81 / 142
前篇
和久寺 秋一(2)
しおりを挟む
悪口など聞きとれていないはずのアレクシスは、なんとなく察しているのか目に見えて不機嫌なっていた。
「……いい加減にしろ」
「申し訳ありません。久々に日本語を話す方と出逢えてつい嬉しくて。あの、立ちっぱなしもなんですからどうぞ中へ入ってください」
丁寧な所作で促されたというのに、アレクシスは入口付近の壁によりかかってそっぽを向いた。
マティアスは見るからにウキウキと、部屋の後ろのソファに優雅に腰掛けた。
やはりマティアスの視線は舐めるようにシュウイチに向けられている。目を離さないようにしなくてはと決意を新たにし、どうぞと、引かれた椅子に座る。
シュウイチはわざわざリョウヤが座り終えてから、目の前に座ってくれた。
所作がいちいち紳士的だ。
「では改めまして。初めまして、僕は和久寺 秋一と申します」
「あっ、ごめん、自己紹介まだだったね……俺は、坂来留川、良夜……です。サカクルガワ、リョウヤ。リョウヤのリョウはリョウシツのリョウで、ヤは、ヨル。あっちはアレクシスで、その2はマティアス」
「その2ってなに?」
「いえ、こちらの話ですのでどうぞお気になさらず。良夜さんですか、素敵なお名前ですね」
「──す、すごい! 俺、自分の名前普通に言える人初めて見た!」
思わず言葉も弾む。しかも丁寧に「さん」付けだなんて。
「あはは、それは僕もですよ。こちらの言語は本当に独特ですよね。ヨーロッパやアジア、アメリカとも似ていませんし……字自体もルーン文字みたいですし。語学はそこそこできる方だと思っていたのですが、まともに話せるようになるまで3年はかかりました。聞き取り辛かったらすみません」
「そんなことないよ、全然喋れてる」
「ありがとうございます。良夜さんもお上手ですよ」
「俺はこっちの生活長いからさ」
ナギサと2人でいた時は、常にニホンゴで生活していた。しかしナギサが死んでしまってからはニホンゴを話せる人がいなくなってしまって、故郷の言葉を忘れないために毎日毎日必死だった。
だがその結果、こうして同郷のニホンジンと会話ができているのだから頑張った甲斐があった。
「誰かとニホンゴで話すのもかなり久しぶりだから、俺はそっちがちょっと、へたっぴかも……」
「それは僕も同じですよ。故郷の言葉なのに、ずっと使っていないとどうにも慣れないですよね、変な感じです」
シュウイチの笑みにつられてリョウヤも笑う。
改めて、目の前にいる青年を見る。よく見ると、彼の瞳はリョウヤのような完全な黒ではなく、深いこげ茶みたいな色だった。それでも、この世界にいる明るく透けるような茶色の目をした忌人よりも、限りなく黒に近い。
なんだか不思議な気分だった。地に足が付いていないような、ふわふわとした柔い何かにずっと包まれている。
これが、浮かれているというやつなのだろう。今、目の前に本物のニホンジンがいるだなんて夢のようだ。
不安になって軽く手の甲をつねってみると、やっぱり痛い。よかった、現実だ。
一瞬視界に入った爪の先がちょっとギザギザになっていて、あれ? と思った。
なんでだっけ。ま、いいか。
だって、それ以上に凄いことが目の前で起こっているのだから。
ニホンジンだ。
リョウヤが夢にまで見た、幸福な世界からやってきた、本物のニホンジンた。
「……いい加減にしろ」
「申し訳ありません。久々に日本語を話す方と出逢えてつい嬉しくて。あの、立ちっぱなしもなんですからどうぞ中へ入ってください」
丁寧な所作で促されたというのに、アレクシスは入口付近の壁によりかかってそっぽを向いた。
マティアスは見るからにウキウキと、部屋の後ろのソファに優雅に腰掛けた。
やはりマティアスの視線は舐めるようにシュウイチに向けられている。目を離さないようにしなくてはと決意を新たにし、どうぞと、引かれた椅子に座る。
シュウイチはわざわざリョウヤが座り終えてから、目の前に座ってくれた。
所作がいちいち紳士的だ。
「では改めまして。初めまして、僕は和久寺 秋一と申します」
「あっ、ごめん、自己紹介まだだったね……俺は、坂来留川、良夜……です。サカクルガワ、リョウヤ。リョウヤのリョウはリョウシツのリョウで、ヤは、ヨル。あっちはアレクシスで、その2はマティアス」
「その2ってなに?」
「いえ、こちらの話ですのでどうぞお気になさらず。良夜さんですか、素敵なお名前ですね」
「──す、すごい! 俺、自分の名前普通に言える人初めて見た!」
思わず言葉も弾む。しかも丁寧に「さん」付けだなんて。
「あはは、それは僕もですよ。こちらの言語は本当に独特ですよね。ヨーロッパやアジア、アメリカとも似ていませんし……字自体もルーン文字みたいですし。語学はそこそこできる方だと思っていたのですが、まともに話せるようになるまで3年はかかりました。聞き取り辛かったらすみません」
「そんなことないよ、全然喋れてる」
「ありがとうございます。良夜さんもお上手ですよ」
「俺はこっちの生活長いからさ」
ナギサと2人でいた時は、常にニホンゴで生活していた。しかしナギサが死んでしまってからはニホンゴを話せる人がいなくなってしまって、故郷の言葉を忘れないために毎日毎日必死だった。
だがその結果、こうして同郷のニホンジンと会話ができているのだから頑張った甲斐があった。
「誰かとニホンゴで話すのもかなり久しぶりだから、俺はそっちがちょっと、へたっぴかも……」
「それは僕も同じですよ。故郷の言葉なのに、ずっと使っていないとどうにも慣れないですよね、変な感じです」
シュウイチの笑みにつられてリョウヤも笑う。
改めて、目の前にいる青年を見る。よく見ると、彼の瞳はリョウヤのような完全な黒ではなく、深いこげ茶みたいな色だった。それでも、この世界にいる明るく透けるような茶色の目をした忌人よりも、限りなく黒に近い。
なんだか不思議な気分だった。地に足が付いていないような、ふわふわとした柔い何かにずっと包まれている。
これが、浮かれているというやつなのだろう。今、目の前に本物のニホンジンがいるだなんて夢のようだ。
不安になって軽く手の甲をつねってみると、やっぱり痛い。よかった、現実だ。
一瞬視界に入った爪の先がちょっとギザギザになっていて、あれ? と思った。
なんでだっけ。ま、いいか。
だって、それ以上に凄いことが目の前で起こっているのだから。
ニホンジンだ。
リョウヤが夢にまで見た、幸福な世界からやってきた、本物のニホンジンた。
1
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる