66 / 142
前篇
ひとりぼっち(2)
しおりを挟むだって、アレクシスに屈するということは、認めることだ。彼の言う、自分の存在の無価値さを。
確かに今のリョウヤは孤独だ。誰にも望まれておらず、認められてもいない命だ。けれども、そんな嘲笑われるだけの自分を、愛してくれた人がいたのだ。
「ナギサ……」
目を閉じればそこにいる、リョウヤの唯一。初めて触れたアレクシスの頬はひんやりとしていたが、あの人はいつもあたたかかった。
『きっとね、僕たちがいた世界は、あの月の反対側にあるんだよ』
『月の、反対?』
煌々とした月を見上げながら、毎晩隣同士で肩を寄せ合った。
『そうだよ。だってあっちの世界でも、同じ大きさの月が見えてたんだから』
『ああ、そっか。にいちゃん天才だな』
『だろう? でも、ここに来てから結構経っちゃったね。お父さまもお母さまもどうしていらっしゃるだろう。心配、してるかな……』
『大丈夫だよ』
『ん?』
『いつか俺がにいちゃんのこと、元の世界に連れてってやるからさ』
『良夜……』
『カレーも、オハギも、コンペートーも、サイダーも……なんだって、すぐに食べられるようになるよ』
『うーん。小さい頃、僕のオハギをこっそり食べて逃げたのはおまえだよ?』
『え』
『女中さんが教えてくれなかったら、僕はずぅっと、あれ、もしかして寝ながら食べちゃってたのかな~って自分のことを疑って』
『もお! なんでそんな昔のこと蒸し返すんだよ、それでもだよっ』
『ふふ、ごめんごめん。機嫌をお直し?』
『ふんだ。にいちゃんなんか知んねー』
『……ありがとう。おまえは本当に、優しい子だね……』
あの人はリョウヤのことを優しいと言ってくれたけれど、あの人の方がよっぽど優しかった。閉じた世界に2人だけ。あの人にはリョウヤしかいなかったし、リョウヤにもあの人しかいなかった。
些細な日々が幸せだった。幸せすぎる日々は儚いものだ。だから、長くは続かなかったのかもしれない。
『良夜は、僕の宝物だよ』
ずっとずっと、誰かの宝物になりたかった。だって宝物は、何をしていなくとも誰かに好きになってもらえるから。ただそこに存るだけで、キラキラと輝けるから。
薄汚れた自分なんかは、誰の宝物になんかなれないと思っていた。でもそんなリョウヤをあの人は抱きしめてくれた。誰よりも大事だと、心の底から愛してくれた。愛してくれたんだ。だからアレクシスの心無い言葉の数々を認めることは、自分を心から慈しんでくれたあの人までも否定することになってしまう。
それだけは嫌だ。駄目だ。
だから俺は、曲げない。そしていつか、あの人と一緒に元の世界に戻るんだ。月の反対側に向かって、あの人からもらったオマモリを、この胸に抱いて。
俺を優しいと言ってくれたあの人と。俺を宝物だと抱きしめ、微笑んでくれたあの人と──あれ?
あの人って、誰だっけ。
4
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる