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前篇
無自覚(4)
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主人の命令に従って壁際に立ち、表立っては平然と、しかし痛ましそうに稀人とマティアスの情事を監視している使用人2人。その顔から、現状を酷く憂いていることは見て取れた。
だからこそ、あえて彼らに聞こえるか聞こえないかの声色で、ささやいたのだ。「聞こえませんでした」とアレクシスに報告すればいいだけなのだから。
果たして、息も絶え絶えの様子だった稀人は、マティアスの魔法の言葉にすぐに食いついた。
「最後まで私の言う通りでにできたら、トクベツな情報をあげるよ。適当に腰振るのも飽きてきたしねぇ……ちょっと趣向を変えよう。今から私に、従順になれるかな?」
唇を噛み締め、ひたすら耐えに耐えて揺さぶられる稀人を組み敷くのも、退屈になってきたというのもある。
「──なれ、る」
声は掠れていたが、濁っていた稀人の黒い目に光が戻った。
「なれる、よ。俺の知らない、こと、教えてくれるんだったら、なんでも……してみせる」
眼力だけは鋭く、しかし藁にも縋らんとばかりの必死の形相で、稀人は応えた。
「なんでも? ホントに? ちょっと信じられないなぁ」
「できる。蛙……みたいに……ゲコゲコ鳴いても、やるよ」
「あは、言うね。坊やにはプライドってのものがないのかな」
「それよりも大事なものが、俺には、ある……なんでも、やれよ。あんたの懇願通り、惨めったらしく喘いでやる」
上の口でも下の口でも酒を飲ませて、長時間かけていたぶったのだ。意識もだいぶ朦朧としているだろうに、稀人の口調は力強く意思も固かった。
なるほどこれはこれはと、うっそりと微笑む、やはり面白い。今から様々なことを試して遊んでみようかなと思うぐらいには、この稀人のことを気に入っていた。仕事が長引いているのか、どこかで油を売っているのか、友人が帰ってくるまでまだ時間も残っている。
やり過ぎて壊れたのなら、それまでだ。体だけが無事であればいいのだから。
「そっか。じゃあまずは、私の首に腕を絡めて?」
腕の手枷をベッドヘッドから外してやる。マティアスを押しのけたいだろうに、稀人は命じられた通りに首に腕を回してきた。
「そうそう、いい子だね。次は腰に足を絡めて……うん、簡単だね」
こちらも問題なく絡めてきた。しかも、苦しみを全て身の内に溜め込む覚悟を持った顔で。ならば最後は。
「じゃあ──マティアスの白い精液、俺のおまんこにいっぱい出してって、言ってごらん……?」
まぁそこには出さないが。妊娠されたら困るので。
この稀人の口から、このセリフを言わせることに意義があるのだ。
稀人の表情が、覚悟ではないもので強張った。稀人は口を薄く開けて、閉じて、窓の外に視線を移した。細められた瞳は外を自由に飛ぶ鳥でも追いかけているのだろうか。それとも心に折り合いをつけているのか。
発情期の雌犬のように、無様に腰を振りまくるという屈辱的な覚悟を。
ゆっくりとマティアスに向き直った稀人は、仔猫のように吊り上がった大きな目を、そっと閉じて。
かぴかぴに乾いたその唇を、開いた。
* * *
はたして、稀人はマティアスの望み通りどんなことでもやってのけた。
マティアスが耳元で囁く言葉を何度も繰り返し、どれほど淫らな体位にも応え、マティアスに縋りつき、死に物狂いで腰を振った。与えようとしていたものは大して甘くもない飴だったというのに、大変滑稽に踊ってくれた。
滅多にない最高の暇つぶしになったことで、今でも心は昂揚している。
あの惨めな様はあまりにも愉快で、思い出すだけで笑えてくるほどだ。
最後になると、稀人はもうぐちゃぐちゃになっていて、アレクシスが帰ってきたことにも気付いてなさそうだった。あの顔では、自分が何を口走っているのかも理解していなかっただろう。
アレクシスは、思考もまともに働いていなかった稀人を見て、盛大に勘違いをしたはずだ。
その証拠に、扉を閉める直前、アレクシスは何度も前髪をかきあげていた。苛立っている時の彼の癖だ。腹が立つということは、思い通りにしたいという欲求の表れでもある。
壊したいのは、思い通りにしたいからだ。
ではなぜ思い通りにしたいのかというと……それは、もちろん。
重ね重ね、マティアスは面白いことに目がない。価値のあるものにしか興味を示さなかった友人が、あろうことか彼が最も毛嫌いしているであろう稀人を気にしまくっている。
しかも相手はマティアスに決して懐かず、一筋縄ではいかなさそうだときたものだ。
これを面白がるなという方が無理だろう。
そもそも、どれほど反抗的であろうと無礼な態度を取られたとしても、素直に跡継ぎを生むと言っているのなら放っておけばいいのだ。相手にする価値もないのだから。これまでのアレクシスだったらそうしていた。
だというのに、アレクシスは稀人を叩きのめしたいと言う。
なぜ壊したいのか、泣かせたいのか、その理由が抜け落ちたままに。
「ふうん、無自覚……か。いいねぇ、これからが楽しみだ」
どんな踊りを見せてくれるのかな、あの2人は。
マティアスはにんまりと目を細め、長い髪を艶やかに揺らして去っていった。
だからこそ、あえて彼らに聞こえるか聞こえないかの声色で、ささやいたのだ。「聞こえませんでした」とアレクシスに報告すればいいだけなのだから。
果たして、息も絶え絶えの様子だった稀人は、マティアスの魔法の言葉にすぐに食いついた。
「最後まで私の言う通りでにできたら、トクベツな情報をあげるよ。適当に腰振るのも飽きてきたしねぇ……ちょっと趣向を変えよう。今から私に、従順になれるかな?」
唇を噛み締め、ひたすら耐えに耐えて揺さぶられる稀人を組み敷くのも、退屈になってきたというのもある。
「──なれ、る」
声は掠れていたが、濁っていた稀人の黒い目に光が戻った。
「なれる、よ。俺の知らない、こと、教えてくれるんだったら、なんでも……してみせる」
眼力だけは鋭く、しかし藁にも縋らんとばかりの必死の形相で、稀人は応えた。
「なんでも? ホントに? ちょっと信じられないなぁ」
「できる。蛙……みたいに……ゲコゲコ鳴いても、やるよ」
「あは、言うね。坊やにはプライドってのものがないのかな」
「それよりも大事なものが、俺には、ある……なんでも、やれよ。あんたの懇願通り、惨めったらしく喘いでやる」
上の口でも下の口でも酒を飲ませて、長時間かけていたぶったのだ。意識もだいぶ朦朧としているだろうに、稀人の口調は力強く意思も固かった。
なるほどこれはこれはと、うっそりと微笑む、やはり面白い。今から様々なことを試して遊んでみようかなと思うぐらいには、この稀人のことを気に入っていた。仕事が長引いているのか、どこかで油を売っているのか、友人が帰ってくるまでまだ時間も残っている。
やり過ぎて壊れたのなら、それまでだ。体だけが無事であればいいのだから。
「そっか。じゃあまずは、私の首に腕を絡めて?」
腕の手枷をベッドヘッドから外してやる。マティアスを押しのけたいだろうに、稀人は命じられた通りに首に腕を回してきた。
「そうそう、いい子だね。次は腰に足を絡めて……うん、簡単だね」
こちらも問題なく絡めてきた。しかも、苦しみを全て身の内に溜め込む覚悟を持った顔で。ならば最後は。
「じゃあ──マティアスの白い精液、俺のおまんこにいっぱい出してって、言ってごらん……?」
まぁそこには出さないが。妊娠されたら困るので。
この稀人の口から、このセリフを言わせることに意義があるのだ。
稀人の表情が、覚悟ではないもので強張った。稀人は口を薄く開けて、閉じて、窓の外に視線を移した。細められた瞳は外を自由に飛ぶ鳥でも追いかけているのだろうか。それとも心に折り合いをつけているのか。
発情期の雌犬のように、無様に腰を振りまくるという屈辱的な覚悟を。
ゆっくりとマティアスに向き直った稀人は、仔猫のように吊り上がった大きな目を、そっと閉じて。
かぴかぴに乾いたその唇を、開いた。
* * *
はたして、稀人はマティアスの望み通りどんなことでもやってのけた。
マティアスが耳元で囁く言葉を何度も繰り返し、どれほど淫らな体位にも応え、マティアスに縋りつき、死に物狂いで腰を振った。与えようとしていたものは大して甘くもない飴だったというのに、大変滑稽に踊ってくれた。
滅多にない最高の暇つぶしになったことで、今でも心は昂揚している。
あの惨めな様はあまりにも愉快で、思い出すだけで笑えてくるほどだ。
最後になると、稀人はもうぐちゃぐちゃになっていて、アレクシスが帰ってきたことにも気付いてなさそうだった。あの顔では、自分が何を口走っているのかも理解していなかっただろう。
アレクシスは、思考もまともに働いていなかった稀人を見て、盛大に勘違いをしたはずだ。
その証拠に、扉を閉める直前、アレクシスは何度も前髪をかきあげていた。苛立っている時の彼の癖だ。腹が立つということは、思い通りにしたいという欲求の表れでもある。
壊したいのは、思い通りにしたいからだ。
ではなぜ思い通りにしたいのかというと……それは、もちろん。
重ね重ね、マティアスは面白いことに目がない。価値のあるものにしか興味を示さなかった友人が、あろうことか彼が最も毛嫌いしているであろう稀人を気にしまくっている。
しかも相手はマティアスに決して懐かず、一筋縄ではいかなさそうだときたものだ。
これを面白がるなという方が無理だろう。
そもそも、どれほど反抗的であろうと無礼な態度を取られたとしても、素直に跡継ぎを生むと言っているのなら放っておけばいいのだ。相手にする価値もないのだから。これまでのアレクシスだったらそうしていた。
だというのに、アレクシスは稀人を叩きのめしたいと言う。
なぜ壊したいのか、泣かせたいのか、その理由が抜け落ちたままに。
「ふうん、無自覚……か。いいねぇ、これからが楽しみだ」
どんな踊りを見せてくれるのかな、あの2人は。
マティアスはにんまりと目を細め、長い髪を艶やかに揺らして去っていった。
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