クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル

諏訪錦

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続、青春×グラフィティ

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な、なんだろうこの状況。
さっきぼくを笑いものにした女子ABがいきなり部屋に現れたことも不思議だが、それ以上に、

「…………」

石神さん、ぼくのことずっと睨んでいるんだけど怖いよちょっと!

冷静になるんだ。
順を追って確認していけば、きっとこの状況にも説明がつくはずだ。
まずはそう、放課後、いつものように廣瀬と中西の二人と下校したんだよな。

ーーーーーーーーーーー

「うわぁ、ぼくカラオケなんて来るの久しぶりだよ。小学生の頃、親に連れてこられて以来かもしれない」
「だな、まず誘われる機会がない」
「お、おれたちには無縁の場所だし」

ぼくと廣瀬と中西は、なんの気まぐれかカラオケボックスに来ていた。いつものお馴染みコース、ゲーセンからファミレスorファーストフード店と行くつもりだったのだが、ゲーセンを早く切り上げたのと、夜に用事がある関係上、時間を潰す必要があった。
そのまま駄弁っていても良かったのだが、せっかくだから普通の高校生らしいことをしよう、と言い出した廣瀬の提案でカラオケにやって来たのだ。

狭い室内に三人、慣れないまま機械を操作しながら、曲を入れていくと、自然とある縛りが生まれてくる。
誰が言ったわけでもないのに、自然と履歴はアニソンで埋まって行った。後から入った客ドン引きだなこれ。
ひとしきり歌い、少し疲れたのでスマホを取り出すと、着信が入っていた。
履歴には御堂の名前が残っていた。

「ちょっとトイレ」

そう言って部屋を出たぼくは、入り口付近にある待合スペースで電話をかける。
「もしもし。御堂? どうかした?」
『おう、ちょっと確認したいことあってな。間久辺、今日の夜与儀さんとこ行くんだよな?』
そうなのだ。
今日の夜、ぼくは与儀さんから直々に呼び出しを受けている。なんの用事かは詳しく聞いていないけど、社会勉強だって言ってたな。
大人の女性である与儀さんから教わる社会勉強…………ヤバい、なんか高ぶってきた!
そういえば、どうして御堂はそのことを知っているのだろう。不思議に思って聞いてみると、

『俺も後で合流するつもりなんだよ』
「えー」
『なんだテメエその反応!』
「だぁって与儀さんと二人きりの社会勉強なのに」
『ふざけんな、俺が立候補したいわ!』

ふう、と息を吐き出した御堂は、声の調子を再び落ち着かせて言った。

『ちょっとお前に渡したい物があるんだ』

「渡したい物? なにそれ」
『後で話すよ。それより、今から少し時間取れないか?』
「今は無理だよ。友達とカラオケに来てるんだ」
こんなセリフを言う日が訪れるなんて、なんか青春してるよぼく!
……まあ、メンバーはいつも通りだけどさ。

御堂は少し驚いたように、『お前、今カラオケボックスにいるのか?』と言った。

その時、入り口の扉が開き客が入ってきて、反射的に顔をあげると、

「御堂っ!?」
「間久辺か!?」

ぼくらはお互いに指を差し合いながら名前を呼びあった。
なんなんだホントこいつ。やたらとニアミスしてくるけど、ぼくのことつけ回しているんじゃあるまいな。
そんな風に御堂を見ると、驚いた様子からここで会ったのは偶然なのだとわかる。
それに、ヤツの隣には奇抜なファッションに身を固めた金髪の男が立っていた。御堂も友達と一緒だったようだ。
まあいい、駅から一番近いカラオケボックスはこの店なんだし、偶然知り合いと会うこともあるだろう。
ぼくは簡単な挨拶だけして、その場を去ろうとした。
だが、ぼくを呼び止めたのは意外にもその金髪男性だった。

「あなた、お一人ですか?」

なにそれ?
どうせお前みたいなオタクはカラオケ一緒に来る友達いないんでしょうって前提にした疑問か。お生憎さま。

「友達と一緒です」

はっきりそう告げてやると、金髪男は「イェイ、丁度いいですね!」と手を打った。
それから、男は受付に大部屋を用意するように頼みだした。
平日とはいえ、放課後のこの時間は学校帰りの客が多いため、飛び込みの客が部屋の指定をするのは難しい。受付のバイトは、やはりそういう対応で金髪男の申し出を断っていた。
だが、奥から現れた若い男性スタッフが、金髪男を見るなり慌てて頭を下げた。
「失礼しました! 小内こうちさん。すぐに部屋をご用意いたします」
そう言って、男性スタッフはどこかに電話をかける。その呼び出し中、アルバイトに「ほら、お客様をお待たせしないで、部屋の準備だ」と指示を出した。

何者なんだ、この小内という男は。

ま、まあいいや。
なんか展開的に不穏な感じがするし、関わらない方が良さそうだ。
ぼくは背中を向け、友達の待つ部屋に向かおうとした。
そのとき、背後で呼び止める声がした。
「ヘイヘイユーユー」
なんかそんな洋楽テレビで聞いたことあるけど歌う気満々だな、小内とかいう人。
チラと振り返ると、その人差し指はぼくを指し示していた。
「え、あの?」
ぼくですか? と自分を指差すと、小内さんは大げさに頷いた。
「ユーはどこ行くわけ? 御堂ちゃんとはフレンドなんでしょ? だったらゴーtoルームは大部屋よ」
なんか言動があったま悪そうだなー、この人。
というか、こっちはこっちで友達と来てるんだ。別の知り合いに会ったからって、途中で抜けるなんて出来るわけない。
そう説明すると、「アイノウ」と言って親指を立てた結果、

ーーーぼくら三人とも、大部屋に招待されることになった。

「なにこれ!?」
「せ、説明求む!」

ぼく以上に状況が飲み込めない廣瀬と中西は、食ってかかる勢いで詰めよってきた。
だが、そんなこと言われても困る。聞きたいのはぼくも同じだ。
そっと御堂に近付き、ぼくは言った。
「ねえ、なんなのこのトンデモ展開は?」
「わりぃ。まさかお前がこんな所にいるとは思わなかった。マジで許してくれ」
「いやいや、説明になってないから。あの頭のおかしい人は誰? それに、なんでぼくらをこの部屋に呼んだの?」

畳み掛けるような質問に、御堂は頭をかきながら、困った様子で一つずつ答えていった。
あの日本語が残念な金髪エセ外人は小内たけるというらしい。
彼についての情報は御堂もあまり詳しく知らないらしく、
「小内さんは出身どこですか?」
と普通トンチンカンなことを聞いた。
いや出身地とかどうでもいいんだけど。
「ミーですか?」
あ、やっぱり答えるんですね。
「母なるシーと、広大なる大地ガイアが我が故郷ですね」
「なるほど、シーガイア………宮崎出身だそうだ」
いやどうでもいいから! 
やっぱり生粋の日本人だったとか、ホントどうでもいい!
完全に頭おかしい人だこの人。
そう思って、小内さんに白んだ目を向けると、御堂はそっと近づいて、ぼくにだけ聞こえる声でこう言った。
「まあ、こんな感じに頭のネジが数本ぶっ飛んでいやがるけど、今のストリートで影響力のあるカリスマの一人だ。一応、本人はアーティストを名乗ってる」
アーティストって、音楽家かなにかかな?
その割には、さっきから独占したマイクを通ってスピーカーから流れる歌声は、お世辞にも上手いとは言えない。
まあそれは別にどうでもいい。
一番大切なのは、もう一つの質問だ。

「どうしてぼくたちを部屋に呼んだの?」

その答えは、小内さん自らが答えた。

「ボーイズアンドガールズが2:4だったわけ。アンダスタン?」
いちいち頭に来る人だなまったく。
すぐさま御堂は通訳として答えた。
「つまり、これから女が何人か合流するのに、男は俺ら二人だけだったんだ。これじゃ合コン成立しねえだろう? ……って小内さんは言いたいみたいだ」

「合」
「コ」
「ンッ!」

ぼくら三人の魂の叫びが大部屋に響いた。
いやいや、ないから。
女子とカラオケとかないから。
しかも合コンって。
ぼくらオタクにとって縁のないイベントにも程がある。
帰ろう。すぐさま帰ろう即座に帰ろう!

そう思って廣瀬を見ると、なんか髪型整え始めちゃったよっ。
なんでこのタイミングで気合い入れちゃってんの!?

次に中西は、自殺でも図るつもりかってくらい口いっぱいにフリスクの粒放り込んだ!

「なんなんだよ二人とも、超やる気じゃん!」
「ちげぇよバカ! 髪型が乱れたから整えただけだっ」
「いやいや、いまだかつて廣瀬が髪をセットしてるのなんて見たことないわ。中西もフリスク食いすぎだよ女子とどんなことする妄想してんのさ!」
「ちちち違うからっ。べべべ別にポッキーゲームであああわよくばチュッチュッしたいとかおお思ってないからねっ」
いつも以上にどもってらっしゃる。
「フレンドゥッたちはヤル気ビンビンみたいだけど、ユーはどうする?」
どうするもなにも、御堂柄みでこんなことになったのに、廣瀬と中西を置いて帰れるわけないよ。
ぼくはため息を吐いて、一言こう言った。
「オーライ」と。

それから、御堂はスマホのカメラ越しにぼくたち三人を眺めた。
「おら、さっさと写真撮って女子連中に送るぞ。ああもう、テメエら、誰がキメエ顔しろっつったよ。キメ顔だよキメ顔」
ヒドイッ! 
全力のキメ顔をそう断じた御堂が構えるスマホに向かって、ぼくらは思い思いのキメ顔を再びつくり直す。
「おいお前。髪型マジで浮浪者みたいだから便所行って直してこい」
廣瀬バッサリ切り捨てられたでござる。
次に御堂は中西を指差し、
「次お前。無理やり二重瞼にしようとすんな。プリクラの宇宙人面みたいになってんぞ」
まったく、二人とも意識し過ぎて痛々しいことになってるな。
こういうときは自然体でいいんだよ。

ぼくは御堂のスマホを自然な笑みでまっすぐに見つめた。
すると、「間久辺、変顔やめろ」だって。
え、これ素なんですけど?

そんなこんなで、いつまでもわちゃわちゃ決まらない写真撮影に嫌気がさしたのか、御堂は、「もうなんでもいいからはっちゃけろ」と言った。どうやったってイケメンには生まれ変われないのだから、せめてメンズは楽しいメンバーだよ、とアピールしろとのことだ。
ぼくら三人は目配せをすると、唇に掌を当ててから、投げキッスをした。三人同時にだ。
シャッター音に混じって、「オエッ」というえづく声がした。

ーーーーーーーーーーーー

………駄目だやっぱり今の状況を説明できない。

部屋に入るなり、ドカリと真向かいに座った石神さんは、足を組み、ぼくを睨み付けながら、ぼそりとこう言った。

「合コンとか、興味あるんだ」

そう言って、さっそく黒歴史の一頁と化した投げキッスの写真を石神さんが見せてくる。おいおい、なんだって彼女のスマホにその写真があるわけ?

「楽しそうね。ふーん。そんなに、女の子とおしゃべりしたかったんだぁ?」

いやいや、そっちこそ、学校では合コンとか興味ないって言ってたくせに来てるじゃん。
モデルの仕事は男漁りのためじゃないとか言ってたくせに。

「さあさあ、さっそく自己紹介ね」

明らかに険悪なムードの女性陣の中に一人、やる気のある人がいた。
なんか普通に可愛いな。
石神さんとは違ったタイプの美人さんは、自らを「沢渡伊知子さわたりいちこでぇす」と名乗った。どうやら石神さんとは読者モデル仲間らしい。なるほど、なっとくの美しさだ。
「イッチって呼んでくださぁい。ちなみに、好きなタイプはキラキラした男らしい人でぇす」

可愛いけど、鼻につくタイプの女子だな。
しかし中西にとってはどうやらストライクらしい。
………諦めろ中西、いくら目をひんむいても糸目からキラキラ光線は出ないぞ。

「ほら」と沢渡さんに催促された石神さんは、ため息をこぼした。
「石神です。好きなタイプは白馬に乗った王子様。嫌いなタイプは裏表のある人」
そう言って、ちらとぼくの方を見た石神さんに、理由もなくドキッとしてしまう。なんなんだこの背筋を伝う悪寒は。
そのとき、肩を小さく小突いてきた御堂は、ぼくにだけ聞こえる声で話しかけてきた。
「あれって、前に黒煙団の連中に拉致られた女じゃねえか?」
一回頷いて肯定すると、
「やっぱりそうか。あいつ、なんかお前を見る目険しくないか?」
御堂はそう言って表情を固くした。
やっぱりそう思っていたのはぼくだけではなかったようだ。
「気を付けろよ間久辺。ああいう女は鋭い。あまり関わり合いにならないのが身のためだ」
「そうだね」

その間に、次の自己紹介が始まった。

「そんじゃ次はあたしか。えー、安住っていいます。好きなタイプとかは特にありません。気が合う相手がいれば良いんですけど。男性陣二人、よろしくお願いしますね」

あるぇ? 
これ間違いなくぼくと廣瀬と中西が眼中に入って
ないパターンのやつだ。

「最後は私。坂崎でっす。サエと安住と同じ高校二年、お洒落男子大好きな現役女子高生!」
知ってるよ。男子メンバーの内、半分以上が同じ高校なのにあらためてそう言うとか、この人もぼくらを視界に入れてないな。
かと思ったら、坂崎さん、唐突にぼくらの方を見ると、ニヤリと微笑んだ。
「ちなみに、嫌いなタイプはカラオケでアニソンとか入れて白けさせるやつ」

ドッキーン。
心臓を握りつぶされたみたいだ。
彼女、まさかエスパーか?
ぼくらの前室での熱いアニソンバトルを聞いていたとしか思えないピンポイントな攻撃。
男性陣の挨拶は早々に終わり、さっそく曲を入れ始めたイッチこと沢渡さん。金髪キラキラ小内さんの隣に密着するように座ると、「キラキラしてますねぇ」と小内さんのアクセサリーなんかを褒め始めた。
イッチじゃなくてビッチだなこの人。
曲が流れ始めると、沢渡さんはマイク越しにこう言った。
「時計回りに曲入れてね」と。
これ、強制参加パターンか!?
沢渡さんの次は小内さん、そして御堂、中西、廣瀬と順番が回る。つまりぼくは四番目だ。
取り敢えず今は、「トイレッ!」と言って部屋からのエスケープを試みる。
すると、全く同じタイミングで廣瀬と中西も立ち上がった。考えることは二人とも一緒ということか。

トイレに入ると、ぼくたちは円になって話し合った。それはさながら円卓の騎士を彷彿とさせる光景だったと自負している。
まあいい、そんなことは本当にどうでもいいんだ。
「大事なのは、アニソンを封じられたということだ!」
ぼくの言葉に同意した廣瀬とは違い、中西はそれほど危機感を持っていないのか、「ふ、二人してトイレ行きだしたから付いてきたけどそんな理由!?」と軽く言い捨てた。
「バカ野郎アニソン封じられたオタクなんて箸を奪われたフードファイターみたいなものだぞ」
「そうだそうだっ!」
ん? 同意しながらいまいちピンとこない比喩だなとぼくは首をひねる。
「ふ、二人とも考えすぎ。ア、アニソンがなければそれ以外を歌えばいいじゃない」
「まあなんてブルジョワ!」
「どこのアントワネットなの!」
「い、意味わかんないよ」
中西アントワネットは、ぼくらの気迫に気圧されたのか、少し状況の悪さを理解したらしい。意見を言った。
「だ、だったら昨今のアニメブームで、オ、オープニングに使われてるJPOPのアーティストの曲、う、歌えばいんじゃね?」
「バカが! 深夜枠でどれだけあるんだ」
「そうだそうだ。萌え系アニメの歌ばっか歌ってたぼくを見てなかったのか中西この野郎!」
いきなり普段聞かない近年のJPOPなんて歌えるはずがないだろうが。
「そろそろ戻らないと怪しまれるよ」
中西はそう言うと、トイレの扉に手をかけた。
くそぉ、なにも解決しないまま部屋に戻ることになってしまった。
それにしても、中西は順番的にぼくらの中で一番先に歌うくせに、どれだけ自信あるんだ。
それなら、お手並み拝見といこうか。

ーーーイェーッ!

女性陣をはじめとした部屋の中の盛り上がりと、マイクを握る中西の姿を唖然として見るぼく。 
土曜夕方枠のアニメのオープニング曲に使われていたロックバンドの歌を、普段は噛み噛みな言葉が嘘みたいに流暢に歌い上げやがった。 
は? なにそれ、さっきカラオケとか久しぶりって言ってたじゃん。これどう考えても歌い慣れてますけど。
「なんだよあんた、オタクの割にはいいチョイスするじゃん」
あのギャルAこと安住さん称賛。
中西のヤツ試練を乗り越えやがった。

再びトイレに逃げ込むぼくと廣瀬。
「あの裏切り者、血祭りだな」
「激しく同意だ」とぼくは頷いた。
「それよりどうするマクベス。次俺だから早く戻らないと。なにか良い案ないのかよ?」
「ないこともない。だけど、これは……」
「おい、話してくれよ。俺たち友達じゃないか。マクベスの作戦と被っても困るし、お互いに作戦出し合って、この危機的状況を乗り切るんだ!」
熱い言葉に心打たれたぼくは、言い渋った自分を恥ずかしく感じた。
そうだ、廣瀬は友達、大切なオタク仲間だ。
信用しないでどうする。
ぼくは、うん、と頷き決心して話すことにした。
「これは一発限りの禁じ手だと思ってくれ。90年代の誰でも耳にしたことのあるヒットソング。それなら、普段一般の音楽を聞かないぼくらでも長年のテレビによる刷り込みで歌詞を覚えているはずだ。部屋のギャルたちも、懐かしいとか言って食いついてくれるだろう」
ただ、それが通用するのはせいぜい一人一発。それ以上だと飽きて白けるだろう。
「それじゃあ廣瀬。ぼくはこの作戦でいくから、君は別の手を考えてね」

ーーーオー!

部屋に沸き立つ、「うわっ、懐かしっ!」という言葉。
ギャルBこと坂崎さんも思わず口ずさむ。
部屋に戻った廣瀬は、迷うことなく送信機を手に取り、曲を入れたのだ。そして流れてきたのは、今でも当時のヒットソング特集などで必ず耳にするメガヒット曲。
こいつ、人の作戦奪いやがった! 
しかも迷いなく!!
さっきから横顔を睨み付けても、こちらを振り向こうともしない廣瀬。

「駄目だ、もう誰も信じられないっ」

三度目のトイレ。ついにここに来るのはぼく一人になってしまった。
なんなんだあいつら。特に廣瀬。自分たちが難を逃れたらもう他人事とか、友情なんてものを信じたぼくがバカだったんだ。
「やり直し。そう、ぼくのこの手に過去を改変する力があれば」
はぁ、やめよう。中二病発動してる場合じゃない、時間の無駄だ。
ただ、困ったことに作戦は思い付かない。
懐メロなんて、それこそ連続で入れたら絶対スマホとかいじりだして、そんな望まれない空気の中で一曲歌いきるとか、それこそ拷問でしかない。それなら、どうする。
考えて、ぼくは答えを得た。
万策尽き果てたのだ、と。
「ああもう、こうなったら電波ソングとか全力で歌いきってやろうかなチクショウめ」
まあ、そんな度胸はないんだけどさ。

なんの作戦もないまま部屋に戻ると、順番的にぼくの番のはずなのに、音楽が流れ始めていた。
見ると、石神さんがマイクを握っている。
「間久辺、あんた遅いから順番飛ばしてウチが入れちゃった」
そう言って、二本あるマイクのもう一方をぼくに差し出してくる。
「抜かしちゃったお詫び。わかる所だけでいいから一緒に歌お? この曲なら、あんただってサビくらい聞いたことあるでしょう?」
最新のヒットソングなだけあって、CM やテレビ番組でもよく耳にする曲だ。確かに、サビくらいなら歌えるだろう。
送信機を手にした坂崎さんが、次の曲の予約を入れた。どうやら石神さんと一緒に歌うことで、ぼくの順番は終わったとみなされたらしい。
石神さん。あんた女神ですか?
いやぁ、本当に助かった。
石神さんの口振りからして、ぼくが困っているのに気付いて助けてくれたのは明白だ。
時々、彼女がちぐはぐでわからなくなる。学校でぼくに冷たかったり、会うなり睨み付けてきたかと思うと、今みたいに助けてくれたり、いったいどの石神冴子が本当の彼女なのか、ぼくにはわからない。それを判断するほどの関係性を、築いてはいないのだ。
石神さんから手渡されたマイクをぼくは握りしめながら、歌詞よりも彼女のことが気になって仕方なかった。
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