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前篇
中央月桂館(3)
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* * *
ここが月の館と呼ばれる理由は、一発でわかった。
楕円形でとにかく大きな噴水やとにかく広い庭園を抜けた先にあった月桂館は、アレクシスの館よりも広くて長い、コの字型の巨大な建造物だった。
ど真ん中に位置する金ぴかの仰々しい扉が重々しく開かれ、皆同じ制服を着こんだ職員に促されるまま数歩足を踏み入れれば、チカチカと輝く無数のシャンデリアの光と、寄木細工で出来ているらしい広いロビーに出迎えられる。
ずらっと並んだ円形の柱と、等間隔に配置されている黄金の銅像に圧倒された。
ここまで開いた口が塞がらなかったのはアレクシスの館を見た時以来だ。
だがここは、彼の館よりももっと立派だ。一体どれほどの贅を尽くしたのか、まさに華麗な、クリスタルと黄金の宮殿である。
「うわ、なにここ……ピカピカしてる、すっげー広いな……!」
田舎者丸出しであ然としていると、ぼさっとするなと叱責が飛んできた。カツカツと、堂々と音を鳴らして歩くアレクシスの後を右に左にと付いていくが、どこをどう来たのか覚えられないほど廊下が複雑だ。
ここは本当に建物の中なのだろうか。
アーチ状の通行口からは中庭や高い空も見えるし、なんだか見知らぬ街に迷い込んだ気分だった。
「ねえ、ここ本当にお役所? 宮殿みたいだよ? あんたの館よりもでけーじゃん」
「いいから歩け、止まるな」
実は、今のが2時間ぶりの会話だったりする。
ここに到着するまで、馬車の中でアレクシスと会話と呼べるものは一切なかった。話したいこともないので別にいいのだが、終始重苦しい空気に包まれながら揺られ続けるというのも、なかなかに疲れるものだ。
御者のユリエットも気にしているのか、チラチラとこっちを見ていた。
やっぱり、ここ最近のアレクシスは……奇妙だ。何かが、おかしい。
何が、と聞かれれば説明し辛いのだが、馬車の中でだって意味なく窓の外を眺めていたし、心ここに在らずという風にも見えた。
アレクシスとその友人に乱暴され、体調が戻った一週間後の夜に、リョウヤは寝室に連れこまれるものだとばかり思っていた。
しかし、どういうわけだか、今日まで一度もアレクシスと体を重ねていない。一度も、だ。
メイドたちに泡だらけにされてごっしごしとあちこちを磨かれても(もう慣れ過ぎて羞恥も感じない)、アレクシスの部屋ではなく、自室へと戻される。
どうやらアレクシスが、連れてくるなという指示を出しているらしい。
もちろん、あの苦痛の時間がないのは有難い。
キャシーの姿はしばらく見ていないけれども、幾分か表情がやわらいできたメイドたちにも、「ごゆっくりとお休みください、奥様」と言われるし、正直言われた通り奥様はごゆっくとりお休みできる。
ただ、捕らえられてからはほぼ毎晩のように足を開かされてたので、「しない」という日々に違和感はぬぐえない。
当たり前のことだが、セックスしなければ子どもは出来ないというのに。
一体、何を考えているのやら。
まあ、しないに越したことはないので、なんで? と聞いたこともないが。
「チェンバレー様、お待ちしておりました」
「ああ、頼む」
アレクシスが身なりのいい職員に何かを手渡した。通行証、のようなものだろうか、あの扉の向こうにはリョウヤは入れないらしい。
ここで待っていろと指示されたので、素直にそろそろと端に移動する。
黄金の天井まで伸びた乳白色の筒状の柱は、大理石でできているらしい。立派の一言では片づけられないほど立派過ぎて、何が何だか。
安易に触れるのも気が引ける。
だが壁はもっとすごい、みっちりと壁画で埋め尽くされているのだ。右横の方にサインが描かれているが、なんだか字がくねくねごちゃごちゃしていて読み取れない。
なるほど、これが芸術か。それに仮に読めたとしてもわからないだろう。
たぶんこの国で一番の画家の、なんとか・なんとかーんとか、なんとーか・なんとっか、とかいう名前に違いない。知らんけど。
特別見上げなくとも上下左右、眼球の隅々までチカチカする。
ううんと、諸々の事情を鑑みて散々迷った挙句、結局柱の陰にそろっと背を預けた。
今日は何かに寄りかかっていないとぶっ倒れる。それに、こういう場所では下手に動かない方が得策だ。
通り過ぎて行く人々のほとんどが上流階級で、場違いすぎるリョウヤは無遠慮な視線に晒されていた。まるで珍獣にでもなった気分だが、稀人がチェンバレー家に嫁いだという話は周知の事実らしい。
この枷には紋章も刻まれているわけだし、全員がリョウヤに絡んでくることなく素通りしていった。
そりゃあ、一応チェンバレー夫人という身分なのでそうなるだろう。
下手に関われば、最悪家同士の争いに発展しかねない。
ので。
「へえ、これがミスターチェンバレーが血眼で探し求めていた稀人か」
「どこもかしこも真っ黒だな、こんな汚い色は初めてみた。下の方も黒いのか?」
「泥で染めているのかもしれないぞ」
「違いない」
こんな風にわざわざちょっかいをかけてくるような連中は、ただの考えなしの馬鹿である。
ここが月の館と呼ばれる理由は、一発でわかった。
楕円形でとにかく大きな噴水やとにかく広い庭園を抜けた先にあった月桂館は、アレクシスの館よりも広くて長い、コの字型の巨大な建造物だった。
ど真ん中に位置する金ぴかの仰々しい扉が重々しく開かれ、皆同じ制服を着こんだ職員に促されるまま数歩足を踏み入れれば、チカチカと輝く無数のシャンデリアの光と、寄木細工で出来ているらしい広いロビーに出迎えられる。
ずらっと並んだ円形の柱と、等間隔に配置されている黄金の銅像に圧倒された。
ここまで開いた口が塞がらなかったのはアレクシスの館を見た時以来だ。
だがここは、彼の館よりももっと立派だ。一体どれほどの贅を尽くしたのか、まさに華麗な、クリスタルと黄金の宮殿である。
「うわ、なにここ……ピカピカしてる、すっげー広いな……!」
田舎者丸出しであ然としていると、ぼさっとするなと叱責が飛んできた。カツカツと、堂々と音を鳴らして歩くアレクシスの後を右に左にと付いていくが、どこをどう来たのか覚えられないほど廊下が複雑だ。
ここは本当に建物の中なのだろうか。
アーチ状の通行口からは中庭や高い空も見えるし、なんだか見知らぬ街に迷い込んだ気分だった。
「ねえ、ここ本当にお役所? 宮殿みたいだよ? あんたの館よりもでけーじゃん」
「いいから歩け、止まるな」
実は、今のが2時間ぶりの会話だったりする。
ここに到着するまで、馬車の中でアレクシスと会話と呼べるものは一切なかった。話したいこともないので別にいいのだが、終始重苦しい空気に包まれながら揺られ続けるというのも、なかなかに疲れるものだ。
御者のユリエットも気にしているのか、チラチラとこっちを見ていた。
やっぱり、ここ最近のアレクシスは……奇妙だ。何かが、おかしい。
何が、と聞かれれば説明し辛いのだが、馬車の中でだって意味なく窓の外を眺めていたし、心ここに在らずという風にも見えた。
アレクシスとその友人に乱暴され、体調が戻った一週間後の夜に、リョウヤは寝室に連れこまれるものだとばかり思っていた。
しかし、どういうわけだか、今日まで一度もアレクシスと体を重ねていない。一度も、だ。
メイドたちに泡だらけにされてごっしごしとあちこちを磨かれても(もう慣れ過ぎて羞恥も感じない)、アレクシスの部屋ではなく、自室へと戻される。
どうやらアレクシスが、連れてくるなという指示を出しているらしい。
もちろん、あの苦痛の時間がないのは有難い。
キャシーの姿はしばらく見ていないけれども、幾分か表情がやわらいできたメイドたちにも、「ごゆっくりとお休みください、奥様」と言われるし、正直言われた通り奥様はごゆっくとりお休みできる。
ただ、捕らえられてからはほぼ毎晩のように足を開かされてたので、「しない」という日々に違和感はぬぐえない。
当たり前のことだが、セックスしなければ子どもは出来ないというのに。
一体、何を考えているのやら。
まあ、しないに越したことはないので、なんで? と聞いたこともないが。
「チェンバレー様、お待ちしておりました」
「ああ、頼む」
アレクシスが身なりのいい職員に何かを手渡した。通行証、のようなものだろうか、あの扉の向こうにはリョウヤは入れないらしい。
ここで待っていろと指示されたので、素直にそろそろと端に移動する。
黄金の天井まで伸びた乳白色の筒状の柱は、大理石でできているらしい。立派の一言では片づけられないほど立派過ぎて、何が何だか。
安易に触れるのも気が引ける。
だが壁はもっとすごい、みっちりと壁画で埋め尽くされているのだ。右横の方にサインが描かれているが、なんだか字がくねくねごちゃごちゃしていて読み取れない。
なるほど、これが芸術か。それに仮に読めたとしてもわからないだろう。
たぶんこの国で一番の画家の、なんとか・なんとかーんとか、なんとーか・なんとっか、とかいう名前に違いない。知らんけど。
特別見上げなくとも上下左右、眼球の隅々までチカチカする。
ううんと、諸々の事情を鑑みて散々迷った挙句、結局柱の陰にそろっと背を預けた。
今日は何かに寄りかかっていないとぶっ倒れる。それに、こういう場所では下手に動かない方が得策だ。
通り過ぎて行く人々のほとんどが上流階級で、場違いすぎるリョウヤは無遠慮な視線に晒されていた。まるで珍獣にでもなった気分だが、稀人がチェンバレー家に嫁いだという話は周知の事実らしい。
この枷には紋章も刻まれているわけだし、全員がリョウヤに絡んでくることなく素通りしていった。
そりゃあ、一応チェンバレー夫人という身分なのでそうなるだろう。
下手に関われば、最悪家同士の争いに発展しかねない。
ので。
「へえ、これがミスターチェンバレーが血眼で探し求めていた稀人か」
「どこもかしこも真っ黒だな、こんな汚い色は初めてみた。下の方も黒いのか?」
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こんな風にわざわざちょっかいをかけてくるような連中は、ただの考えなしの馬鹿である。
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