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前篇
シュウとマティアス(4)
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「いッ、……て!」
床にしたたか顎をぶつけて、頭全体がしばらくくらくらとしたが、自分がどれだけ間抜けな格好で床に転がされているのかに気付き、慌てて立ち上がろうとしたのだが。
「っ……どけ、よ!」
「どけって言われてどく馬鹿います?」
圧し掛かってくる青年から逃れようと藻掻くが、どういうわけだが腕や脚がまともに動かせない。動けるのだが、外せないのだ。
力はマティアスの方が強いはずだというのにどうして。
なんとか顔だけで振り向けば、マティアスに跨り相変わらずの微笑を浮かべている稀人がいた。
たらりと額から汗が垂れ、頬を伝う。
「実は僕、柔道やってたんですよ。こっちに来る前に六段取りました」
「……どういう、つもりかな? 突っ込まれる前に、私を犯してやろうって?」
「掘るのも掘られるのも御免ですよ。それに誰が体を重ねたいと思うんです? 貴方みたいな『小学生男児』と」
「、ョ……?」
「僕、貴方みたいな人、大嫌いなんですよね」
「ぐ」
さらに強く絞められた。
稀人のそれは、これまでで一番──いい笑みだ。苦しむマティアスを見て、これは明らかに悦んでいる。なんて、なんて性格の悪い男なんだ。
「お、おまえ、俺にこんなことしてただですむと思ってんのか……!」
「どうしたんですか? 一人称どころか口調まで変わってますけど。大丈夫ですよ。たとえ大きな音が響いても、つんざく様な悲鳴が聞こえても、時間が来るまで扉が開けられることはないんですから。抵抗は無駄です、諦めてください」
そっくりそのまま返されたことが、一番の屈辱だった。
「……ッ、騙したな、毒だなんて言って人を脅しておいて!」
「騙す? 現代医学を舐めないでくださいね」
「な──、っ……ぐ……?」
マティアスは言い返せなかった。突然、心臓が激しく脈打ち、異常なほどに早くなっていったのだ。
しかも毛穴という毛穴から、突如として大量の汗が噴き出してくる。四肢が痺れ、特に指先といった末端が熱くなり、見れば自分の意思とは関係なくぶるぶると痙攣していた。
愕然とする。普通ではない。吸い込んだ呼気と共に、体の中にまで痺れが広がってくるみたいだ。
「な……にが、これ、は」
唇も、ぶるぶると震えて感覚がない。
「ああ、ようやく効いてきましたか。ちょっと遅かったですね。それにしても、こちらの世界の毒は面白いものが多いですね。例えば飲んだだけで直ぐに体全体に回るものとか、あとは……そうそう、遺体を調べても毒性が全く検出されないものとかね」
目を見開く。手足の痺れが、ズキズキと刺すような痛みに変わっていった。
それに、体中が酷く痒い。
腕全体にはぷつぷつと赤い発疹ができ、しかもあろうことか下肢の一点に、ぐぐっと引き攣れるような激痛が走った。
「な……に」
そこは、男にとって最も大事な部分である。はっと、思い出して硬直した──まさか。
「……当時、新聞にも載せられていなかった情報をちょっとだけ教えて差し上げましょうか。まず、気が狂いそうになるほどの痛みと痒みに苛まれます。腕や足が真っ赤になってね。貴方の腕も、随分と腫れてきましたね」
耳朶に唇を寄せられて、まるで子守歌でも歌っているかのように囁かれる。
「次はね、体中が熱くなるんです。まるで、生きたまま内側から燃えていくみたいに……わかりますか? 内蔵や筋肉、体を構成する細胞の全てが、激しく痛み、痒み、膿んでいくんです。次は、どうなるかわかりますか?」
知るかと吐き捨ててやりたかった。
けれどももうまともに声が出ない。喉の奥までもが、じりじりと痛み、渇く。
「体中をね、自分の爪で掻きむしっちゃうんですよ。皮膚がめくれ上がって、赤桃色の肉や、象牙色の骨がひょっこり見えてもね。ナイフで皮膚を削いでいた方もいらっしゃったような……あ、そうだ、フォルトゥナート伯爵でした。どうやら自ら皮を剥ぐことよりも、剥いだ部分を冷水に浸して激痛を抑えた方が楽だったみたいで」
耳朶に吹きかけられる息は、怖ろしいほどに冷えている。
「……極限状態になると、人間って随分と面白いことを仕出かすんですね。そうは思いませんか?」
もう、いつものように面白いねとは言えなかった。
床にしたたか顎をぶつけて、頭全体がしばらくくらくらとしたが、自分がどれだけ間抜けな格好で床に転がされているのかに気付き、慌てて立ち上がろうとしたのだが。
「っ……どけ、よ!」
「どけって言われてどく馬鹿います?」
圧し掛かってくる青年から逃れようと藻掻くが、どういうわけだが腕や脚がまともに動かせない。動けるのだが、外せないのだ。
力はマティアスの方が強いはずだというのにどうして。
なんとか顔だけで振り向けば、マティアスに跨り相変わらずの微笑を浮かべている稀人がいた。
たらりと額から汗が垂れ、頬を伝う。
「実は僕、柔道やってたんですよ。こっちに来る前に六段取りました」
「……どういう、つもりかな? 突っ込まれる前に、私を犯してやろうって?」
「掘るのも掘られるのも御免ですよ。それに誰が体を重ねたいと思うんです? 貴方みたいな『小学生男児』と」
「、ョ……?」
「僕、貴方みたいな人、大嫌いなんですよね」
「ぐ」
さらに強く絞められた。
稀人のそれは、これまでで一番──いい笑みだ。苦しむマティアスを見て、これは明らかに悦んでいる。なんて、なんて性格の悪い男なんだ。
「お、おまえ、俺にこんなことしてただですむと思ってんのか……!」
「どうしたんですか? 一人称どころか口調まで変わってますけど。大丈夫ですよ。たとえ大きな音が響いても、つんざく様な悲鳴が聞こえても、時間が来るまで扉が開けられることはないんですから。抵抗は無駄です、諦めてください」
そっくりそのまま返されたことが、一番の屈辱だった。
「……ッ、騙したな、毒だなんて言って人を脅しておいて!」
「騙す? 現代医学を舐めないでくださいね」
「な──、っ……ぐ……?」
マティアスは言い返せなかった。突然、心臓が激しく脈打ち、異常なほどに早くなっていったのだ。
しかも毛穴という毛穴から、突如として大量の汗が噴き出してくる。四肢が痺れ、特に指先といった末端が熱くなり、見れば自分の意思とは関係なくぶるぶると痙攣していた。
愕然とする。普通ではない。吸い込んだ呼気と共に、体の中にまで痺れが広がってくるみたいだ。
「な……にが、これ、は」
唇も、ぶるぶると震えて感覚がない。
「ああ、ようやく効いてきましたか。ちょっと遅かったですね。それにしても、こちらの世界の毒は面白いものが多いですね。例えば飲んだだけで直ぐに体全体に回るものとか、あとは……そうそう、遺体を調べても毒性が全く検出されないものとかね」
目を見開く。手足の痺れが、ズキズキと刺すような痛みに変わっていった。
それに、体中が酷く痒い。
腕全体にはぷつぷつと赤い発疹ができ、しかもあろうことか下肢の一点に、ぐぐっと引き攣れるような激痛が走った。
「な……に」
そこは、男にとって最も大事な部分である。はっと、思い出して硬直した──まさか。
「……当時、新聞にも載せられていなかった情報をちょっとだけ教えて差し上げましょうか。まず、気が狂いそうになるほどの痛みと痒みに苛まれます。腕や足が真っ赤になってね。貴方の腕も、随分と腫れてきましたね」
耳朶に唇を寄せられて、まるで子守歌でも歌っているかのように囁かれる。
「次はね、体中が熱くなるんです。まるで、生きたまま内側から燃えていくみたいに……わかりますか? 内蔵や筋肉、体を構成する細胞の全てが、激しく痛み、痒み、膿んでいくんです。次は、どうなるかわかりますか?」
知るかと吐き捨ててやりたかった。
けれどももうまともに声が出ない。喉の奥までもが、じりじりと痛み、渇く。
「体中をね、自分の爪で掻きむしっちゃうんですよ。皮膚がめくれ上がって、赤桃色の肉や、象牙色の骨がひょっこり見えてもね。ナイフで皮膚を削いでいた方もいらっしゃったような……あ、そうだ、フォルトゥナート伯爵でした。どうやら自ら皮を剥ぐことよりも、剥いだ部分を冷水に浸して激痛を抑えた方が楽だったみたいで」
耳朶に吹きかけられる息は、怖ろしいほどに冷えている。
「……極限状態になると、人間って随分と面白いことを仕出かすんですね。そうは思いませんか?」
もう、いつものように面白いねとは言えなかった。
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