だ。実際のところ、アレクシスは将来のチェンバレー夫人なる女性を見定め、候補を1人に絞っていた。
しかし、それはあくまで後妻である。
最初の妻はチェンバレー家のこれからの繁栄のために必要な、アレクシスの才能を確実に受け継がせることのできる相手でなければならない。不純物が混ざるなどもっての外だ。
よって、アレクシスが自ら見繕った相手は、「人」ではなかった。
そして、長らく探し求めていた孕み腹を手に入れた今、アレクシスの人生は、彼が幼少期より思い描いていた通りの華々しいものとなる──はずだった。
そう……はずだった。
選んだものが、アレでなければ。
* * *
「旦那様!」
「旦那様、お帰りなさいませ!」
「おい、旦那様が帰ったぞ!」
それはまさしく、敬愛する主人の帰りに喜び沸き立つ……とは全く異なる金切り声だった。
待ち望まれてはいただろうが、アレクシスの帰宅を喜ぶのではなく、むしろ助かった……と心から安堵し、それでいて焦っているような。
とりあえず、ここ最近ではもはや馴染みのものとなってしまった悲鳴たちに出迎えられて、嫌な予感は増した。それはもうひしひしと。
「今度はなんだ、何をしでかした」
「た、大変でございますっ、奥様が、奥様が家具や調度品を全て廊下に出し、お部屋に籠城しております……!」
嫌な予感が的中し、仕事の疲れがどっと増す。
「……またか」
ついでに頭も抱えたくなった。
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