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前篇
中央月桂館(6)
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「悪いけどぴんぴんしてるよ。毎食完食だし毎朝快便爽快」
「快便って」
これは、尻を好き勝手に扱ってきたマティアスに対する嫌味だ。
あの数時間でかなりガバガバのゆるゆるにされたので、暫く一日にパンツを何枚も変えるはめになった。
「もっとなんかないの? 怒ったり、責めたりとかさ」
「……怖がってぷるぷる震えりゃ満足なの? それとも、責めれば反省の1つでもしてくれんのかよ」
「もちろんしてあげるよ。ふりだけどね」
「じゃあ意味ないだろ」
柱に頭を預ける。怯えながら責めたところでどうにもならないのなら、表に出しても意味がない。そう、弱さを見せたところで弱みにしかならないのなら、見せない方がいいのだ。
無駄に期待をしてしまうこと自体、疲れる。それならば自分の中で処理した方がよっぽど楽だ。
幸か不幸か、様々な感情を呑み込み、心の奥底に沈めるのは昔から得意だ。
「えー、ちょっとショックかも。ぶっ壊したと思ったんだけどなぁ」
「悪いけどそんな余裕ないから。だって今からニホンジンに会えるんだよ?」
そう、今リョウヤの頭の中は、間の前の鬼畜野郎ではなくこれから会える稀人のことでいっぱいだった。
まず最初に、どんな風に声をかければいいのだろうか。そもそもどんな人なんだろう、どんな経緯でこの世界にやってきたんだろう。
月桂館で悠々自適に暮らしているという人らしいけれど、リョウヤを見下すことなく対等に会話をしてくれるだろうか。年は近いのか、それともうんと年上なのか。
想像するだけでこれまでにないぐらい緊張してきた。うまく、話せるのかな。
仲良く、なれるのかな。
「──ふうん。坊やってやっぱり面白いね。ますます君と仲良くなりたくなったよ」
「え」
「どうかなぁ、色々あったけどまずはお友達から始めない?」
「いや、本気?」
「もちろんだとも!」
うげ、と反吐が出そうになった。あれだけのことを仕出かしておいて何が友人だ。
本音と書いてマジと読むみたいな顔をしているところが、なおさらタチが悪い。
「ぜってー嫌だ、あんたの観察対象になる気はさらさらないよ」
「そんなこと言わずにさぁ」
わしわしと頭を撫でられ、鬱陶しさにぱしっと払いのける。しかし残念なことに、マティアスは嫌がれば嫌がるほど悦ぶ男だった。
払いのけてはまた撫でられるを繰り返す。
「しつこい、いい加減怒るよ!」
「ふふ、坊やになら本気で怒られてみたいかも。ねえ、今この場で私を大声で罵ってみてくれる?」
恍惚とした表情を浮かべている男に、口の端が引き攣って何も言えなくなった。マティアスは変人ではない、変態だ。
すると、いいタイミングでアレクシスが出て来た。
「おかえり、アレク」
「やあアレクシス、おかえり」
「……何をやってるんだ貴様らは」
アレクシスは遠目からでもわかるほど、顔を顰めている。
「えーっと、じゃれ合い? やっぱり坊やって面白いねぇ、なんだか可愛い弟ができた気分だよ」
「や、め、ろ。誰が弟だよ」
流れるようにぐいっと肩を抱かれた。
これ以上もみくちゃにされたらたまったものではないので、押しのけようとするも、力が予想以上に強くてぐぎぎっと離れてくれない。なんだか、必要以上に密着されているような気がする。何が目的なんだ、こいつは。
ふわりと、鼻を掠めるマティアスの香水の香。数週間前にも嗅いだ臭いだ。
胸の辺りを、きゅっと握る。
「そう言えば、君たち無事に結婚できたんだって? 坊やも人妻か、いい響きだね。おめでとう二人とも」
「こんなのおめでとうもクソもないだろ……だから、離れろってば」
「まあまあ、たっぷり体を重ねた仲なんだから仲良くしよう?」
祝福だよと、頭にぶちゅぶちゅキスを送られたが、もはや抵抗するのも面倒臭くなって放っておく。もう勝手にしろ状態だ。
すると、はたとアレクシスと目が合った。やけに、密着している(正確にはされている)リョウヤとマティアスを凝視してくる。
淀んだ赤があまりにもじめっとしていて、いつも以上に死んだ魚の目みたいに見えてちょっと引いた。
「──ふん。随分と気が合うようだな」
本当にそう見えるのなら、この男の眼球は裏まで腐っている。
「まあねぇ、坊やったら私に惚れちゃったかな?」
「だからさっきからなに気色悪いこと言ってんの……?」
「颯爽とした感じがナイトみたいだったでしょ?」
「あんたのどこがナイトだよ。いい加減にしないとキレるぞ」
「おーこわ。元気でいいねぇ」
ぎっと睨みつけてやっても、マティアスは肩を竦めるだけでなんのそのだ。この男はどちらかと言うと、ナイトではなく魔術師のような気がする。身の内からあふれ出るこの胡散臭さが。
対してアレクシスは、何が癇に障るのかますます目が鋭くなっていった。
「ふふ、さっきから機嫌が悪そうだねぇアレクシス。おまえにも祝福のキスをしてあげようか?」
「断る。第一なぜおまえがこの時間にいるんだ、マティアス」
「ふふん、時間ずらして私抜きで会いに行こうとでも思った? おまえの魂胆なんか見え見えだよ、ねえ坊や」
「……なんの話?」
「あれ、もしかしてアレクシスから聞いてないの」
「なにを? ねえ、マティアスからなんか来てたの?」
アレクシスが答えてくれないので話が見えない。
「実は、3日前に坊や宛てにお手紙を送ったんだよねぇ」
「てがみ? なんのこと?」
「アレクシスの代わりに私が申請しておいたから、今日なら例の稀人ちゃんと面会可能だよって一報をね」
「──はぁ?」
「快便って」
これは、尻を好き勝手に扱ってきたマティアスに対する嫌味だ。
あの数時間でかなりガバガバのゆるゆるにされたので、暫く一日にパンツを何枚も変えるはめになった。
「もっとなんかないの? 怒ったり、責めたりとかさ」
「……怖がってぷるぷる震えりゃ満足なの? それとも、責めれば反省の1つでもしてくれんのかよ」
「もちろんしてあげるよ。ふりだけどね」
「じゃあ意味ないだろ」
柱に頭を預ける。怯えながら責めたところでどうにもならないのなら、表に出しても意味がない。そう、弱さを見せたところで弱みにしかならないのなら、見せない方がいいのだ。
無駄に期待をしてしまうこと自体、疲れる。それならば自分の中で処理した方がよっぽど楽だ。
幸か不幸か、様々な感情を呑み込み、心の奥底に沈めるのは昔から得意だ。
「えー、ちょっとショックかも。ぶっ壊したと思ったんだけどなぁ」
「悪いけどそんな余裕ないから。だって今からニホンジンに会えるんだよ?」
そう、今リョウヤの頭の中は、間の前の鬼畜野郎ではなくこれから会える稀人のことでいっぱいだった。
まず最初に、どんな風に声をかければいいのだろうか。そもそもどんな人なんだろう、どんな経緯でこの世界にやってきたんだろう。
月桂館で悠々自適に暮らしているという人らしいけれど、リョウヤを見下すことなく対等に会話をしてくれるだろうか。年は近いのか、それともうんと年上なのか。
想像するだけでこれまでにないぐらい緊張してきた。うまく、話せるのかな。
仲良く、なれるのかな。
「──ふうん。坊やってやっぱり面白いね。ますます君と仲良くなりたくなったよ」
「え」
「どうかなぁ、色々あったけどまずはお友達から始めない?」
「いや、本気?」
「もちろんだとも!」
うげ、と反吐が出そうになった。あれだけのことを仕出かしておいて何が友人だ。
本音と書いてマジと読むみたいな顔をしているところが、なおさらタチが悪い。
「ぜってー嫌だ、あんたの観察対象になる気はさらさらないよ」
「そんなこと言わずにさぁ」
わしわしと頭を撫でられ、鬱陶しさにぱしっと払いのける。しかし残念なことに、マティアスは嫌がれば嫌がるほど悦ぶ男だった。
払いのけてはまた撫でられるを繰り返す。
「しつこい、いい加減怒るよ!」
「ふふ、坊やになら本気で怒られてみたいかも。ねえ、今この場で私を大声で罵ってみてくれる?」
恍惚とした表情を浮かべている男に、口の端が引き攣って何も言えなくなった。マティアスは変人ではない、変態だ。
すると、いいタイミングでアレクシスが出て来た。
「おかえり、アレク」
「やあアレクシス、おかえり」
「……何をやってるんだ貴様らは」
アレクシスは遠目からでもわかるほど、顔を顰めている。
「えーっと、じゃれ合い? やっぱり坊やって面白いねぇ、なんだか可愛い弟ができた気分だよ」
「や、め、ろ。誰が弟だよ」
流れるようにぐいっと肩を抱かれた。
これ以上もみくちゃにされたらたまったものではないので、押しのけようとするも、力が予想以上に強くてぐぎぎっと離れてくれない。なんだか、必要以上に密着されているような気がする。何が目的なんだ、こいつは。
ふわりと、鼻を掠めるマティアスの香水の香。数週間前にも嗅いだ臭いだ。
胸の辺りを、きゅっと握る。
「そう言えば、君たち無事に結婚できたんだって? 坊やも人妻か、いい響きだね。おめでとう二人とも」
「こんなのおめでとうもクソもないだろ……だから、離れろってば」
「まあまあ、たっぷり体を重ねた仲なんだから仲良くしよう?」
祝福だよと、頭にぶちゅぶちゅキスを送られたが、もはや抵抗するのも面倒臭くなって放っておく。もう勝手にしろ状態だ。
すると、はたとアレクシスと目が合った。やけに、密着している(正確にはされている)リョウヤとマティアスを凝視してくる。
淀んだ赤があまりにもじめっとしていて、いつも以上に死んだ魚の目みたいに見えてちょっと引いた。
「──ふん。随分と気が合うようだな」
本当にそう見えるのなら、この男の眼球は裏まで腐っている。
「まあねぇ、坊やったら私に惚れちゃったかな?」
「だからさっきからなに気色悪いこと言ってんの……?」
「颯爽とした感じがナイトみたいだったでしょ?」
「あんたのどこがナイトだよ。いい加減にしないとキレるぞ」
「おーこわ。元気でいいねぇ」
ぎっと睨みつけてやっても、マティアスは肩を竦めるだけでなんのそのだ。この男はどちらかと言うと、ナイトではなく魔術師のような気がする。身の内からあふれ出るこの胡散臭さが。
対してアレクシスは、何が癇に障るのかますます目が鋭くなっていった。
「ふふ、さっきから機嫌が悪そうだねぇアレクシス。おまえにも祝福のキスをしてあげようか?」
「断る。第一なぜおまえがこの時間にいるんだ、マティアス」
「ふふん、時間ずらして私抜きで会いに行こうとでも思った? おまえの魂胆なんか見え見えだよ、ねえ坊や」
「……なんの話?」
「あれ、もしかしてアレクシスから聞いてないの」
「なにを? ねえ、マティアスからなんか来てたの?」
アレクシスが答えてくれないので話が見えない。
「実は、3日前に坊や宛てにお手紙を送ったんだよねぇ」
「てがみ? なんのこと?」
「アレクシスの代わりに私が申請しておいたから、今日なら例の稀人ちゃんと面会可能だよって一報をね」
「──はぁ?」
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